木漏れ日とティーカップ 2
私は彼女を覚えていて、覚えていないのだ。
言葉で表現するには少し難解であるが、本当にそうなのだ。
今日の私は、昼過ぎにこの場所に現れた。年季の入ったこの木造の2階で、彼女はいつも1人で何かを待っているのだ。
「今日も時間通りにきたんだね」
落ち着いてるがどこか嬉しそうな、しかし どこか物悲しそうな彼女の声が聞こえた。階段を上った先の扉を開けると、来客を喜ぶ彼女の笑顔が見えた。
今日の彼女は白いワンピースを身にまとっていた。雪のような白い肌と、透き通るような大きな瞳。少し離れていてもわかるその美しさに、私はいつでも魅了されている。
私は彼女のことをよく知らない。いや、今の私は、とでも言った方がいいだろうか。私が知っている彼女の情報は歳が18であること、そして夕暮れ時に紅茶を淹れることしかしらない。
私は不思議と、それを疑問に思わないのだ。そういうものだと、わかっている。黄昏時の茶会が終われば、私が帰らねばならないこともそれ同じなのだ。きっと人が音楽を好む理由だとか、人の心の在り処だとか、そういう非科学的だが本能的に「そういうもの」だと理解してしまうのと同じことだ。
余計な散策は決してしない。今の私には、彼女が美しくそして今日もまた私を待ってくれていた、という事実だけで十分なのだ。
今日もまた、時間が来れば私は去るだろう。そして悲しそうに、そして自身に言い聞かせるように、彼女は私を笑顔で見送ってくれるのだろう。
わたしは彼を知っている。彼も私を知ってくれている。わたしは何もできない。何も止められない。ただただ、彼の帰りを待っている。




