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白雪と氷の境1

 御剣の飛家から離れた二人は各自の飛家に戻り、操作パネルから白雪と氷の境を選択する。

 白雪と氷の境とは、ヒューム共同国家から北上した先にあるノースマジックランドとの国境沿いの街の事を指す。

 ノースマジックランドの領域に直接飛家で侵入できれば楽なのだが、そうは出来ない理由がある。

 日本で考えればわかりやすい。日本の領空に国籍不明の飛行機が領空侵犯してきたら国際問題になる。それと同じ事なのだ。

 ゲーム時代では飛家でヒューム共同国家以外の国家に赴く場合は、必ず国境で一旦入国手続きを踏む必要があった。

 その後は必ず徒歩、或いはなんらかの空を飛ばない移動手段を用いるしかない。

 システム的に、ヒューム共同国家の領空以外では飛家は飛行できなかったからだ。

 だから入国管理局と空港のある白雪と氷の境に行く必要があった。

 とはいえ、現在ではそのルールを遵守することなく無理やり入国する方法もあるかもしれないが、念のためにそれは避けた。

 不要なトラブルは避けるべきだ。少なくともそんな方法を試すのは、今でなくていい。


「(燃料の残量に不足はないか? 無ければ私が貸すが)」

「(大丈夫です、問題なさそうです)」

「(こっちも大丈夫ですよ)」

「(うむ。では行こう)」


 アメリアの脳内に御剣と田中以下略の声が響き、それに脳内で答える。

 御剣の家で三人はパーティーを組んだのだが、この脳内会話はパーティーメンバーのみだけで会話できるパーティーチャットを用いたものだ。

 テレパシー能力に近いパーティーチャットは口語で会話する必要もなく、非常に便利だった。

 会話をしている間に、自動操縦された飛家が三軒、空港の発着場へ向かう。手動で飛家を飛ばす事も可能だと御剣から教えてもらったアメリアだったが、手動で操作しようとは思わなかった。

 練習したわけでもないのにいきなりポカをやらかして、車と車ならぬ家と家の衝突事故なんぞ起こして墜落でもした日には目も当てられないからだ。

 検問所にたどり着いた一行の元へ、二人の青年が近づいてくる。


「……おや、もう出国なさるのですか? 今からですと、もう入国の刻限を過ぎてしまいますが、それでも宜しいのですか?」

「え、ええ。ちょっと急ぎの用でして……」

「はぁ、そうですか」


 アメリアらの下に訪れた検問の職員は、入国時に対応した青年達だ。

 入国したばかりなのに、間もなく出国する一行を不思議そうに見やるものの、何か言及される事もなく三人は出国した。

 強いて言えば、職員がやけに御剣を気にしていた事ぐらいだろうか。


(そりゃあんな格好してたら誰だって見ちゃうよなぁ)


 アメリアは元男として、青年達の気持ちがよく理解できる。御剣の格好は一歩間違えれば痴女のそれだ。

 それでいて美人でスタイル抜群とくれば、誰だって視線を持っていかれる。


(でも中身は超絶残念な上に恐ろしく怖いけどな!)


 心の中で密かに悪態をつく。まかり間違ってもこんな事は口に出せない。

 ちなみにだが、出国時に冒険者証は不要だったらしく要求はされなかった。

 検問所を無事に抜けた一行の飛家は飛翔速度を上げ、北に向かう。

 流石に雲の上まで高度を上げる事はなかったが、それでも結構な高度まで飛んだだけあって空気が冷たい。


「(ところで、気になった事があるんですが)」


 激しく叩き付けてくる風に顔をしかめていると、田中以下略の声が控えめに脳内に響く。


「(名前を変える方法があるのはわかりました。それとは別に、性別を変える方法と……あるのかどうかはわかりませんが、日本に戻る方法はあるんでしょうか?)」


 それは本来、いの一番に気にしなくてはならない話の筈だ。

 アメリアと田中以下略同様、男から女に、あるいは女から男になってしまったプレイヤーも多数居るはずだし、何より日本に家族や恋人を置いてけぼりにしたままの人もいるだろう。


「(……性別は変えられるなら変えておきたいけど、日本に戻る必要なんてないんじゃないか?)」


 だが、アメリアとしては、あまり日本に戻るつもりはなかった。

 両親は病気でとっくにあの世に旅立っているし、日本に戻っても自分より若い上司に顎でこき使われ、無能の烙印を押される毎日しか待っていない。

 彼女も出来ないし、結婚できそうにもないし、何より給料も安い。

 毎日毎日同じことをくり返して、下げたくもない頭をへーこら下げて、せいぜい現実逃避に楽しめる事といえば「クロニクル」で可愛く着飾った自キャラクター―――アメリアを愛でるだけ。

 そんなしみったれた生活に戻るよりは、危険が付きまとうとは言えファンタジーが満ち溢れた世界で冒険の日々を過ごす方が幾分か魅力的だろう。

 ……とはいえ何も未練がないかと言えば、それは嘘になる。少なくとも今季のアニメの一話ぐらいはチェックしておきたい気持ちはあった。


(でも個人的には、本当の名前だけは思い出しておきたいな)


 口には出さなかったが、思い出せない自分の名前の事を考えると、まだ胸がムカムカとしてくるのだ。

 幾分かマシになったとはいえ、名前を失った事への不快感や恐怖感に近いものは、まだ己の底に溜まっている。

 

「(私もアメリアに同意だな。私はもうこの世界に骨を埋める事を決めている、仮に戻れる方法が見つかったとしても戻らん。―――後、性別を変える方法は私も知らない。それが見つかっていないだけか、あるいは元から無いのかは知らないがな。)」


 御剣の意見については考えるまでもないだろう。

 彼女は「クロニクル」に全てを捧げ続けた廃神プレイヤーだ。

 そんな人物が「クロニクル」の世界に生まれ変わった。これ以上嬉しい事も無いだろう。

 恐らく生涯全てを捧げ、この世界を堪能し続けるに違いない。


「(……奇遇ですね、実は俺も日本には戻らないつもりです)」


 田中以下略が何を思いそう考えたのかは、アメリアにはわからない。

 彼はあまりリアルの事情を持ち出さないタイプのプレイヤーだったからだ。

 当人が抱える日本での事情を知らない身としては、考えようもなかった。

 ともあれ。とにもかくにも、三人の意見は一応一致した。

 

「(ははは。やはり私が見込んだだけはある! 素晴らしいな! アメリア! 田中ド―――田中!)」


 何が嬉しいのか、御剣がからからと笑う。

 姿は見えずとも、脳内に響く声から伝わる嬉しさは本物であると感じられた。


(なんか評価高いなぁ……)


 まだ出会って一日と経っていないはずなのに、何故か御剣がアメリアに向ける評価が一段階上がったようだった。


(これで実際色々やってみて、「やっぱりお前使えないな」とかなってガッカリしないで欲しいなあ……)


 ゲーム上ではそうでもなかったが、日本では無能者として通ってきている。

 その落差に勝手に落胆されたら、それはそれで困ると思うアメリアだった。



「(ゲーム時代では到着も一瞬だったが、やはり現実となるとそれなりに時間が掛かるらしい。到着まで自由行動とする、装備を整えておいてくれ、質問があれば聞くぞ)」


 喋る事もなくなってしまったので、アメリアは結構なスピードで流れる下界の景色を飛家から眺めていた。

 御剣の提案は暇つぶしとしても丁度よかったし、何より「装備を整える」という行いがいかにもそれ(・・)らしいので、喜んで提案に従う。


「……そういえば行き先はノースマジックランドだったよな。っていうことは凄く寒いに違いない」


 アメリアは景色を眺めるのを止め、家の中に戻る。

 そんな設備を投入した覚えはないのに、空調でも効いているのか部屋の中は暖かかった。

 その事に疑問を抱きつつも、まぁゲームだしそういうもんだろう、とアメリアは強引に納得する。


「雪国だもんなぁ……やっぱり暖かい格好にしたほうがいいよな。ゲームでは割と適当でも気にならなかったけど、寒さを感じる今の状態でこの格好は色々と不味い気がする」


 ひらひらしているシャーマンドレス上の裾をつまみながら、こんな装備で大丈夫か、と自らに問いかける。

 魔法系職業のメッカである首都ライブリラのあるノースマジックランドは、年中雪に覆われている白い国だ。

 気温が常に氷点下を下回っているが、その気温は奥地に行けば行くほどより寒さが厳しくなる。

 それに伴い冷気によるバッドステータスがプレイヤーに付与され、恒久的に微量のエリアダメージを受ける。

 生きとし生けるもの全てに平等に試練を課す、試される大地―――。

 ―――というのはあくまで設定上の話。しかし今はそれが現実と化している。

 身を刺すような寒気とはよく言ったものだが、リアルにそんな寒さを体験した事のないアメリアはこれから行くノースマジックランドの寒さがどれ程なのか、想像も付かなかった。


「無難にコートとかか? それともゲームだから冷気抵抗力を上げればいいのか? っていうか対冷気用装備ってタンスに仕舞ってたっけかなぁ……」


 「クロニクル」では、冷気のダメージを抑える装備やアイテムがいくつかあった。それらは勿論寒さに対する抵抗力も含めるので、装備の内容によっては冷気のエリアダメージを無効にする事も可能となる。

 代表的なものとして、指輪装備の「レジストコールドリング」。

 マント等の外装として機能する「ウォームロングコート」。

 消費アイテムで、三十分の間身体を温めて冷気抵抗力を増加させる「熱塊石」等。

 ゲームが現実と化した今では、そういったアイテム達が有効に活用できるかもしれない。

 そう考えたアメリアは、それらの類がないかとタンスの中に広がる闇黒空間に手を突っ込んでいたのだが、何か手に触れるものが現れた。


「……ん? なんだこれ、紐と布?」


 疑問に思い手繰り寄せてみた感触はやや長い紐と、その先の小さな布。

 一体これはなんだろう。またもタンスがアメリアの対冷気用装備という単語に反応した結果だろうか。

 タンスの中はぽっかりと闇を覗かせているだけなので、取り出してみるまではそれが何かわからないので、仕方なく引っ張り出してみる。

 ずるりと闇の中から現れたそれを目にして、アメリアは思わず呻いた。


「……あーそっか。あったね、あったねこんなん。そら仕舞ってますわイベント品だもんな」


 やれやれといった感じのアメリアがタンスから引き当てたそれは。


「サマービキニ(トロピカル)……」


 真夏のプールやビーチサイドでしかお目にかかれない、トライアングルビキニであった。


「間違ってはない、間違ってはないけどさあ。ちょっとは空気読めよ! なんだよ水着ってお前、目的地は雪国だぞ! わかってんの!?」


 意味がないとわかっていながらも、アメリアはタンスに向けて怒鳴らざるをえなかった。

 アメリアが「間違っていない」と言ったのには理由がある。なんと、この「サマービキニ(トロピカル)」は「クロニクル」に存在する装備の中で、なぜか水・冷気(・・)抵抗力に限って言えばナンバーワンの性能を誇っているからだ。

 先述の「アンチコールドリング」が冷気抵抗力を十%上昇させるのと比較すれば、「サマービキニ(トロピカル)」はそれを着用するだけで水・冷気抵抗力を四十%上昇と、実に「アンチコールドリング」の四倍の性能を有する。


 「クロニクル」のサマーキャンペーンとして配布された装備なのだが、防御力は極端に低いものの、やけに高い水・冷気抵抗力は実用に値するものであり、実際にこれを着用して水系モンスターが頻出するダンジョンを攻略したり、挙句の果てにはノースマジックランドに水着で突入する猛者も出た程だった。

 薄着のまま雪の中を疾走するプレイヤー集団、なんていう動画も作られたぐらいで、それを見たアメリアは心底笑ったものだったが、いざそれと同じ立場になってみると実に笑えなかった。


「ふざけんな! こんなん着てったら風邪引くどころか死ぬわ! もっとマシなものを寄こせよ!」


 布面積の薄い「サマービキニ(トロピカル)」をメンコのようにべしっと床に叩き付ける。

 すると、今度はタンスがぶるぶると震えだした。


「な、なんだっ!?」


 思わず身構えたアメリアに、タンス内の闇黒空間から何かがシュッと飛び出てくる。


「ぐはあっ! なんだあっ!?」


 アメリアはそれを回避することが出来ずに、頭部に被弾してしまう。視界に火花がちり、もんどりうって倒れる。

 顔を抑えつつ何が飛んで来たのかと見れば、それは「熱塊石」だった。

 拳ほどの大きさがある赤い石で、中心部がじんわりと赤く発光している。

 まるで「気に入らないのならこれを使え」とタンスが言っているかのようだった。


「お、お前本当は意思があるんじゃなかろうな……」


 タンスはただ黙するのみ。

 開け放たれたままのタンスの扉を前に、アメリアは言いようの無い不気味な物を感じてしまう。

 どことなく威圧感も感じる。まるでタンスが怒っているような感じさえする。

 「いいから拾え」と、そう言われているような気がした。


「ううっ……」


 アメリアはおっかなびっくり、「熱塊石」と「サマービキニ(トロピカル)」を拾って道具袋に突っ込む。

 そうすると不思議な事に、タンスから放たれていた威圧感は消えた。


「…………くそう、わけがわからんぞ」


 なんで自分が無機物なんぞに怯えにゃあならんのか。

 三十すぎだぞ。お化けが怖い歳かよ。

 浮かぶ涙はきっと「熱塊石」が頭にぶつかった痛みのせいだ、そうに違いないのだ―――。


「他所のタンスもこんななのかなぁ……ぐすっ」


 じんじんと痛むおでこをさすりながら、後で田中以下略にでも聞いてみるかと思うアメリアであった。

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