四十三話 「そうだよ。人間が襲ってきたときの予行演習だと思えばいいんだし」
目の前で起こったことをどう理解すればいいのか。
バッフは険しい表情で、観測機器にかじりついていた。
ゴブリン・プラントは無事、暴食アリの討伐に成功。
これについては、手放しで喜んでいいだろう。
それだけ地力のあるゴブリン・プラントの数がそろっている。
母木の方も、それだけしっかりと育っている、ということだからだ。
ただ、気になることがある。
ゴブリン・プラントにとっては喜ばしいことではあるが、バッフにとっては大きな問題だ。
戦い方が、あまりにも人間染みている。
石垣を作るまでなら、まだ理解が出来た。
だが、あのバリスタやクロスボウ、道具を使った戦い方は、いったいどこから学んだというのか。
そもそも、彼らがあれらの道具を使うには、まず作るところから始めなければならない。
当然のことだが、ただ使うだけよりも、作るほうが多くの知識が必要になる。
アレだけ現存の道具に酷似したものであるから、自分達の発想だけで作り出した、というのは考えにくいだろう。
どこかから知識を手に入れた、と考えるのが妥当なはずだ。
「でも、そんな知識をどこから?」
そもそも、ここのゴブリン・プラントが人間と接触したのは、先日の冒険者三人組が初めてのはずだ。
この地域はほとんど人間が入っていない土地であり、それ以前に何らかの接触があったとは思えない。
「親から子に引き継いだ知識? いや、それにしては情報量が多すぎる」
ゴブリン・プラントは、親から子へ知識を受け継ぐ植物だ。
それによって、芽吹いて身をつけ始めたばかりの母木でも、ある程度の能力を持ったゴブリン・プラントを実らせることが出来る。
とはいえ、受け継ぐことが出来る知識の量には、限界があるはずだ。
石垣を作って身を守る、というところまでならば、まだわかる。
バッフの観測内では、そういった知識を受け継いでいるグループも確かに居た。
だが、バリスタやクロスボウといった武器は、機構が相当に複雑だ。
運用方法もそうで、それらを引き継ぐには相当の労力が必要だと思われる。
確かにこれらは有用ではあるのだが、ゴブリン・プラントが生きていくために引き継がなければならない知識量は膨大だ。
武器の作り方などの知識は、必須なものを詰め込んだ余剰の中で扱われることになるはずなのである。
例えば、その「余剰」すべてを使ったとして、バリスタ、クロスボウの制作と運用について、伝えることは可能なのだろうか。
「可能不可能であれば、可能かもしれない。でも、それでもおかしい。ほかの装備の説明が付かない」
ここのゴブリン・プラント達が持つ装備は、種類が多い。
縄や網、ボーラ、槍、斧、カゴ、背負子。
驚くことに、土器まで作り始めているようだ。
一体どこから、そんなものを作る知識を得たのだろう。
試行錯誤の末にたどり着いた、にしてはあまりに完成度が高すぎるように見える。
バッフには、あらかじめ「こう作ればいい」という知識をもって、それに沿って作っているように見えて仕方なかった。
「どこからか、知識を得ている。だが、人間との接触はない。じゃ、どうやって? ゴブリン・ツリーは、どこからそんな知識を?」
可能性は様々ある。
だが、どれも想像の域を出ない。
確認するには、どうするのが良いか。
どうするのが一番早いのか。
「接触、してみたい。話をしてみたい」
バッフの中にそういった欲求が湧き上がってくる。
だが、下手に刺激するわけには、絶対に行かない。
とはいっても、やはり接触しなければ確認できないことが多すぎる。
バッフは真剣に、ゴブリン・プラント達と話をする方法を考え始めた。
暴食アリを退けたことで、りあむのテンションは上りに上がっていた。
これで安全は確保できたし、得られた魔石もなかなか良質だ。
ただ、暴食アリ自体は外骨格の部分が多く、中身があまり入っていなかった。
そのため、新しいゴブリンのための栄養としては、ほとんど役に立たなかったのである。
魔石があっても栄養がないのでは、新しいゴブリンが育たない。
外骨格は武器などの素材に使えるにしても、準備に費やした労力を考えると、トントンといったところだろうか。
まあ、バリスタやクロスボウ、網、縄といった装備は、今後も使うことは出来る。
先行投資だと思えば、損ではないだろう。
「そうだよ。人間が襲ってきたときの予行演習だと思えばいいんだし」
元々は人間だったりあむだが、今のりあむにとって人間というのは憎むべき敵以外の何者でもなくなっていた。
もし今人間が現れたら、問答無用で攻撃するぐらいの勢いだ。
といっても、ゴブリン達は冷静なので、いきなり攻撃したりはしないのだが。
それはともかくとして。
ひとまずの危険を退けたということで、ゴブリン達は通常の業務へと戻っていた。
狩り、採集、警護、といった仕事である。
特に狩りについては、緊急を要した。
暴食アリと戦っている間、それにかかりきりで狩りが出来ていない。
おかげで、ゴブリン・ツリーにため込んでおくはずの栄養が、当初の予定よりも少なくなっているのだ。
かなり余裕を見た「予定」なので、今育成中のゴブリンに、すぐに影響が出る、というほどのことではない。
だが、りあむは割と、余裕を持った計画を好むタイプなのである。
暴食アリの死体で栄養もかなりの量が確保できると思っていたのだが、思惑が外れてしまった。
「くっそー。なんで外骨格からはそんなに栄養が取れないんだよ」
ボヤいては見るものの、理由はなんとなくわかる気がする。
構成素材があまりにも違いすぎるのだろう。
やはりゴブリンにとって最も必要な栄養は、肉と植物なのだ。
「虫の外骨格ばっかり食べてても、栄養にならないってことだな」
それでも、素材としては役に立ってくれるだろう。
ゴブリン達はりあむの指示の下、暴食アリを解体。
栄養になる部分はすべてゴブリン・ツリーの根元に埋め、残りの部分は素材として使うことにした。
あれこれと使い道はあるので、助かることは助かる。
ただ、もっと良い素材があるので、すごくうれしいというほどではない。
なにしろ、フェザーワイバーンが譲ってくれた骨材が、驚くほど優秀なのだ。
弓にすれば素晴らしく柔軟で丈夫であり、矢じりにすれば驚くほどの貫通力を発揮してくれる。
もちろん、斧や槍にしても優秀だ。
人的、いや、ゴブリン的被害をほとんど出さずに暴食アリを退けられた要因の一つは、間違いなくこれら骨材のおかげと言える。
「そういえばあの人、次はいつ来るんだろう。ついでに、また骨材譲ってくれるといいなぁー」
捕らぬ狸の皮算用、ならぬ、来ないフェザーワイバーンのお裾分け算用である。
一人でニマニマしているりあむに、ゴブリン達は胡散臭いものを見るような視線を送るのであった。
丁度、りあむがニマニマしていた頃。
フェザーワイバーンは、オード大森林上空をうろうろしていた。
何か妙な気配を感じていたからだ。
ゴブリン・ツリー近くにある自分の巣を、何かが見ている気がする。
かなり希薄だし、敵意は感じられないから、無視してもよかった。
正直、いつもなら無視していただろう。
襲ってくることはないだろうと思われたし、もし襲ってきたとしても、相手に気が付いているならばどうにでもできる。
しかし。
ここの巣に限っては、こういうことも気になってしまう。
もし何かが襲ってきたとしたら、ゴブリン・ツリーを巻き込んでしまうかもしれない、と思うからだ。
あのゴブリン・ツリーは、観察していてとても面白い。
フェザーワイバーンというのは、比較的好奇心が強い種族であった。
物を投げてみたり、ほかの動植物を眺めてみたり。
そういった、人間染みた「遊び」を行うのだ。
どうやらこのフェザーワイバーンは、りあむのゴブリン・ツリーが甚く気に入ったようであった。
まだまだ観察したいので、出来るなら枯れたりしないようにしたい。
どうしたものか、と思いながら飛んでいると、不意に力の塊のようなものが姿を現した。
ソレまで隠れていたのだが、気配を消すのをやめた、といった感じだ。
どうやら、これが「妙な気配」の正体だったらしい。
探ってみると、どうもハイ・エルフのようだ。
フェザーワイバーンはホッと胸を撫でおろした。
アレらは何かに興味を示すことがあるが、その対象は愛でることがほとんどだ。
とって食べたりすることはほぼない。
であれば、放っておいていいだろう。
フェザーワイバーンは、よく言えば大らか、悪く言えば大雑把な性格であった。
今すぐに自分の興味があるものが脅かされないなら、それでいい。
巣に戻って、昼寝でもしよう。
そう思っていたフェザーワイバーンだったが、ハイ・エルフが気配を投げつけてきていることに気が付いた。
どうやら、何か用があるらしい。
興味をひかれたフェザーワイバーンは、とりあえず誘いに乗ってみることにした。
ゴブリン・ツリーの洞窟近くにあるのがフェザーワイバーンの巣だというのは、最初に見たときからわかっていた。
ドラゴン種については専門ではないが、バッフにも通り一遍の知識はあった。
あの種は恐ろしく強力な種族だが、非常におおざっぱで好奇心が強いところがある。
巣の近くにゴブリン・ツリーがあったとしても、面白い生き物が近くにいて楽しいな、ぐらいにしか思わないのだろう。
そもそも複数の巣を持つ種だから、というのも理由かもしれない。
巣やその周辺が気に食わなくなったら、放棄するのだろう。
そうしていないところを見ると、ゴブリン・ツリーに全く興味がないか、比較的気に入っているのか、どちらかだと思われた。
実際、巣の持ち主らしいフェザーワイバーンは、ゴブリン・プラント達を見ても特に気にしているそぶりが見えない。
むしろ、こちらの気配に気が付き、警戒しているようだ。
これはチャンスではないか、という考えが、バッフの頭に浮かぶ。
フェザーワイバーンに仲介してもらえば、ゴブリン・プラント達に接触できるかもしれない。
いきなり訪ねていけば、間違いなく警戒される。
だが、あの巣を持っているフェザーワイバーンであれば、ゴブリン・プラントと顔見知りという可能性もあるのではないか。
もしそうならば。
フェザーワイバーンに紹介してもらえば、多少なりとも警戒心を解いてくれるかもしれない。
そうなったら、会話をすることだって可能なはずだ。
かなり楽観的な考えではあるが、不可能ということはないだろう。
そんな考えが頭をよぎったその瞬間、バッフは一瞬にして舞い上がった。
何しろ、好きなことになると一直線になるタイプである。
でも無ければ、そもそもこんなところでゴブリン・プラントの観察なんてしないないだろう。
思い立ったら即行動。
バッフは拠点から飛び出すと、森の奥へ向けて走り始めた。
隠していた気配を、フェザーワイバーンに向けて少しだけ「見せる」。
案の定、フェザーワイバーンはすぐにそれに気が付き、追いかけてきてくれた。
ゴブリン・プラントから、どんな話が聞けるだろう。
考えるだけで、バッフの胸は高鳴った。
だがまずは、フェザーワイバーンをどうやって説得するかも、考えなければならない。
まあ、そっちはどうにかなるだろう。
ゴブリン・ツリー、プラントの研究がいかに価値があるものなのかを話せば、きっとわかってもらえるはず。
かなりめちゃくちゃな考えだが、この時のバッフは本気でそう考えていた。
この時点で、バッフはかなり冷静さを欠いていたのである。
森の比較的開けた場所にやってきたバッフは、フェザーワイバーンが下りてくるのを待った。
警戒されるかと思われたが、フェザーワイバーンはすんなりと来てくれる。
強者ゆえの無警戒、というヤツだろう。
実際、フェザーワイバーンの移動能力や攻撃能力はすさまじく、大抵の相手には警戒など必要ない。
むろんその中には、バッフも含まれる。
「やぁ! ハイ・エルフがこんなところにいるなんて驚いたよ! ゴブリン達を見てるのかな?」
「ええ。私はその、研究者というやつでして」
「へぇ、面白そうだね!」
フェザーワイバーンは、バッフにも興味を持ったようだった。
ハイ・エルフにも変わり者は居るのだが、研究者などという肩書を持つものは珍しい。
あれこれ話すうち、色々なことが分かった。
フェザーワイバーンは、暴食アリのことに気が付いていたらしい。
ただ、冒険者達が討伐に向かっていたことも、察知していたようだ。
最初は、ゴブリン・プラントを狙って、自分の巣の近くにも来るかもしれない、と警戒していたという。
だが、人間の冒険者が相手をするなら、別にいいか、と放っておくことにしたのだとか。
バッフが、そのうちに十匹ほどをわざと逃がした、と伝えると。
「彼らなら、その倍は居ても平気だったのにね! ゴブリン達、せっかくの狩りの機会を逃しちゃったんだ!」
などと言って、けらけらと笑っていた。
どうやらフェザーワイバーンは、あのゴブリン・プラント達をかなり高く評価しているらしい。
「そういえば、あの中に僕の巣に近づいた冒険者もいたよね? 彼らって、君の知り合い?」
「はい。今は、ゴブリン・プラントを観察する手伝いをしてもらっています」
冒険者三人組の立場について話すと、フェザーワイバーンは「そういうことだったんだぁ!」と納得した様子であった。
巣に近づいたことについても、そういうことなら、と気にしないらしい。
「あの、もしかしてですが。人間の中で暮らしていらしたことが?」
「そうそう! 人間に化けて旅商人とかやってたんだよ! ここ何年かは、やってないけど!」
相当に世間慣れしたフェザーワイバーンだったらしい。
下手をしたら、いや、下手をしなくても、バッフよりよほど人間社会に適性が高いのだろう。
これなら、頼めるかもしれない。
「あの、実はご相談したいことが」
バッフは意を決して、話を切り出した。
久々なうえに、文字数が少なくて申し訳ないです
新しい展開に向けての前振り、ということでご容赦おば頂ければ




