二十話 「これからも頑張らなくちゃね」
りあむがアクジキ討伐の意思を固めてから、三日。
ゴブリン達は順調に、準備を進めていた。
まず、道具作り。
アクジキの舌を止めるため、盾を用意した。
盾というのは、武器に対応する意味合いが強い道具である。
獣を相手にするゴブリン達の狩りでは、ほとんど必要がないものであった。
相手にする獣によっては持っていれば有利になるかもしれないが、少なくともゴブリン達が獲物とするものに関して言えば、邪魔にしかならないといっていい。
何しろ、盾というのは向かってくる敵に有効な道具なのだ。
ゴブリン達の獲物は、獲ろうとすると逃げていくものが大半になり、盾など持っていたらその重さの分だけ邪魔になるだけなのである。
普段の狩りでは使わない盾も、相手がアクジキであれば有効だ。
身を守りながらアクジキに近づくことができるから、有利な立場で攻撃が可能だ。
ついで用意したのは、縄である。
アクジキの体に巻き付けることで、動きを阻害するのだ。
このために、特別長いものを、何本も用意している。
二匹以上で張った縄で、アクジキの体をからめとるような訓練もしていた。
ほかにも、動きを阻害するものは用意している。
簡易的なものではあるが、縄を利用して網を作ったのだ
といっても、流石のりあむも、網の編み方までは知らなかった。
それでも網の阻害力はかなりのもので、出来るなら用意したい。
なので、とりあえず形だけそれっぽければいいと、りあむとゴブリン達が工夫して編み上げたのだ。
目も不揃いで、形もいびつではあるが、それでも役にはたってくれるだろう。
ほかにも、槍とハンマー、斧、ボーラなど、今まで作ってきた武器も増産していた。
これらの武器は、使い捨てるぐらいのつもりで投入することになっている。
少しでもゴブリン側の被害を減らせるのであれば、武器の犠牲程度は厭わない構えだ。
また、武器を大量に使用するのを前提に、今までになかった試みも行っている。
数匹のゴブリンが、武器を満載したカゴを担ぐことにしたのだ。
手持ちの武器が使用できなくなった時のための、予備である。
これで、武器が壊れて攻撃に参加できなくなるゴブリンが出るのを防ぐことことが出来るだろう。
それだけでなく、ボーラや槍などを、投擲武器として気軽に使うことが出来るようになる。
距離をとって攻撃する手段と手数が増えるので、それだけで劇的に安全性と攻撃力を増すことが可能だ。
そういった道具の使用方法の訓練も、同時に行われていた。
今回の戦いには、普段別々に活動している班が、合同で行動することになっている。
動きを合わせるのに少々手間取るかと思われたが、実際にはかなりスムーズに行うことができた。
なにしろ、ゴブリン達は個体差が極端に少なく、基本的に完熟した時には全ての個体がほとんど同じ記憶と能力を持っている。
少し訓練すれば、集団行動で動きを合わせるというのは、難しいことではないのだ。
りあむはアクジキを殺すために、いくつかの作戦を考えていた。
そのために必要な訓練を訓練を始めて、三日。
どのゴブリン達も、かなり動きに慣れた様子である。
「これなら、アクジキとも戦えそうですか?」
一通り動きを確認したところで、りあむは班のリーダー達に尋ねた。
実際にアクジキと対峙したことがないりあむでは、そのあたりは判断できない。
何度か出くわした経験のある彼らならば、りあむよりはましだと考えたからだ。
リーダー達は顔を見合わせ、うなずき合う。
「たぶん、やれる」
それを聞いたりあむは、大きくうなずいて、目を閉じる。
ゴブリンツリーは、六日は獲物なしでも大丈夫だ、といっていた。
だがそれは、ギリギリの日数のはずである。
できることならば、もっと早くケリをつける必要があるだろう。
既に道具や武器の準備は整い、それを使う訓練もある程度終わった。
リーダー達も、たぶんという前置きはあるものの「やれる」といっている。
りあむはゆっくりと目を開けると、ゴブリン達を見回し、うなずいた。
「よし。夜明けを待って、出発しましょう」
アクジキは、いわゆる夜行性であるという。
ならば、動きが鈍いか、眠っている時間に攻撃を仕掛けるのが良いだろう、という判断だ。
「「「おう!!」」」
りあむの声に、ゴブリン達が声を揃えて返事をする。
空にはまだ星が輝いており、太陽が出るのはもう少し先だ。
「出発する前に、道具の点検をして置きましょう。全員、準備を始めてください!」
りあむの指示にあわせ、ゴブリン達がそれぞれ受け持ちの道具を点検し始める。
いよいよ、アクジキとの戦いだ。
りあむは緊張の表情で、ケンタの肩に乗せた手を握りしめる。
黙々と槍とボーラの確認をしていたケンタは、ちらりとりあむの方を見た。
「りあむはやるだけのことはやった。ここからは俺たちの仕事だ。任せろ。ゴブリンは、けっして弱くない」
ケンタの言葉に、りあむは大きく目を見開く。
それから、くしゃっと泣きそうな顔で笑い、「うん」と頷いた。
ゴブリン達が動き出すのを確認したパラパタは、ほかの二人に向き直り頷いた。
「出発したみたい」
巨大な杖を抱えて座っていたヴェローレはやおら立ち上がると、木の上に作った簡易観察所から飛び降りた。
それを見たクードは、疲れた様子でため息を吐く。
「よっぽどストレス溜まってたのね、ヴェローレのヤツ」
「どっちかっていうとアクティブなタイプだし? じっとしてるのやなんじゃないの」
ヴェローレは杖を地面に突き立て、呪文を唱えている様子だった。
彼女特有の、戦闘準備だ。
クードを頭を掻きながら、動き出したゴブリン達の方に目を向ける。
まだ離れているのでクードの視力では細部は見えないものの、何かが大量に移動しているのはわかった。
「動いてる数、わかる?」
「二部隊分だね。武装もばっちりしてるし、いよいよアクジキを狩りに行くんだと思うよ」
「そっかぁ。じゃあ、俺らも予定通り動きますか」
「でもさ、なんか卑怯じゃない? 火事場泥棒みたいで」
「タトゥースカウトがそういうこと言うかね」
「それ、職業差別だよ」
ジロリと睨むパラパタだが、すぐにニヤリと笑顔を作る。
「で、どうするんの? 予定通り?」
「だね。二部隊が森に入ってしばらくしたら、こっちも出ようか」
「実際のところ、リーダーはどう思うの。ゴブリン達、アクジキに勝てるかね」
聞かれたクードは、難しそうな顔で眉間にしわを寄せた。
「あれだけ準備してるからね。さして時間もかからずに終わると思うよ」
縄や網を使い、集団で槍などで攻撃する、足遅い魔獣を対象にした狩り。
大体の場合においてそれは、早期に決着がつくものであった。
相手の動きを制限してから攻撃するわけで、それも当然といえる。
「そんなにうまくいく? 相手、アクジキだよ? ゴブリンってアクジキに食われたりするものじゃないの?」
「装備とタイミングの問題でしょ。不意打ち食らうのと、狩る気満々でやりあうのとじゃ状況が違うよ」
「そりゃそうか」
「問題はアクジキが見つかるかどうかだけど。あれ、結構デカいしね。居るってわかってて探すわけだし、すぐに見つかると思うよ」
「じゃあ、こっちも急がないとね」
「鬼の居ぬ間に何とやらだなぁ。回収したら即行で帰還。予定通りで行こう。ヴェローレもそれでいいー?」
クードの声に、ヴェローレは杖を振って見せる。
既に準備は終わっているらしく、木の根に腰を掛けた。
「目はアレだけど耳はいいんだよなぁ、ヴェローレのヤツ」
「地獄耳なんだろ。あーあ、早く帰って新鮮なサラダでも食いたいなぁ」
「女子か」
クードとパラパタは笑いあうと、それぞれの準備に取り掛かった。
アクジキ狩りのために用意した道具や武器はそれなりの重量であったが、ゴブリン達の移動速度は普段とあまり変わらなかった。
普段から獲物や収集した素材などを運んでいたため、少々荷物が増えた程度では問題ないのだ。
まず目指すのは、最初に襲われた場所である。
そこにいるとは思えないが、痕跡ぐらいは残っているはずだ。
相手も無傷ではないらしいので、そう遠くへは動いていないだろう。
荒れ地を抜けて森の入り口に差し掛かったところで、隊列を整える。
移動中に襲われた場合のことを考えてのことだ。
列の一番前と後ろに、年を経て狩りに慣れたゴブリンを配置する。
そういったゴブリンは総じて経験も豊富で注意力も高く、奇襲を受ける確率が低い
殆ど能力差なく生まれてくるゴブリン達は、基本的に長く生きている者ほど能力が高いのだ。
大きな傷を受けて動けなくなっている場合は例外だが、それ以外はほぼそれが当てはまる。
年功序列を地で行く種族なのだ。
「それじゃあ、改めて出発!」
隊列を整えたところで、りあむが改めて前進を指示した。
この時、かなり離れた位置で、冒険者三人組も動き出す準備をしていたのだが、ゴブリン達もりあむも、知る由はない。
森の中に入ってから、しばらく進む。
ゴブリン達は、お互いに小さな声で連絡を常に取りあい、忙しそうに動き回っている。
それでもなるだけ音を立てないように気を使っているからか、普段よりもずっと静かだ。
老若関係なく、どのゴブリンも緊張した様子なのは、この数で森に入るのが初めてだからである。
何しろ、今動いているのは二チーム。
単純に普段の倍の人数が動いてるのだ。
訓練はしてきたものの、緊張をするなというほうが無理だろう。
それでも全員が連携して動けているのは、ゴブリン達の優秀さによるところが大きい。
りあむは邪魔にならないように、ひたすら縮こまり、ケンタの背中に張り付いている。
邪魔にならないように気を使っているのだ。
既に武器の使い方や戦い方に関する指示はしていあるので、実質りあむにできることはない。
何しろ実戦に関して言えば、ゴブリン達の方が経験も実績も豊富だ。
普段通り動くのであれば、りあむが口出しをしても邪魔にこそなれ、良いことなどないだろう。
それでもくっ付いてきたのは、今回がその「普段通り」ではなく、何が起こるかわからないからだ。
不測の事態が起きれば、ゴブリン達よりもりあむの方が判断能力がある場合もあるだろう。
そうならなければ、りあむは丸まってケンタの背中にくっ付いてるだけの予定なのである。
「におう。あくじきのにおい」
先頭を歩いていたゴブリンの一匹が、足を止めた。
アクジキに襲われたチームにいた一匹で、その時にしっかりと臭いを覚えたという。
ほかのゴブリンも、指摘されて注意深く臭いを探り始める。
「たしかに、あくじきのにおいだ」
「ちのにおいも、まじってる」
「やりが、ささったままなのか」
アクジキに襲われたとき、もちろんゴブリン達も応戦をしていた。
その時に槍で攻撃をしたらしいのだが、もしかしたらそれが刺さったままなのかもしれないという。
「せなかに、ささったかもしれないからな」
「ばしょによっては、はずれにくい」
「それは、めじるしになるかもしれん」
ゴブリン達は臭いを手掛かりに、周囲を注意深く観察し始めた。
警戒しながら進んでいると、何匹かのゴブリンが地面が不自然に盛り上がっている場所を見つける。
よく見れば、一部に折れた棒のようなものが刺さっているのがわかる。
おそらく、槍の一部だろう。
遠目ではあるが、まず間違いない。
りあむ達は、アクジキを見つけたのだ。
パッと見には、緑色の苔むした地面にしか見えない。
不自然なところといえば、大きく盛り上がっているところぐらいだが、森の中というのは起伏に富んだ地形である。
よほど気を付けていない限り、見落としてしまう程度の違和感でしかない。
ゴブリン達はさっそく、静かに隊列を変え始めた。
縦と槍で武装したゴブリン達が並び、後ろのゴブリン達を守る。
その後ろには、槍やボーラを持ったゴブリン達が並ぶ。
ほかには、予備の武器を背負ったもの、縄や網を持ったゴブリンもいる。
今回の狩りのリーダーに任命されたゴブリンの元に、ゴブリン達からの連絡が集まった。
全員、言葉ではなく、手振りだけで準備が完了したことを知らせている。
この狩りのためだけにりあむが急造した、ハンドサインだ。
簡単な内容しか伝えれないが、必要な内容もごくわずかなので、それで十分なのである。
どうやら全員の準備が終わったらしい。
りあむは緊張に息を飲み、体をぎゅっと縮こまらせた。
狩自体は、始まってしまえばあっという間に終わる予定だ。
時間がかかれば、怪我を負うリスクも高まる。
すぐにケリがつくような作戦を考えたのは、りあむなのだ。
大丈夫。
ゴブリン達と相談して組み立てた作戦だ。
それに、実際に動くゴブリン達は、みんな優秀ではないか。
必ずうまく行く。
りあむは祈るような気持ちで、ぎゅっと目を閉じ、開く。
その時、リーダーのゴブリンが、上へ上げた手を振り下ろした。
狩りの開始の合図である。
戦いの初手は、ケンタに任されている。
ケンタだけが出来る特技、投擲を生かした行動だ。
拳大の石を持ち、アクジキに向かって投げる。
実際にアクジキかどうかを確認し、こちらに気が付かせるための行動だ。
アクジキの恐ろしい点の一つは、不意打ちに伸びてくる舌である。
その範囲外から攻撃してしまえば、先手の有利をとることができるのだ。
ケンタが投げた石は、アクジキと思われる盛り上がりに上がる。
土とは違う鈍い音が響き、盛り上がり全体がびくりと跳ねた。
それを確認すると、すぐにほかのゴブリン達が動き出す。
ボーラを持ったゴブリン達が一斉に構え、リーダーの合図で投擲。
いくつかは外れてしまうが、ほとんどがアクジキに命中する。
溜まらずといった様子で、アクジキは体を起こした。
「メガテリウム? っぽい感じかな?」
アクジキの姿を見たりあむは、口の中だけでそう呟いた。
その姿は、りあむが知っているものの中では、絶滅した「地上のオオナマケモノ」メガテリウムという動物が近いように思われたのだ。
違うところは、背中だろうか。
亀の甲羅のように膨らんでおり、伏せると手足と頭を隠せるほどに広がっている。
とはいっても、甲羅のように硬質のものではなく、背中が大きく膨らんだだけのもののように見受けられた。
全身を薄緑色の毛が覆っており、それが森の中にはありきたりにある、苔のように見える。
地面に体を伏せれば、一体化して分かりにくくなるはずだ。
槍が刺さっているのは、背中に当たる部分だったらしい。
大雑把に体のつくりを見るに、おそらく背中はアクジキの体の中でも頑丈な部類に入る場所のはずだ。
そこに槍が刺さっているのならば、こちらの武器は十二分に通用するということである。
ならば、倒すことは可能なはずだ。
アクジキは、りあむが思っていたよりもはるかに大きく見えた。
立ち上がった大きさは、ゴブリン二匹分はあるだろうか。
全長に関しては、三匹分はあるかもしれない。
投げつけられた石やボーラは、アクジキにとっては小石も同然だ。
それでも、それなりの被害はあったらしい。
後ろ足二本で立ち上がったアクジキは、前足で顔や体をこすり、ゴブリン達の方へ威嚇するような声を上げた。
顔は、フタユビナマケモノに近いだろうか。
かなり丸い顔をしており、エラが張っているように見える。
りあむの知識が正しければ、これはあごが強い証拠だ。
あごを支える筋肉が発達していると、外見上顔が丸っこく見えるのである。
もしこれが当てはまるのであれば、噛みつかれるのは危険だ。
足を持っていかれたゴブリンが居たが、それで済んだのは幸運だったといわざるを得ないだろう。
もちろん、ゴブリンの足を奪った代償は、命で支払ってもらう訳だが。
威嚇の声を上げるアクジキに対し、盾を持ったゴブリン達は横一列に並び、構えをとる。
直立したゴブリンの頭から足元までを覆う、大型の盾だ。
木材を縄で縛り合わせて作ってあり、かなり強度も高い。
狩りには使えない代物ではあるのだが、身を守るには相当な効果が期待できる。
アクジキは声で威嚇しながら、両前足を広げた。
指は恐ろしく長く太いカギ爪状になっており、迂闊に近づくのは危険だろう。
だが、アクジキの武器はこれだけではない。
最も注意しなければならないのは、長く伸びる舌である。
アクジキが大きく口を開き、盾を持つゴブリン達に口内を向けた。
何度か開け閉めしているのは、狙いを定めているのだろう。
この間にも、ボーラと石による攻撃は続いている。
盾を構えたゴブリン達がじりじりと前進するのに合わせ、ほかのゴブリン達も前進していた。
間合いが詰まれば、飛び道具の精度も威力も上がっていく。
アクジキはうっとおしそうに身体を動かしながら、ついに舌による攻撃を始めた。
鋭い返しのつき、先端が銛のようになった舌が、矢のように打ち出される。
長さは、アクジキの体長の二倍はあるだろうか。
一発目はゴブリンの盾に阻まれるが、すぐに二発目を繰り出す。
やはり盾の表面を撫でるが、三発目。
ゴブリン達の盾と盾の隙間に入りこみ、後ろにいたゴブリン達の足元に突き刺さった。
周囲にいたゴブリン達は、とっさに飛びのいたので無事だ。
ゴブリン達の後ろに回り込んだ舌は、先端をくるりと巻いて釣り針のような形になった。
アクジキはこれを、素早く引き戻す。
そうすることで、獲物を絡めとるのが、アクジキ得意の狩猟法なのだ。
だが、これはゴブリン達が想定した事態である。
舌の通過した周囲のゴブリン達は、地面に盾を突き立て、身をかがめていた。
素早く引き戻された舌は、ゴブリン達の身体はかすりもせず、盾だけを巻き込んでアクジキの口へと戻っていく。
それで怯むかといえば、アクジキの名は伊達ではない。
頓着した様子もなく、盾を噛み砕きにかかった。
ゴブリン達はこの瞬間を待っていたのだ。
縄や網を持ったゴブリン達が、一斉に前に出た。
両端を二匹で持ち、間をあけてピンと張る。
そのまま、縄や網の真ん中にアクジキが来るようにして、絡めとるのだ。
アクジキは盾を噛み砕こうとしているためか、反応が一瞬遅れる。
普段なら前足を振るうなり、舌を伸ばしてゴブリンを攻撃するなどするだろうが、今は口が盾でいっぱいになっていた。
それに、縄や網は長くとってあり、アクジキの爪はゴブリンに届かない。
何より、ゴブリン達は驚くほど素早い。
両手両足を使って走るときの動きは、人間の比ではないだろう。
あっという間に、アクジキの身体に縄や網を絡めていく。
狙うのは、主に後ろ足だ。
それにより、動きを制限するのが目的である。
アクジキは力が強く、強力な武器を持ってはいるものの、動き自体は早くない。
地球の動物とは、まるで動きが異なる。
相手にする際に気をつける点もかなり違っており、りあむも正直、このやり方が効率がいいかどうか自信はない。
別のものが考えれば、きっともっと良い方法が思い浮かぶのだろう。
だが、それでも今はこれで狩ることが出来ると信じて、ゴブリン達に任せるしかない。
ついに、後ろ足を雁字搦めにされたアクジキは、前足を地面に下ろした。
この時には、縄や網を使っていたゴブリン達は、盾の後ろに下がっている。
アクジキは既に口に入れた盾を噛み砕いているためだ。
縄や網でアクジキを絡め取ろうとしている間、ゴブリン達は隊列を変更している。
盾を構えたゴブリン達は四つの班に分かれ、アクジキを取り囲むように陣取っていた。
盾を持つゴブリンの後ろには、それぞれに武器を携えたゴブリン達が隠れている。
四つの盾を持った班は、それぞれにジリジリとアクジキに近づいていく。
アクジキは四つ這いのまま、その場で回転しながら威嚇する。
後ろ足がうまく動かせず、二本足で立てないので、そうするしかないのだ。
ある程度近づいたところで、アクジキの真後ろに位置するゴブリン達が動いた。
盾を構えたゴブリン達の後ろから、槍だけを持ったゴブリン達が素早く飛び出していく。
そして、わき目も振らず後ろ足やその付け根を狙い、槍を突き刺す。
投擲は行わない。
今のゴブリンでは、槍を投げても突き刺せるほどの威力が出せるか、怪しいところだからだ。
投擲能力が高ければ、こんな危険なことをせずに済むのだが。
そもそも、縄や網で絡めとるというのも、この槍での攻撃を少しでも安全にするための手段なのだ。
動きを制限して、少しでも近づくときの安全を図ろうと考えての事なのである。
歯噛みをしながら、りあむは狩りの成り行きを見守った。
アクジキの下半身に、次々と槍が突き刺さる。
悲鳴のような声を上げ、アクジキは振り返りながら爪を振るった。
その時にはもうゴブリン達は離れており、爪は空を切るばかりだ。
槍で攻撃を終えたゴブリン達は、既に盾の後ろに入っている。
アクジキに槍を突き刺したまま戻ったゴブリンには、武器を背負っていたゴブリンが素早く別の槍を渡す。
この攻撃で、アクジキの動きは目に見えて鈍った。
おおよその動物にとって、背後というのは弱点である。
後ろ足は体を支え、歩くことにとって重要な部位だ。
それだけでなく、太い血管なども流れている。
一撃で倒すことが出来ない獲物を狩る時に狙うには、うってつけの部位なのだ。
アクジキは足を引きずりながらも、体を反転させて後ろを威嚇する。
それを見て取ったリーダーのゴブリンは、後ろに来る側のゴブリン達に攻撃の指示を出した。
槍を携えたゴブリン達が一斉に飛び出し、やはり後ろ足と付け根を狙って槍を突き刺す。
悲鳴のような鳴き声を上げ、アクジキは後ろ足で立ち上がろうとする。
だが、ゴブリン達の槍は、確実に傷を負わせていた。
アクジキの後ろ足は体重を支えられずに崩れ、後ろ足を投げだすように倒れた。
すぐに前足を使って体を起こすが、後ろ足は思うように動かない。
地面に投げ出されたまま、もがくように動くだけだ。
これを狙っていたのである。
見逃すゴブリン達ではない。
槍を持ったゴブリン達は、再び後ろからアクジキに近づいていく。
この時、槍での攻撃をするゴブリン達は、一言も声を発していない。
逆に、アクジキの前方で盾を構えたゴブリン達は、大声をあげてアクジキの注意を引き付けている。
こうすることで、少しでも後ろへの攻撃を減らそうというのだ。
アクジキは苛立ったように鳴き声を上げながら、舌で攻撃を仕掛けてくる。
何度も繰り出される舌だが、狙いが定まっていないのか、盾や地面などあらぬ方向にばかり飛んでいく。
こうなってしまえば、後は圧すだけだ。
リーダーのゴブリンの号令で、大きな斧を持ったゴブリン達がアクジキに殺到していく。
狙うのは、関節などの柔らかい部分だ。
大振りで渾身の力を籠め、斧を打ち込む。
その斧を狙って、ほかのゴブリンがハンマーをふるう。
斧を深く食い込ませ、さらにダメージを与えるのが狙いだ。
そのまま引き抜ける場合は引き抜き、それが望めない場合はすぐさまその場を離れる。
見る見るうちに傷口は広がり、地面が赤く濡れていくのが分かった。
どうやら、アクジキの血は赤色であるらしい。
いくつか目の斧が撃ち込まれたとき、吹き出すような血しぶきが上がった。
どうやら、太い血管を破ったらしい。
リーダーゴブリンの指示で、攻撃の手が止まる。
盾を持ったゴブリン達は変わらず注意を惹き続けるため、声を上げ続けた。
その時だ。
アクジキの前足が、突然力を失ったように崩れた。
体の支えを失い、アクジキは地面に体を横たえる。
だが、体の表面は上下しており、呼吸をしていることがうかがえた。
目もしっかりとゴブリン達を捉えており、いつでも舌を伸ばせるようにしているのか、首も地面に落ちていない。
リーダーのゴブリンは、手に持った槍を掲げ、声を上げた。
前に出たのは、特に狩りに秀でたゴブリン達だ。
それぞれに槍を携えたゴブリン達は、アクジキの後ろに回り、一斉に駆けだした。
後ろから近づくと、数匹がアクジキの身体に取り付き、登っていく。
この間に、ほかのゴブリンは槍でわき腹などを攻撃し、さらなる出血を強いる。
悲鳴のような声を上げるアクジキだが、その上に登っていたゴブリンの一匹がバランスを取りながら立ち上がった。
そして、わずかな助走をつけて飛び上がり、全身を使って振りかぶった槍を突き出す。
狙いの先にあるのは、アクジキの首である。
付き出された槍の切っ先は、真っ直ぐにアクジキの首に伸びた。
渾身の力が込められたその一撃は、皮を割き、肉を貫き、アクジキの首を地面へと縫い留める。
アクジキは血の泡を吹き、鳴き声にならない奇妙な音を喉から発し、ガックリと首を地面に落とした。
槍を打ち込んだゴブリンは、油断する様子もなく、素早くその場から離れる。
盾を持ったゴブリン達の後ろにすべてのゴブリンが逃げ込む。
アクジキの前にいる盾を持ったゴブリン達は、声を上げて注意を惹こうとしているが、動く様子は見られなかった。
リーダーのゴブリンが、槍を掲げ、声を上げる。
「すこし、ちがながれるのをまつ」
アクジキの身体からは、まだ血が流れている。
たとえ生きていたとしても、時間が経てば出血多量で、まともに動けなくなるだろう。
もし生きていたとしても、既に虫の息だろう。
だが、念には念を入れなければならない。
時間が過ぎるのが、驚くほど遅く感じる。
りあむは叫び出したいほどの緊張に、体が震えた。
ゴブリン達は、一言も発することなく、油断なくアクジキを見据えている。
焦れるような時間が過ぎ、アクジキの身体から血が流れなくなったのを見て取ったところで、リーダーのゴブリンが指示を出す。
数匹のゴブリンが盾と槍を構え、アクジキに近づいていく。
何度かアクジキの身体を突き、反応がないのを確認する。
細心の注意を払いながら過去に近づいていくと、息のあるなしなどを確かめた。
「しんでる」
アクジキの身体を確認していたゴブリンが、そう宣言した。
そのとたん、ゴブリン達の間から軽い歓声が上がる。
お互いをねぎらうような声が交わされる中、りあむも喜びを静かに爆発させていた。
声にこそ出さないし、体も動かせないが、本当なら叫びながらのたうち回りたいほどの嬉しさが全身から湧き上がっている。
何とかこらえていられるのは、ゴブリン達が近くにいると思えばこそだろう。
「やったね、ケンタ!」
「ああ、うまく行って良かった」
何とか抑え気味に言ったりあむに、ケンタもうなずく。
その時の表情は、りあむにも明確にわかる笑顔であった。
この後、アクジキは解体し、魔石を回収。
肉などは、持ち帰ることが出来る程度の量を持ち帰る予定だ。
そのあとは、魔獣の類が寄ってきて食べてしまうだろう、という。
全ての肉を回収できないのは残念だが、そのあたりは仕方ない。
ともかくこれで、足を奪われたゴブリンの仇をとることができたし、危険も取り除くことに成功した。
片足になったゴブリンは、今は洞窟に残り、縄を編んでもらっている。
狩りに行くことはできなくなったが、道具を作ることは可能だ。
りあむの下に入って道具を作ることに専念すれば、十分すぎるほど仲間に貢献することが出来る。
アクジキを倒したことで、きっと心も少しは軽くなるはずだ。
幸い、武器の損傷は思ったほどではなかった。
すぐに元の体制で、狩りや採集に戻ることが出来るだろう。
そうすれば、元の生活はすぐに戻ってくる。
「これからも頑張らなくちゃね」
これからの展望が明るいことを予感し、りあむはにこやかな声をケンタに向けた。
ちょうどこの時、三人組の冒険者が洞窟を襲っていたことをりあむが知ることになるのは、この少し後のことである。




