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三十二話 「ああ、いえ。私が頼んで、皆に作ってもらいました」

 煮ることで繊維を取り出しやすくする、という方法は、地球ではあまり行われない方法であった。

 全くないわけではないのだが、メジャーな方法とは言い難い。

 それでも、りあむが煮て繊維を取り出すことを試そうと考えたのは、ここが異世界であるからだ。

 地球と似ていることは間違いないが、似ているだけであって、まったく同じではない。

 向こうで効率が悪い、あるいは主流ではない方法だからといって、こちらでもそうだとは限らないのだ。

 あるいは思わぬ効果が発生して、素晴らしい糸が作れるようになるかもしれない。

 そう簡単にはいかないだろうが、試せる状況なのであれば、それをする価値は十二分にあるはずだ。


 りあむの指示を受け、ゴブリン達はさっそくツルや草を煮る作業を始めた。

 最初の内こそアレコレとりあむが口を出していたのだが、流石ゴブリンといったところだろう。

 すぐにコツをつかみ、作業工程を共有。

 あっという間に、りあむなしでも危なげなく作業をこなせるようになってしまった。

 一定の作業を淡々とこなすことにかけては、ゴブリンは人間よりよほど優秀なのだ。

 そんなゴブリン達の様子を、りあむはドヤ顔で眺めていた。

 ゴブリンの優れた部分を見つけるのが、途轍もなくうれしいのだ。

 恐らく、木の精霊になったことが、精神に影響しているのだろう。

 木の精霊は、ゴブリンを好ましく感じるようにできているのだと思われる。

 そういったことを、嫌だと感じるものもいるかもしれない。

 だが、りあむは特に問題ないと思っていた。

 人間だって、基本的には赤ん坊を可愛いと思うようにできているのだ。

 猫や犬だって、おそらく必要だから可愛いと思うようにできているのである。

 木の精霊にとってその対象がゴブリンであっても、何らおかしいことはない。

 キモイ、コワい、などの悪感情を抱く相手と共に過ごさなければならないよりも、数万倍マシだろう。


 後の作業はゴブリン達に任せ、りあむはゴブリン・ツリーの洞窟の中へと戻った。

 ツタや草を煮て、繊維が取り出せるかどうか確かめる、という作業は少々複雑ではある。

 だが、りあむがその場にいて、付きっ切りで指示を出さなければならないほどではない。

 ある程度はゴブリン達に任せて、判断力などを養ってもらうことも必要だ。

 もっとも、りあむが精霊になる以前は、ゴブリン達は自分達だけで生きてきたのである。

 相応の判断力も知性も持ち合わせているのだ。

 りあむの立場は、言ってみればアドバイザーや現場監督といったものである。

 実際に行動するのは、あくまでゴブリン達なのだ。


「さて、これからどうするか。弓は糸が無いと話にならないし、そっちをどうにかしないとボウガンは作れないか」


 ケンタなどの特別なゴブリン以外は、体のつくり的な理由で弓を使うことが難しいらしい。

 とはいえ、弓の遠距離攻撃能力は、あきらめるにはあまりにも惜しかった。

 そこでりあむは、ボウガンを作ることを考えたのだが。

 ボウガンにしたところで、やはり弦になる糸が無ければ作ることはできない。

 なんとかゴブリン達の戦力アップを考えたいところだが、当面作れそうな武器はすでに作ってしまっている。

 槍、斧、ボーラ。

 石や骨で作ったこれらの武器は、既に量産に入っている。

 それらをさらに改良することによる戦力アップも考えたが、あと思いつくのは素材を変えることぐらいだった。


 長い期間をかける前提の計画のほうは、徐々に進んで来ている。

 石垣も少しずつ組み上がってきているし、土器もいくらか完成し始めた。

 嬉しいことだが、ここらでもう一つ二つ、手っ取り早い戦力アップがほしいところである。

 人間による襲撃。

 それが、りあむを焦らせているのだ。


「鉄砲、大砲とは言わないんだけどなぁ。何か、新しい武器が欲しい。うーん」


 できれば、遠距離武器がいい。

 一方的に相手を攻撃する手段というのは、大変に力になる。

 地球で人類が大きな顔をできるようになったのも、そういった遠距離からの攻撃手段を手に入れたおかげだろう。

 そう考えた時、真っ先に思いつくだろう道具はやはり「アトラトル」ではないだろうか。

 投槍器と呼ばれる武器で、その名の通り槍を投げるための道具だ。

 これを使うと、やり投げの選手が必死に出す記録を、一般人でも比較的容易く超えることができる。

 しかしながら、アトラトルを使うための動作は、ゴブリンには難しいものであった。

 何度か試してみたのだが、ケンタにしかその動きを再現することができなかったのである。

 そうなると、作ったところで意味がないとなってしまう。

 特別なゴブリンであるケンタだけが使うことができても、意味がない。

 りあむはあくまで、ゴブリン全体の戦力を底上げしたいのだ。


「なにか、なにか、こう、一発でぎゅーんと強くなるような方法ないかなぁ。人間の街を一瞬で滅ぼせるような」


 もちろん、そんなうまい方法があるわけがない。

 それはわかってはいるのだが、何かないかと体ごと頭をひねる。

 現状考えうる作業は、ほとんど進行中。

 新規にやろうとしている作業も、準備段階。

 正直なところ、今のりあむには近々に考えなければならないことというのが無かった。

 どれもこれも報告待ちの状況、そのほかに関しては準備段階にすら入れないといった具合だ。

 ならば、何か新しいことを。

 とも思うが、実際のところそれも難しい。

 ゴブリン達は、現状でもフル稼働。

 新しいことを始めるための、手が足りないのだ。

 そもそも、その「新しいこと」というのが思いつかないというのもある。

 八方ふさがりで、なにもすることができない。

 大人しく報告が上がってくるのを待っていればいいのだろうが、りあむの中にある焦りが、どうにもそれを許してくれなかった。

 それだけ、人間の襲撃はショッキングな出来事だったのである。

 憎しみだけで人が殺せるなら、今のりあむは五人ぐらいなら瞬殺する自信があった。

 時間をかければ、二十人ぐらいまで行けるかもしれない

 もっとも、実際のりあむにはそんな影響力はなかった。

 できることといえば、せいぜい洞窟の中で無い知恵を絞ることぐらいである。


「ぐあぁあああ!! 人間めっ! 人間どもめっ! いつか必ず吠え面かかせてやるからなぁ!」


「りあむ。いぬがきた」


「なん?」


 虚空に向かって吠えていたりあむは、唐突にかけられた言葉に、変な声を上げた。

 いぬがきた。

 犬が来た。

 いったいどういう意味なのか、皆目見当がつかない。

 考えても仕方ないので、りあむはさっさと聞いてみてしまうことにする。

 洞窟に駆け込んできたゴブリンに向き直り、慎重に尋ねた。


「犬が来たって、どういうことです?」


「そとにでれば、わかる。けんた、りあむを、つれてきてくれ」


「分かった。すぐに行く」


 りあむを置いてきぼりで、話が進んでいく。

 どうやらゴブリン達も、だいぶりあむの扱いを心得てきたらしい。




 緑色のわんこ達が、ゴブリン達と話している。

 思いもかけない光景に、りあむは困惑した表情のまま固まってしまった。

 異世界である。

 緑色の毛並みをした犬がいたって、別に不思議ではない。

 なにしろ、植物性のゴブリンがいるぐらいである。

 あるいはこの犬達も、植物性なのかもしれない。

 不可解なのは、その犬達とゴブリン達が、親しげに話しているところだ。

 ここでの不思議ポイントは、二つである。

 一つは、ゴブリン達が犬達を洞窟の近くに近づけているということ。

 ゴブリン達にとって、ゴブリン・ツリーが植わっている洞窟は、絶対に守るべき場所である。

 知らない相手は絶対に近づけたりしないはずだ。

 まあ、この間のフェザードラゴンなどは、ご近所さんでもあるので例外である。

 それが、まったく無警戒な様子なのは、どういうことか。

 もう一つ、これが肝心なのだが。

 この緑色の犬達は、あたかも当然というような顔でゴブリン語をしゃべっているのだ。

 しかも、リーダーらしき大きな体躯の個体に至っては、ケンタ並の流暢さでゴブリン語を操っている。

 軽い幻覚でも見ているのだろうか。

 マンガとかでの幻覚の定番といえばピンク色のゾウさんらしいが、こちらは緑色のわんわんである。

 大きいがかわいい分、こちらの方がマシかもしれない。

 りあむは頭を激しく振って、現実逃避から戻ってくる。

 ゴブリン語での対話が可能であるのなら、まずは話してみるのが一番だろう。

 ケンタを促し、緑色の犬の方へと近づいていく。

 外見は、日本犬を大きくしたような感じだろうか。

 一番大きなものの体高は、ゴブリンの身長ほどもある。

 かなり大きく見えるが、実際のサイズに関してはよくわからない。

 なにしろ、基準となるゴブリンが何センチぐらいなのかも、りあむは知らないのだ。

 ファンタジー作品の常として、ゴブリンは人間よりも小柄なことが多い。

 なので、一応そういうつもりで見ているのだが。

 あるいは、実はゴブリンは人間よりも体格で勝る、なんてことがあるかもしれない。

 なにしろりあむは、この世界の人間を見たことが無いので、判断がつかないのだ。

 ゆえに、この緑色の犬達が、りあむの知る地球の犬と比べてどうなのか、まったく判断がつかないのである。

 もっとも、今現在のりあむが基準にすべきは、ゴブリン達である。

 人間から見たらどの程度のサイズ感なのかはわからないが、ゴブリンから見て「デカいわんこ」であるなら、この緑の犬達は「デカいわんこ」なのだ。

 そんなことを考えているうちに、りあむは犬達の近くまでやってきていた。

 りあむに気が付いたらしいゴブリン達と犬達は、話すのをやめて体を向きなおしている。

 やはり、一際体が大きい犬が、リーダー的立場のようだ。

 一歩前に出ると、頭を下げるような動作を見せた。


「お初にお目にかかります。我等、姫様が根を下ろす場所を求め旅をする者」


「はぁ。姫様、ですか」


「然り。是非にも、ご一門に加えて頂きたく、参上した次第」


 いったい何のことだろう。

 りあむには全く意味が分からなかった。

 周りにいるゴブリン達を見回してみると、特に疑問を持っているものはいないようだ。

 細かな表情こそ相変わらずよくわからないが、大まかな雰囲気ぐらいはさすがに読み取ることはできる。

 ゴブリン達にとっては、今の犬の話は特に疑問をさしはさむ余地のない、常識の話なのかもしれない。

 どうしたものかと考えていると、思わぬ援護があった。

 ケンタである。


「すまない、狼殿。りあむは物を作らせたりする力には長けているのだが、当たり前の知識がいくらか欠けている。恐らくだが、狼殿達のこともよくわかっていない」


 そうだろう、というように視線を向けられ、りあむは何度も首を縦に振った。

 やはりケンタは頼りになる。

 それにしても、どうやら緑色の犬だと思っていた彼らは、狼だったらしい。

 種族を間違えるというのは失礼な気がするので、口に出してしまう前に、ケンタが言ってくれたのは助かった。

 犬と狼を間違えたために争いが起きた、なんてことになったら、洒落にならない。

 これを聞いた狼は、目を見開き、耳を後ろに後ろに動かした。

 いささかアニメ的にも見えるほどわかりやすい、驚きの表情だ。

 ゴブリンよりも表情が分かりやすい狼とはこれ如何に。


「左様でしたか。いや、精霊のことは我等には推察することもできぬこと。しからば、いかようにすればよろしかろうか」


 狼に聞かれ、りあむは何とか素早く返答をしようと、頭を回転させた。

 りあむの頭には、本来は入っているべき「ゴブリン的常識」が収まっていない。

 その代わり、「木の記憶」という本型の外部記憶装置があるのだ。

 最近全く見ていなかったが、あれに聞けば何かわかるはずである。


「あの、大変申し訳ないんですが、少々お待ちいただけますか。知識のすり合わせをしてきますので」


 とりあえず敬語での対応してみたが、よかったのだろうか。

 場合や立場によっては、相手に敬語を使うと不味いこともある。

 というような話を、聞いたことがあるような、無いような。

 日本人的感覚から言うと、敬語を使って悪い場面などない様な気がするのだが、世界的にみるとそうでもないらしい。

 異世界的にはそのあたりどうなのか、りあむには見当もつかなかった。

 が、特に問題はないようである。


「承知しました。何も知らず、突然のこととなれば、混乱されるのも当然のこと。いかな方法で知識のすり合わせとやらを為されるのかはわかりませんが、我らのことは気にせず行って頂きたく存じます」


「すみません、そうさせて頂きます。あ、その間に、何か必要なものがあれば仰ってください。出来る限り、すぐに用意しますので」


「かたじけない。ならば、水場があれば、ご案内頂けるとありがたいのですが」


「水場、ですか。あ、水が必要ということでしょうか? でしたら、持ってきますけども。あ、お水、持ってきてあげて」


 不思議そうな顔をしている狼達を他所に、りあむは近くにいたゴブリンに声をかける。

 言われたゴブリンは、洞窟の入り口近くに並べられた、一抱えほどある木製の桶を持ってきた。

 中には、作業で使うための水が入っている。


「こんなのでよければ、まだありますが。あ、水場の方がいいんですかね? でしたら、すぐに案内させますけども」


「水を飲みたいと思っていましたので、実にありがたい。それにしても、これは。人間の作ったものを、手に入れられたのですか」


「ああ、いえ。私が頼んで、皆に作ってもらいました」


 りあむの言葉を聞いて、狼達は驚いたような声を上げた。

 やはり、ゴブリン達よりもよほど感情が読みやすい。

 ビジュアルだけなら犬とあまり変わらないし、こうなってくると可愛く見えてくる。

 モフモフしてみたくなってくるりあむだったが、今はそれどころではない。


「なら、皆さんにいきわたるように用意してもらいますので」


 りあむは視線を、近くにいたリーダーに送る。

 心得たもので、すぐに頷いて返してくれた。

 特に言葉で確認せずとも、あとはよろしくやってくれるだろう。

 とりあえず挨拶をして、りあむとケンタは急いで木の記憶の元へと走った。




 御客を待たせているのだから、とにかく時間が無い。

 りあむは木の記憶に、必要な情報を兎に角端折って教えるように詰め寄った。

 流石に状況を理解してか、木の記憶はかなり端的な、箇条書きのような文面で説明をしてくれる。

 内容としては、おおよそ以下の通りだ。


 それは、ウルフ・プラントである。

 ウルフ・プラントはゴブリン・ツリーと共生関係にある植物。

 根元に種を植えると、ゴブリン・ツリーに絡まるツタのような形で成長し、ゴブリン・ツリーと融合する。

 ウルフ・プラントはゴブリン・ツリーなしでは成長できず、そもそも芽も出さない。

 彼らがいう「姫」というのは種のことであり、それを植えるための場所を求めて旅をしている。

 今回来たのは、十中八九自分達をその相手として選んだから。

 りあむの記憶から言えば、寄生植物のそれに近いと思うかもしれないが、ゴブリン・ツリーにとっても彼らと共生するメリットは凄まじく多い。

 例えば、お互いに仕事を分担し合うことで、実の成長が飛躍的に速くなる。

 情報処理も楽になり、ゴブリンに与える知識の整理整頓、簡略化、効率化も可能。

 お互いの実を協力させることで、狩りの効率なども上がる。


 これが本当であれば、ゴブリンにとっては嬉しい話である。

 だが、そんなうまい話があるだろうか。


「ねぇ、それってゴブリンにとって損なことってないの?」


 りあむの問いに、木の記憶が光り輝く。


 全くないかと言われれば、もちろんあります。

 ただ、無視できるレベルですし、詳しく説明している時間もありません。

 はっきりいいますが、ウルフ・プラントと共生しない、という選択肢はありえません。

 彼らは、人間にとっての犬、馬といったものと同義であると思ってください。

 トラックや鉄道、水道、電気と同じだと思ってもらっても構いません。


 りあむの記憶から、人類に必要なものを引っ張り出してきて並べたのだろう。

 木の記憶がここまで言うというのは、よほどのことに違いない。


「でもさ、まだお待たせしてて、何をしに来たか聞いてないんだよね。ただ通りがかってあいさつしに来ただけかもしれないし」


「さっき、一門に加えてほしいと言っていたぞ」


 ケンタの言葉に反応して、木の記憶がさらに光る。


 ゴブリン・ツリーは、そう多い植物ではありません。

 最初に発見したものと共生するのが当たり前です。


「そういうものなんだ。うーん。でも、あぁー」


 どうもりあむは、乗り気になれなかった。

 りあむは、木の記憶の判断を信頼している。

 自分よりもよほどゴブリン・ツリーについては詳しいわけだし。

 りあむの記憶を、そのまま持っている、というのも大きい。

 今は時間が無いのでかなり略した説明になっているが、おそらくきちんと話を聞けば、りあむも木の記憶と同じような考えにたどり着くだろう。

 正直なところ、りあむが慎重になっているのは、未知のものへの拒否感や慎重さといった類のものであった。

 新しいものに警戒しているだけ、といってもいい。

 りあむ自身そのことをよく理解しているのだが、生来の性分であり、如何ともしがたい。

 あと一押し二押しあれば、自分も木の記憶と同じようなテンションになるのかもしれないが。

 そんなりあむの考えを見透かすように、木の記憶は続けた。


 彼らは見た目通り、狩りに特化しています。

 ゴブリン達との連携も得意なので、狩りの危険度がぐっと下がります。

 また、ウルフ・プラントから生まれる狼達の唾液は、ゴブリン達にとって治療効果が高い液体です。

 傷を舐めてもらうと、直りが格段に早く、後遺症も少なくなります。

 それと、ウルフ・プラントと私が共生、融合することで起こる変化の一つに、ゴブリンの寿命の延長があります。

 ゴブリンの体内をより効率的に構築することが可能になり、魔石に込められる魔力量こそ変わりませんが、格段に省エネ化が可能。

 具体的に言うとゴブリンの寿命が三年ほどに伸びます。


「で、是が非でも共生してもらうためには何が必要なんですか」


 さすが木の記憶、とでもいうのだろうか。

 りあむの中にあった消極論は一瞬で消え去り、いかにして共生してもらうか、という考え一色になっていた。

 ゴブリンの安心安全が確保できて、寿命まで延びる。

 一体何をためらう必要があるのだろう。

 夢にまで見た戦力アップと、健康促進に寿命延長が、目の前に現れたのだ。

 ご一門に加えて頂きたい、というようなことを、確かにあの狼達は言っていた。

 ならば心配ないかもしれないが、万が一にでも気が変わるようなことになったら、取り返しがつかない。


 いいですか、りあむ。

 ゴブリン・ツリーも数が少ない植物ですが、ウルフ・プラントも同じです。

 その「姫」に巡り合うことなど、この機会を逃せば二度とないでしょう。

 まずはここのゴブリン達の優秀さをアピールして、より共生したほうがいいと思ってもらうのです。


「優秀さをアピール、優秀さをアピール。うん、任せて。みんなすごいから、そんなの楽勝だよ」


 りあむと木の記憶は、素早く打ち合わせを始めた。

 あまり時間は無いので、大急ぎで終わらせる。

 大まかな対策しかできなかったが、要するに「優れたゴブリンで、共生すると得ですよ」というのを見せればいいらしい。

 ならば、説得は簡単なはずだ。

 ここのゴブリン達のすごさなら、りあむは幾らでも語ることができる。


「いこう、ケンタ!」


 りあむはケンタの肩に手を乗せると、意気揚々と出発のお願いをした。




 緑色の狼。

 ウルフ・プラント達は、感心しきりといった気持ちでゴブリン達の仕事ぶりを眺めていた。

 ゴブリン達が持っている武器は、自分達で作ったものだという。

 実際、警備についているゴブリン達は、片手間に武器を制作しているようだった。

 周りで石等を運んでいるものは、洞窟周辺の地形を変えようとしているのだという。

 驚くべきことに、火を使っており。

 あまつさえ、それを使って道具を作り出しているというではないか。

 今彼らが運んでいる、「姫様」。

 それを育てた母木は、かなり大きなものであった。

 抱えているゴブリン等の数もかなり多く、りあむのゴブリン・ツリーの元にいる数の、優に十倍、二十倍にはなるだろう。

 だが、ここのゴブリン達ほど高度な技術は、持ち合わせていない。

 人間から奪ったり、廃棄したものを拾ったりなどして、装備などはそれなりに整っている。

 多少修理したり、ナイフなどを木に括り付けるなどの工夫も、するにはしていた。

 しかしながら、自分達でここまで高度な武器装備を作ることはしていない。

 その発想すらなかった。


「これは、あの精霊様のお力だろうか」


「おそらく。精霊様によって、これほど違いがあるのですな」


 ゴブリン・ツリーに宿る精霊というのは、それぞれに個性が異なる。

 恐らくここの精霊は、あのゴブリンが言った通り、物を作らせる力に長けているのだろう。

 ゴブリン達の様子を見て、ウルフ・プラント達はそれがいかに恐ろしい力であるかを想像した。

 武器があれば、ゴブリンはより強い相手と戦うことができる。

 ただ、やはり武器というのは消耗品だ。

 戦えば、失ってしまうこともある。

 だが、それを作り出せるとなればどうだろう。

 しかも、ゴブリン達に聞けば、りあむというあの精霊は、まだまだ武器を作らせようとしているらしい。

 先ほど見せてもらった「ボーラ」という投擲武器よりも、遥かに優れたものを準備しようとしているというのだ。

 それと合わせ、洞窟周辺の地形を変化させることで、より防衛力を上げるつもりなのだ、という。

 並大抵のことではない。

 このゴブリン・ツリーの規模は、今はまだそれほどでもない。

 ゴブリンの数も少なく、質的にもさほどでもないと言える。

 だが、将来性を鑑みれば、どうだろう。

 間違いなく、彼らは一大勢力になる。

 あるいは、人間達の攻撃を跳ね退けるだけの力すら、持つことができるかもしれない。


「皆の衆、やはりどうあっても、姫様をご一門に加えて頂かねばなるまいぞ」


「然り。他にゴブリン・ツリーを見つけられるか分からぬというだけではない。これほど将来有望な一門も、そうはおるまい」


 ウルフ・プラント達の、ここのゴブリン達への評価は、かなり高いようだった。

 りあむが心配しなくても、彼らはここに種を託してくれそうである。


「となれば、誰ぞ一匹、姫様のお供をせねばなるまいな」


「うむ。我の仕事ぞ」


 一際体躯の大きいウルフ・プラントの言葉に、周りのウルフ・プラント達が押し黙った。

 沈痛な面持ちを向けられるも、体躯の大きなウルフ・プラントは笑い声をあげる。


「なに、最期の御奉公。コレも誉よ」


「さもありなん。なに、後のことは任されよ」


「そうさな。姫様の食い扶持、間違いなく我らが狩り働きで稼いで見せようとも」


 無理に明るくしたような声音。

 これからしなければならないことを考えれば、仕方ないことだろう。

 周りのゴブリン達も、彼らの話を聞きつつも、黙って見守っていた。

 ゴブリン・プラントとしての知識があれば、彼らの言っていることの意味が分かるからだ。


「ささ、せっかく方々が用意してくださったのだ。有難く、頂こうではないか」


 りあむが来る間、ウルフ・プラント達は笑いあいながら水を飲んだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 既に指摘があったり、意図的なものだったらスルーで結構です。 ボウガンは商標であり、用語としてはクロスボウの方が適切だと思います。 (バンドエイドと絆創膏、ペプシとコーラのような関係) …
[一言] 続きが気になる 今日初めて読んでみたけど思わずイッキ読みしてしまう面白さ ただただ続きが気になる
[一言] >> りあむが来る間、ウルフ・プラント達は笑いあいながら水を飲んだ。 ヘッヘッヘッ ピチャピチャピチャピチャ みたいな感じだな( ˘ω˘ )
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