三十九話 「口で咥えているだけでは、ロープの調整が利きませぬな」
ゴブリンの頭よりも大きな石を、縄で長い木の棒に括り付ける。
恐ろしく単純な造りだが、振り回せば打撃力は十二分に出るだろう。
取り回しは悪いし、素早く振り回せるようなものでもない。
だが、相手を動けなくしてしまえるならば、使いようはある。
「網を投げつけたり、ボーラを投げたり。とにかく動けなくしてから、これで殴るの」
ケンタに作ってもらった即席ハンマーを前に、りあむは自信ありげに言った。
だが、ケンタの反応は芳しくない。
「大きすぎて、扱いきれないんじゃないか」
「一人で使う必要はないんだよ。二人ぐらいでかかれば、十分持ち上げられるだろうし、いい破壊力になると思わない?」
なにも、ゴブリン一匹で扱う必要はないのだ。
二人掛かりで持ち上げて、叩きつける。
それだけで、凄まじい威力になるだろう。
「なるほど、そういう使い方か。威力はありそうだし、使えると思う」
「でしょでしょ。とにかく動きを止めれば、ん? あ、そうか。くっそ、そうだよ。今になって思いつくなんて」
相手を動けなくする。
それだけを考えるならば、ウルフ・プラント達の機動力を生かさない手はない。
たとえば、ウルフ・プラント二匹に一本のロープを咥えてもらう。
敵の周りをぐるぐると周り、そのロープで縛り上げる。
ロープではなく、ピンと張った網でもいい。
張った網の真ん中あたりに相手が来るようにして突撃していけば、大いに動きを阻害できるだろう。
然る後、槍やハンマーでボコ殴りにすればいい。
思いついた方法を、ケンタに相談してみる。
「可能だと思う。ただ、練習は必要だろう」
「そうだよね。早速、今、警備にあたってる班のリーダーと相談してみよう。あ、このハンマーも量産してもらわないと。んあああ、やることが多すぎる!」
化け物みたいな、というか、文字通り化け物のアリが、ゴブリン達に襲い掛かってこようとしているのだ。
まだ現物は見ていないが、間違いなく厄介な相手だろう。
アクジキの様なモノが存在する世界。
その中にあって、特別警戒しなければならない相手が、「暴食アリ」だという。
準備にいくら手間と時間を割いたとしても、落ち着いて相手を待つことなどできるはずもない。
まして、木の記憶には、「数で襲い掛かってくる分、アクジキよりも厄介」と書いてあった。
アクジキである。
ゴブリンの片足を奪った、あのアクジキである。
もしかしたら、今回は戦死者が出るかもしれない。
そう考えるだけで、りあむは居てもたってもいられなかった。
洞窟の入口の方に戻ると、クロスボウ作りが進んでいた。
完成には、まだ時間がかかりそうである。
警備をしている班のリーダーを見つけ、声をかけた。
ウルフ・プラントも呼び、先ほど思いついた方法を告げる。
「なるほど。機動力を生かす戦術でしたら、行けそうではありますな」
「やってみるか」
どうしても力で劣るウルフ・プラントだが、動きの速さは折り紙付きだ。
リーダーの理解も早く、早速試してみることとなった。
なにしろ、ロープ、縄の類や網などは、ストックがある。
既にあるものを使うので、準備なども必要ない。
早速、ウルフ・プラント二匹でロープを咥え、実際にやってみることにする。
標的には、石を積み上げたものを使うことにした。
「かかれ」
リーダーの掛け声で、ウルフ・プラント達が走り出す。
縄は標的に命中する、が。
そこからがうまくいかなかった。
どうにも、標的に縄を絡めさせることができないのだ。
「口で咥えているだけでは、ロープの調整が利きませぬな」
「やはり、手で持つようにはいかぬようです」
「うーん、そりゃそうか」
網の方も試してみようとしたが、こちらはもっとうまくいかない。
ウルフ・プラント自身が、網に絡まってしまいそうになるのだ。
縄もそうだが、網の方も上手に扱うには、やはり器用に動く手が必要らしい。
「次は、背中にゴブリンを乗せて、やってみようか」
ウルフ・プラントにゴブリンが跨り、そのゴブリンが縄や網を操る。
これならば、絡まってしまう心配は減るだろう。
ウルフ・プラントは持久力が低いので、重量がかさむのはなるべく避けたいところではある。
縄や網の重量というのも、案外バカにならない。
心配しながらも、試してみる。
すると。
こちらは思いのほか、上手く行った。
ゴブリンとウルフ・プラントが、驚くほど息があっている、というのも助けになったのだろう。
一回目より二回目、三回目と、試せばためすほど精度が上がっていく。
「ふはははははは!!! よしよしよし! これならいける! ちょっとケンタ! ハンマーとってこよう!」
即席ハンマーは、ゴブリン一匹でも運ぶことができるものであった。
だが、やはり振り回すのは難しい。
ゴブリン二匹で、運用することにする。
二匹で肩に担いで移動し、持ち上げて振り下ろす。
これだけで、移動速度や安定性がかなり上がった。
縄で絡めとり、ハンマーで殴る。
かなりの効果があげられる戦術ではあるまいか。
狩りの効率だけを考えれば、これはあまり有効な手ではない。
森の中には木が立ち並んでいるので、それに邪魔をされるからだ。
だが、平地で使うのであれば、これほど有用な手も少ないだろう。
ウルフ・プラントの背から、網やボーラを投げる、というのは今までもやってきたが、これは効果が雲泥に違う。
動けなくなったところを、ウルフ・プラントに跨ったゴブリンが、大槍で突く。
というのも考えたが、これは効果が薄そうなのでやめておくことにした。
暴食アリは外骨格がかなり硬いらしい。
これを貫くのは、なかなか難しいようなのだ。
それならば、叩き潰してしまった方が速いだろう。
同じ突き刺すにしても、クロスボウの場合は別である。
距離を置いて一方的に攻撃できる手段というのは、強力だ。
威力も確保しやすいクロスボウ、バリスタというのは、戦いの決定打にすらなる。
地球の西洋世界のことらしいのだが。
クロスボウがあまりに強力すぎるため、戦争などでの使用が制限された歴史もあるらしい。
まあ、何度も制限される法が出されていたらしいので、本当に制限されていたかどうかは甚だ疑問ではあるが。
「そういえば、クロスボウは完成したかな?」
「まだそんなに時間がたっていない。そう簡単にはできないだろう」
「まあ、そりゃそうか」
とりあえず、即席ハンマーはそこそこ使えそうなことが分かった。
警備のゴブリン達に作り方を教えて、量産体制に入る。
といっても狩りに使うものでもないので、さほど数はいらないだろう。
まったく、暴食アリのためにどれだけ無駄な労力を割かなければならないというのか。
もし同じ労力を純粋に狩りのために使えたとしたら、どれだけゴブリン・ツリーが成長したことだろう。
「忌々しいっ! 忌々しい暴食アリめ! それでいったら人間も一緒だ、チクショウ!」
喚き散らすりあむを肩に載せながらも、ケンタは黙々と作業内容をゴブリン達に伝授し続ける。
騒がしいのも、慣れてしまえば気にならないらしかった。
暴食アリ退治にあつまった冒険者達は、粛々と準備を進めていた。
山盛りの肉団は、周囲の調査。
リ・ラは、自身が持ち込んだ魔法道具の調整。
アンデリックは、上空から暴食アリを牽制、足止め。
あまりにも贅沢すぎる陣容である。
山盛りの肉団とアンデリックは、何方もA級冒険者。
通常ならば、A級冒険者というのは温存される戦力である。
虎の子、切り札といった扱いなのだ。
だが、ここではそれが当たり前であるように、雑用をこなしている。
こんなに贅沢な冒険者の使い方というのは、通常ならばしないところだろう。
B級冒険者であるリ・ラにしたところで、彼女の本領は冒険者としてよりも、魔法道具製作者としての能力にこそある。
それを惜しげもなく振るっているわけだから、やはり贅沢な使い方といっていい。
危険とされる暴食アリだが、それにしたところでこれは明らかに過剰戦力の投入である。
その過剰戦力の元凶であるボルドレイグは、お茶の入ったカップを手に、緊張した面持ちで椅子に腰かけていた。
目の前にいるのは、申し訳なさそうに苦笑しているバッフである。
「申し訳ない。本来ならすぐにご挨拶に行かなけれならなかったんですが、少し、ゴブリン・ツリーの方で目の離せない動きがあったもので」
「いえいえ! そんな、俺ら先生がきちんと仕事をして頂けるようにってんで、雇われたわけですから! ええ!」
バッフはどこまでも柔和な見た目で、一見なよなよした頼りない男に見える。
だが、経験豊富な冒険者であるボルドレイグは、「ハイ・エルフ」の恐ろしさを嫌というほど知っていた。
見た目こそ人と変わらないが、その危険度はドラゴンと変わらない。
人と同じように、剣で刺せば殺せる、などと考える連中は後を絶たないが、それは非常に滑稽で、物事の道理をわきまえていない貧困な発想だ。
ハイ・エルフというのは、正確には生物ではない。
妖精の類であり、見た目の肉体などというのはただの飾りなのだ。
その正体は、巨大なエネルギーと精神体が合わさった様なモノであり、ほかの人種と同じように振る舞っているのは、彼らがそうしたいからそうしているというだけに過ぎない。
彼らにとってこの世界での生活は、一種の娯楽。
ゲームの様なモノなのだ、というのは、ボルドレイグが個人的に偶然知り得た事実であり、この世界の多くの人間が知りえないことである。
しかしながら、いまボルドレイグが緊張しているのは、そういった存在が目の前にいるから、ではなかった。
「いやぁ、それにしても、ご立派なものですなぁ。こんな場所にわざわざ自分で出向いてきて、研究仕事ですか。基礎研究、っていうんでしたっけ? そういったことをしっかりとなさってる先生方ってのは、本当にすげぇ」
心の底から、ボルドレイグはそう思っていた。
貧乏農家の三男坊として生まれ、冒険者としてそれなりに評価されるようにはなっている。
ただ、それなりの扱いを受けるようになればなるほど、痛感するようになったことがあった。
自分の学の無さである。
それなりの扱いを受けるようになれば、それなりの相手と会うようになる。
商人、貴族、学者。
そういった知識を武器に戦うモノ達を前に、ボルドレイグは圧倒された。
世の中には、こんなに頭がいい人たちがいるのか。
そして、ふと気が付く。
今自分が当たり前のように享受しているもの事というのは、そういった人たちの努力の上に成り立っているのだと。
たとえば、着ている服も、靴も、手にしている武器も。
そういった人たちの、よく分からないが、研究やら努力やらで作られているのだ。
様々なもの、様々な場所、文化、文明。
これらが成り立っているのは、つまるところそれを創造し、支えている人達がいるからだ。
そう思いいたった時、ボルドレイグは強烈な憧れを抱くようになった。
自分には持ちえないものを持っている人達に対する、深い尊敬の念を持つようになったのである。
ゆえに、ボルドレイグにとってみれば、バッフは憧れの場所にいる一人。
野球少年にとっての、メジャーリーガーを前にしたような心境なのだ。
「半分以上、趣味の領域ですが。何の役に立つかもわからないことですし」
「その知識がいつどこで役に立つかわからない。でも、何時か何かの役に立つかもしれない。いや、例え何の役にも立たなかったとしても、知るということには、意味もあれば意義もある。俺ら冒険者も似たようなもんですよ」
「冒険者と、ですか?」
「冒険者ってやつはですね、よく魔物やら魔獣やらと戦う専門職だと思われてますが、そうじゃねぇ。冒険者ってのは、冒険をするのが本分なんですよ。誰も知らねぇところに行って、誰も知らねぇものを見て。まさに冒険ってやつだ」
しみじみと語るボルドレイグを、バッフは驚いたように目を丸くして見ていた。
「ですからね、誰も知らねぇことを知ろうって学者先生方ってなぁ、俺らと同じようなものだと思うんですよ。その最前線で活躍してる人らってのは、言ってみりゃぁA級冒険者見てぇなもんだ。すげぇと思いますよ、本当に。いや、一緒にするなって怒られるかもしれないですがね」
元々、バッフが冒険者達と顔を合わせるのは、暴食アリ討伐終了後の予定であった。
それを途中で変えたのは、ボルドレイグが原因である。
少し前のことだったのですっかり忘れていたが、バッフはボルドレイグという名前を以前に聞いたことがあった。
彼の姉が気に入ったという、人間の名前だったのだ。
えらく変わったタイプの人種である姉が気に入るというのだから、どんな人物かと思っていたが。
なるほど、あの動く爆発物のような姉は、こういう種類の人間が好みだったのか。
「いえ、光栄です。その道の練達の方にそう言って頂けるというのは」
「まさか。俺なんてただのおっさん冒険者ですよ」
そんな雑談を交えながら、ボルドレイグは今回の作戦について説明し始めた。
今いる人員と、戦闘能力。
それらをどのように運用し、暴食アリを叩くのか。
年の功、というヤツだろう。
ボルドレイグの説明は非常にわかりやすく、その方面に関してはずぶの素人であるバッフにも飲み込みやすいものであった。
単純に説明が上手いというのもあるだろう。
それ以上に、作戦自体が実に理に叶ったものだった、というのも大きい。
暴食アリの生態を、良く心得ているのだろう。
「驚きました。魔物研究を生業にしていますのでどうしてもそこが気になるのですが、暴食アリの生態をよくご理解されているようです」
「なに、それこそ魔物研究をされてる方々がいるからこそですよ。俺らみてぇのがその知識を使わしてもらってるわけです」
存外これは、思ったよりも安全に片が付くかもしれない。
ホッとする反面、これはきちんと念押ししておかなければ、という思いも湧いた。
暴食アリも、幾らかは残しておいてもらわなければ困るのだ。
その素材や魔石は、ゴブリン・ツリーの成長の大いに助けになるはずなのである。
制作に取り掛かったクロスボウは、全部で十丁。
うち、無事に組み上げられたのが九丁。
まともに射ることができたのが、七丁。
飛距離がきちんと出るものが五丁。
何度か試してみて、途中で壊れなかったものが四丁。
使い勝手が良く、運用に耐えそうなものが二丁。
つまるところ、上手く行ったのは結局のところ、その二丁だけ。
ほかは、使えるようなものではなかった、ということになる。
この結果に、りあむは思わず頭を抱え込んだ。
「こんな、こんなことって。いやいやいや、前向きに考えよう。二丁は、上手く行ったんだから。これを量産すればいいってことだよ、うん」
初めての試作で、二丁もまともに動いた。そう考えれば、決して悪い結果とは言えないだろう。
幸い、その二つの材料は、また余裕がある。
同じものを作ることも可能だ。
救いがあるとすれば、クロスボウの威力が、思ったよりもありそうなことだろう。
「三十歩先の丸太を貫通できる。なかなかの威力だな」
「ささるだけなら、もっとはなれていてもいい。だが、いりょくをもとめるなら、こんなもんだ」
威力としては、十分だろう。
三十歩というのはかなりの距離で、りあむの感覚でいうと20mを超えるぐらいになる。
まあ、あくまでゴブリンの歩幅であり、ゴブリンの身長が分からないので、実際に何mになるのかはわからないのだが。
ともかく、その位離れた相手を十二分に攻撃できる、というのは非常に大きい。
「よし、じゃあ、早速訓練に移ろう。今ある二丁をとにかく打ちまくって、感覚を体に叩き込んで!」
りあむの指示に従って、ゴブリン達は素早く動き始めた。
製作班は、成功した二丁と同じものの制作に。
警備についているゴブリンから、数匹を選抜。
そのゴブリン達には、とにかくクロスボウを使いまくってもらう。
クロスボウを使うことに、慣れてもらうためだ。
ゴブリンは、人間では考えられないほどの経験共有力を持つ。
扱いの簡単な道具であれば、練達のゴブリンによる指導で、すぐに腕前が上がる。
クロスボウは、まさにその「扱いの簡単な道具」。
装填、狙い、発射の仕方さえ覚えてしまえば、すぐにでも扱うことができる。
人間にはない、ゴブリンの優位性の一つだろう。
問題は、その「練達」と言えるまで技術を習得できるか、ということだ。
いくら扱いが簡単とはいえ、やはり円熟には時間がかかる。
しかし。
ここで、りあむにとってはうれしい誤算があった。
「なんか、すっごい精度高くない?」
少し扱っただけで、ゴブリン達の射撃精度が見る見るうちに上がっていたたのだ。
「っていうか、構えてる手が全く動いてないんだけど。どうなってるんだ?」
人間の体というのは、無意識に僅かに動いてしまうという特性がある。
いわゆる「不覚筋動」というヤツだ。
植物であるゴブリンには、これが一切ない。
それでいて、人間よりに精密に、高精度で体の動きを制御することが可能なのである。
非常に、クロスボウ向きの種族なのだ。
もっとも、今のりあむに、そういったことを考察する時間はなかった。
ただ、有り難いと思うだけである。
「よし! これなら丸一日あれば、結構いい感じになるかも! いけるいける! 行ける気がする!!」
肩の上で騒ぐりあむに、ケンタはちらりと目を向けた。
もしりあむが、ゴブリンの表情を正確に見抜くことができるようになっていたなら。
そのあまりにうっとうしいものを見る目に、少しは静かになったかもしれないのだが。
残念ながら今のりあむには、ゴブリンの表情を正確に見抜く目も、冷静さもなかったのである。




