四十話 「じゃあ、無事にお仕事終了、かな?」
冒険者達による暴食アリ討伐は、朝日が顔を出すと同時に始まった。
最初に動いたのは、“竜騎士”アンデリック・バラフマスである。
アンデリックは、夜半過ぎから暴食アリの群れ上空で待機。
朝日を確認すると同時に、攻撃を開始した。
急降下しながらの、竜によるブレスと、アンデリック自身が持つ発掘武器による遠距離攻撃。
この二つを要しての奇襲により、暴食アリの群れは混乱に陥った。
暴食アリも、夜は睡眠をとる。
周囲を警戒するため、寝ずの番をしていた個体も当然いただろうが、それでも大半は寝ていたらしい。
生物兵器である暴食アリだが、突然たたき起こされるとやはり驚くようだ。
攻撃を受けていることはわかっているらしいのだが、指示が上手く伝達されず、対応できなくなっているようであった。
これは、寝ていたところを急に起こされたから、だけではない。
体が温まっておらず、動きが緩慢になっていることも原因だ。
暴食アリは、変温動物的な性質を持っていた。
行動が外気温に大きく影響されるのだ。
明け方近くというのは、一日のうちで最も気温が低い時間帯である。
暴食アリにとって、最も体が動きにくい時間帯、ということだ。
そこを狙っての攻撃は予定通りのものであり、予測通りの結果が得られた。
このアンデリックの攻撃をのろし代わりに、他の冒険者達も動き始める。
冒険者達は何組かに分かれ、群を取り囲むような位置に居た。
移動は昨晩の夜。
夜陰に紛れ、発見されないように細心の注意を払いながら行った。
そこから寝る間もなく戦闘が始まったのだが、冒険者というのは自ら危険地帯に飛び込んでいく商売である。
このぐらいの無理は日常茶飯事であり、それで十全に行動できないようでは、おまんまの食い上げだ。
通常、暴食アリ討伐は、魔法使い等の砲撃から始まるのがセオリーであった。
群れを襲撃されると、暴食アリは女王を守るような行動に出る。
守りを固めつつ、決死隊を繰り出して敵を排除しようとするのだ。
つまり、巣を襲撃して女王アリを脅かせば、暴食アリは勝手に一か所に集まってくれる。
あとは決死隊として突撃してくるものを排除しつつ、固まって範囲攻撃を繰り返せば、数を削ることができるのだ。
もっともこれは、言うは易しという類のものである。
暴食アリの群れに近づくのも危険ならば、遮二無二突撃してくる暴食アリの決死隊から砲撃役を守るのも危険。
少しでも攻防のバランスが崩れれば、あっという間に食い破られてしまう、命がけの策なのだ。
それでもそれが「セオリー」となっているのは、そういった方法でしか真っ当な人間が暴食アリに対抗できないからである。
兵器として作り出され、自らを作り出した国を食い滅ぼした暴食アリは、本当に恐ろしい存在なのだ。
ただ、それは「普通の人間ならば」という話である。
人の身の丈よりも巨大で、鉄扉をかみ砕く強靭な顎と、並の剣や槍ならばはじき返す強固な外骨格を身にまとった暴食アリ。
それを一方的に殲滅できるような攻撃力を持ち、暴食アリの攻撃をものともせず、なおかつ馬にも引けを取らない機動力を有する存在。
例えば高位の冒険者であれば、戦い方は違ってくる。
山盛りの肉団のマジックアーチャーであるイーライが得物とする弓は、途轍もなくデカい金属と木材の塊であった。
普通に人間が腕力だけで扱うことを想定していない代物であり、弦を引く際は強化魔法を使うことが前提。
そもそも、それ自体の重さが成人男性一人分というような、ぶっ飛んだ弓である。
イーライはそれを軽々と片手で構えながら、素早く矢をつがえ、打ち放った。
弦に押し出されると同時に術式が添付された矢は、木々を躱しながら飛んでいく。
矢は一直線に飛んでいるのではなく、右へ左へ進路を変えながら飛行していたのだ。
まるで意思があるもののよう、矢は一匹の暴食アリへと襲い掛かる。
首を守るために張り出した外骨格を貫き、体内に入るや否や、矢じりから魔法の刃が飛び出す。
暴食アリも、骨格に守られていない体内の肉はそう強固なものではない。
魔法の刃は容易く肉を、首にある太い血管と脳と胴体をつなぐ重要な神経の束を、ズタズタに引き裂いた。
それだけで、矢の勢いは収まらない。
装甲を貫通して暴食アリの体外へ飛び出すと、別の暴食アリへ襲い掛かる。
二匹目、三匹目、四匹目。
その勢いは全く衰えることなく、次々と暴食アリを屠っていく。
ニ十匹ほどの暴食アリを仕留めたところで、矢は限界を迎えたらしい。
最後の暴食アリの体内で爆発し、粉々に砕け散った。
体内での爆発に耐えかねて、暴食アリの頭が胴体からはじけ飛ぶ。
その隣をすり抜けるように、新たな矢が飛んでいく。
矢が暴食アリを仕留めている間にも、イーライは新たに矢を放っていたのだ。
そのイーライの前に出て、近づいてくる暴食アリを片っ端から片付けているのは、リーダーである剣士クワトンと、獣人の盾使いエンである。
魔法の素養を持たないクワトンは、純粋な身体能力と技術だけで戦う。
技術といっても、正式な剣術を修めたわけではない。
同じ冒険者に手ほどきを受けながら、魔獣相手に剣を振り回しながら覚えた技である。
実戦剣術、などと言えば聞こえはいいが、きちんと剣を学んだものから見れば、ただ剣を振り回しているだけのデタラメ剣法だろう。
にもかかわらず、クワトンは次々と暴食アリを倒している。
それはクワトンが持ち合わせている、高位冒険者としての人間の規範を超えた身体能力と。
冒険者の間で受け継がれ、実地で学んだ、彼ら特有の「対魔獣魔物剣法」とでもいうような技によるものであった。
人間相手の剣術家からすれば鼻で笑われるような動きも、クワトンにとってはまったく理に叶ったもの。
本来は人間が持ち合わせないはずの身体能力を、うまく扱うための動きなのである。
暴食アリの速度を上回る速度で接近し、あご先を蹴り飛ばす。
空いたスペースに飛び込んで、前足の付け根を叩き切る。
そこから背中に飛び乗って、続けざまに並んだ残り二本の脚も切断。
止めは後ろからくるエンに任せ、次を狙う。
はっきり言ってこの動きは、「普通の人間」が訓練したところで、出来るものではない。
人間が空を飛べないように、水中で呼吸ができないように、そもそもの身体能力的に不可能なのだ。
ではなぜクワトンはそれをやってのけているのかと言えば。
単純に「人外の身体能力を持ち合わせているから」に他ならない。
この世界の人族の中には、時々そういう限界を超えたものが生まれてくる。
それを持ち合わせたものが、相応の鍛錬を積んで初めて、可能な動きなのであった。
ある段階より上の冒険者というのは、努力や技術でなれるものではない。
もちろん、才能だけでも不可能だ。
人間の身体能力限界を超えるという才能を持ち合わせ、相応の訓練を積んだからこそ、たどり着ける領域なのである。
それらを過不足なく持ち合わせるクワトンは、まさに「上位冒険者の典型」ともいえる存在であった。
クワトンが放置した暴食アリの頭を、鉄の塊が叩き潰した。
両手に固定する形の鉄塊、もとい盾を振り回した、獣人の盾使いエンによるものである。
エンは、ワーベア、つまり熊の獣人であった。
普段の外見は普通の人間なのだが、戦う時には身長3m、体重は300kg軽く超える巨体に変貌する。
その状態で、普通ならば砦の防壁に使うような巨大な「盾」を両腕に装備し、振り回すのだ。
ワーベアという種族は、天然自然のものではないとされている。
どこぞの既に滅んだ魔法文明が、戦闘のために生み出したものらしい。
現代ではすっかり定着して、人種の一種族として受け入れられていた。
最大の特徴は、自前の魔力を用いて体を変化させる能力である。
ワーベアという種族固有の能力であるそれは、保有魔力の大小によって性能が異なるものであった。
エンは、種族平均の数十倍の魔力を持ち合わせている。
彼女の巨体は種族特有のものであると同時に、その中でも飛びぬけて優秀なものでもあったのだ。
ただでさえ頑丈な巨体と持ち前の腕力は、凄まじい武器であった。
あるいはそれだけでも、エンは冒険者として十分に通用しただろう。
だが、彼女はそこに、努力によって身に着けた技も持ち合わせるようになっていた。
単純な腕力で敵わない相手に出会ったことが、エンが技を磨くきっかけである。
その相手のうち、一人はクワトン。
もう一人はボルドレイグである。
ただでさえ強力な力を持っていたエンだったが、「タガが外れた」連中と出会ったことで、更に恐ろしいものへと変貌したのだ。
「クワトン、この、もっと丁寧にやってよ! 始末し忘れてるっつーの!」
「止め任せてるんでしょうがよ! っつーかイーライ! お前サボってんのか! 俺らよりぶっ殺してる数全然すくねぇじゃねぇか!!」
「無茶苦茶いうんじゃねぇよ! お前らが異常なだけだろうが! 俺はお前らと違って人間の範疇なんだぞ! いいから黙って俺を守りやがれ!」
三人はすさまじい速度で、暴食アリをすり潰していく。
たった三人、されど彼らは一人一人がA級冒険者である。
もし半端な実力者がここにいたところで、足を引っ張るだけだろう。
今回の襲撃は、リ・ラにとっていささか不満なスタートを切っていた。
複数人で攻撃をするというのに、リ・ラはたった一人で動くような配置を任されたからだ。
暴食アリを相手にするときのセオリーを完全に無視したこの配置に、しかし、異を唱えるものはリ・ラ以外誰もいなかった。
他の人達は皆誰かと行動しているのに、自分だけ一人。
これはなかなか寂しいし、そもそも危険ではないか。
周囲に飛ばした飛行型情報収集器から送られてくる暴食アリの位置情報を確認しながら、リ・ラは口を尖らせた。
集めた情報から的確な位置を割り出し、その場所へ小型の輸送用魔法道具を直行させる。
運ぶのは、対暴食アリ用に調整した魔法兵器十個ほどだ。
一つ一つはネズミほどの大きさで、起動すると空中を飛び回り暴食アリの口内へ侵入。
深くまで入り込んだところで自爆し、暴食アリを殺す。
実に効率的な兵器なのだが、それを見たほかの面々は引きつった顔をしていたのが、リ・ラには解せなかった。
まあ、便利なのは便利なのだが、設定をするのに魔法道具職人としての命令構築技術と知識が要求されるのは、少々痛い。
そのあたりが気に入られなかった原因であろうかと、リ・ラは思っている。
次の魔法兵器に命令を打ち込んでいると、数匹の暴食アリが襲い掛かってきた。
だが、リ・ラは全く動じない。
すぐさま周囲に配置した自立型の魔法兵器が反応し、暴食アリを押しとどめてくれたからだ。
地面に落ちている土や石などを取り込み、高速で発射する魔法兵器が、まず動きを止める。
そこを狙い、魔力刃を射出する魔法兵器が暴食アリの足を切断。
相手に突き刺さると爆発するアイスニードルを連射する魔法兵器が、止めを刺してくれる。
それぞれ有能だし、魔力さえ供給すれば全自動で身を守ってくれる優れものだ。
難点は、移動能力が低いことと、射程が短いこと。
それでも、さして足が速いわけではないリ・ラにとっては、かえってありがたい。
歩いているうちに、暴食アリが群れている地点を発見した。
都合が良いので、まとめて吹き飛ばすことにする。
小型輸送用魔法道具用の母船型空中浮遊魔法道具に、命令入力魔法道具で指示を出す。
事前に搭載してあった魔法爆弾を小型輸送用魔法道具に搭載させ、離陸させる。
既に目標地点の位置情報は入力してあるので、後は放っておけば勝手に爆撃してくれるのだ。
せっかくなので、もう5,6か所爆撃してもいいかもしれない。
新たに命令を入力していると、まとまった数の暴食アリが近づいてくる反応があった。
これは都合がいい吹き飛ばしてしまおうと、リ・ラは嬉々として歩行型砲撃用魔法道具に事前に準備してあった命令を打ち込む。
あとは暴食アリが適切な距離に近づけば、勝手に砲撃してくれる。
守ってくれる相手がいないので少々不安だったが、案外何とかなるものだ。
リ・ラは圧倒的な物量で周りを消し飛ばす自分の戦闘スタイルが、今回一人で動くことになった理由であるということを、今一理解していないのであった。
剣闘士というのは、戦っている様子を見せる商売である。
それだけに、戦いでは強さだけでなく、派手さも求められた。
ゆえに、「剣闘」とは言うものの、試合では魔法などによる攻撃も認められるのが普通である。
魔法というのはすさまじく強力な武器だ。
それだけに魔力の有る無しは、剣闘士にとって死活問題でもあった。
本当に命がけで戦わされるような奴隷剣闘士にしてみれば、なおさらである。
にもかかわらず、元奴隷剣闘士であり、所属していた闘技場ではチャンピオンとして君臨していたシリルリアは、保有魔力が低く、あまり魔法を扱うことが出来なかった。
それでも彼女がチャンピオンたり得たのは、他を圧倒する腕力と。
特異体質からくる異常な回復能力によるものであった。
怪我をしても、毒に侵されても、病に体を蝕まれても。
シリルリアの肉体は、あっという間に回復してしまうのだ。
それだけでも驚異的なのだが、シリルリアはこの回復能力を別のところにも利用していた。
肉体の強化である。
筋肉というのは、疲労や損傷から回復する際に、強く大きくなっていく。
通常、トレーニングをした後、二日から三日は休まなければ、この効果は見込めないと言われている。
これよりも短い期間でトレーニングをしても、筋肉が疲労や損傷などから回復しておらず、強化が行われないのだという。
だが、シリルリアの能力があれば、それは一気に解決できる。
トレーニングした後、すぐに疲労と損傷を回復させてしまえば、一瞬で筋肉が強化されるのだ。
人間の規範を超えた回復能力に、それに由来する圧倒的な筋力。
単純な腕力だけで言っても、シリルリアのそれはクワトンやエンに迫るものがある。
その力で巨大な得物を振り回しながら、回復能力によって疲れを知らずに突撃。
怪我を負ったとしても、見る間に回復してしまう。
素手で石垣を破壊できるような文字通りの怪力から繰り出される殴る蹴るといった暴力は、単純だからこそ恐ろしい。
暴食アリの頭に掴みかかったシリルリアは、胴体の方へ足をかけた。
そして、そのまま力を籠めると、やすやすと首を引きちぎってしまう。
掴んだままの頭を振り上げ、それを別の暴食アリの頭に叩きつける。
動かなくなった暴食アリを勢いをつけて頭上で振り回すと、こちらに向かってきていた群に向かって放り投げた。
「相変わらずすげぇなぁ」
ボルドレイグが、感嘆の声を上げる。
兎角、突出しがちなシリルリアを押さえるため、今回二人は一緒に動いていた。
「っていうかシリルリアお前、武器どうしたんだよ、武器」
「うるせぇ! 整備中なんだよ!」
今回の暴食アリ討伐に、シリルリアは最近得物にしている斧を持ってきていなかった。
もっとも、シリルリアの場合、武器がないことは足枷にならない。
通常の肉体限界を超えて強固な体を持つシリルリアの手足は、並の武器よりはるかに危険だからだ。
ただでさえ異質な回復能力を持つシリルリアの肉体は、長年の鍛錬により、たとえ油をぶちまけられて火をつけられようが、マサカリを首筋に叩き込まれようが、傷一つ追わない尋常ならざる強固さを得ている。
ゆえに、シリルリアにとって武器というのは、「あれば便利だけど、無ければそれでいい」程度のものなのだ。
実際、シリルリアが最近よく使っている武器は、ネザ村にある工房へ修理に出していた。
暴食アリ討伐に参加すると決まった時に、柄の部分を圧し折って工房へ叩き込んで置いたのである。
工房のオヤジには「ボルドレイグのとそっくり同じ斧作れっていうからさんざん苦労して作ったんだぞ!! ふざけてんのかこのボケ!」と怒鳴られたが、仕方がないだろう。
わざわざ拵えてまで同じものを持っているとばれたら、シリルリアは恥ずかしさで恥死してしまうに違いない。
あるいは恥ずかしさを紛らわせるために周囲を破壊しつくすか、どちらかだ。
そんなことを考えていたら恥ずかしくなってきたので、シリルリアは手近な暴食アリを両手で持ち上げ、引きちぎった。
ちょうど手ごろなサイズになったそれを、また別の暴食アリに叩きつけて仕留める。
「一人で突っ走んなお前! もう少し下がれ!」
「うるせぇえええええ!!」
余談だが、この日の討伐で最も多く暴食アリを仕留めたのは、シリルリアだった。
ドラゴンやら範囲魔法をぶっ放している手合いもいる中での戦果である。
人間の感情というのは、時にすさまじい力を発揮するものなのだ。
クードは、習得した格闘術により、驚くほど高い戦闘能力を有している。
それだけで見れば、今回暴食アリ退治に参加した中でも引けをとらないほどのものであった。
では、パラパタとヴェローレはさほど強くもないのか、と言えば、もちろんそんなことはない。
暴食アリの背に飛び乗ったパラパタは、その外骨格に手のひらを押し当てた。
その手や指の表面に、黒く細い刺青の様なモノが蠢いている。
呪いや魔法の類を編みこみ、特殊な染料を用いて彫られたタトゥーであり、パラパタの武器の一つであった。
皮膚の上で蠢いていたタトゥーが、突然ゆらりと浮かび上がる。
二本ほどの細長いそれらは、蛇が鎌首をもたげるように蠢き、そのまま暴食アリの外骨格へ突っ込んでいく。
見れば、タトゥーの先端はらせん状の切れ込みが入っているようで、かなりの速度で回転している。
高速回転したタトゥーは、暴食アリの外骨格をガリガリと削り、容易く内部へと入り込んでいった。
パラパタはそれ一を瞥して確認すると、暴食アリの背中から飛び降りる。
外骨格に食い込んでいたタトゥーはと言えば、突き刺さったまま残っていた。
まるで蛇かロープのようなそれは、パラパタが飛びのくのとほぼ同時に、大きな変化を起こす。
暴食アリの体内で膨れ上がり、爆発したのである。
起こった爆発そのものは、大した規模ではない。
通常ならさして被害もなさそうな程度のものではある、が。
それが体内、事に外骨格の中で起こったとなれば、話は別だ。
手のひらの上で爆竹が一つ爆発しても、少々火傷をするだけ。
しっかりと握り込んだ手の中で爆発すれば、指を持っていかれる。
大したことが無いはずの爆発が、問題なく暴食アリの命を刈り取ったのだ。
暴食アリから飛び降りがパラパタは、肩に担いでいたクロスボウを片手で持ち直す。
先ほど暴食アリに押し付けた手を、今度はクロスボウに装填された矢へ押し当てた。
すると、一本のタトゥーがパラパタの皮膚の上を滑るように移動し、矢へと絡みつく。
それを確認する暇もあらばこそ、パラパタは襲い掛かってこようとする暴食アリに狙いをつけ、引き金を絞る。
射出された矢には、タトゥーが絡みついていた。
矢は暴食アリの口内に飛び込み、爆発。
タトゥーの効果であり、さして大きな爆発ではなかったが、やはり体内から暴食アリを屠るには十二分の威力であった。
あの奇怪な爆発物の正体は、パラパタの体にいくつも彫り込まれたタトゥーの一つである。
装備者の魔力を喰らい、自在に動かすことができるあの蛇やロープのような爆発物を作り出すというものであった。
実に応用が利き、扱いやすいタトゥーなのだが、数に制限があるのが難点だ。
一本作るのに相応に時間がかかるし、ストックして置ける数にも限りがある。
そろそろ別のものに切り替えたほうがいいだろう。
パタラパタは、自分の肩口をちらりと見やった。
そこには、肌と同じ色合いで投網のタトゥーが彫り込まれている。
普段は全く目立たないが、起動させると伸縮自在で異様に丈夫な投網として使うことができた。
一つ難点があって、この投網が何かに触れると、その感触がパラパタに伝わってくるのだ。
デカいアリを手でつかむような感触を覚えることになるだろう。
あまりぞっとしないが、仕方ない。
絶対に後で入念に手を洗おうと、パラパタは心に決めた。
戦魔法使い、というのは、とにかく攻撃に特化した職業だ。
自身で防御や移動を考えず、火力にのみ特化した従軍型の魔法使いで、言ってみれば固定砲台のような存在であった。
実際の運用のされ方も、そういった形で成されることが多い。
杖を地面に食い込ませ、それを足で固定。
握りの部分を上空に向けて、魔法を発動させる。
杖の上部を中心に青白く半透明の何かが、波紋のように広がっていく。
波紋は木々や草、暴食アリをすり抜け、かなり遠くまで広がり、消えてしまう。
全く何の効果もないように見えるが、当然そんなことはない。
あの魔法は索敵とマーキング用のものであり、暴食アリの位置を確認し、印をつけるのが目的のものであった。
範囲内に五十六、一度にやるにはちょうどいい数である。
ヴェローレは既に準備してあった魔法を発動させた。
杖の先端に作り出されたのは、太く長い針のような形状のエネルギー塊だ。
赤い光が束ねられたような見た目のそれは、一直線に一番近い暴食アリへと飛来する。
魔法は暴食アリの外骨格を容易く貫通すると、その体内へと入り込んだ。
いくら巨大な暴食アリでも、人の胴ほどもあるような巨大なものに貫かれては、ひとたまりもない。
だが、この魔法の恐ろしさはそれだけではない。
魔法はただ暴食アリを貫いたのではなく、体内にある魔石を正確に射抜いていたのだ。
暴食アリにしてみれば、生命活動に不可欠な臓器を貫かれたに等しく、それだけで致命傷足り得た。
恐ろしいのは、この魔法はそれだけにとどまらず、そこから魔力を吸い上げているというところだ。
一匹の暴食アリを絶命させた魔法は、再び外骨格を貫き飛翔する。
向かうのは、マーキングが付けられた別の暴食アリだ。
絶命させた相手から魔力を奪い、次から次へと敵を屠っていく。
凄まじく恐ろしい魔法だが、運用するには先ほどの「波紋のような魔法」が不可欠。
準備にも運用にも知識が必要で、発動までに時間がかかるのが難点であった。
けた外れに強力だが、運用には知識と根気と時間が必要。
はっきり言って、冒険者向きの職業ではない。
多くの場合冒険者に必要なのは、とっさの判断と迅速な行動、手軽で素早い攻撃手段である。
もちろん、辺境に踏み入っていく体力なども不可欠だ。
通常の場合、戦魔法使いというのはそういったものを持ち合わせていない。
サボっているわけではなく、そういったものに割くリソースを、すべて「戦魔法」に割いているためだ。
そのはずにもかかわらず、ヴェローレは驚くほど体力があった。
腕っぷしも強い。
それでいて、戦魔法使いとしても一流の火力を有している。
戦魔法使いとしては破格の、一種反則じみた存在なのだ。
「ちょっと、クード! どっちに女王アリがいるのよ!」
「いや、だからまだ先だってばよ」
「ねぇ、リーダー! ちょっと俺、こういうデカい虫系苦手なんだけどさぁ! やっぱり今からでもおっさんたちに女王アリの討伐変わってもらえないかなぁ!」
「こんなデカい虫好きなヤツいないって! しょうがないだろ、今回の場合! アレならパラパタが行けばいいでしょうが!」
「あああああ!! もうイライラする! 何なのこの虫! 無差別爆撃かけてやろうかしら!」
「やめてぇ!? 俺たちまで巻き込まれるからやめてぇ! ちょっとパラパタ! ヴェローレ止めてくれ!」
「ムリだよ、リーダーやってよ!」
「俺だって命は惜しいのよ?!」
「二人ともまとめて吹っ飛ばしてほしいわけ?」
「さ、頑張ってお仕事しようじゃないかパラパタくん」
「女王どこにいるのかなぁー」
押しなべて、仕事中の冒険者というのはこんなやり取りを交わすものであった。
優秀ではあるのだが、どうにもそう見えないところがある。
クード達三人組も、そのご多分に漏れなかった。
数時間ほどかかった暴食アリ討伐は、クードが女王アリを殴り殺したことで、無事に終了した。
時間こそかかったが、苦労はさしてしていない。
やたらと数が多かったから始末に手を焼いただけで、上位冒険者にとって暴食アリというのは、さして苦労するような相手ではないのである。
体が人間よりはるかに大きく、あごは容易く鉄扉や石垣を食い破り、外骨格は剣や槍はもちろん、半端な魔法などものともしない。
集団で個を狙う特性を持ち、秩序立った行動をとる指揮系統も存在する。
人間を的確に殺すために作られ、作った国そのものを滅ぼした、古代の生物兵器。
それが、暴食アリである。
しかしながら、言ってしまえばその程度である。
この世界の人間が進出できていない領域には、その程度の連中はごろごろしているのだ。
そして冒険者とは、そういった世界に足を踏み入れる専門家なのである。
「で、暴食アリって何匹ぐらい逃がしたの?」
「ちょうど、ニ十匹です。数えましたから、多分間違いないと思いますよ」
「リ・ラ、お前、魔法道具どんだけ持ってきたんだよ。っつーかどこにそんなに入ってたんだ」
「聞くな、聞くな。すんげぇ長文返ってくるから」
「二十匹っていうと、予定通りの数だな。ゴブリンツリーの方へ向かったのか?」
暴食アリは基本的に女王アリを守るため、秩序だった動きをする。
だが、女王アリが殺されると、まったく別の行動をどるようになるのだ。
バラバラに動き回りながら、近くの「人型生物の集団」に遮二無二襲い掛かるのである。
命を顧みない、暴走状態といったところだ。
厄介ではあるが、正直なところ、扱いやすくなる部分はある。
通常時は統率された動きをするので、集団としての力を的確に発揮してくるのだ。
「全部そちらに向かったようです。到達まで、丸一日といったところでしょうか」
「じゃあ、無事にお仕事終了、かな?」
「いや、もう一仕事頼むわ。暴食アリの魔石、ほっとくわけにもいかんだろ」
暴食アリは、それなりの大きさの魔石を体内に持っている。
体格から見れば並みかそれ以下程度の大きさだが、これだけの数があるとなると、少々問題だ。
「死体だけならともかく、魔石を狙って厄介な魔獣やら魔物やらが出てくるかもしれんからな」
「暴食アリの魔石って、どのぐらいの価値なの」
「ゴブリン・プラントの百分の一ぐらい」
「やんなってきた。すんげぇ帰りてぇ」
「しょうがないでしょ。これも仕事なんだから。ついでに、暴食アリの死体積み上げて焼いとく?」
「虫の積み上げて燃やすとか、狂気の沙汰だわ。クサそう」
「もうさっさとやっちゃいましょ」
「だなぁ。あー、しっかし、ゴブリン・プラント達って大丈夫なのかね? アレニ十匹もやれるもんなの?」
「普通の人間の村だと、ニ十匹もいれば壊滅するけどな。まあ、だいじょぶじゃない? 知らんけど」
こうして、暴食アリの群れの討伐は終わった。
りあむ達が暴食アリの接近に気が付くのは、この数時間後である。
今回は、冒険者達が暴食アリと戦うだけで終わっちゃいました
思ったよりも文字数かさんじゃったのよ・・・
こういう登場人物一杯な話を書くの好きなので、書いてて楽しかったです
読んで楽しいかどうかは・・・うん・・・ねっ!!!
次回はゴブリンVS暴食アリです
冒険者達は結構簡単に暴食アリを仕留めていましたが、あれはあの連中が化け物なだけでした
一般魔物であるゴブリン達は、果たしてどうなってしまうのか




