三十八話 「こりゃ、わざと逃がすぐらいのつもりじゃないと、一匹も残らないかもなぁ」
森の中で、暴食アリの匂いを感知した。
狩猟を行っていた班は、これをすぐにりあむに報告する。
だが、りあむは不思議そうな顔で首をかしげるばかりであった。
暴食アリことをよく知らなかったりあむには、事の重大さが理解できなかったのだ。
とりあえずりあむは、「木の記憶」に暴食アリのことについて尋ねることにした。
すぐに帰ってきた答えに、りあむは徐々に顔色を悪くしていく。
「木の記憶」が持っていた暴食アリの情報は、それなりに精度の高いものであった。
記憶を引き継いだ木の中に、暴食アリとの交戦経験を持つものもあったようだ。
その時の経験によると、まず形状はとにかく大きなアリそのもの。
体高はゴブリンの身長より若干高く、強靭な顎を持つ。
役割によって若干形状が異なり、幾らか性能が違う。
中には、強力な蟻酸を飛ばすものもいる。
人間やゴブリンは襲うのに、なぜか獣に襲い掛かることはほとんどない。
なので、ゴブリンツリーは攻撃されないのだが、襲撃を受けてそれを防ぎきれないと、ゴブリンに壊滅的な打撃を受ける。
ちなみに、「木の記憶」には、暴食アリが人間が作った生物兵器である、といった情報はなかった。
実際の交戦経験で得たもの以外の情報は、手に入れる機会が無かったのだろう。
それは兎も角。
これを聞いたりあむは、すぐさま決定を下した。
「戦の準備じゃぁあああい!!」
人間だけならばともかく、ゴブリン達を狙うとは。
こちらを狙って襲撃して来るならば、一匹も残さず駆逐してやる。
無論、ゴブリン達も、この意見に否はない。
りあむの号令と指示の元、ゴブリン達はさっそく対暴食アリの準備を進めることにするのであった。
愛竜に跨り上空を駆けながら、“竜騎士”アンデリック・バラフマスは遥か下方にある地面を注視していた。
手元の地図と地形を照らし合わせながら、ゴーグルを操作する。
遠視機能を搭載した多機能なそれは、風よけとして以外にも色々と役に立った。
上空からの偵察を頼まれることが多いアンデリックには、かかせない商売道具の一つである。
「確かこの辺りなんだ、けど。ん、あれか」
お目当てのものは、思いのほか早く見つかった。
予想よりも、随分目立っていたからだ。
「何度か見たけど、キショいなぁ。虫系苦手なんだけど、俺」
言いながら、アンデリックは嫌そうに顔をしかめた。
アンデリックでなくとも、人を超える巨体を持つアリがうごめいている様というのは、見ていて気持ちのいいものではないだろう。
ましてそれが人を襲うために作られた生物兵器であるという知識があるのなら、なおさらだ。
持たされた魔法道具を取り出し、地面の様子を撮影する。
この情報を元に、作戦を立てるのだ。
「っていったってなぁ。メンツがメンツだし。作戦も何もない気がするけど」
そうは言いながらも、しっかりと役目はこなす。
アンデリックというのは、生真面目な男なのである。
クード達が用意した暴食アリ対策用の拠点には、既に冒険者達が集まっていた。
周囲には結界を張り、宿泊用のテント、簡易式のカマドなどが用意されている。
冒険者達は、拠点中央に置かれたテーブルを囲み、クードの説明を聞いていた。
「とまぁ、そんな感じなのが、依頼主がアンデリックさんの持ち帰った映像を分析して得た情報です」
「暴食アリ約千匹の群れねぇ。まぁ、そんなところか」
「規模としては、まぁまぁですねぇ。これだけいれば、どうにでもなりそうです」
魔法道具製作者であるリ・ラが、のほほんとした顔でいう。
通常であれば、話を聞いていたのか疑うところだ。
凶悪な対人生物兵器である暴食アリ約千匹である。
警戒するのが普通であり、こんな反応を示すものはまずいないといっていい。
正直なところ、クードとしても常であれば関わり合いになりたくない類の仕事であった。
なにが悲しくて人を殺す専用の化け物千匹あまりと戦わなければならないのか。
いくら優秀な冒険者が幾らかいたところで、相手は数の暴力に物を言わせて襲ってくる。
他の生物と違い、命も顧みず捨て身で来る生物兵器なのだ。
普通の神経をしていれば、相手をしたくないと思うのが当たり前だろう。
だが。
ここにいるメンツならば、話は変わってくる。
十分に、いや、むしろ容易く、討伐することが可能だ。
そう断言できるだけの戦力がそろっている。
同じ冒険者だからこそのひいき目、では、断じてない。
単純に、どこぞの砦でも襲うのかというような火力を、彼らは保有しているのだ。
極端な話、“竜騎士”アンデリック・バラフマスが上空からブレスをばらまき。
リ・ラが作った破壊系魔法道具をそこら中に設置すれば、それで事は終わる。
実際にやれば地形が変わってしまうので、あまり現実的ではないのだが。
とにかく。
ここにあつまった冒険者達だけで、暴食アリの大半と女王は、討伐できるのだ。
問題は。
「ゴブリン・ツリーの方へ沢山いかないように、か。でもさぁ、位置的に考えてよ? 取りこぼしが出た場合、まずそっちに行くよね?」
「連中、一番近い人型のものに集るからな。距離を考えれば、ネザ村よりゴブリン・ツリーだろうな」
「てことは、森を吹っ飛ばさないようにしながら、なるだけ漏れが少なくなるようにしないといけない。ってことか」
「少し、面倒ですね。それなら、いっぺんにやっつけちゃった方が速いんですが」
物騒なことを言いだすアンデリックとリ・ラに、クードは表情が引きつった。
クード達の雇い主であるバッフは、あくまでゴブリン・ツリーを観察するのが目的なのだ。
あまり森を荒らしてほしくはない。
恐ろしいのは、この二人が口だけでなく、実際にそれをやってしまえる能力を持っているところである。
「いやいやいや。何考えてんだ、バカお前。俺らもまとめて吹っ飛ぶわ。もっと現実的に考えろよ。大体、依頼主は学者先生で、ゴブリン・ツリーの研究してるってんだろ。んなことしたら邪魔になるだろうよ」
中年の冒険者、ボルドレイグに言われ、二人は「それもそうか」「ですよね」と大人しく引き下がった。
この二人も、ボルドレイグには頭が上がらないのだ。
「普通に考えるなら、ちまちま削りながら女王のところまで行きつくってところだけどよぉ。アンデリックの竜なら、一気に行けるんじゃねぇのか?」
「初手で女王潰しか。出来なくはないぞ」
「それやると、群れが四散して追いきれなくなるんじゃなかったっけ?」
「ですね。女王を倒してしまうと、守るものが無くなりますから。てんでバラバラに動き出すはずです」
「ダメじゃないのさ。ってことは、正攻法しかない、ってことだね」
「いや、アンデリックが上から狙うってのは悪くないんじゃないか? 襲撃中、女王の上を飛び回ってれば、連中も迂闊に動けなくなるだろ。群全体を足止めできる」
「なるほど。逃亡阻止か。やりやすいかも知らんね。ついでに、上からの状況も実況してもらうべや」
どんどんと話し合いが進んでいくのを見て、クードはホッと胸をなでおろした。
今回は雇い主に近い立場であるクードではあるが、キャリアや実力を見れば、ここにあつまった冒険者の足元にも及ばない。
黙って彼らの決定に従うのが、当然なのだ。
幸いなことに、バッフも「条件さえ守ってもらえるなら、やり方は任せる」と言ってくれている。
楽な仕事ではないが、死ぬほど大変な思いもしなくて済みそうだ。
「あ、ちなみにだけど。女王アリの相手は、クード達な」
「はっ!? なんで!? いやいや、山盛りの肉団さんとかシリルリアさんとかの方が確実じゃない!?」
「なにいってんだ、遠慮すんな。B級になった祝いだよ、祝い」
「そうそう。美味しいとこもってきなよ」
他の冒険者達も、「そうだそうだ」というような顔をしている。
上位の冒険者になるほど顕著なのだが、強い魔物は割のいい獲物、という認識があるのだ。
通常のアリと違い、暴食アリの女王は、高い戦闘能力も有していた。
すなわち、今回のことで、最も「いい獲物」ということになる。
彼らはクード達がB級冒険者になった祝いとして、それを譲ろうといっているのだ。
有難迷惑である。
しかし。
「うわぁー。うれしいなぁー。がんばりまーす」
素直にそういえないのが、クードの立場である。
そもそも、彼らがこの依頼を受けてくれたこと自体が、クード達への祝いのようなモノなのだ。
行ってみれば、ご祝儀参加というような感じである。
そのうえで、好意としての申し出だ。
断りにくいなどというものではない。
内心でパラパタとヴェローレに詫びながら、クードは引きつった笑顔を浮かべるのだった。
りあむの大号令があったものの、ゴブリン達の業務はあまり変わらなかった。
というのも、暴食アリの匂いがかなり遠いものだったからだ。
恐らく、襲ってくるまでには、七日ほど猶予がある。
それまで狩りや採集を休むわけにはいかないので、警戒しつつもいつも通りの仕事も行う、ということになった。
りあむとしては歯がゆかったが、こればかりは仕方ない。
今は、ウルフ・プラントの「姫」も抱えている、大事な時期である。
獲物や採集物を、おろそかにすることは出来ないのだ。
とはいえ、ただいつも通り過ごしているわけにはいかない。
「こうなったら、完成度は後回しだね。とにかく、バリスタを作っちゃおう」
色々試して完成度を高めていき、最終的に量産するものを決めるつもりであったのだが。
状況的に、そういうわけにもいかなくなってしまった。
こうなったら、何種類も作って実戦に当たり、その中で使えるものを見繕うしかない。
そう、りあむは判断した。
もちろん、ある程度形になったものを使うつもりではある。
撃てないし当たらない、などというものは使うつもりはない。
ある程度形になって、それなりに矢を飛ばせるものならば、それで構わない、という考え方だ。
正味な話、たった七日ではそれが限界だろう。
りあむがやろうとしているのは、「量産に耐えうる、単純な構造ながら射程や命中性にも優れたバリスタの設計開発」なのだ。
それには、あまりにも時間が無さすぎる。
「とにかく、今まで作った弓の性能テスト。それが使えそうなら、それを基本にしつつ、バリスタの形に組み上げちゃおう」
通常のゴブリンは、弓を射る姿勢をとることができない。
体がその動きに対応していないからだ。
だが、特別なゴブリンであるケンタは別である。
りあむがある程度指示をすると、何とか弓の構えをそれらしく行うことができた。
早速外に出て、矢を射るテストを行うことにする。
矢とはいっても、そう立派なものではない。
真っ直ぐな枝を切り出しただけの代物だ。
羽や矢じりなども着けていないので、遠くを狙っても真っ直ぐ飛ばない恐れがある。
だが、矢が使い物になるか試すために、ゴブリン一匹分ぐらい先の的を狙う程度であれば、問題ない。
「じゃあ、やってみて」
りあむの指示で、ケンタが弓を構える。
すぐ近くでは、老ゴブリン一匹と、片足のゴブリンが見守っていた。
実射の様子を見て、弓の改良をするためだ。
なんやかんやとやっている間に、弓は何タイプか作ってあった。
それらを、一つずつ試していく。
「これは、普通に使うには少々形が悪いな。握りが太すぎる。だが、バリスタに使うには十分、なのか?」
「わからん。とりあえず、つくってみる。いりょくは、よさそうだしな」
「そっちのでかいのは、どうだ」
「構え難かったしひきにくいが、数匹がかりで引っ張れば問題なさそうだな。十分使える」
弓そのものとして使うのではなく、クロスボウ、バリスタの材料なのである。
それなりに真っ直ぐ飛びそうならば、それで問題ないのだ。
りあむがあれこれ細かな指示をするまでもなく、作業はどんどん進んでいく。
ゴブリン達は、新しいことを自分で考えたりすることには、全く向いていない。
例えば全く新しい武器を作ったりすることなどは出来ず、そもそもその発想が無かった。
当然といえば当然である。
それをするのは、「木の精霊」の仕事なのだ。
ゴブリン達は、「ゴブリン・ツリー」を本体とした、一つの群であり、それそのものが一つの生命であるといってもいい。
新しいものを作る、発想するという機能は、木の精霊の役目。
つまり、りあむの役目なのだ。
だが、それを改良していく、というのは、また別らしい。
現場経験を積んだゴブリン達は、木の精霊とはまた違った視点を持っている。
ある程度発想し、運用案を出した後は、ゴブリン達に任せた方がいい。
それが、りあむと「木の記憶」共通の見解である。
もっとも、だからといって、りあむにすることがないわけでもない。
丁度外にいるので、石垣を作っているゴブリン達に指示を飛ばす。
「とりあえずでいいから、とにかく大きな石と木材を用意して。目的は、石垣の出入り口をふさぐこと。あとで取り除ける物でも、とにかく積み上げれば障害になるから」
石垣は、未だに完成しているわけではない。
一応形にはなってきてはいるが、どうしても高さが足りないのだ。
部分的には、ゴブリン二匹分の高さになっているところもある。
だが、相手がかなり巨体となれば、それもあってない様なモノだろう。
さらに高くするか、その高さで十分になるような工夫が必要になる。
襲撃が来るまでに完成させることは、時間的に不可能だろう。
ならば、完成途中でもなんとかなるようにするしかない。
「採集を担当している班にお願いして、荒れ地と森の境界当たりの木を切ってもらおう。で、それを引きずって運んできて、石垣の中に置いておく。暴食アリが来るのを確認したら、出入り口にそれを積み上げる。岩と一緒にね」
本来であれば、出入り口は頑丈な扉を取り付ける予定だった。
だが、そんなものはまだ影も形もない。
となれば、塞いでしまうしかないのだ。
幸いなことに、洞窟入り口の周囲は、恐ろしく見晴らしのいい荒れ地になっている。
暴食アリの姿を見てから出入り口を閉じ始めても、十分に間に合うだろう。
先に塞いでしまって、縄梯子などで出入りをする。
という案もあったのだが、不採用とした。
まだ、採集や狩猟などを行っており、洞窟の中に物を運ぶこともあったからだ。
塞いでしまったら、物資の運び込みが出来なくなってしまう。
まあ、暴食アリが来る数日前、といった状態になったら、塞いでしまってもいいかもしれない。
全ゴブリンで迎撃する予定なので、方策の一つとして温存はしておくことにする。
今は、少しでも取れる手段を多く確保しておきたかった。
りあむにとっては未知の敵相手に、不完全な装備と設備で戦うことになるのだ。
これで絶対、という方法がない以上、取れる手は用意できるだけ用意しておきたかった。
「そうだ。ああ、くっそ、今になって思いつくってのも、つくづく駄目だな。石垣の上から攻撃できる武器を用意しないと。槍じゃきついかな、硬いっていうし。ハンマー的なやつ作ったほうがいいのかなぁ」
相手は、硬い外骨格に包まれているらしい。
槍では突き刺さらない恐れもある。
鉄製の槍ならば、重さもあるため叩きつけることで十二分な破壊力を持つだろう。
だが、残念ながらゴブリン達の持つ槍は、刺突性能に優れているだけのものである。
長い柄のついたハンマーのようなモノでも作らない限り、打撃力は期待できないだろう。
「戦国時代とかの知識は役に立たないだろうからなぁ。相手が人間じゃないし。はぁ」
公務員時代、りあむが見ていたCSの番組には、戦国時代の城攻めを考察した番組なども多くあった。
そういったものでは、城の防衛に使われた武器なども紹介されていたのだが。
如何せん、それらは人間相手に使われたものである。
でっかいアリを効率よく倒すために設計されたものではない。
そのまま再現したとしても、りあむとしては、あまり役に立つようには思えなかった。
「工夫するしかないんだよなぁ。くそ、地球にも巨大アリが居て、城を襲ってれば参考にできたのに」
恐ろしく理不尽なことを呟きながら、りあむはギリギリと歯ぎしりをした。
そんなことをしている間に、弓の試しが終わったらしい。
「りあむ。弓の確認は終わった。すぐにバリスタだか、クロスボウだかの試作に入るそうだ」
「あ、ありがとう。完成したら、とにかくすぐに教えてください。すぐに試し打ちをしますので」
「わかった。やのせいさんも、すすめておく」
「お願いします。ケンタ、ちょっと試したい武器を思いついたから、資材置き場に行ってくれるかな。手早く試作品を作ってほしいんだ」
「わかった。俺が作って試すんだな?」
りあむにくっ付かれてあれこれ作業をしているので、ケンタは道具を作るのも上手ければ、それを扱うのにも慣れていた。
新しい道具などの試しは、自然とケンタが行うことが多くなっている。
もっとも、ケンタは特別なゴブリンであり、他のゴブリンよりもかなり器用であった。
ケンタが扱えても、他のゴブリンは扱えない、などということもあったので、最終調整は別のゴブリン達に任せることになる。
それでも、たった一匹で試作から使い試しまでできるというのは、りあむにとっては非常にありがたい。
「そう。ちょっと長柄もので、石垣の上から攻撃できるやつを作りたくってね」
「なるほど。有用そうなら、石垣に取り付いた敵を叩けるわけか」
打てば響く、というヤツだろうか。
ケンタはりあむの考えていることを、実に的確に理解してくれる。
頼もしい相棒だ。
「うっしゃ! とにかく、やれるだけのことは全部やろう! 暴食アリとか言うのが来たら、ボコスコにしてやるからね!」
興奮して跳ねまわるりあむを横目に、ケンタはさっさと資材置き場へ向かうのであった。
「んだば、そんな手はずで」
「うぇーい」
「わかりました。がんばります」
「早朝仕事だなぁ。起きるの辛いわぁー」
全く緊張感のない言葉が飛び交う。
今決まったのは、冒険者達による暴食アリ殲滅の詳細であり、かなり重要なことだったのだが。
何しろ皆冒険者であり、顔見知りでもある。
自然、会話に使われる言葉はごく軽いものになっていた。
もっとも、内容自体は実に的確であり、彼らの能力を微塵も疑わせるものではない。
「明日一日準備して、明後日襲撃ってことで。クード、依頼主にはよろしく説明しといてくれ」
「分かりました。でも、いいんです? 顔合わせんでも」
ボルドレイグの言葉に、クードは頷きながら答える。
ここに来てから、バッフは冒険者達と顔を合わせていなかった。
別に、それが珍しいわけではない。
代理人がいるなら、直接交渉の場に出てこない依頼人などいくらでもいる。
ただ、冒険者側としては、依頼人に直接交渉したいことなどもあるのだ。
「いいんだよ、バッフさんってのは学者先生なんだろ? 俺は学がねぇからよくわかんねぇけどよ、そういう偉い人たちがいろんなことを調べて研究してくれるから、俺らみたいなのも恩恵にあずかれるんだよ」
ボルドレイグは元々農家の出であり、口減らしのために冒険者になった。
いわゆる、叩き上げの冒険者である。
そのためか、学者や先生などといった、文明の匂いに強いあこがれを持っているようだった。
相手をするときは敬意を払い、一定の尊敬の念を示す。
大抵の冒険者はコンプレックスを刺激されるらしく、大抵の場合敵対するような行動や態度をとるのだが。
ボルドレイグは非常に珍しい部類と言えるだろう。
「今だって、観察を続けてるっていうじゃねぇか。ってことは、仕事をしてるってことだ。邪魔しちゃならねぇだろ」
「はぁ。まあ、終わった後には顔を出したいって言ってましたけど」
「そういやぁ、ほかの二人は?」
「その、学者先生のところにいますよ」
一応、クード達はバッフの護衛も兼ねている。
全員が離れるわけにもいかないのだ。
出来れば二人、最低でも一人は、近くにいる形にしたい。
まあ、三人だけであるし、バッフ自身かなりの使い手でもあるため、例外はしょっちゅうあるのだが。
暴食アリ退治の時も、そうなる予定である。
クード、ヴェローレ、パラパタの三人とも、出張っていく予定であった。
「そりゃそうか、おめぇら護衛もしてるんだもんなぁ。まあ、明日明後日だ。一先ず体休めといてくれ。何か問題があったら、まぁ、俺とコイツラだけでもなんとかするわ」
「ま、俺ら昨日来たばっかしだしね」
「つかれとりゃせんもの」
「その場合って、爆弾とか使ってもいいんですかね」
「アホかお前。おい、フリじゃねぇぞ、マジでやるなよ」
軽口を叩いてはいるが、みんな一様にやる気に満ちた目をしている。
恐らく、ボルドレイグの前でいいカッコがしたいのだろう。
ここにいる全員、ボルドレイグには随分世話になった口だ。
見栄っ張りが多い冒険者としては、この依頼は大チャンスといっていい。
「大丈夫ですよ。あの二人もやる気はあるみたいですから」
無論、それはクードも同じである。
色々あって、ボルドレイグにはずいぶん迷惑をかけたし、助けられた。
冒険者として、立派に一本立ちしている姿は、見せておきたい。
ボルドレイグというのは変わった男で、金や物、言葉で礼を言われるより、立派にやってる姿を見せたほうが喜んでくれる。
そういうところも、慕われている理由だろう。
だからこそ。
クードとしては、暴食アリ達が少々不憫に思われた。
こんな連中に張り切られるのだから、まぁ、まず女王アリが逃げおおせることは不可能だろう。
問題は、どのぐらいの数が残るか、というところである。
バッフとしては、少々残ってゴブリン・ツリーの方へ行ってもらいたいらしい。
迎撃させて、養分にしてもらいたいようなのだが。
「こりゃ、わざと逃がすぐらいのつもりじゃないと、一匹も残らないかもなぁ」
いい格好もしたいが、一応立場もある。
パラパタとヴェローレの二人は、なんというか。
なかなか悩ましい問題を抱え、クードはため息を吐いた。




