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十一話 「絶対狩って、ゴブリンツリーの栄養にしてやるぁー!!」

 ネズミを追って、沢沿いを歩くことしばし。

 りあむとケンタの居るチームは、ネズミを見つけることに成功した。

 ゴブリンの一抱えもある、大型のネズミである。

 身体は全体的に茶色がかっており、ネズミと言うよりイノシシに近い体形をしていた。

 足は身体から地面に垂直に伸びており、がっしりとしている。

 顔つきはネズミと言うより、小型のカバと言った感じだろうか。

 近くに生えている草を食べている口からは、強靭そうな歯が覗いている。

 ネズミ系の生き物は、顎が強い。

 あんなもので噛まれたら、ゴブリンの体はのみで削られたように抉られてしまいそうに思えた。


「うへぇ。カピバラはかわいく見えてたもんだけど、狩りの対象としてみると怖いなぁ」


 実際にはカピバラと多少違う体形をしているが、大まかなところは同じようだ。

 そのネズミが、おおよそ六匹集まっている。

 りあむはそれを見て、思わず顔をしかめた。

 単純に、数が多いというのは脅威だ。

 もしあれが一度に襲い掛かってきたらと思うと、背筋が寒くなる。

 リーダーの話では、脅かしただけで逃げ出すのだろうが、それでも万が一と言うこともあるだろう。

 気を付けてかかるに越したことはない。


「ふたてに、わかれる。ぶきもち、むこうがわ。あいずがあるまで、まつ」


 リーダーの指示で、武器を持ったゴブリン達と、何も持っていないゴブリン一匹が移動を始めた。

 りあむとケンタ、リーダーとその他のゴブリン達は、その場で待機だ。

 ネズミ達との距離は、それなりに離れている。

 詳しい距離は分からないが、木立の間からようやく姿を確認できる程度だ。

 ゴブリンの脚がどれほど早いかわからないが、行きつくまでに数秒はかかるだろう。

 ネズミたちはゴブリンに気が付いていないのか、呑気に沢沿いに生えている草を食んでいる。

 イネ科の植物だろうか、かなり背が高く、稲穂のようなものが付いているように見えた。

 ゴブリン達に食事が必要であれば、ああいったものを栽培してもいいのかもしれない。

 だが、実際にはゴブリン達に食事は不要で在り、ゴブリンツリーに必要なのは動物の肉と魔石である。


「ゴブリン達の為にならがんばれる気がするけど、ゴブリンツリーのためにはがんばろうって気にならないなぁ」


 ゴブリンツリー=「木の記憶」というのが頭にあるからだろうか。

 りあむはげんなりとした様子でつぶやくが、それでも、ゴブリンツリーにとって良いことは、ゴブリン達にとっても良いことだと気持ちを切り替える。


 ゴブリン達は、ネズミ達に見つからないよう、茂みなどに体を隠していた。

 元来植物であるゴブリン達は、静かにしようと思えば瞬き一つせずにいることも出来る。

 木の精霊であるところのりあむも、肉体的な制限とは無縁だ。

 じっと静かに動かないことも、全く苦ではない。

 ネズミ達の方はと言えば、未だにのんびりとイネ科と思しき草を食べていた。

 根元の方を齧り、そこから器用に全体を食べている。

 それなりに距離はあるはずだというのに、りあむの目にはその様子が問題なく観察できた。

 疲れることもなく、瞬きも必要ないため、文字通りじっと観察し続けることができる。

 こういった所は、実体のない精霊の体故の利点だろう。

 それにしても、何故ネズミ達はゴブリンに気が付かないのだろうか。

 確かにゴブリン達は、見つからないように注意を払ってはいる。

 だが、だからと言ってこれほど発見されないというのもおかしいのでは、と、りあむには思えた。

 さっそくリーダーに聞いてみたいところではあるが、今はなるべく物音を立てない方がいいだろう。

 ネズミがこちらに気が付かない理由を聞いたら、その声で発見されました、等と言うことになったら、洒落にもならない。


 さて、それとは別に、ネズミのことである。

 ネズミ達は先ほどから、ずっと同じ植物を食べていた。

 稲穂の様な部分があるが、それほど実りがあるわけではない。

 ススキや猫じゃらしよりは、少し実が大きそう、と言った程度である。

 ネズミ達はそれを、茎ごと食べているのだ。

 歯が丈夫だからこそ、出来ることなのかもしれない。

 イネ科の植物は非常に丈夫で、様々な道具などに利用されている。

 ネズミ達が食べているものがどうなのかは分からないが、少なくとも見た目的には柔らかそうには見えない。

 それを容易くかみ砕いているあの歯は、ネズミ達にとっては身を護る武器にもなるはずだ。

 やはり、気を付けるべきだろう。


 次いで、りあむの興味はネズミ達が食べている植物の方へと動いた。

 イネ科の植物というのは、泥の中で根を伸ばすものが多い。

 根を横に伸ばし、増えていくのだ。

 土手や川沿い、沼地などに群生していることが多いのは、そのためである。

 恐らく、ネズミ達が食べているものも、その手の性質があるのだろう。

 調べれば、もう少し詳しい事も分かるかもしれない。

 イネ科の植物の茎は、いわゆる藁として利用することができる。

 安定して入手できるようになれば、縄を作る材料にしたり、焚き付けに使ったりなど、何かと便利だ。

 狩りが終わったらケンタに頼んで、少し確保するのもいいかもしれない。


 りあむがそんなことを考えていると、ゴブリン達がネズミとは反対方向に顔を向け始めた。

 何事かと思い、りあむもそちらへと顔を向ける。

 そこには、武器を持ったゴブリン達と共に別行動をとっていたはずのゴブリンが居た。

 ゴブリンはリーダーに近づいていくと、ごく小さな声で耳打ちをする。

 りあむも内容を聞こうと、身を乗り出して顔を近づけた。


「はいち、おわった。さわぞいの、やぶのなか」


 どうやら、このゴブリンは連絡要員だったらしい。

 武器を持ったゴブリン達の配置は終わったということは、いよいよネズミの追い立てだ。


 今回の狩りは、追い込み漁のような方法をとることになっている。

 まず、武器を持ったゴブリン達があらかじめ決まった場所に隠れておく。

 残りのゴブリン達が、ネズミをその場所に向かって追い込む。

 ネズミが首尾よく武器を持ったゴブリン達の方へ行けば、それを仕留める。

 かなり難しい狩りらしいが、成功すればほとんど被害を出すことなく獲物を得られるのだという。

 自分が何かする訳でもないのだが、りあむは緊張に表情を強張らせていた。


 リーダーは、連絡要員と何やら話し込んでいた。

 武器を持ったゴブリン達が隠れた場所を、確認しているのだ。

 それが終わると、今度はケンタに手招きをする。

 音をたてないようにケンタが近づいていくと、地面に指で絵を描き始めた。

 川の流れに見立てられたと思しき線と、いくつかの丸印。

 丸印は、ネズミのことのようだ。

 その丸印の近くに指を降ろすと、川に沿って線を伸ばしていく。

 しばらく先に進めると、線を止めてバツ印を付けた。


「ここに、ぶきもちいる」


 そこに向かって追い込む、と言うことらしい。

 川に沿って引かれた線は、そこをネズミに走らせるということのようだ。

 だが、そんなに都合よくそこを走ってくれるのだろうか。

 りあむがそんな疑問を抱いていると、リーダーはさらに地面に何かを書き足していく。


 丸印の周囲に、小さなバツ印をいくつか書いていく。

 その間隔は狭いのだが、一か所だけ大きく間が空いている場所があった。

 線の引かれた方向。

 つまり、武器を持ったゴブリン達がいる方向だ。

 バツ印がゴブリンだとすると、りあむの疑問への答えが見えてくる。


「かこんで、おいたてる。ねずみ、ごぶりんからにげる。おどかして、うまくゆうどうする」


 りあむは感心の声を上げそうになるのを、すんでのところで我慢した。

 単純な方法ではあるし、野生動物でも使う手ではある。

 だが、それを理論立てて考え、ほかのゴブリンに言葉と図で説明しているというのは、どうだろう。

 すばらしい知恵と知識と言えるのではあるまいか。

 さらに驚くことに、ケンタは今の説明を聞き、黙って縦に頷いて見せたのだ。

 絵の意味と、作戦の内容を、きちんと理解したらしいのである。

 これが生まれた初日の出来事なのだから、りあむはゴブリンと言う生物の能力をまざまざと見せつけられた気持ちになった。

 

 リーダーはケンタに大きく一度頷いて見せると、今度はほかのゴブリン達へと顔を向けた。

 数匹のゴブリンを指さすと、今度はネズミ達から少し離れた場所を指さす。

 同じように数匹のゴブリンを指さし、今度はまた別の位置を指さした。

 どうやら、配置の指示を行っているようだ。

 大半のゴブリンに指示を出し終えると、残ったケンタを含むゴブリン達を指さし、リーダーは自分の胸を数回指先で叩いた。

 残りのゴブリン達は、自分の近くに居ろということだろうと、りあむは予測を立てる。

 その予測はどうやら当たっていたらしい。

 リーダーが両手を広げ、それを左右に分けて見せる。

 すると、ゴブリン達は指示された方向へと動き出した。

 物音はほとんど立たず、実に速やかな移動だ。

 すぐにその姿は見えなくなり、残されたのはリーダーとケンタ、りあむ、それに、数匹のゴブリンになった。

 リーダーは黙ってネズミ達の様子を観察しながら、周囲へも目を配っている。

 配置へ移動するのを、確認しているのだろうか。

 りあむも周囲を見てみるが、ゴブリンの姿は全く捉えられなかった。

 これではいつ配置についたかわからないような気がするが、りあむが気が付いていない、確認方法があるのかもしれない。

 後で確認するしかないだろう。

 となれば、後はりあむに出来るのは、ゴブリン達の邪魔にならないようにすることのほかない。

 りあむは極力体を縮こまらせて、ケンタの背中にぴったりと体を寄せる。

 ケンタはちらりとりあむの方を見たが、何も言わずにネズミの方へと顔を向け直した。

 鬱陶しいかもしれないが、少し我慢してもらおう。

 りあむは表情だけで、苦笑を浮かべた。




 後で聞こうと思っていた配置完了の合図は、予想外にすぐに知ることができた。

 リーダーがゴブリン達に指示した場所で、木が揺れたり、物音が立ち始めたからだ。

 これまでほとんど無音で動いていたゴブリン達が、ここに来て急にそういった失敗を犯すとは考えにくい。

 木の揺れと物音こそが、ゴブリン達が配置についた合図だったのである。

 それに気が付くのは、りあむ達だけではない。

 獲物であるネズミ達も気が付くわけだが、警戒はしているものの、逃げ出す様子はなかった。

 おそらく、ゴブリン達の位置を、正確に捉えられないでいるのだろう。

 正確な位置は気が付かれないものの、相手にプレッシャーを与える。

 そういう「気が付かせ方」を、ゴブリン達はしているのだ。

 幾つか意味はあるのだろうが、その中でも重要だとりあむが考えるのは、隠れている武器を持ったゴブリンから気をそらせること、であった。

 自分達の方をあえて気にさせることで、潜んでいるゴブリンを目立たなくさせているのだ。

 そうすることで、誘導をさらにしやすくしているわけである。

 あくまでりあむの予想で在り、それが正解か、そういった効果が望めるかどうかはわからない。

 だが、大きく外れてはいないだろうと、りあむは考えていた。


 周囲の様子を確認してから、リーダーはケンタの方に振り向いた。


「まだ、こえださない。これから、さわぐ。わたしがさわいだら、それにあわせる。き、ゆらす。さけぶ。それから、はしる。ねずみ、おいかける」


 リーダーのその指示を聞き、ケンタは大きくうなずいた。

 すると、リーダーは近くの枝に手をかけ、大きく揺らし始めた。

 それに反応してか、ネズミ達が反射的にリーダー達がいる方向を見たのが分かった。

 だが、ネズミ達はすぐに別の方向にも注意を向け始める。

 ほかの場所に散っていたゴブリン達も、同じように音を立て始めたからだ。

 ケンタやほかのゴブリンも、枝や木、草などを揺らし始めた。

 そして。


「おおおおおお!!!」


 リーダーが大声を上げて、ネズミ達に向かって走り出した。

 もちろん、ケンタとほかのゴブリン達もそれに合わせる。

 ネズミ達は、一目散に同じ方向へと逃げ始めた。

 沢沿いに、武器を持ったゴブリン達が潜んでいる方向へと、である。

 ほかの方向へ向かうものは、一匹もいなかった。

 元々群れで行動しているらしいこともあるが、ほかの方向はすべてゴブリン達がいたため、と言うのも大きいだろう。

 逃げられる方向を、区切られていたのだ。

 一直線に逃げるネズミ達を追いかけ、ゴブリン達はどんどん加速していく。

 走るゴブリン達の姿を見て、りあむは目を見開いた。

 なんとゴブリン達は、地面に手を付き、四足歩行の獣のような格好で走っていたのだ。

 ゴブリンの体格は、手が長く足が若干短いというものであった。

 前かがみに体を倒せば、手は容易く地面に着く。

 なるほどこれならば、両手両足を駆使して、ゴリラやチンパンジーのように走った方が早いだろう。

 実際、ゴブリン達の速度はかなり早く、ネズミ達に追いつきはしないものの、遠く離されず追いかけることが可能だった。

 りあむはそんな様子を、余すことなく観察しようと、両手を一杯に伸ばしている。

 枝やら草やらが当たってきたりするが、それらは精霊の実体のない体をまったく傷つけることなくすり抜けていく。

 観察するのに、これほど都合がいい体も少ないだろう。

 今はもう隠れる必要もないから、思う存分身体を伸ばして観察することができた。


 ネズミ達は、障害物の少ない沢沿いを、疾走している。

 その姿はサイズの大きさもあってか、どこかイノシシを思わせた。

 実のところ、そんな姿にりあむは軽い敵意を抱いていた。

 何しろ、りあむの死因は「自転車に乗っていたら、イノシシに突き飛ばされた事」なのだ。

 それが自分を跳ね飛ばした後の姿を確認していることもあり、ネズミ達の走る様子にそれを重ねてしまったのである。

 狩りに出発する前に見た「イノシシみたいなトカゲ」は動かなかったのであまりそういった意識はなかったのだが、生きて動いているものを前にすると、やはり感じ方が違う。


「絶対狩って、ゴブリンツリーの栄養にしてやるぁー!!」


 ゴブリン達にあてられたのか、りあむも興奮気味に大声を張り上げる。

 その気合が伝わったのだろうか。

 足を滑らせたのか、何かにつまづいたのか、前を走っていたネズミの一匹が、突然転倒したのである。

 りあむは思わず「あっ!」と叫んだ。

 どうすればいいのか、一瞬頭が真っ白になるりあむであったが、それに素早く対処して見せるモノが居た。

 チームのリーダーをしているゴブリンだ。


「みんな、そのままおいかけろ! わたし、あのねずみたおす!」


 倒れたネズミは、立ち上がろうと必死にもがいている。

 だが、全力疾走中に倒れたため、小さくないダメージを受けているのだろう。

 もがくばかりで、なかなか立ち上がることができないようだ。

 あっという間に距離が縮まり、倒れているネズミが目前に迫ってくる。

 リーダーは咆哮しながら、地面を蹴った。

 身の丈ほども飛び上がりながらも、狙いたがわず正確に襲い掛かる。

 立ち上がりざまに上に乗られたネズミは、もんどりうって地面に引きずり倒された。

 それでも勢いは収まらず、リーダーとネズミはもつれるように一緒になって転がっていく。

 だが、りあむの目には、リーダーの手足がネズミの体をしっかりと掴む様子が確認できていた。

 精霊の体は、動体視力も優れているらしい。

 リーダーの指示に従い、ケンタとほかのゴブリン達は、ネズミとリーダーの横をすり抜け走っていく。

 ネズミ達を追い立てるのを止めるわけにはいかないのだ。


 前を逃げるネズミ達が、イネ科らしき植物の群生近くに差し掛かる。

 先ほどまでネズミ達が食べていたのと、同じものだ。

 丁度その横を、ネズミ達が走り抜けようとした、その瞬間。


 群生の隙間から、緑色の塊が飛び出した。


 言わずもがな、武器を手にしたゴブリンである。

 槍のような木材を両手で構えたゴブリンが、矢のような勢いでネズミの一匹に突進したのだ。

 声も上げずに繰り出されたその一撃は、正確にネズミの身体を穿っていた。

 突き刺さった槍の長さは、おおよそゴブリンの肘から指の先ほどの長さ。

 ネズミの体を貫通するかしないか、と言った長さである。

 十中八九、致命傷だろう。

 それを見たりあむは、狩りの成功を喜ぶ気持ちと共に、得も言われぬ爽快感を感じた。

 自分を殺したのとは別の生き物であり、全く関係のない個体だと、わかってはいる。

 それでも「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の例えよろしく、今のりあむにとっては動くイノシシっぽいものはすべて恨むべき対象なのだ。


 最初の一匹を仕留めた直後、別の群生や茂みの中から、武器を持ったゴブリン達が一斉に飛び出した。

 次々にネズミに襲い掛かるが、しかし。

 やはり狩りと言うのは、そう簡単に行くものではないらしい。

 一匹のゴブリンがハンマーでネズミを殴り倒すことに成功するものの、他はすんでのところで逃げられてしまった。

 さらに追跡しようにも、武器もちのゴブリン達の邪魔にならないよう、追いかけていたケンタを含むゴブリン達は、足を止めてしまっている。

 一度立ち止まってしまったので、ネズミとの距離は一気に離されてしまった。

 今から再び追いかけたとしても、追いつくことは出来ないだろう。


 それよりも、今は最初の攻撃に成功した、三匹のことである。

 まず、武器を持ったゴブリンが、最初に攻撃したネズミ。

 これは深々と刺さった槍と、ゴブリンの体当たりにより、完全に仕留められている。

 ハンマーで殴られたネズミは、追い立て役に回っていたゴブリン達が押さえ込みにかかっている真っ最中だ。

 残りの武器を持ったゴブリンが、止めを刺そうと近づいている。

 こちらは、もう大丈夫だろう。

 狩りに慣れたゴブリン達が、的確に止めを刺してくれるはずだ。

 となると、残るはリーダーが捕まえたネズミと言うことになる。

 ここで、りあむははっと顔を上げ、後ろを振り返った。

 幸い、リーダーとネズミは、視界に入る距離にいる。

 ネズミは転びこそしたものの、大きな怪我は負っていなかったらしい。

 思うさま暴れまわり、今にもリーダーを弾き飛ばしそうな勢いだ。

 ゴブリンは、永く生きている個体ほど基礎体力は落ちる。

 リーダーは恐らく、このチームで一番古株のゴブリンだ。

 年の功で培った技術と知識でカバーはしているものの、元気の有り余っているネズミを押さえつけておけるかどうかは、かなり微妙だろう。

 何しろ、先ほどハンマーで殴り倒されたネズミも、ゴブリン二匹掛でやっと押さえつけていたのである。

 それをたった一匹でこなしているのだから、リーダーの技術は相当なものと言っていい。

 だが、それにしたところで長くはもたないだろう。


「ケンタ! リーダーの所へ! 手伝いに行かないと!」


 りあむの言葉に答える暇もあればこそ、ケンタはリーダーの所へ猛然と走り出す。

 その肩に掴まりながら、りあむはどう手助けをすればいいかを大急ぎで考えた。

 取り押さえるのは、もうリーダーがやっている。

 ケンタがそこに参加したところで、劇的な変化はないだろう。

 それに、ずっと一匹でゴブリンを押さえつけているリーダーの疲労は、かなりのものになっているはずだ。


 ゴブリンは基本的に、疲労などとは無縁だ。

 動物としての特性である強力な瞬発力には乏しいものの、代わりに動物的な「肉体疲労」が無いのである。

 ゴブリンの体を動かしているのが動物的な筋肉ではなく、植物的な筋肉だからこその特長であった。

 地球には存在しないこの「植物的な筋肉」は、しかし、所謂疲労とは無縁なものの、使い続けるとそれ自体が摩耗し、断絶してしまうという欠点がある。

 こうなってしまうと、回復するまでは基礎筋力そのものが劣化してしまう。

 日光を浴びるなどして、修復を図らなければならないのだ。

 ゴブリン達が狩りの後に、警備を兼ねた休憩をとるのは、そのためであった。


 もっともこれは、ゴブリン達も、ゴブリンツリーも、当然りあむも知らないことである。

 今のりあむは相当に慌てていることもあり、ゴブリンも人間と同じように疲労し、時間が経てば疲労していくものだと考えていた。

 リーダーの疲労はすでに相当なもののはずで、何時疲れ切ってもおかしくない。

 そうなってしまったら、ネズミを押さえるのはケンタ一匹と言うことになってしまう。

 とてもではないが、ケンタだけでネズミを捕まえておくことは出来ないはず。

 ならば、ココで考えるべきはいち早くネズミを仕留めること。

 ゴブリンには、爪と牙と言う武器がある。

 爪は比較的短く、それほど強力ではない。

 だが、ネズミ程度を相手にするのであれば、十分に武器になる。

 太く鋭い牙を駆使すれば、致命傷も与えられるだろう。

 だが。

 この時のりあむは、冷静さを欠いていた。

 初めての狩りと、天敵ともいえるイノシシ染みたネズミの動きを目の当たりにして、完全に舞い上がっていたのだ。

 ゴブリンの本来の武器である牙と爪のことなどすっかり頭からすっぽぬけ、イノシシにとどめを刺すことができる方法を、人間基準で考えていた。

 あれだけ大きなネズミに止めを刺すには、素手では心許ない。

 何か武器が必要だ。

 きょろきょろと周囲を見回したりあむの目に、丁度良いものが飛び込んできた。

 沢の近くに転がった、ゴブリンの頭より少し小さい程度の石である。

 それも運がいいことに、リーダーがネズミを取り押さえている、すぐ近くにあるのだ。


「ケンタ! あの石! リーダーの近くに落ちてるやつ! あれでネズミを殴ろう!」


 指で示すことができなかったので、りあむは必死になって顔と顎で石を指した。

 かなりの変顔をさらすことになっているのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 ケンタは走りながらも、正確にその意図を拾ってくれた。

 わずかに方向を変えると、石に向かって走っていく。

 石の直前で勢いを殺し、それを抱え上げると、リーダーに向かって大声を張り上げた。


「いしで、なぐる! あたま、きをつけて!」


 突然の大声と言葉に、リーダーはネズミに苦戦しながらも「わかった!」と反応を示した。

 体勢を動かし、ネズミの上に馬乗りの形に持っていく。


「って、ネズミでかっ!」


 思わずりあむが叫んだのも、無理は無い。

 リーダーが組み伏せていたネズミは、かなり大きな個体だったのだ。

 体重は、おそらくゴブリンと同じか、少し重いぐらいだろう。

 本来一抱え程度の大きさであるはずのネズミだが、個体差はある。

 転んだネズミは、どうやらとりわけ大型の部類の様だった。

 よくもまぁ、一匹だけでこれを押さえ込んでいたものだ。

 流石リーダー、と言った所だろうか。

 だが、今は感心している場合ではない。

 リーダーは何とかネズミの上に馬乗りになると、手でネズミの首と前足を押さえ込んだ。

 これなら、リーダーの体を気にせず、ネズミの頭を攻撃できる。


「いまだよケンタ!」


 ケンタは抱えた石を振り上げ、ネズミに向かって走った。

 途中で飛び上がり、その勢いのままに石を振り下ろす。


 何かが砕ける音と、湿った液体が飛び散るような音が響く。


 石による一撃は、的確にネズミの頭部を捉えた。

 ネズミの身体は大きくのけ反り、一気に強張って固まる。

 細かなけいれんを繰り返すが、息を吹き返すことは無いだろう。

 それを確認したリーダーは、立ち上がってネズミから離れた。

 ケンタは抱えていた石を捨てると、リーダーの方へと顔を向ける。

 その視線に気が付いたのか、リーダーもケンタの方へを見て、大きくうなずいた。


「たすかった。いいしごとだ」


「りーだーの、おかげだ。なぐりやすかった」


 リーダーとケンタのやり取りを見て、りあむは大きく息を吐きだした。

 緊張が一気に解けたのだろう。

 しなだれかかる様にケンタの体に寄りかかり、頭の上に顎を置いた。

 精霊の体ではあまり意味のない行動なのだろうが、恐らく気分の問題なのだろう。

 ふと、りあむはちらりとネズミの方へと目を向けた。

 頭を石で割られた、なかなかに壮絶でグロテスクなネズミの死体だが、特に嫌な気持ちにはならない。

 人間の時であれば多少なりとも気分を悪くしそうな光景だったが、今は全くそういった感情が湧いてこなかった。

 特に感慨もなく、「ああ、これを埋めればいい栄養になるだろうな」と思う程度である。

 木の精霊としての感覚に、かなり引きずられているのだろう。

 思うところが全くない訳ではないが、いちいち気持ち悪さに苛まれるよりましなはずだ。


「ずっと緊張しっぱなしだったから、なんかどっと疲れた気がするね。やっと一息つけるのか」


「いや。すぐに、しゅっぱつする」


 りあむの独り言に、リーダーは首を横に振った。

「なぜ?」と言うように首をかしげるりあむに、リーダーはネズミの体の近くにしゃがみ込みながら続ける。


「ちのにおい、する。きょうぼうないきもの、よってくる。ごぶりんをねらういきもの、すくない。でも、うごかないにく、たべやすい。ねらういきもの、たくさんいる」


 いわれてみれば、納得だ。

 ゴブリンが森の中でも比較的安全に歩けるのは、ゴブリンを狙う生き物が殆ど居ないからである。

 肉食動物にとっては狙う価値はないし、草食動物にとってもクソまずいゴブリンを食べる気など起きないのだ。

 だが、それが肉を運んでいるとなったら、別である。

 肉を奪うため、と言うのは、襲い掛かるのに十二分な動機になるだろう。

 まして、ゴブリンは特別強力な力を持っているわけではない。

 集団の力を利用したとしても、それを上回る個体としての力を持つ肉食動物は、一定数居るのだ。

 もちろんこちらが注意していれば、そういった相手も警戒して中々近づいては来ないだろう。

 逆に言えば、気を抜けばすぐにでも襲い掛かってくるということだ。


「もりにくるとき、だいたいあんぜん。いちばんあぶないの、かえるとき」


 行きはよいよい帰りは辛い、という奴だろう。


「かえりこそ、いそぐ。だから、すぐしゅっぱつする」


「なるほど。いわれてみればその通りですね」


 りあむが感心している間にも、リーダーはネズミを持ち上げようとしている。

 ケンタはそれを察し、リーダーの反対に回り、持ち上げるのを手伝う。

 そんなことをしている間に、ほかのゴブリン達がやってきた。

 リーダーやケンタと一緒に追い立て役に回ったゴブリン達は、ネズミを運んでいる。

 武器を持ったゴブリンや、残ったゴブリン達は、その周囲を守る様に歩いていた。

 リーダーはそちらへ顔を向けると、声をかける。


「もういっぴき、てつだってくれ。にひきだと、もちあがらない」


「わたしが、てつだう」


「ねずみ、おおきい。とるの、むずかしいおおきさ」


「じぶんで、ころんだ。うんが、よかった」


 相当狩りが上手くいった、と言うことなのだろう。

 その言葉や仕草からは、わずかな興奮と喜びが感じ取れる。

 ゴブリン達の様子を見て、リーダーも大きくうなずいていた。


「しかし、こまった」


 なにか、問題があるのだろうか。

 リーダーのそんな言葉に、ゴブリン達とりあむの注目が集まった。


「さんびきも、とれた。いっぴきは、すごくでかい。はこぶの、たいへん」


 それを聞いた途端、ゴブリン達が声を上げて笑い始めた。

 どうやら、ゴブリンジョークだったらしい。

 生まれたてであるはずのケンタも、肩を揺らして笑っている。

 おかげで、りあむの体はがくがくと小刻みに震える羽目になった。

 ちなみにこのゴブリンジョークだが、りあむにはまったく理解できなかった。

 思わず神妙な、若干困惑した顔でゴブリン達を見回してしまう。

 表情こそ変わらないものの、ゴブリン達は心底楽しそうだ。

 ジョークは分からないが、そういったゴブリン達の様子を見るのは、うれしい。

 だからこそ、

 りあむもゴブリン達に釣られるように、種類こそ苦笑であったものの、いっしょになって笑い声を漏らすのであった。

狩りが終わったところで、今回は終わりです

次回は洞窟に変える所

それと、今後の活動方針を決定する様子なんかをお見せできればなぁ、と思います

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