無能力者たち
無能力バトル。
それはーー能力を持たないものたちがリング上で地味な武器、地味な技、そして己の心をぶつけ合う地味な競技である。
ベルト一本(地味に痛い)で決勝戦まで勝ち上がった男子高校生ーー三代 遊。
そんな遊に、公式球一つ(地味に痛い)で王者の座に居座り続ける斎藤 結樹が立ちはだかる。
地味な男と地味な女が交差するとき、物語は始まる。
地味すぎる決勝戦、開幕。
《友達が読みやすくて短いやつ書いてくれと言ってきたので、その場のノリと勢いだけでふざけて書きました!感想お待ちしてます!》
「……ぶくぶくぶく」
泡を吹いた女は、リングの床へと倒れた。
女の持っていたターナー(フライパンの料理をひっくり返すやつ)が、リング外へ回転しながら飛んでいった。
「敗者!川越 逹江ー!!」
司会者らしき男がそう叫んだ途端、観客席からどよめきと歓声が上がった。
「あの川越が負けたぞ……!ぶひっ……!」
大汗をかいた豚のような中年が鳴くように呟いた。
「どうなってんだよ今年は……!」
サラリーマン風にスーツでキメた若い男が不安げな顔で倒れ込んだ川越を見ている。
「あのガキ一体何者だ……!よくやった……!」
これといってなんの特徴もないただのおっさんが、拍手をしている。
「ふざけんなァ!俺は川越の方に賭けてたんだぞ!クソガキ!」
ホームレスと思わしき男が、川越を倒した"ガキ"に罵詈雑言を浴びせる。
「やれやれ……なんで敗者の名前を叫ぶんだか。普通勝ったやつのほうだろ」
リング上で青年はそう呟く。
学ランをビシッと着ていて、髪はしっかりと耳にかからないように整えられている。
凛とした顔つきが特徴的で、一見するとこの好青年は場にそぐわないように思える。
が、この青年ーー。
この第22回無能力バトル大会において、たった今準決勝の相手であった川越逹江を倒し決勝戦まで勝ち上がった強者である。
武器はーーズボンのベルト一本。それも革製の。
普通に考えると、どう考えても勝ち目はない。
相手はあの、前年度準優勝の川越逹江である。
武器は鉄製のターナー。このターナーでひたすら相手の眉間を殴り続けるというのが、川越の戦い方である。
だが、この青年、体が異様にタフでいて、フットワークが非常に軽い。
だからして、例え川越の攻撃が当たろうが、『ん?ノミにでも噛まれたか?』といったような顔で川越をバカにし、彼女の精神を試合中にどんどんと蝕み続けた。
して極め付けは、終盤に入ってからは川越の攻撃が全く当たらなかった点である。
そのフットワークの軽さプラス、運が味方したのである。
前の試合で川越に屈辱の敗北を味わった速水 もこという女が川越の足元にオリーブオイルを撒き散らしたのである。
これにより、川越はふらつくどころか何度も何度も倒れこみ、青年と観客に恥という恥を晒し続けた。
川越のメンタルはあまり強いといえるものではない。
いや、ハッキリ言って弱かった。
そうーー川越の敗因は、物理的ダメージによるものではない。
精神的な屈辱によるストレスで、胃痛に苦しみ、果ては泡を吹いて倒れ込んでしまったのである。
「てめえガキ!聞いてんのか!」
先ほどのホームレス風のホームレスが怒号を浴びせる。
「俺の名前は三代 遊だ!ガキじゃねえ!負けたほうが悪いのさ!フハハッ!」
ただのホームレスに嘲笑と軽蔑の眼差しを浴びせ、三代と名乗った青年はリングから去っていった。
三代 遊はとある事件があるまで、平凡な男子高校生であった。それこそこれといって特出した才能や特技のない、極めて普通の青年。
事が起こったのは2年前の蒸し暑い7月のこと。
三代の父が、死んだのである。社会的に。
痴漢冤罪で捕まった三代の父、三代 唐揚げ太郎は、留置所でこう言ったと云う。
『それでも俺はやってない』
まあ、三代の人生観を変えたのは、それとはあまり関係のないことなのだが。
関係性がないと言えば間違いになるが、いずれはこうなっていただろうと大凡の察しがつく出来事であった。
三代の母は、唐揚げ太郎と離婚した後、再婚したのである。竜田揚げ太郎と。
この事は、遊に強いショックを与え、後にトラウマとなった。
当時の遊の様子はこうであった。
「なんで竜田揚げなんかと結婚するんだよかあざあああああん!ブワアアアアアアアアア!!」
泣き叫ぶ遊に対し、母・公子はこう言ったと云う。
「ちくわ大明神」
違った。今のは公子ではない。誰だ今の。
「私パートォォォ!!」
一見意味不明なことを叫んでいるように思えるかもしれぬが、公子は重度の2chねらーであり、晩年2ch語しか喋らなかったと云う。
まあ、兎にも角にも、この事は遊の精神に多大稀なる影響を与えた。
「もう母さんなんて知らん!俺は家を出る!明日ぐらいに死ね!」
遊は公子を突き飛ばし、家を出ていった。
皮肉なのは、公子が本当に翌日死んでしまったことである。
噂によると、魚屋の床で滑って死んだらしい。
出来立てほかほかのお墓の前で遊は叫んだ。
「かあざあああああああん!!なんで死んだんだ!!」
間違いなく、お前が言ったからである。
「わたしのーおはかのーまーえでー(笑)」
その時、公子の歌声が遊に聞こえたと云う。
墓参りを終え、家に戻った遊は、再び泣き叫んだ。
「かあざああああん!!そうだ!!俺のせいで死んだんだあああ!!俺があんなごといっだがらああ!!エースも!!」
遊は自分のせいで母が死んだと思い込んでいた。あとエースは全然関係ない。
そんな時ーー。
「かーんけーいないからー(笑)!関係ないからー(笑)!」
公子の声が聞こえて、後ろを振り向くと、誰もいなかったと云う。
間違いなく公子は遊に取り憑いていた。墓にいろお前。
「母ちゃんは、死なへんでぇー!!無能力バトル大会に出て優勝するのよ(唐突)!」
そんな辻褄合わせめいた声が遊に聞こえて、彼は無能力バトルを始めたと云う。
後日、旧校舎へと入り込んだ遊は、
とあるクラブの部室へと赴いた。
「ここが……無能力バトル部か」
『無能力バトル部』
遊の通う学校は新校舎と旧校舎があった。
ボロっちい旧校舎の二階、その突き当たりにいかにも胡散臭い部室は立ち聳えていた。なんだこのクラブ。
「私は死のリコーダー……吹絵!!」
耳元で突然そう叫ばれた遊は、驚いて声を上げた。
「あっちょんぶりけ!!」
遊は相手が襲ってくると思い突き飛ばそうとしたが、次の瞬間彼女ーー吹絵はこう言った。
「……残像だ」
残像を使う吹絵に勝てないと悟った遊は、"絶望"として言い表わしようのない目をして呟いた。
「なん……だと……」
吹絵は間髪入れず遊に襲いかかる。
「おらあああ!!喰らえやリコーダー!!おらおら!!」
吹絵は遊の頭を高速で数十発殴った。
「いたっ!痛い痛い!地味に痛い!石頭の俺とはいえこの痛みには声をあげざるおえない!」
遊は石頭であったが、吹絵のこの攻撃にはかなり堪えたようで、『2度と吹絵と闘いたくない』と語ったと云う。
なんやかんやあってーー。
「私は無能力バトル部の副部長、死のリコーダー・数橋 吹絵よ。よろしくねんねんころり!」
斬新かつ新鮮な自己紹介を遊にお見舞いした吹絵は、そのまま遊を部室へと引きずり込んだ。
「やあ!入部希望者だね!僕は部長の門石 紋次郎!油断していると小石を投げつけるぞ!よろしくねんねんころり!」
部室に入った遊の目に映ったのは、全裸で仁王立ちしている変態部長だった。よろしくねんねんころりって流行ってるのか。
そんなこんなで、一年の月日が経った。
無能力バトル部に入部した遊は、紋次郎と吹絵と幽霊部員の水野くんと共に長く濃密な時を過ごした。
いや、違った。水野くんは来てなかった。会ったことなかった。
紋次郎らの卒業式の日ーー。
「今までありがとう、部長!副部長!水野くん!」
遊は涙を流して紋次郎らを見送った。
水野くんは初対面だろ。
相変わらず紋次郎は全裸であり、学校を出た数分後逮捕された。
そして、新しく入ってきた新入生に遊はこう言った。
「よろしくねんねんころり!」
まあ、そんなことがあって、遊は強く逞しい無能力闘者に鍛えられたのである。
そしてーー今年。高校最後の夏。
準決勝を勝ち上がった遊は、王者である斎藤 結樹とぶつかる。
母の命日に、宿命の決勝戦が開始された。
「よう、二軍落ち!」
リングに上がった遊は結樹を早速挑発した。
「ちょっと!それ私と関係ないわよ!怒られるでしょ!」
焦った斎藤は遊にペースを乱される。
試合前から、壮絶な口舌戦がリング上で巻き起こっていた。
「さあ!いよいよ決勝戦!ここまで無敗のスーパー無敵高校生三代遊vs王者10年目の野球少女斎藤結樹!
果たして勝利の女神はどちらにパンツをチラつかせるのか!」
司会の男は会場を盛り上げるが、観客たちは喚き立てる。
「そりゃ斎藤に決まってんだろー!あたりめーだろーが!」
眼帯をした海賊のような男が司会の男向けて野次を飛ばす。
「王者ー!負けないでよー!」
おどおどした女が心配そうに斎藤を見守る。
どうやら、遊を応援する人間はほとんどいないらしい。
そのぐらい、斎藤という存在の影響力が強いということだろう。
会場は遊にとって完全にアウェーだったが、そのことが逆に遊を奮い立たせていた。
「無敗って当たり前だろ。一度負けたら終わりなんだからさ。お前にも……勝ってやる」
遊には、誰にも譲れぬ想いがあった。
だからこそ、これまでの試合も不屈の闘志で勝ち上がってきたのだ。
それはーー"母さんの願い"だった。
「あら、威勢がいいわね。手加減してあげるから、思う存分暴れなさい」
斎藤は遊を子供と決めつけ、完全に油断していた。
その時ーー。
だが奴は、弾けた。
「や、やめろぉー!!いったぁーい!!!めがぁー!!」
遊のベルトは斎藤の目にぶち当たり、斎藤は悲痛な叫び声を上げた。
「反則!反則です!三代選手、マイナス1ポイント!」
司会の男は、遊をリング外で厳しく説教したあと、
再びリングへと上げた。マイナス1ポイントとはなんだろうか。
「ふっ……いいわ。本気を出してあげる!フォームを変えるわ!」
フォームを変えると言い出した斎藤。
だがーー数分後。
突然斎藤は弱体化し、一転もせず遊の攻勢が続いた。
ボールを投げるが、弾き飛ばされる。
そして遊がベルトを振りかぶり、身体に直撃。
この一連の動作の繰り返しである。
「なんで!!!なんでよぉ!!」
斎藤は泣きながらボールを乱暴に遊に投げつけた。
「そんなの、当たらないぜ。……残像だ」
遊は、かつての副部長ーー吹絵と出会ったときのことを思い出していた。
残像ーー。
それは、光刺激で直接認められる映像に対し,光刺激を止めた後に引き続いて感じられる映像のことを言う(辞書丸コピペ)。
結樹が見た光景は、それとは違い、もはや残像の域を超えていた。
「なん……ですって……」
開いた口が塞がらなくなるとはこのこと。
結樹は口をぽっかりと開け、ただ遊の残像が消えていく様を見つめていた。
「トドメだ!!ベルト拳法、一の型!ベルト手刀!」
遊はそう言って、斎藤の首筋を手刀で叩き落とし、気絶させた。ベルト全然関係ない。
「は、敗者!斎藤結樹ー!!あっという間に決着がついてしまいました!」
司会者の男は驚愕し、その後倒れこむようにして崩れ落ちた。
「おい何やってんだ王者ァ!」
「てめざっけんなああ!!」
「竹書房アアアア!!」
様々な野次が飛び交う中、一つだけ遊の胸に響いた声があった。
「遊、ありがとう(笑)。これで成仏できるわ(大爆笑)」
それは、遊の母の声だった。
ーー卒業式の日。
「三代先輩!卒業おめでとうございます!」
無能力バトル部の後輩たちが遊を笑顔で見送る。
遊が優勝してから、無能力バトル部には入部希望者が殺到し、最終的に4000万人にのぼった。
「遊くん!卒業おめでとう!これからは僕たちが無能力バトル部を受け継いでいくよ!」
幽霊部員の水野くんが、無能力バトル部を受け継いでいくらしい。卒業しただろお前。
「遊、久しぶりだな。父さんだ」
「やあ、遊くん。久しぶり」
遊の父、唐揚げ太郎が竜田揚げ太郎と共に姿を現した。
「実は父さんたち、ゲイになって結婚したんだ」
現実とは、非情である。
決して望むものになるとは限らない。
しかし、人は生きなければならない。
死はいつか必ずやって来るものである。
ならば、先急ぐ必要はない。
一時的な痛みや苦しみなど、いつしか笑い話となる。
しかしーー。
この少年に課された宿命は、あまりにも残酷だった。
「かあざあああああああああん!!!」
おしまい