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一話 「マジか。あれ夢じゃなかったのか」

 その部屋の中を見回した印象は、「なんか不動産屋みたいだなぁ」というものだった。

 片付いた室内には椅子と机、観葉植物、ウォーターサーバーらしき物体等が配置されている。

 所謂家具の類は少なく、目立つものと言えば、大きめの水槽。

 それと、壁にかけられた紹介文付きの写真と言った所だろうか。

 ただ、そのどちらとも、それを眺めている「木野 りあむ」の目には、異質なものに映っていた。


 水槽の中で泳いでいるのは、魚ではなく二足歩行っぽい動きの甲殻類であった。

 サイズは小さいものの、その見た目は何かのロボットアニメを思い起こさせる。

 作り物にはとても見えず、恐らく生物なのだろうと思われた。

 しかし、りあむはそんな生物が存在しているという話は聞いたことが無い。


 壁にかけられている写真の方は、惑星と思しきものや、半透明な球体に囲まれ宙に浮いた巨大な岩、宇宙ステーションと思しき巨大な構造物などが映っている。

 写真の横には、「世界名:〇〇 地域名:〇〇」といった具合に、わかりやすくまとめられていると思しき説明文が書かれていた。

 思しき、というのは、内容があまりにもぶっ飛んでいてりあむには理解しきれなかったからである。

 もしかして、それはいわゆる「異世界」にまつわるものなのでは?

 という思いつきはあるが、はっきりと確認することは出来なかった。

 確かに読んでいるはずなのに、説明文を理解することが出来なかったからだ。


「あー、それねぇー。もしかしたら木野さんだと読んでもわからないかもしれないですね。ちょっと情報量と質がアレなもんで」


 その声に、りあむは慌てて机の対面に座っている男性に視線を戻した。

 にこやかな表情の、中肉中背の中年男性だ。

 目を離した途端顔を忘れてしまいそうな、印象の薄さである。

 りあむは若干表情をひきつらせながら、苦笑いを浮かべた。


「ああ、そうなんですか。いえ、すみません。何分、こういうの初めてなもんで」


「いえいえ、気にしないでください。なかなかねぇ。死んだことのある人っていうのも、珍しいですから」


 男性の言葉に、りあむは乾いた笑いを響かせる。

 どうやら、りあむは死んでしまったらしい。

 そして、ココは死後の世界だという。

 普通ならば、とても信じられない話だ。

 だが、りあむは「それが真実だ」と確信していた。

 どういうことなのかりあむ自身、理由はよくわからない。

 だが、自分はもう死んでいて、ココは死後の世界。

 そして、目の前にいる印象の薄い男性は、いわゆる神様の類なのだと分かった。

 男性曰く「話が早いように、先に理解してもらっています」ということらしい。


「それでですね。木野、えっと、りあむさん。りあむ……なんか、珍しいお名前ですね」


「両親がなんていうか、ヤンチャだったもので。まあ、確かに男には珍しい名前ですよね」


 二十を超えたあたりからはそうでもなくなってはいたが、名前では苦労してきていた。

 それでもいわゆる「イジメ」の対象にならなかったのは、両親が私立のお行儀いい学校に通わせてくれたからだろう。

 おかげで、名前については少々コンプレックスがある程度で済んでいる。


「申し訳ない、失礼でしたね」


「いえ。話のとっかかりになるので、重宝していますよ」


「そういって頂けると……。ああ、それでですね。木野さん、お亡くなりになったということで、この後のことなんですが」


「あ、はい。どういう感じに。なるんですかね?」


「えー、通常ですと死後の世界に行って頂いてですね。ある程度しましたら、生まれ変わりという形になるんです、が。ちょっと、今回お願いがありまして」


 男性はそういうと、傍らに置かれていたファイルをりあむの目の前に持ってきた。

 それを開くと、何枚かの写真が並んでいる。


「あ、こちら、何に見えます? ちょっと、見る人によってですね、内容が変わるもので」


「え? あ、はい、写真に見えます。半透明の女性の」


「写真。ああ、そっか。そちら、写真がある世界でしたね。実はですね、ちょっと木野さんには、こちらのものに転生していただきたいと思っていまして」


 思わず「はい?」と間抜けな声を出してしまったのも、無理からぬことだろう。

 突然そんなことを言われて、はいそうですか、と答えるのは中々に難しいはずだ。

 りあむは、サブカルチャーを好む性質であった。

 アニメや漫画で、いわゆる「転生モノ」というのは嗜んでいる。

 だが、実体験でそういう場面に出くわすとは、つゆほどにも思っていなかった。

 まして、実際にこんなことがある等とも思っていない。

 そもそも今の状況が、その「サブカルチャー」の「転生モノ」と同じ状況なのか、全く別の何かなのか。

 全くわからないのだ。


「あの、すみません。こういう状況慣れてなくて。転生というと、どういう……?」


「木野さん、ライトノベルとかなんかはお読みになられますよね?」


「嗜む程度にですけれども」


「大体、そのあたりと同じと思って頂いて構いません。記憶をもって、異世界で別の存在に生まれ変わる。ということです」


 りあむは、マジマジと写真を見つめ直した。

 映っているのは、やはり半透明の女性の姿だ。

 髪は長く、パッチリとした目に、柔らかそうな唇。

 ぱっとみて、美人だと言っていい容姿をしている。

 それを確認して、りあむは困惑の表情を浮かべた。

 生まれ変わるということは、言葉通り新しく生まれ直すということだ。

 となれば、性別が変わることもあるかもしれない。

 男として生きてきたので少々面食らったが、問題ないと言えなくもないだろう。

 心情的な引っかかりはあるが、無視できる範疇である。

 ただ、無視できない点が一つあった。

 この女性の姿が、透けているところだ。

 地球には、少なくともりあむの知る限りでは、半透明の人類というのは存在していない。

 もし居るとしたら、幽霊とかの類だろう。

 せっかく転生、生まれ変わるのに、幽霊になるというのは一体。

 そんなりあむの疑問に気が付いたのか、男性は笑顔を作り、説明を始めた。


「ここに写っているのは、いわゆる精霊の類です。木を本体にしており、魂と魔力だけの存在な訳ですね。ですので、性別もありません。見た目は女性型ですが、女でも男でもないんです」


「あー。なるほど。それで半透明の。木の精霊っていうと、ドライアドとかですか?」


「そうですね。ドリュアスとかドリアードとか、いろいろな言われ方をしていますが。木に宿った意識体、あるいは木の意識そのものと言ったようなものだと思って頂ければ」


「えっ、それに私が? 転生、するんですか?」


「そうしていただけると、有り難いと思っております、はい」


 りあむは、「なるほど」と頷きながら、どうしたものかと考えた。

 正直なところ、いろいろと聞きたいことがある。

 だが、聞いたところで仕方ないだろうという、と思われた。


「あの、一応確認だけなんですけども。質問とかさせて頂いても大丈夫ですか?」


「もちろん構いません。ただ、機密事項とかもありまして。それに、なんというか。こちら側の事情ですので、説明しても理解が出来ない情報があるというか」


 恐らく、神様の世界の事情なのだろう。

 聞いてはいけない話もあるだろうし、聞いても理解できない話があるというのは、当然のことだろうとりあむは思った。


「そのへんは、はい、もちろん。教えて頂ける範囲で全く構いませんので」


「そういって頂けると、助かります」


「では、まずどんな世界で、木の精霊というのがどういう立ち位置なのか教えて頂けますか?」


「いわゆる、剣と魔法の世界と思って頂ければ、間違いないと思います。文明レベルについてですが、これは地球における何時代、とは一概に言えません。魔法という便利な物がありますから。便利な道具や技術がある一方、文化レベルは日本のそれよりも優れていたり、ある部分では劣っていたりします」


「やっぱり、王制だったりするんでしょうか?」


「国ごとにかなり違います。議会制民主主義の国もあれば、立憲君主制の国もあります。ただ、そのあたりのことは正直、あまり重要ではないかと思われます。木野さん、木の精霊になりますし」


 確かに、人間で無くなるのなら、人間の法律は関係ないだろう。

 りあむは納得すると、質問の方向性を変えることにした。


「じゃあ、あの、木の精霊っていうのはどういうモノなんでしょう?」


「言葉通り、木の意識です。木の意識が魔力を持って、本体である木を離れたものですね。一種の幽体離脱、だと思って頂ければいいと思います。本体が滅びない限り、死ぬことはありません」


「幽体離脱、ということは、人には見えなかったり?」


「霊体や、魔力に敏感なモノには見えたり、感じ取ることが出来たりします。野生動物や植物は、おおよそ見ることが出来ます。人種の中には、気が付かないものも多いでしょうね」


 なぜ植物まで説明したのか、と思ったりあむだったが、すぐに「木の精霊も植物なんだから、当たり前か」と考えた。

 それに異世界なのだから、動物のようにふるまう植物だって、いるのかもしれない。


「では、なんで私が選ばれたのか、っていうのは、お聞きしても?」


「それなんですがねぇー。ちょっと複雑な事情がありまして。説明しても、わからないかなぁーっていう」


「あー、そういう。はい、あ、わかりました。はい」


 男性の何とも言えない表情を見て、りあむは「これが聞いても分からないことなのだろう」と理解した。

 聞いても分からないものを聞いても、どうしようもないだろう。

 それに、りあむ的にはそれほど重要なこととも思えなかった。

 選ばれた理由を知ったところで、どうなるものでもないと考えたからだ。


「あの、では、記憶とかそういうのは? やはり、きれいさっぱり無くなって生まれ変わる感じの?」


「一応、今回は特例ということで。記憶を引き継いだ形での転生、ということになります。ただ、人間だったころの知識が凄まじく役に立つ、というのは期待しないでください。なにせ、木の精霊ですから」


 なるほど、木が幽体離脱したような存在に、人間としての知識や経験がどれほど役に立つのか、未知数だ。

 まるっきり役に立たないという恐れもある。


「それで、あの、思いつく限り最後の質問なんですが。これは、お受けした方がいいお話なんですかね?」


「正直、私もあまり扱うことのないケースなので、一概には言えないのですけども。まぁ、このままですと木野さんの記憶は完全に消えて、転生という形になりますので。記憶を保ったまま生まれ変わるというのは、損にはならないんじゃないかな、と言った所でしょうか」


 たしかに、損にはならない気がする。

「木野 りあむ」としての記憶が消えてなくなるということは、りあむの考える「死」と同義だ。

 それが、記憶を保ったまま生まれ変われるというなら、「生き続けている」のとあまり変わらないように思える。

 命を拾った、という感覚であり、「損か得か」と考えれば、間違いなく得だといえる。

 ように、りあむには思えた。


「はい。では、その、わかりました。私でよろしければ、その、転生させて頂けたら、と思います」


「そうですか! 受けて頂けますか! いやぁ、よかった!」


 男性は嬉しそうにそういうと、早速というように何やら書類らしきものを書き始める。

 興味を持ってりあむはそれを覗き込んでみたが、読める文字のはずなのに、内容は全く理解できなかった。

 おそらく、神様的な何かで在り、りあむには把握することすら出来ないものなのだろう。

 書類のように見えているが、実際にはまったく違うものなのかもしれない。

 男性は終わったという風に顔を上げると、再びりあむの方へ顔を向けた。


「では、準備の方終わりましたので。すぐにでも転生していただけますが、大丈夫ですか?」


「あ、はい。大丈夫です。っていうか、早いんですね」


「お待たせするのもアレですからね。では、こちらにサインとハンコを押していただきましたら、転生が始まります」


「わかりました。名前は木野りあむで大丈夫ですか?」


「大丈夫です、大丈夫です」


 名前を書く欄を探しながらのりあむの言葉に、男性は頷きながら答えた。

 りあむは大きく深呼吸して覚悟を決めると、書類の横に置かれたボールペンを使って名前を書き込んだ。

 普通なら取り乱しそうなものではないか、等という考えが、りあむの頭をよぎる。

 おそらくは、そういったものを落ち着ける何かも施されているのだろう。

 その方が話が速そうだし、りあむ自身の判断の助けにもなっているので、問題はない気がする。

 そういえば、ハンコは、と手元を見る。

 ボールペンだったはずのものが、いつの間にかハンコになっていた。

 なぜ?

 と、思ったりあむだったが、すぐに考えても仕方がないことか、と首を振った。

 ここは、そういう場所なのだろう。


「では、ハンコ押しますね。いろいろ、お世話になりました」


「いえいえ。こちらの都合で、いろいろすみません。新しい人生が、すばらしいものであるよう、お祈りしております」


「有難う御座います。では」


 りあむは思い切って、書類に判を押す。

 その瞬間、徐々に意識が遠のき始めた。

 狭まっていく視界の中で、


 そういえば、木の精霊になるのは聞いたけど、なんていう種類の木なのか、聞くのを忘れたな。


 などという考えが頭に浮かんだ。

 だが、事ここに至っては、もう遅いだろう。

 りあむは抵抗することもなく、そのまま意識を手放した。

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