三十一話 「なんと! 貴方方の母木には、精霊が!」
観測地点を決めたクード達は、早々に拠点の設営を済ませていた。
その手際は、異様なほどに早い。
あまりの鮮やかさと素早さに、バッフはあっけにとられるばかりだった。
「すごい手際ですねぇ」
「冒険者ですもんで。危険地帯で活動してる手前、こういうのの設置は手早くやらないと命に係わるんですよ」
安全な拠点作りというのは、こういった場所で活動する冒険者にとっては必須技能といっていい。
B級冒険者ならば、この程度のことは容易くできるはずだ。
そうでなければB級にはなれないし、おおよそなる前に命を落とすことになる。
設営された拠点は、かなり手の込んだものであった。
資材はバッフが指示したり提供したものも多く、相当に贅沢な造りになっている。
金とコネと権力に物を言わせたのだろう。
貴族というのはなんとも恐ろしいものである。
拠点は、樹上に設営されていた。
一つでは用を賄えないので、五つほど用意してある。
それぞれは縄梯子のような足場でつながっており、地面に降りずに行き来ができるようになっていた。
三つは冒険者三人組がそれぞれ個人用として。
残る二つのうち一つを、バッフが個人用に。
最後の一つは、ゴブリン・プラントを観察するための設備が詰め込まれている。
かなり贅沢な装備が多く、クードやパラパタには何に使うものなのか見当さえつかないものが多い。
ただ、ある程度知識があるヴェローレ辺りからすると、若干引くほどのものが殆どのようだ。
「永続して使用できる魔法道具ばっかり。しかもこの精度って」
「お高いお品なの?」
「その四角いやつ一つで、私達三人が五年ぐらいかけて稼ぐ額するはずよ」
「はっはっは! ウケる! え? マジのパターンの奴で?」
「設置型の疑似眼球制御装置。定点監視とかに使われてる、軍事用のヤツ。そもそも伝手が無いと買うところまで行けない様な品よ。伝手があっても普通は買えないけど。軍事機密とかそんな感じで」
これを聞いたクードとパラパタは、そっとその装置から距離をとった。
ヴェローレが言っていることは、全くの事実である。
正規のルートでは手に入り辛い物品なはずなのだが。
まあ、金とコネと権力があれば大体のことが可能なのだろう。
「さっそく、今日から観察を始めます。改めてになりますが、皆さんには周辺の警戒や、食事、村までの買い出しなどの諸々をお願いします」
「分かりました。観察に集中していただけるよう、サポートさせて頂きます」
「あ、その前に一つ、いいですか?」
手を挙げたのは、パラパタだった。
バッフに促されて、言葉を続ける。
「もちろん私達も全力を尽くしますが、場所が場所だけに万が一のことがあります。その場合は、バッフさんにも手を貸して頂くことになると思いますので」
ハイ・エルフというのは、例外なく高い魔力を持っている。
魔法に対する適正も高く、その戦闘能力はドラゴン種にも匹敵するといわれていた。
いわんやそれなりに名のある貴族家の出ともなれば、猶更だ。
場所が場所だけに、どんな危険があるとも知れない。
状況によっては手を借りたい、というのは、当然の要請だろう。
これに対して、バッフは何とも言えない微妙な表情になった。
「もちろん、と言いたいところなんですが。実は私、攻撃魔法の制御が少々苦手でして。通常の魔法道具を使ったり、観察に使うような魔法なら問題ないんですが」
「はぁ。と、いいますと?」
「実際見てもらった方が早いかもしれませんね」
そういうと、バッフは積み上げてあった荷物から水晶玉型の魔法道具を引っ張り出した。
映像を保存し、それを再生することもできる魔法道具だ。
そのものも腰を抜かすほど高価な品だが、そもそも使用するために莫大な魔力が必要という難儀なシロモノである。
魔力を流し、いくつか操作をすると、映像が流れ始めた。
どこか広いところで、バッフが中央に立っている。
「あまりに攻撃魔法がうまくいかないので、以前知人に調べてもらったときの映像です。なんでも、私の魔力の性質は特殊だそうでして。威力を上げる分には問題ないんですが、押さえようとすると上手くいかないんだとか何とか。ちょっと専門的なことは門外漢なものでわからないんですが」
映像の中のバッフが片手をあげると、コブシ大の土の塊が地面から浮き上がる。
それがツララ状に変化すると、勢いよく飛び出した。
よく見るタイプの攻撃魔法だ。
その土でできた円錐は、ある程度飛んだところで急激な変化を起こした。
突然、爆発したのだ。
それも、ちょっとやそっとの規模ではない。
衝撃波が広がり、地面にクレーターが出来ている。
威力が高すぎるからか、映像の中のバッフは後ろに軽く吹き飛ばされるものの、何とかバランスをとって立ち直っていた。
おそらく、家の二、三軒は瞬時に消し飛ばせる破壊力だろう。
軽い中型の魔獣なら、瞬殺できるであろう威力だ。
ゴブリン達が苦戦したアクジキ程度であれば、五、六匹まとめて消し炭になるはずである。
冒険者三人は完全な真顔になり、微動だにしていない。
「攻撃のために魔力を絞ろうとすると、その調整があいまいになって異質な圧搾魔力を注入してしまう。魔力の性質上これは自分では調整不可能、なんだそうです。すみません、私も詳しくは。とにかく、これが私の一番威力の小さな魔法です」
水晶玉をじっと見ていたクードとパラパタは、ゆっくりと隣に顔を向けた。
二人の視線に気が付き、ヴェローレは静かにうなずく。
冒険者三人の中で一番魔法に詳しいのは、ヴェローレである。
「いるのよ。時々こういうタイプが。ある種の魔法だけ暴走するっていう。身体的特徴だから、努力や根性じゃ絶対どうにもならないのよね、アレ」
「まあ、威力的には頼もしいし」
「映像のバッフさんが吹っ飛ばされてたでしょ。あれ、ハイ・エルフだからアレで済んでるのよ。パラパタなら吹っ飛んで気絶してるんじゃないかしらね。ついでに言うと当人で制御できてないから、十中八九巻き込まれるわよ」
クードは静かに頷くと、バッフの方へ向き直った。
「戦闘は極力私達の方で請け負いますんで。ホントに、なんかマジでシャレにならない事態になった時だけ、援護的なものをお願いします」
うっかり巻き込まれたら、命にかかわりかねない。
クードの言葉に、バッフは苦笑いをしながらうなずいた。
薪が燃え終わり、ずいぶん時間が経った。
万が一にもゴブリン達が火傷などしないよう、十分に時間を置いて冷ます。
放っておくこと、丸一日。
ようやく、りあむは土器を取り出すようにと指示を出す。
何割かは割れているだろうと思ったのだが、結果はいい方に予想外のものとなった。
どういうわけか、すべての焼き物がうまく焼きあがったのだ。
「おかしい。普通いくつか割れるものなのに。なんでこんなに上手く行ったんだ。何か良く無い予感がする」
りあむが深刻な顔でぶつぶつとつぶやいている間に、ゴブリン達はさっさと次の作業に取り掛かった。
内容は、特に指示をされなくても既に把握している。
再び火を使うことになるからと、りあむが口を酸っぱくして事前説明していたからだ。
まず、地面に浅い穴を掘り、そこに土器を突き刺すような形で固定する。
その周りに枯草や木の枝などを並べてから、土器に水を注ぐ。
水面のあたりに、炭になった木の枝で印をつけて置く。
用意してあった火種で点火。
ある程度たったところで、すりつぶした草木の種子を投入する。
何のためにこんなことをするのかといえば、土器の水漏れを防ぐためだ。
素焼きの土器は密度が荒く、基本的には水を素通りさせてしまう。
その穴に、種子から出る成分
でんぷんなどを詰めることによって、塞いでしまおうというのだ。
ある研究者によれば、縄文人はそういう効果を狙い、新しく焼いた土器に煮炊きにつかった汁を注いでいたのだ、という。
今はそういった残り汁を用意できないので、仕方なしにこういった方法をとったのである。
水漏れが酷ければ、沸かす前にお湯が全部漏れてしまうかもしれなかったのだが、一先ず大丈夫そうであった。
一応、土器を作る際に水漏れ防止策をいくつか施していたのだが、それも功を奏していたらしい。
半乾き程度になった土器の内部を、表面が滑らかな石で撫でるように押しつぶしておいたのだ。
そうすることで密度が上がり、水漏れがしにくくなるのである。
どうやら、どの土器も上手くお湯が沸かせているようだった。
無事にぐつぐつと湯が沸いている。
「あ、煮えてる? 上手く行ったんだ!」
思考に埋没していたりあむが、やっと戻ってきた。
土器の中でお湯が煮えているのを見て、大喜びする。
「んー、やっぱり水の減り方にはばらつきがあるみたいだね」
土器の中、最初に入れた水面の位置につけた印は、水の減り具合を確認するためのものだ。
確認してみると、水の減り具合が少ない時には、共通点があった。
藁で包み、その上に泥をかぶせる方法で焼いたものだった、というところだ。
火力の問題だろうか。
ほとんど水が減っていないものも多く、どうやらかなりうまく焼き上がってくれたらしい。
「んー、他のも何回か茹でれば使える感じかな。なんでこんなにうまく行ったんだろう。土がよかったのかなぁ。皆の成型がよかったってのもあるだろうけど」
ゴブリン達はあまり手先こそ器用ではないものの、単純作業を延々と繰り返すことを苦としない。
しかも、まったく同じ動きを何度も繰り返すことにもたけている。
一度良い形のものを作ることができたら、何度もほとんど同じ形状のものを作り続けることができるのだ。
そこに、疲れることもなく眠る必要もないというゴブリンの特性が加われば、ゴブリン力量産体制の完成である。
「煮ることができるようになったってことは、繊維を取り出す方法が色々試せるってことだね。これで随分弓に使う弦に希望が見えて来たよ」
「わかった。これがおわったら、つたやくさをにる」
「じゅんび、してくる」
「よろしくお願いします! さぁ、これから忙しくなりますよ! 弓と並行して、ボウガンの制作も始めないといけませんからね!」
りあむの声に、ゴブリン達が頷く。
壁の建造も順調に進んでいる。
りあむの防衛構想は、意外なことに順調に進みそうな気配を見せていた。
無事に狩りを終えたゴブリン達が、森の中を進んでいた。
獲物を木の枝に結わえて、周囲を警戒しながら歩く。
幸いなことに、ゴブリンの獲物を横取りしようというものは少ない。
ゴブリンは警戒心も強く、襲撃しても成功率が低いのだ。
例え成功したとしても、得られるものが「ゴブリンが採った獲物」しか無いというのも大きい。
ついでにゴブリンも獲れれば一石二鳥となるのだろうが、如何せんゴブリンはあまりにも不味すぎるのだ。
ゴブリンの不味さというのは、こういうところでも役に立っていたのである。
周囲を警戒してた班のリーダーが、ふいに足を止めた。
班のメンバーはすぐさま武器を構え、獲物を守るように円を描くように陣を作る。
だが、そんなゴブリン達に、リーダーは「違う」というようなハンドサインを出す。
どうやら、敵を感知したわけではないようだ。
では何事か、と疑問を抱くゴブリン達だったが、すぐその答えを察したようであった。
リーダーが感じたのと同じものを、他のゴブリン達も見つけたのである。
本能が覚えている、特殊な匂い。
匂いのする方向を注視していると、木々の向こうに何かがいることに気が付いた。
ゴブリンと背丈と同じぐらいの体高で、外見は狼に似ている。
体毛の色は深い緑色で、鼻などの目に見える皮膚は、ゴブリンのそれに近い。
それが、十数匹いる様だ。
緑色の狼もゴブリンも、互いへの警戒の色はない。
ある程度近づいたところで、緑色の狼達は足を止めた。
その中から、ゆっくりと一匹だけがゴブリン達に近づいてくる。
一際体が大きく、体には布のようなモノが巻かれていた。
背中のあたりが大きく膨らんでいることから、何かを固定しているのだということがうかがえる。
ゴブリンの中からは、リーダーが前へ出た。
お互いに近づくと、体格の差がはっきりとわかる。
頭の高さこそ同じだが、狼の方は四つん這い。
体重の差は、二倍三倍ではきかないだろう。
体躯の大きな狼は、鼻づらをリーダーの首筋に近づけた。
いかにも首のあたりを噛みつかれそうな絵面だが、リーダーは微動だにしない。
狼はリーダーの首のあたりの匂いを嗅ぐと、ゆっくりと離れる。
今度はリーダーが、オオカミの首筋辺りに顔を近づけ、匂いを嗅いだ。
お互いに匂いを嗅ぎ終えると、狼とリーダーはそれぞれの仲間に向き直り、頷いて見せる。
どうやら、何かを確認し合ったらしい。
それが問題なかったことを、仲間に伝えた様子だった。
狼とリーダーは、改めてお互いの正面に向き合う。
先に口を開いたのは、狼の方であった。
「我等、姫が根を下ろす場所を求める旅の者。是非に、ご一門に加えて頂きたく、貴方方の母木にお取次ぎ願いたく」
「わかった。ただ、ひとつ。すこしまえ、じんちににんげんがきた。みの、ませきを、もっていかれている」
「なんと。して、その若実は?」
「ぶじだった。いま、そこにいる」
リーダーが指さしたのは、先日完熟したばかりの若いゴブリンだ。
冒険者三人組に魔石を抜かれはしたが、今はすっかり立派な若ゴブリンとしてがんばっている。
「それは何より」
「にんげん、またくるかもしれない。それでも、いいか」
「無論のこと。何、お恥ずかしい話、我らの母木、元の主君も、人間共に襲われて御座った。それも、度々」
悔し気に唸る狼を見て、ゴブリン達はざわめいた。
人に目からは変化が分かりにくいのだが、その表情は痛ましげに歪んでいる。
「この姫は、連中を何とか出し抜き守り通した、我等の希望。成ればこそ、彼奴等めの襲撃を受け、なお立派に完熟した若者を完熟させた貴方方のご一門に、加えて頂きたく存ずる」
「わかった。あんないする。ただ、ははきではない。せいれいに、あわせよう」
「なんと! 貴方方の母木には、精霊が!」
今度は、狼達がざわめいた。
彼らにとって、精霊というのは大きな存在らしい。
「あんないする。ついてきてくれ」
「宜しくお頼み申す」
お互いに頷き合うと、リーダーはほかのゴブリン達に指示を出し、進み始める。
緑色の狼達は、その後を追って歩き出した。




