雨に降られ、泥に汚れた二人は、さらに汚れる。
重苦しい曇天模様の空。雨から逃げるように喫茶店に入る。
テーブルにつくやいなや、正面の男は流れ作業のように慣れた手つきで煙草に火をつけ、話を切り出した。
「なぁ、話ってなんだよ」
「......少し相談に乗って欲しい」
「相談?」
私は相談の概要を口早に伝えた。
付き合っている女性と別れたい。だが別れられない。
彼女に別れ話を切り出すと、彼女はカッターを自分の手首に当て「撤回して! じゃないと死ぬよ!」と言う。
その際は宥めて、再び穏やかに別れ話をしたが、彼女は怒り、カッターで頰を切りつけられた。
「それは災難だったな」
「ああ。....彼女なんてもういらねーよ」
「そうか」
「何かいい策はないか?」
「うーん、と、ちょっと待って。その前に確認するけど、お前は、彼女さんと別れたいんだな?」
「ん? まぁ、そうだけど」
「じゃあ簡単だ。彼女さんに、別 れ て、もらえばいい」
「えっ? どういうこと?」
「お前がふるんじゃなくて、彼女さんがふる。つまりお前がふられるんだよ」
疑問符が残る私を御構い無しに男は続ける。
「彼女さんに、別れたいと思わせてフラれればいいんだよ。えーっと、例えば、彼女さんの目の前でお前がウンコ漏らせば、どうなる? フラれるだろ?」
「そうすればお前は直ぐに新しい恋を楽しめるぞ」
「....それはね、許容できる彼女だった。」
「マジで!? つーかウンコ漏らすの試したの!?」
「ああ。ダメだった。俺が彼女なら絶対関係を断ち切ると思ってたのが誤算だった」
「ダメだったのかー。....すげーな」
「すごい? 何が? 彼氏がウンコ漏らしても、耐えられる彼女が?」
「いやいや、愛してる人のウンコくらい耐えれるだろ。そうじゃなくて、お前がすげーんだよ。彼女さんの目の前でウンコ漏らせるお前がすげーカッコイイと思ったんだよ」
「すげー?すげー......無駄だったよ。いろいろ勿体無かった」
「ま、ウンコは、出し損だな」
「....いや別にウンコ出すのは勿体無くねーだろ! 勿体なかったのはパンツとかプライドとか....人間として大切な何かを失ったのが勿体無かったよ!」
「まぁ、考えてみればウンコじゃ別れられないな。」
「えっ、何で」
「だってよ、彼女じゃない俺ですら、別にお前がウンコ漏らしても全然平気だし、むしろもっと親密になりたいと思うわ」
「それは彼女じゃなくて友達だからだろ? ウンコ漏らしっていう奇想天外なヤツ、俺も友達になりてーよ」
「まぁ......それはそうかもな」
(目の前でウンコを漏らす、じゃダメだ)
(ハイリスクだし、何より実証済みで失敗済みだ。まぁウンコを漏らし済みの今更、リスクもクソもないのかもしれないが....)
どうしたものか、と考えている最中、男はまた切り出す。
「じゃあこんなのはどうだ?」
「ん?」
「彼女さんとの会話中、徐々に服を脱ぎながら変顔して、最後に女物の下着を着けて、彼女さんに飛びつく!」
「変態アハ体験だな」
「作戦名! 恐怖!いつの間にアハ体験で変態女装男が目の前に!!」
はー。と溜息をつく。
(....だめだこりゃ。ロクなアドバイスじゃねーな。これじゃウンコとどっこいどっこい、これくらいじゃ彼女は別れさせてくれねーんだよ)
「つーかお前はもっと穏便で確実な別れ方をアドバイスしろよな」
「そんなこと言ったってなぁ。あ! じゃあ彼女さんに、俺はホモだ! って伝えれば?」
「それは....」
「作戦名! ホモ告白彼女ドン引き大作戦!」
「それは......アリだな」
「マジで!? アリなの!?」
「おう。穏便で彼女傷付かないし、ホモってのは嘘だからプライドも傷付かない」
「でもよ、信じてくれないかもよ?」
「お前も一緒に付いて来て、僕たちはホモです。って伝えれば大丈夫だろ」
「で、でもよ、相手の許容量的に難しくないか?」
「あ、確かにな」
「うーん、許容量を超す、か....じゃあ、ホモだって伝えながらウンコ漏らせば?」
「合わせればいいわけじゃねーだろ! しかもそれすら許容されるかもしれねーんだぞ?」
「じゃあ徐々に服を脱ぎながら、ウンコを徐々に漏らして、ホモって告白する!」
「は!?」
「作戦名! 君に、一生忘れられない思い出を。ホモ告白ウンコ漏らしアハ体験!」
「もう、訳わかんねーよ....」
四面楚歌。八方塞がり。難攻不落の彼女に、奇策は通用しない。
だが、何度も何度も策を労せばいずれ....
「うーん、やっぱりいいかもな。ホモ告白ウンコ漏らしアハ体験」
「えっ」
「だってよ、このままじゃラチがあかないだろ?」
「それはそうだけど」
「プライドなんかどうでもいいよ」
「んー、彼女さんが傷つくのはいいのか?」
「いいさ。なんなら、その後の笑い話にもなるし、意外と傷付かないんじゃねーか?」
「そうか。まぁ、お前が決めたことなら..いいけどよ....」
「俺がホモ告白してウンコ漏らしても友達でいてくれよ?」
「どうかな、友達でいられるか、保証しかねる」
「はっはっは」
と、悩んでいたことがバカらしくなるくらいひとしきり笑い、喫茶店を後にした。
その後、彼女が帰宅した時に、私は本当に徐々に服を脱ぎながらウンコを漏らし、ホモだと告白したのであった。アイツを呼ぶのを忘れていたので一人で実行した、が。
それを見た彼女は....
翌日。
(アイツ、どうなったかな)
(この前はさすがに悪ふざけが過ぎたな。アイツは親友だ、謝るか。詫びついでにメシ誘おう)
ブーッブーッ
携帯を開いた。アイツからだ。
「今日喫茶店行こう」
了解。と返事をし、いつも通りの、十時に時計台の下という約束を守るため、急いで準備した。
十時。時計台の下には既にアイツがいた。合流し、喫茶店へ向かう。
「どう?」
「ん?」
「わかるだろ? 昨日はその後どうだった?」
「あー、それね。うん。別れてくれたよ」
「マジで!?」
「おう、マジ。アドバイスきいてくれたお詫びに何かやるよ。今日奢りとか」
「いやいや、全然力になれなかったし大丈夫だよ」
「そんなこと言うなよ、本当に感謝してるんだぜ?」
「いやだって俺は....昨日、割とずっとふざけてたしよ。」
「まぁそれはそうだけどよ。なんか欲しいものとかないか?」
「うーん....本当に何でも良いの?」
「実行可能であれば、な」
「じゃあさ、お詫びがわりに、今度は俺の恋愛相談きいてくれよ」
「うんうん、良いよ! 何なに!?」
「お前って、昨日別れたからフリーだよな?」
「そうだけど、俺の話じゃなくてお前の話をしろよ!」
「うん。俺さ、お前のこと好きだわ」
「えっ」
「俺はホモだ! 別れてほしいんじゃないぞ。付き合ってくれ!」
「......」
こうして私は、女物の下着を着用し、ウンコを漏らしながら彼と愛を囁きあい、女役になり、彼女は不要となりました。
愛でたし愛でたし。