私設冷蔵庫
私設冷蔵庫
私、安藤ゆりの朝は早い。お客様が出勤前に
立ち寄る店なので、
6時過ぎにはシャッターを開ける。
給食センターのパートさんと同じ割烹着を
身につけて受付に立つ。
チリリン〜
いっらっしゃいませ。
私と同年代の40歳くらいの大柄の男性、
初めてのお客様だ。
紙袋にぶどうがいっぱい入っている。
こちらのぶどう一房でいいですね?
私共のシステムはおわかりですかね、
何時間コースにされるかを、まず決めて頂いて。
大柄男性はハッキリと
72時間でお願いします、という。
我が業務は、お客様の大切なナマモノを
契約内容に沿って預かるのだ。なので、
預けざる事情は聞かないことにしているから
手続きはスムーズにする。
では受取が3日後の朝6時18分ごろですね、
お待ちしています。と頭をさげると、
その男性客が、
病気で果物を控えるようにいわれてて、
甘い食べものを気をつけてるんだ。
でも検査結果が悪くてね、本当に果物を
やめているのか問いただされて、、だから
僕は言ってやったんだよ。
凍らせたらカロリーが無くなるんでしょ。
だから僕はちゃんと食事制限してるんだ、と。
そしたら担当の看護師に、凍ってる食べ物が
ゼロカロリー?!そんな訳ないでしょ!
と叱られてさ、、結局ここに来たんだ。
なるほど、、。
頑張れ!お兄さん。
私が貴方のぶどうと、貴方の
健康をしっかり守りますよ。
チリリン〜
あっ、いらっしゃいませ!
久しぶりにプロボクサーの小平君が来た。
テレビのバラエティ番組にも引っ張り凧の
人気者。いつもの体重測定前のダイエットだ。
スーパーのレジ袋に何か入ってるのか、、
今回も大量のアイスクリームだろう。
うちは冷蔵冷凍どちらも受け付けている。
今日はこれなんだ。現金で、
200万円くらいかな。
体重測定がおわるまでお願いします。と。
私はちょっと驚いて言った。
うちのシステム知ってるよね?
食べられるものしか扱わないのよ、と。
小平君は、
金があると飲みに行ったり、好きなものを
山ほど食べたり、オレは自分に甘いんだ。
だから、札束を冷凍して欲しい。
そしたら、くっついて使えなくなるだろ、
お願いだから預かって欲しい、、。
彼は彼なりに考えて出した方法なんだ。
私はしぶしぶ、
今回だけ特別ですよ、といい、指で
オッケーサインを出して札束を引き取った。
彼は頭を下げてガッツポーズをし、
意気込んで帰って行った。
減量も試合も、どちらも全力で応援してるよ。
チリリン〜
いらっしゃいませ。
前に一度いらした方だなと思い出しながら
接客した。20代くらいの
めちゃくちゃ美人さん、、、そうだ、
アッキー魚住さん、ハーフの方だ。
洋酒のボトルを何本か抱え、その中の数本は
口が空いていた。
彼女は疲れた顔で、ゆっくり言う。
朝からウオッカ飲んじゃうです、、
不動産屋の営業してますが、それでも無遅刻無欠勤、
健康診断は何も問題なくて、、
でも人としてダメだとわかってるから
これ預けたいんです、、と下向きながらいう。
こんな若くて綺麗な人にでも
人に話せないような悩みがあるのかと思い、私は尋ねた。
アルコールのコースでいいですかね?
イチオンスからなんですが、
何時に受け取るか、時間を決めてください。
一度決めた時間以外は、
貴方の為にお渡しすることが
できません。
彼女は了承し、仕事が終わる夜8時過ぎに
毎日イチオンスだけ頂きに来ますといった。
安心したかのか、やっとにっこり笑って
手を振りながら店を出た。
私がこの店を始めた理由は、私も
お客様たちのように食事に関して
脳内がコントロールできなくなって、
心の障害を取り除こうとしたのが始まりだ。
だから、みなさんのチカラになれればと。
今から10年ほど前、私は
仕事や人間関係がうまくいかず
毎日悩む日々が続いていた。
付き合いで行く宴席もお酒も苦手で、
これも悩みの種になっていった。
そのうち取引先だけでなく社内でも、
気が利かない、地味で話しベタでつまらない、
オーラが汚い、ブスだ、デブだ、
終いには、プレゼンの結果や大事な会議の
時間さえも教えてもらえなくなった。
そんな折、政治家の秘書をやめて
途中入社した今川リサという中堅が
うちの部に配属された。
リサは小柄で細くて、明るい性格。
一気に人気者になり、
1ヶ月で社内の廊下の真ん中を
堂々と歩くようになった。
なぜかリサは入社してすぐ私と仲良くしてくれた。
おかげで私も、彼女の人気のおこぼれをもらい
少しずつ周りの人たちが、私に対して
優しくなってきたのを感じた。
私とリサは、毎晩飲み歩くようになった。
リサは必ず夕方になると私に、
レストランを予約するよう言いつけたり、
街中で歩く時は、服装とマッチしない会社の
紙袋を私に持つよう、ねだるような態度を
とったりした。
同い年だが、上から目線を感じつつも、
リサをみると幸せな気持ちが湧き上がり、
彼女の容姿にも憧れを持つようになった。
彼女と同じサプリメントを飲み、
食事も、朝しか食べなくなって
体重は1ヶ月で五キロ落ちた。
そのうち、口にするもの全てを
ゼロカロリー食品に変え、
頭で物事をしっかり考えられなくなったが、
これが痩せていってる証拠なんだと、
ふらふらするたびに、喜びを感じた。
ある日、会社の慰安旅行のために自分らしい
食事が取れない日ができてしまった。
順調に体重が減っているのに、1日三食は
怖くて食べられない。
旅館について2時間後の夕食前だった。
どうしてもお腹がすいてしまい、
同部屋のリサがお風呂に行ってるすきに
この状態をなんとかしなければと焦り、
思いついた。
洗面所のティッシュを水で濡らし、
柔らかくして絞って丸め、
のみ込んだ。
ティッシュはゼロカロリーのはずだ。
2、3個、団子を作って頑張ってのんだ。
と、その時だった。何か気配を感じた。
後ろにリサがいた。リサは私の顔や手元を
覗き込んで、薄ら笑いで言った。
なんかイケナイ薬でもやってるのかと
思ってこっそり見てたのに、
何!? なにやってんですか?
ティッシュ食べてるじゃん!
めちゃウケるんですけど〜
リサはしゃがみ込んで両手を叩いて
大笑いした。
見られたことが恥ずかしくて
誤魔化そうとおもったが、
私は正直に話した。
貴女のスタイルや生き方を真似したくて、
まずはダイエットを始めたことと、
そのやり方などを全て打ち明けた。
リサは、
うんうんなるほどね、、と
話を聞いてくれて、優しく語って
くれた。
ゆりさん、
最近痩せて綺麗になったもん。そういう事
だったんだね、話してくれてありがとね!
といい、頭を撫でてくれた。
リサはその後は、何もなかったかのように
夕飯会場に一緒に入り、席に着いて
いつものように男性社員に囲まれながら、
お酒を飲み始めた。
幹事が壇上に上がり、今年入社の
リサに開会の挨拶をするよう促した。
リサは酒が入っているせいか、
頬をピンク色に染めて、新人らしからぬ
堂々とした立ち居振る舞いで
マイクを持って叫んだ。
ご紹介に預かりました今川リサです!
入社して半年ですが、この会社、
面白い人材がいなくてツマラナイなと
思ってましたが、 いましたよ!
クズキャラ!
めちゃくちゃ、私の心にはまった
同僚を、まずはご紹介させていただきます!
安藤ゆりさんでーす!どうぞ!
会場はシーンとして、みんなが
私を見つけ出し、しかめっ面になった。
リサが再び、引き笑いをしながら話し始めた。
ゆりさんは、
なななんと!ティッシュを何枚も丸呑み
できるんですよ!私さっき見せてもらったの!
会場の空気変わって、
オッ〜オッ〜オッ〜!と沸いた。
リサはノリに乗って叫ぶ。
ゆりさ〜ん!
ここでさっきの宴会芸をやってくださいよー。
私はリサに恥をかかせないために、
夕食の御膳の鍋に、ティッシュを肉がわりに
しゃぶしゃぶして何枚も食べ、
シュプレヒコールを浴びた。
度々、リサの喜んでいる笑顔を確認しながら、
またティッシュを何十枚重ね、しゃぶしゃぶして
一気にかき込んだ。
しばらくしてリサは面倒くさそうに言う。
私の挨拶はこんな感じでーす!以上でーす。
リサは再び男性陣の中に飛び込んでいき、
この瞬間から私に一言も会話してくれなくなり、
部屋にも帰ってこなかった。
週明け出勤時、リサはやはり私を無視し、
他の社員も、私と話す事はなくなった。
この時、私の体重は37キロになっていた。
会社にはひとりでは出勤出来ず、誰からも
声をかけられる事なく、数ヶ月後に
退社した。
チリリン〜
いらっしゃいませ。
お待ちしておりました、桜庭様。
半年後の今日が、契約終了日でしたね。
お元気でいらっしゃいましたか?
初老の女性はにこやかに笑って、
ラーラーラ〜と声を出し、言う。
半年タバコをやめたら調子がいいわよ。
しかも欲しいと思わなくなったの。
貴女のおかげよ、ありがとう。
多分もう大丈夫と思うから、今日は
3カートン全部とライターを
引き取りでお願いするね。
私は頭を下げながら言う。
桜庭様には、またお会いしたいですけど、
おタバコのお預かりは今日限りがいいです。
お元気でいてくださいね。
お婆さんは何も言わず、手を振りながら
タバコを抱えた。
踵を返した瞬間、タバコの臭いがフワッとした。
ん?すごい臭いだ。これはまだ吸ってるな、、
引き取り日を楽しみにしてたのか。
そういうことなら
またのご来店お待ちしてますよ。
チリリン〜
いらっしゃいませ。
初めての方ですか? ということならば、
私共の規約をまずはご説明させていただ、、
50代くらいの男性は、私の話に被せるように
慌てて言う。
いや、私ではなくて妻の所持品ですが、
受け付けてもらえますか?
えっと、、このダイエット食品と、
それから韓国の航空券なんですけど。
私は悩みながら尋ねる。
ナマモノは大丈夫なんですが、
このエアーチケットは難しいかなと、、
どうして両方なんですか?
ガッチリ体型の旦那さんが弱々しく言う。
うちの妻は結婚前から、ダイエット食品を
まとめ買いし、それについているシールを
集めて企業に送ると、
韓国整形ツアーにタダで行けるんですが、
妻はこの数年、全身整形を楽しみに毎年
出かけていくんです。
でも、あの、最近は容姿が変わり過ぎて、
私も恐ろしいくらいでね、、。
戸惑いながら私は、
ご本人の許可が入ります。
奥様は納得されて預けたいという
事ですかね、と答えた。
男性は振り返りながら言う。
あっ今日妻を連れて来てるんです。
日本人離れした顔立ちの女性が
ゆっくり店内に入ってきた。
リサだ。何となく面影がある。
細っそりした体型だったはずだが、
たわわな胸が半分くらい出るタンクトップを
着て、大きな二重と棒のような鼻筋、
分厚い唇が目立ち、 驚いた。
リサは顔を上げて私を見た途端、
ハッとして声をあげて、
ゆりさんがこのお店をやってるの?
と言った。
リサさん、お久しぶりです。
あの会社を辞めてから色々あってね。
人の為に何かやりたいと思い、
ここにたどり着いたんだ。
リサさん、前より華やかになったね。
というか少しイメージが変わって
びっくりしちゃった。
あっ、預かって欲しいものって?
こちらのエアーチケットでいいですか?
リサはごまかしごまかし、
うんうん、この人と結婚してね、
外資系企業の日本法人のCEOなの。
だから私、ついつい贅沢な生活を
しちゃってね。
海外旅行を控えようねって約束してね!
ご主人はイライラしながら
大声を上げた。
もういいんだよ!カッコつけるな!
君の身体は病気なんだよ。
これ以上、整形を続けるなら
僕は君を支えきれないよ!
本当はエアーチケットはゴミ箱に捨てれば
いいことなんだけど、
まずはこちらでダイエット食品や
毎週行く海外へのエアーチケットを
預かってもらって、君はまず
我慢することをおぼえなさい。
すると彼女はボソボソ語り始めた。
ゆりさん、私はもっと綺麗になりたいの。
あなただって恥ずかしいダイエット
してたじゃない!あなたみたいな惨めな
人生を送りたくないの!
今だって、ゆりさんより私の方が
美しいと、誰もが思うわよ!
そういうとエアーチケットを机に
叩きつけて店を出て行った。
ご主人は疲れきった表情になり、
チケットをカバンにしまい、店を出て
行ってしまった。
リサさんは昔と何も変わらない。
あの人の意地悪のせいで私の人生は変わった。
結果、逆に言えば、あの人のおかげで
まともな人間に変われたのだ。
チリリン〜
いらっしゃいませ。
ハットを被った細身の老人のお客様だ。
新聞紙に包まってる何かを机に置いて話し始めた。
これをね、中味を見ずに預かってくれ。
ちゃんとナマモノだよ。
一緒に住んでる息子夫婦に見られたくないからね。
こちらのお店にとりあえず半年間、
お願いしたいんだよ。
中味を確認させて頂かないと
お預かりできないシステムなんです。
見てよろしいですか?
老人は腕組みをしながら、渋い顔で頷いた。
すると、
浅黒い木の彫刻のような見た目、
鳩の死骸かと思った。
触った感触は剥製のように、崩れていきそう
脆さだ。 よくよく見たら、
人の手のひらだ。
こ、こ、これは何でしょうか?
人間の手ですか?
老人はその手を優しく触りながら言う。
あー、数ヶ月前に死んだ妻のだよ。
焼き場に行く前に、ワシが切ったった。
今でも大事にしてるよ。
たまに手を繋ぐんだ。昔のように
楽しく、、そっとな。
でももう家には置いておけれん。
頼むから預かってほしい。
お客様、、それは無理です。
これは犯罪になってしまいます。
離れたくないお気持ちは分かりますが、
こうゆうのダメです。
奥様だって、切り刻んじゃダメです。
私は黒々とした手のひらから眼を離し、
顔を上げ老人を見つめた。
ぐちゃぐちゃに泣いていた。鼻水を
ダラダラにたらし、
顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
警察に連絡させていただいていいですか?
老人は頷き、泣き崩れた。
毎日いろんな人が訪れ、自分が人の役に立って
いるのかわからなくなってきていた。
だんだん疲れてきて、
最近ではお店を閉めようかと
考えるようになった。
そんな風に思い始めたのは、やはり
あれが原因だと思う。
リサさんがお店に来てから色々考えた。
リサさん、確かに綺麗には変身していたな。
あれも自己表現か。
あれで本人が幸せを感じるならいい。
私はいま、他人事に首を突っ込み、他人の
幸せを、自分の幸せとして置き換えてる。
私もリサさんみたいに、
手術であんな美人になれるのか。
自分の事で幸せを感じ取ることが出来るのか。
このお店の売り上げで、貯金もできた。
韓国も行ってみたい。
私も全身整形してみたい。
人間、生まれ変わりたいと、あれこれ
努力して生活を変えても、
結局は性根は変わらない。
テレビを付け、ぼっーと観ていた。
芸能人が数年前に不倫して、
再び不倫したことを詫びている映像だ。
人間、性根は変わらない。
次のワイドショーの話題は、
芸能人の二世がまた薬物に手を出して
二度目の逮捕されてるところだった。
性根はかなり努力しないと変わらないのだよ。
そうだよ、やっぱり
ルックスだけは変えられる。
お金があれば高級ブランド、高級化粧品を
買い、エステには毎日通える。
整形なんて、手っ取り早くて最高だ!
今まで私を信じてお店に通っていただいてた
お客様、ごめんなさい。
私は、やはりダメ人間です。
私は整形大国に行って、変身して
華やかな人生を送りたいと思います。
お店のシャッターを、
ジャジャジャジャーンとベートーヴェンの
運命の曲のようにカッコよく閉めた。
皆さまサヨウナラ。
今までの自分にサヨウナラ。
きっと変わる。未来の華麗な私に
言います。
チリリン〜
新しい世界へ
いらっしゃいませー。