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チープ  作者: 京本葉一
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ここではないどこかに



 高画質の写真が、壁一面に映し出された。


 成金趣味の高級クラブ。

 派手に着飾った、さして美しくはない女たち。

 ブスとブサイクの挟間で、裸体をさらすモザイク野郎。


「なんなんだ、この汚い絵面は?」

「こいつがあんたの交渉相手だ」

「……何者だ? B専の変態、というのはわかるが」


 それ以外の情報がほしい。

 俺の質問に、依頼主の男は溜め息をつく。


「こいつはB専じゃない」

「ほう、変態ではあっても、B専ではないと?」

「ああ、こいつは、ボスの娘に手を出しやがった」


 ここの組織には詳しい。

 当然、ボスのことも、その一族についても熟知している。


「……B専じゃねえか」

「てめえ、口を慎めやコラァ」


 男の威嚇に、俺は両手をあげる。


「まあいい、あんたの仕事は簡単だ。

 この変態野郎に、ボスの娘から手を引かせろ」


 ほんとうにそれだけなら、若い連中にやらせればいい。

 俺は沈黙を守る。

 俺の考えることは、向こうもよくわかっている。


「こいつは『蛇』の金づるだ」


 敵対組織が後ろ盾にいる、ということ。

 俺に依頼する、シンプルな理由。


「このモザイク野郎は、これでも財閥グループの若手筆頭でな。

 気前よく金をばらまいて、『蛇』の連中と仲よくやっているようだ」


「つまり、この男と直接交渉する前に、『蛇』に話をつけないといけないわけか」


「そういうことだ。頼んだぜ、『シケモク』さんよ」





 外灯に照らされるベビージープ。

 俺は愛車に乗りこんで、渡された資料に目をとおした。


「汚い仕事が好みのようだな、モザイク野郎」


 じつに効率的に金を稼ぎ、遊びまわっている。

 大画面で見せられたような痴態の数々が、何十枚もの写真となって資料に挟まっていた。


「これを交渉材料にできるなら、楽な仕事なんだがな」


 俺は助手席に資料を投げやり、キーをまわした。

 つまらない仕事だが、夜のドライブは、嫌いじゃない。





「あんた、『シケモク』かい?」

「ああ」

「それなら、べつにいい」


 ピアスまみれの女マスターは、『蛇』の窓口案内人。

 彼女の許可をもらって、バーの奥に足を運ぶ。


 奥のVIPルームでは、話のわかる、穏健派の幹部たちがいた。若い連中も後ろにひかえていたが、口をはさむような無作法ものはいない。


「よお、『シケモク』」

「今度は、どんな用件だ?」


「仕事がないと来ちゃいけないのか?」


「お前がプライベートで来るはずがねぇだろ。

 ……どっちだ? 『蛙』か、『蛞蝓(ナメクジ)』か」


「『蛙』だ。そこのボスの娘に、おたくの金づるが手を出した」


「……ああ、あのB専野郎か」

「敵対組織のボスの娘に手を出すとか、本気で見境がねえな」

「女の素性を知らねぇんだろう」

「教えてなかったか……教える必要があったとはなあ」


「一応確認しておきたい……戦争、はじめる気は?」


「あの男に、そこまでする価値はねえな」

「まあ、ご機嫌取りくらいはしてやるがね」


 やはり、話のわかる連中だ。

 すぐに後ろの若いものに指示を出した。

 カードゲームに興じる短い時間に、仕事は完了したようだ。


「あの野郎には、幹部の名を出して伝えておいた」


 娘から手を引くこと。

 この件に関して、『蛇』は一切関知しないこと。


「妙な言い回しだな。話はついてないのか?」


「ああ、渋っていやがる」

「男もそうだが、娘のほうもな」


 俺は天を仰いだ。


「娘はいま、野郎といっしょにいる。

 迎えがくるから大人しく待っていろ、とは伝えておいた」


「ああ、助かる」


 面倒だが、これは俺の仕事だ。

 俺は若いやつから、野郎と娘がいる場所を聞いた。


「貸しひとつ、と、『蛙』には伝えておいてくれ」


 ただで動くほど、甘い連中ではない。 


「ああ、文句は言わせない」


 俺に依頼した時点で、こうなることは『蛙』にもわかっていたはずだ。

 鬼熊と恐れられた男でも、娘には弱いらしい。





 さすがは財閥グループの若手筆頭。

 高層マンションの最上階からながめる夜景は、じつに美しい。


「おい、どこをみていやがる!?」


 向かいのソファーに、一組の男女がくっついて座っている。パズルのピースのように、ぴったりとくっついて、ひどい絵面をつくっている。


「ちょっとした目の保養だ。気にせず話をつづけてくれ」


「話はもう終わってるんだよ!」

「そうよ、私たちは愛し合っているの。パパのことなんて関係ない」


「おたくらの言い分はわかった。だが、説得しないといけないのは俺じゃない。あんたのパパだ。本気で付き合うというなら、とりあえず家に帰って、親子の縁を切ってくれるよう、パパを説得することだ」


 娘の表情が歪んだ。


「親子の縁を切ることはないじゃない。

 私とハニーが結ばれれば、『蛙』と『蛇』は同盟を結べる」


「あんたのハニーに、あんたと釣り合うほどの価値はない」


 どうやら、頭は悪くない。

 娘のほうは。


「話は、終わりだと言ったよな?」


 モザイク野郎が、俺に銃口を向けていた。


「だめよ、ハニー! 銃をおいて!!」

「こんなやつ、『蛇』に頼むまでもない」

「ハニーが殺されちゃう!」

「心配しなくていい。『蛙』は動かない。

 僕を殺したら、『蛇』と『蛙』は戦争になるんだからね」


「今回、『蛇』は動かないと知っているはずだが?」


「ふん、お前ひとりを殺したくらいで……」

「だめ!! このひと、『シケモク』よ」


 対立する三つの組織の、仲介役。

 俺のことを知っているとは、さすがはボスの娘。

 野郎に、置かれた立場の危険性を伝えることができる。


「……あなた、『シケモク』よね?」

「ああ、そうだ……」


 いまのところは。


 落ち着いてきた娘が、モザイク野郎を説得した。

 奴の手から銃を取りあげて、一度、パパのもとに帰ると告げた。

 野郎は不満そうだったが、それが娘には嬉しいようだ。


「必ず、ここにもどってくるから」


 娘は手荷物ひとつで、俺とともに野郎の部屋を離れた。





 恐れを忘れた女は、敵対組織の間に新たな秩序をもたらす気でいた。


「愛はすべてを解決する」

「よし、とりあえず、黙ろうか」


 色恋で頭がボケている女は、とにかく機嫌がよかった。

 エレベーターで降りる間、三回は注意したが、まったく黙ろうとしない。

 地下の駐車場でも、燃え上がる愛を訴える。


 俺の愛車、ベビージープに乗りこむ。


 女は助手席に乗せる。

 モザイク野郎の資料が邪魔だった。


「そこのは後ろにやってくれ」

「なに、これ?」


 話を聞かない女は、遠慮もためらいも知らない。

 資料を広げる。

 空気が変わって、女は黙った。

 俺はキーをまわし、エンジンをかけて、車を走らせる。


「ねえ、ちょっと、車、止めて」

「断る」

「戻ってほしいの」

「断る」

「だいじょうぶ、忘れ物をしただけ」

「嘘をつくな」

「一発、ぶん殴ってくるだけだから」

「せめて、殺意を、隠せ」


 さすがは鬼熊と恐れられた男の娘、確実に殺る気だ。


「まあ、これで解決だな」


 愛は冷めきった。

 女は男を忘れて、二度と近づかない。

 男は女と離れ、べつの女で遊ぶだろう。


「あぁ、恋がしたい」


 終わっても面倒な女だ。


「するのは勝手だ。報われるかどうかは別だが」

「贅沢は言わない。私だけを愛してくれるなら」

「贅沢だ、あきらめろ」

「ひどくない?」

「冗談だ。まあ、心配するな。世の中にはB専という言葉がある」

「ねえ、ほんとにひどくない?」


 世の中はひどいものだ。

 男も女も関係なく、美しいものが望まれる。


「でも、ほんとにいるのかしら、

 私を好きになってくれる、いい男なんて」


「どこかにいるだろう、ここではないどこかに」

「ここではないどこかに?」

「そう、ここではないどこかに」

「じゃあ、どこに行けば会えるの?」

「さあな。弥生にでもいけば会えるんじゃないか? 縄文なら確率は高そうだが」

「それって地名? なんか聞き覚えはあるけど、地名なの?」


 旅に出たい。

 そういって女は静かになった。


 黙っていても面倒な気配を漂わせる、そんな女を助手席に乗せたまま、俺は車を走らせる。


 夜が明ける。

 空が明るさをましている。

 前方から、朝陽が射しこんでくる。

 美しい、やわらかな光だ。


 仕事は面倒だが、こんな時間のドライブは、嫌いじゃない。

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