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六話 「ママはあっち」

 その後、ゴブリン達からの聞き取り調査は、比較的順調に進んだ。

 まず、洞窟の外の様子。

 洞窟は高い岩山のふもとにあり、周囲は荒れ地になっている。

 植物は少なく、そのため動物も少ない。

 小型、中型の動物、モンスターが殆どで、これらは場所に適応しているため捕まえるのが困難。

 あるいは、捕まえたところであまり木の栄養にはならないらしい。

 驚いたことに、モンスターの中にはあの有名な存在、スライムもいるのだという。

 巨大なゴムボールのような形状で、地面に生えているコケなどを食べているらしい。

 荒れ地だというのに、このあたりは湿気が多いのだそうだ。

 水量は少ないが、水が湧き出ている場所があるのだとか。

 何故、水があるのに植物が少ないか、りあむには非常に不思議だった。

 ゴブリン達に聞いても、理由はわからない。

「木の記憶」にも確認したのだが、専門家にでも聞いてみないとわからない、ということらしい。

 まあ、敵が少なく、水に困らないので、ゴブリンツリーにとっては都合がいいのだし、分からなくても問題は無いだろう。


 次に、ゴブリン達が狩りや採取を行う、森の様子。

 様々な動植物が生息している、生態系豊かな場所らしい。

 こちらから襲わなければ、ゴブリンを襲うモノは少なく、狩りや採集に好都合なのだとか。

 もっとも、「少なく」という言葉通り、全く襲われないわけではないらしい。

 積極的にゴブリンを襲うモンスターというのも、実はいるのだそうだ。

 これは話が違う、と「木の記憶」を問い詰めたりあむだったが、話を聞いた「木の記憶」も、大いに驚いていた。

 どうやら、「木の記憶」も知らない事実だったらしい。

 ゴブリンを襲うというモンスターは、巨大な体躯と爪を持っているという。

 動きは遅いものの、力が強く、近づかれると厄介なのだとか。

 熊か何かに近い動物かと考えるりあむだったが、いかんせんその正体はよくわからなかった。

 何しろ、ゴブリン達から聞き取れる内容は、非常に断片的なのだ。

 どんな動物に似ている、と説明されたところで、その似ているとされる動物が、どんな形なのかわからない。

 ゴブリン達との共通認識が、確立していないからだ。

 彼らと同じものを見聞きしない限り、このあたりはどうしようもないだろう。

 やはり、特別なゴブリンの完熟を待つしかない。


 それから、狩りに関して。

 通常、ゴブリン達は素手と牙で狩りを行う。

 だが、相手が大きい、あるいは動きが遅い場合などは、武器を使うこともあるのだとか。

 武器と言っても、自分達で道具を作る訳ではない。

 石や太い枝など、そのあたりに落ちているものを使うのだという。

 ほかのゴブリンが取り押さえている獲物を、大きな石や木の枝で殴る。

 あるいは、動きが遅い獲物を狙うときなどに使うらしい。

 投石などはしないのか、と聞いたりあむだったが、ゴブリン達は首をかしげるばかりだった。

 聞いてみると、モノを投げることはあるが、獲物にぶつけるのは難しいだろうという答えが返ってくる。

 そういえば、人間はほかの動物に比べ、物を投げるのが非常に得意だと聞いたことがあった。

 おそらくゴブリン達は、そういった能力が低いのだろう。

 あるいは、そういった発想が無いのかもしれない。

 もし、上手くものが投げられるようであれば、練習次第で狩りは格段に楽になるはずだ。

 なのでこの情報は、収穫、と言ってもいいかもしれない。


 ほかにも、ゴブリンの被害についても、聞き取りを行った。

 狩りや採集の時に、どんな危険があるのか、といった内容だ。

 採集に関しては、まず危険は少ないらしい。

 大きな体を持つという件のモンスター以外は、襲ってこないからだ。

 こちらから襲い掛からなければ、草食動物などが襲ってくることは少なく、肉食動物に関しては、食えないので襲ってくることもほとんどない。

 うっかり縄張り意識の強いものに近づいて追い回されることもあるが、逃げてしまえば問題は無いのだとか。

 やはり問題は、狩りの時らしい。

 小型の得物ばかりを狙えば、比較的安全に狩りを行うことが出来る。

 だが、ゴブリンツリーにとって、それだけでは栄養が足りないのだという。

 どうしても定期的に、中型以上の動物、モンスターを狩る必要があった。

 ゴブリンが怪我をする。

 あるいは死んでしまうのは、この時が多いのだとか。

 大型の動物、モンスターというのは、やはり危険度も高いらしい。

 それだけに、狩りにおける死亡率は低くないそうだ。

 おおよそ、十日に一度は大きなけがをするゴブリンが出るという。

 そして、二十日に一度は死亡するゴブリンが出る。

「木の記憶」に確認したところ、ゴブリンツリーがゴブリンを完熟させるペースは、おおよそ二十日に一匹程度。

 極端に減るようなことはないが、増えることもないペースだ。

 だがそういった状態は、何かきっかけがあれば容易く崩れてしまう。

 それに。

 ゴブリンツリーは、今後も成長していく。

 世話をするのに必要となるゴブリンの数は、比例して多くなっていくはずだ。

 今のままでは、ジリ貧である。

 ゴブリンツリーが、一年やそこらは問題ないがその先はわからない、と言っていたのだが。

 りあむにはようやく、その意味が飲み込めた。

 確かに、今のままではよろしくない。

 ゴブリンの被害を押さえるか、あるいは生産性を上げるか。

 または、その両方が必要だろう。


「冗談じゃないってのよ。俺はただの公務員だぞ。凄腕企業コンサルタントとかじゃないっつの」


 りあむは、元々公務員であった。

 ド田舎の役場に勤める、地方公務員である。

 そんな自分にこれだけのことを求めるのは、なかなかに酷ではなかろうか。

 りあむは思わず、頭を抱えた。

 しかし、悩んでばかりいても問題は解決しないし、状況も好転しない。

 腹を決めて、事に当たるしかないのだ。




 そんなこんなで、時間はあっという間に過ぎて行った。

 仕事の合間に話を聞くしかないので、情報はなかなか集まらない。

 それでも、聞くことが出来た話をつなぎ合わせ、今後のことを考えていく。

 恐らく今のところ、ジリ貧の自転車操業、と言った所までは行っておらず、少々の余裕はある状態だろう。

 だが、何時そうなってもおかしくない所に居るのは、確かなようだ。

 一体、どうしたものか。

 先々のことを考えながら、りあむは「木の記憶」を抱え、枝に座っていた。

 その時だ。

 突然、洞窟の中に大きな音が響いた。

 ドスン、という、重たいものが高い位置から、地面に落下したような音である。


「うぉお!? びっ! びっくり、え!? びっくりしたぁー!! なになになに!? ええ!?」


 考え事に集中していたりあむは、思わず飛び上がって辺りを見回した。

 ドライアドという種の特徴なのだろうか。

 どうも考え事を始めると、思考に埋没しがちなような気がする。

 肉体が無いのが原因なのかもしれないと思うのだが、りあむにはそのあたりのことはよくわからなかった。


「何なんだよ一体、って、あ。え? これ、実?」


 りあむの目に留まったのは、地面に転がる巨大な物体。

 真っ白な色をした、ナスのような実であった。

 りあむはハッとして、ゴブリンツリーに目を向ける。

 特別なゴブリンの実があったはずの場所を見るが、そこには何もなくなっていた。

 よく見れば、地面に落ちている実は、特別なゴブリンの実に似ている。

 というより、特別なゴブリンの実そのものであった。


「え? マジで? ちょっと、え、なんで落ちたの? まだ落ちるようなアレじゃなくない? もう三日たった? うっそ。え、ちょ、マジで?」


 りあむの疑問に答えるように、「木の記憶」が輝き始める。


 あなたは気が付かなかったようですが、実はあれから三日が過ぎていました。

 光陰矢の如し、とは、まさにこのことですね!

 さて、あなたはいつの間に?

 寝てもいないのにそんなに時間たった?

 などと、思っていることでしょう。

 実は、木の精霊に睡眠は必要ありません。

 休ませねばならないような肉体など、存在しないからです。

 ただ、あなたの体を構成する魔力の調整などは必要です。

 この時意識がはっきりしていると、情報処理的な理由で支障があります。

 ですので、あなたが考え事をしていたり、ぼうっとしているときなどに意識を半覚醒。

 簡単に言うと、「半分寝てて半分起きてる」状態にすることで、魔力の調整を可能にしているのです。

 あなたがぼうっとしていて、気が付くととても時間が経っていた、等という状態になるのは、それが理由だったのです。

 ただ、この「半覚醒状態」は、人間でいう「睡眠状態」とは大きく異なります。

 体も動かず、思考もある程度遅くなりますが、完全に休止している状態ではないからです。

 エネルギーの消費も少なく、ある意味では、思考に没頭するのに適した状態、と言えるでしょう。


「そういえば寝てないな。肉体的疲労感が無かったから全然気が付かなかった。っていうか、考え事してて時間がすっ飛んだ気がしてたのはコレか! おかしいと思ったんだよ、って、ちがう! 今はこっちだ!」


 りあむは「木の記憶」を中空に放り投げると、急いでゴブリンの実の下へと向かった。

 どうしていいかわからず、とりあえず実の周囲を観察しながら、ぐるぐると回ってみる。

 すると、つるりとした表面に、縦の亀裂が入っていることに気が付く。

 そこに注視していると、徐々に広がって来るのが分かった。

 亀裂が大きくなるにつれ、内部の様子が分かってくる。

 ナスのような実の中は、大きな柑橘類の皮のすぐ下にある、スポンジ状の白い部分のようになっていた。

 柔らかそうではあるのだが、見た目に湿り気のようなものは感じられない。

 その更に奥には、緑色の塊のようなものが見える。

 おそらく、それがゴブリンなのだろう。

 亀裂が大きく開いたところで、内部のゴブリンがゆっくりと動き始める。

 緑色の塊が、亀裂を押し広げるように内部から持ち上がってきた。

 なかなか恐ろし気な現象だが、特に嫌悪感は感じない。

 これも精霊になった影響だろうか、などという考えがりあむの頭に浮かぶが、今はそれどころではないと頭を振った。

 外から見えていた緑色の塊は、どうやらゴブリンの背中部分だったらしい。

 肩の部分が亀裂の外へと出てくると、今度は後頭部が現れた。

 髪の毛などはなく、つるりとした後頭部だ。

 そこから先は、実にスムーズだった。

 ゴブリンは身体をもぞもぞと動かすと、まるで寝袋から這い出して来るように実の中から体を出す。

 そして、特に苦労する様子もなく、当たり前のように二本足で立ちあがった。


「おお、すげぇ。生れてすぐ動けるのか。え、生まれて? で、いいのか?」


 りあむがそんなことで首を捻っている間にも、ゴブリンは周囲を確認する様に動き始めた。

 その表情に戸惑いのようなものはなく、既にしっかりとした意識と意思を感じさせる面構えをしている。

 まあ、もっとも、りあむにはゴブリンの表情を読む技術は、まだないのではあるが。

 なんとなくそう見える、ということである。

 一応ゴブリンツリーの精霊であるわけだし、そのうちゴブリンの表情が分かるようになるかもしれない。

 が、それはもう少し先のことになりそうだ。

 生まれたばかりのゴブリンは、自分の近くを漂っているりあむに気が付いた。

 腕を組んで唸っている姿をしばらく眺めたのち、りあむの方を指さして口を開く。


「まま」


「いや、ママじゃないって。俺はりあむだよ。りあむ」


 ゴブリンは僅かに顔を眉根を寄せ、首を捻った。

 りあむは苦笑すると、ゴブリンツリーの方を指さす。


「ママはあっち」


「まま。ごぶりんつりー」


「わかってんじゃん。まあ、俺もゴブリンツリーの一部だから、俺もママってことで間違いはないのか? いや。俺の精神の安定を保つためには別物として頂きたい」


 一人でブツブツと言っていたりあむだったが、ゴブリンの視線に気が付き、咳払いをする。

 そして、改めて自分を指さした。


「兎に角。俺は、りあむ。木の精霊だよ。君の仕事仲間みたいなもんだよ。ママはあっちの木」


「りあむ、なかま。ままは、木」


 どうやら、りあむの言葉を理解したらしい。

 ゴブリンは分かったというようにうなずくと、声を出しながらそれぞれを指さした。

 生れてすぐだが、やはり理解が早い。

 りあむは感心しながらも、早速今後のことについて説明をすることにした。

 だが、ここである問題に気が付く。


「そうか。名前だ。ほかのゴブリン達と差別化しないと、こんがらがるよね」


 今後行動を共にする以上、名前を付けて置いて悪いことは無いだろう。

 全てのゴブリンに付けるのは難しいが、「特別なゴブリン」と言うことを示す意味でも名前というのは有効なはずだ。


「まずは、君の名前を考えようか」


「なまえ。われわれに、なまえ?」


「いや、君だけだよ。君はゴブリンツリーが特別に作ったゴブリンで……まあ、いいや。その説明は後で」


「わたしに、なまえ。りあむ、つける。なまえ?」


「そうそう。ちょっと待ってね。いいの考えるから」


 不思議そうに首を捻るゴブリンに対し、りあむは満足げにうなずいた。

 名づけのハードルを自分で上げているのだが、名前に関しては一家言あるりあむである。

 しばらく考えたりあむは、よし、と手を叩いた。


「今日から君は、ケンタだ!」


 それは、平成元年辺りに、多くの男の子につけられた名前であった。

 すごくポピュラーで、普通で、それでいて結構かっこいい名前である。

 なんだかんだ言っても、りあむは名前にコンプレックスを持っていたのだ。

 ゴブリンは首をかしげながら、自分のことを指さした。


「わたし、ケンタ」


「そうそう。ケンタ。よろしくね」


 りあむが手を差し出すと、ゴブリン、ケンタは少し首を傾げた。

 それから、りあむの手を握ろうと、おずおずと手を伸ばす。

 が、ケンタの手は、りあむの手をすり抜けてしまった。


「あ。あ、そっか。そりゃそうか。あっはっはっは」


 何しろ、今のりあむは精霊であり、実体が無い存在なのだ。

 笑ってごまかそうとするりあむを見て、ケンタはやはり不思議そうに首をかしげるのであった。

何とか更新できましたよ

今回、予約投稿したわけなんですが、なんと予約したのは同日の三時四十一分です

ぎりぎりじゃね・・・?

アマラさんはこれからリアルタイムで、第七話を書き始めます

基本的に筆が遅いのでどうなるかわかりませんが、なにがしかの奇跡が起きれば一週間連続投稿できるんじゃねぇかみたいな希望的観測を胸に秘めて戦っています

まけるな、アマラさん!

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