クラスごと異世界に召喚されたのにみんな目もくれずに学級会続けてる
気が付くと教室の外の風景が変わっていた。
牧歌的な平原が延々と続き、スライムやゴブリン、はたまたドラゴンといったお決まりのモンスター達が闊歩している。
おおっ!?
これはもしや最近流行りの、クラスごと異世界に召喚されるパターンのやつなのでは!?
クラスごとというか、教室ごとと言った方が正しいかもしれないが、今はそんな些細なことはどうでもいい。
見れば、目の前にはお決まりのステータス画面みたいなものも見えるし、個々に与えられたユニークスキルの説明も書いてある。
フムフム、俺のユニークスキルは『貪り奪う者』、か。
なになに――他者のユニークスキルを奪って自分のものとして使用できる能力だって!?
何だこりゃ!?
最強の能力じゃないか!
これで普段俺をバカにしてる、加藤や鈴木達を見返してやる!
喰らえ!加藤、鈴木!!
「おい山田、まだ学級会の途中だぞ。勝手に立ち上がるんじゃない」
「え?」
担任の佐藤先生が、至って冷静な口調で俺を諭した。
……い、いやいやいや、何でそんな平然としてるんですか!?
異世界に召喚されてるんですよ!?
学級会よりも、先ずは個々の能力の確認とかが先でしょ!?
「でも、先生……」
「問答は無用だ。――『教え導く者』」
「なっ!?」
先生が俺に手をかざすと、俺の身体は光るロープで縛られ強制的に椅子に座らされた。
くっ!う、動けないッ!?
「それが俺のユニークスキル、『教え導く者』だ。俺は対象の人物を、自在に拘束することができる。もちろんその状態じゃユニークスキルも使えないからな」
「そんな……」
俺が何よりも驚いたのは、先生のユニークスキルが強過ぎることではなく、そのことを先生があまり気にかけていないことだった。
まるで、そのことよりも優先的なことが、今この場にはあるかのようだった。
「では引き続き、学級会を進める。――いい加減名乗り出たらどうだ?木下の給食費を盗んだのは誰だ」
事の起こりは30分程前、クラスで一番目立たない存在の、木下が突然声を荒げた。
「ぼ、僕の給食費がにゃい!」
「「「!?」」」
普段人と話し慣れていないせいだろう、『給食費がにゃい』と噛んでしまったのは大目に見てやってほしい。
その途端佐藤先生が、「何ぃ!?お前ら全員、席に着け!!」と怒声を上げ、現在に至るという訳だ。
……いや、わかるよ?
給食費が盗まれたのは、そりゃ大事件だとは思う。
でも今は、その一万倍くらい凄い大事件が起きてるからね!?
先ずは給食費の件は一旦置いておいて、能力の確認しようよ!
さっきから窓の外のドラゴンが、チラチラこっち見てるからね!?
この中に戦闘向きの能力持ってる人がいなかったら、俺達全滅だよ!?
ああ、でも佐藤先生の『教え導く者』なら、ドラゴンも拘束できるか。
「因みに俺の『教え導く者』は、一回につき一人にしか使えないからな」
「へあっ!?」
じゃあ俺なんかに使ってる場合じゃないでしょ!?
外のチラ見ドラゴンに使ってくださいよそれ!!
ホラホラ!チラ見から段々ガン見になってきましたよ!
あー、来るわこれ。
もう間もなくガン見ドラゴンこっち来る流れだわこれ。
頼むから早く、誰かこの状況を何とかしてくれッ!
「おっ、スゲー!この場所、色違いのペカチュウが出たぜ!」
っ!?
加藤がスマホの画面を覗き込みながら叫んだ。
お前こんなとこでパケモンGOやってんのか!?
スゲーのはお前のハートだよ!!
そもそも何で異世界なのに電波が入ってんだよ!?
「フッフッフ、俺のユニークスキルは『繋ぎ表示する者』。どこにいようが、スマホに電波を繋げる能力。これで異世界でも、エロ動画が見放題だぜ!」
お前はさっさとドラゴンに喰われろ!!
そもそも電源がないから、じきにそれはただの板になるからなッ!!
「せ、先生……トイレに行ってきてもよろしいでしょうか……?」
今度は誰だ!?
……ああ、万年下痢気味の田中か。
「んん?でもなあ、今は学級会の最中だしなあ。もう少しだけ、我慢できないか?」
「わ、わかりました……。じゃあ、『転送し流す者』」
っ!?
「フウ……。もう大丈夫です。僕の『転送し流す者』は、自分の排泄物をトイレに転送する能力なんです。これでもう、授業中にトイレに行く必要はなくなりました。……本当によかった」
田中は嬉しさのあまり、その場で泣き出した。
泣きたいのはこっちだよ!!
お前とは違う意味でだけどな!?
あー、もう終わった。
ガン見ドラゴンがもう目の前まで迫ってる。
この場で全員、仲良くあの世行きだ……。
「『壊し滅す者』」
っ!!!!
その時だった。
ズドゴオォォンという轟音と共に、ガン見ドラゴンに極太の雷が落ちてきて、跡形もなく消滅させてしまった。
なっ!?!?
何だ今のは!?!?
「これが僕の『壊し滅す者』。対象に雷を落として消滅させるだけの、チンケな能力さ」
「……木下」
給食費を盗まれた側の木下が、右手をかざして無表情で立っていた。
「あ、ありがとう木下。助かったよ」
まさかスクールカースト最下位の木下に、こんなチートスキルが備わっていたとはな。
神様も案外、粋なことをする。
「うん……それはいいんだけどさ。……山田君、そろそろ白状してくれないかな?」
「……え?」
「……僕の給食費を盗んだのは、君だろ?」
「っ!!」
「さっきから見てると、どうやらユニークスキルは、その人の人間性に左右されやすい傾向にあるみたいなんだよね。大方君のユニークスキルは、『他者のユニークスキルを奪う』とか、そんなところじゃないかい?」
「なっ!?」
……何でそれを。
「君に盗み癖があることは、君以外のクラス全員が知っていたことだよ」
「……!!」
……そ、そんなバカな。
俺は物を盗む時は、最新の注意を払っていたはずだ……。
誰にも気付かれるはずはない。
「実は僕の将来の夢は、鑑識官になることなんだ」
「は?」
唐突に何を言い出すんだ木下!?
「だから趣味で買ったこの指紋採取キットで、先週高橋さんの体操服が盗まれた時、高橋さんに断って、高橋さんのロッカーの指紋を採取したんだ」
「っ!?」
木下は見慣れない器具を机の上に置きながら、淡々と言った。
何だって!?
お前、そんなことしてたのかッ!?
思わず高橋さんの方を向くと、高橋さんは顔を真っ赤にしながら、無言で俯いていた。
「……君が前から高橋さんのことが好きだったのは気付いていたからね。もしやと思ってコッソリ君の指紋を採らせてもらったら、高橋さんのロッカーに付着していた指紋と一致したって訳さ」
「そ、そんな……」
俺は目の前の風景が、急速に霞んでいくのを感じた。
まるで素人が描いた風景画を観ているみたいに、現実感がない。
「大方、前に加藤君の筆箱を盗んだのも君なんだろ?」
「……」
何でもお見通しって訳かよ。
「――先生にこのことを話したら、山田君が自分から名乗り出るまでは待ってほしいって言われてね。ただ、みんなの不安を取り除くために、君以外のみんなには、そのことを先生から伝えたけどね」
「……」
そういう訳か。
「でも君は一向に名乗り出ることはなかった。――それどころか、挙句今日は僕の給食費まで盗んでしまった。……理由は、僕が最近高橋さんから優しくされてるのを見て嫉妬したってとこかな?」
「……」
なるほど。
だからみんな異世界に召喚されたっていうのに、脇目も振らずに学級会を続けてたって訳か。
俺が名乗り出るのを待つために――。
「……頼むから正直に言ってくれよ山田君」
「木下……」
木下は唇を噛みしめながら、震える声で言った。
「言っておくけど嘘を吐いても無駄よ。私の『見極め判決する者』は、発言の正否を確実に判別する能力だから」
「……中村さん」
学級委員長の中村さんが、メガネをクイと上げながら忠告してきた。
「覚悟しておけよ山田。俺の『裁き誅する者』は、そいつが今まで犯した罪の分だけ、苦痛を与えるって能力だからな」
警察官の息子でもある鈴木が、眉間に皺を寄せながら俺を睨みつけた。
――いや、鈴木だけではない。
今やクラス全員が、色のない視線を送って俺の発言を待っていた。
……俺は、ゆっくりと口を開いた。
「木下の給食費を盗んだのは――」
おわり