初日のこと3
「御剣さん、一M金貨って、あれマジですか?」
「無論だ」
「ヒエーッ! 太っ腹!」
「私の総資産からすればあの程度、はした金にすぎんからな」
「ですが御剣さん、流石に一Mっていうのはどうかと思いますよ。この世界の物価がどれ程かは知りませんが、急に大金を見せびらかしたら後々トラブルを招くのでは……」
「……それは盲点だったな。まあ、その時はその時だろう」
「うわぁ……なんか……うわぁ……いわゆる廃人さんってのは色々と格が違うんだな……」
「ははは、褒めるな。照れるだろう」
「……それ褒めてるんですかね」
「あ、そうだ。フレ登録してもいいですか? っていうか、出来るんですか?」
「出来るし、良いとも。ウィスパーチャットと要領は一緒だ。<フレンド トゥ アメリア>」
「あ、なんか脳内に来ました。上手く言いあらわせられないけど、これがフレ登録なんですね」
「うむ」
文字通り姦しい美少女三人組が街を行く。
シャーマンとフェンサー、そしてブレイドマスターの三者はそれぞれ手に紙袋を抱えている。
中身は焼き菓子と紅茶の茶葉。現在地であるヒューム共同国家の首都であるアクロニアの街の出店や茶葉店で購入したものだ。
それらは「クロニクル」にもあったが、せいぜい使用した時に能力値に少ないボーナスが加算される程度のどうでもよいアイテムだった。
しかし、ゲームが現実と化した今、それらは立派な嗜好品となっていた。
どうやら結構な高級品であるらしかったが、ゲーマーである一行にとってその値段はさしたる障害にもならず、まるで駄菓子を大人買いするような勢いで焼き菓子と茶葉を購入したのであった。
「……ふむ」
会話の途中、ブレイドマスターの御剣が、ふと顔を上げた。
「どうかしたんですか?」
「……いやな、先ほどからひっきりなしにフレンドからウィスパーが届いていたのだが、どうやらこの世界に来た人間同士で殺しあっている者がいるらしい」
「はあっ!?」
御剣の衝撃発言に、アメリアと田中以下略が驚く。
「『これは夢だ! 俺の見てる夢なんだ! だから俺は好きにやる!』なんて泣き喚いて、低レベル高レベル関係なしに襲い掛かっているようだ」
「そ、それやばいんじゃないですか」
「そうですよ!」
「――-知らんな。私たちには関係のないことだ」
だが、御剣はそれをいたって平静に切り捨てた。
「殺したいなら殺せばいい。そのうち誰かがそいつを無力化するか、あるいは殺してでも止めるだろう」
「……そんな無責任な」
御剣のフレンドであるという田中以下略も、御剣のあんまりな発言に流石に苦言を呈す。
「それでいいんだよ、田中ド―――田中よ。もし殺された人間がゲームの時と同じように、復活の像の前で蘇れば、少なくとも私たちは老衰以外では死なないという事が分かるだろう?」
御剣は紙袋の中に手を突っ込み、焼き菓子を一つつまんで食べた。
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
確かに一理ある話だった。
御剣の言う事は何も間違ってはいない。
アメリアも、無論田中以下略もであるが、この世界の死はどうなるのか、について微塵も考えていなかったわけではなかった。
「クロニクル」では、死んだプレイヤーは少量の経験値減少ペナルティを受け入れる事を引き換えに、復活の像という銅像の前で蘇る事が出来る。
あるいは死体のままその場に留まる事で、蘇生の魔法を使えるプリーストから、リザレクションという魔法を制限時間内に受ける事で、ペナルティなしにその場で蘇られた。
では、ゲームの世界が現実と化した今ではそのルールはどうなるのか。
知る方法は一つだけだ。
―――誰かが死んでみるしかない。
「んぐ……結構美味いな、これは。……あー、殺傷沙汰になったとして、この世界はもう日本じゃあない、それはわかるな?」
「……そう……ですね」
「うむ。でだ、殺人者を裁くのは誰だ? 『クロニクル』で街を警備していた、警備員のNPCか? それとも裁判所でもあるのか? 『クロニクル』に裁判所は無かっただろう? それに『クロニクル』では街でPKは、いや、そもそも『クロニクル』自体PKが出来ない仕様だっただろう?」
ちなみにPKとはゲームプレイヤーの殺害、プレイヤーキルの略称である。
「…………」
「まあ、仮に人死にが出た所でプリーストくらい掃いて捨てる程居るだろう。リザレクション持ちも相当数居るはずだ、そいつらが蘇生させるから心配はいらんさ」
田中以下略もアメリアも、何も御剣に言えなかった。
「クロニクル」についてとことん造詣が深い、御剣らしい意見といえばそうかもしれなかった。
だが、そこには人としての善悪や倫理観というものが欠けている。
御剣はそういう所が抜け落ちている人間だった。
「当事者ではない私達は、大人しく進展を見守るが吉、という事だ」
御剣は指先についた焼き菓子のカスを舐め取る。
その艶やかな舌と艶かしいぷっくりとした唇に、アメリアは思わず目を奪われた。
おんなのいろけがむんむんしていた。つい先ほどまで重大な話をしていたはずなのだが、アメリアは目が離せなかった。
何せ生涯童貞だったアメリアだ。女の何気ない仕草一つでも、思わず胸がどっきんどっきんしてしまう。
悲しくなるぐらい女に免疫力がない。
今までの話もある程度理解しているのだが、頭からすっぽ抜けてしまいそうだった、情け無い話である。
なお、田中以下略の方は元は男であると認識しているので微塵も興奮しなかった。
外見はいかな超絶美少女とはいえ、その辺の分別はつくアメリアである。
「…………はっ! …………ええと、まあその話はひとまず置いといて、とりあえず御剣さんの飛家に行きません?」
御剣に見とれてぼうっとしていた事を気づかれたくなかったので、アメリアはひとまず話題を変える。
「うむ」
「……そうですね」
三者三様の思いを抱えながらも、ひとまず三人は御剣の飛家を目指し進んだ。
・
―――生まれて初めて行った女性の自宅は、武器庫でした。
「やあよくぞ来てくれた。これが我が家だ」
にこにこと笑みを浮かべる御剣に促されるまま家の門を潜ると、そこには非常にバイオレンスな光景が広がっていた。
「な、なんだこれは……」
「ああ、アメリアは御剣さんの飛家に入るのは初めてだもんな。すごいよな、これ」
唖然とするアメリアに、もう慣れた物なのか平然とした様子の田中以下略が同情する。
まず、部屋の中央に大きなベッドが一つある。その脇に小さな衣装箪笥と小さなテーブル。
まともな家具はそれだけしかない。
その周囲を取り囲むように、古今東西ありとあらゆる種類の武器が所狭しと並べられていた。
ある刀はこれ見よがしに飾られ、ある剣は樽の中に他の武器と共に突っ込まれ、あるトゲ付きの鉄球は血糊がついたままだ。
「私の自慢のコレクションだ。どれも武器に応じた強化を施してある」
どうだすごいだろう。と言わんばかりの御剣の態度に
「そ、そうなんですか」
とアメリアは若干引きつつ答える他なかった。
(なんでこのお姉さん、大真面目にドヤ顔してんの……)
一応ベッドがある以上ここで寝泊りは出来るのだろうが、これでは家なのか武器庫なのか分かったものではない。
「クロニクル」では飛家を御剣のように倉庫代わりに使う者も居たが、大半のユーザーは豊富に揃えられた家具アイテムを利用し、好きな自宅を作っていた。むしろ御剣のようなユーザーは少数派だと言える。
「ふふふ、良いだろう。これなんか、見ろ。邪刀ムラマサだぞ」
「あっ、本当だ!」
楽しくてしょうがなさそうな御剣が指し示したそれは、前衛職ではないシャーマンのアメリアですら知っているとても有名な刀だ。
基本的な武器の性能は言うに及ばず、斬った相手の血を吸いHPを回復する、という性能が付与された超レアアイテムである。
邪刀ムラマサは見るからに邪悪で禍々しいオーラを放ち、武器として使われるその時を今か今かと待ち構えている―――ようにアメリアには見えた。
「うわぁ……すっげえ禍々しい……」
アメリアの様子に満足そうに頷いた御剣は、邪刀ムラマサについての説明を始める。
「これを手に入れたのは先月の事でな、ボスモンスターの邪悪な幽霊武者は知っているか? そいつがドロップするんだがこれがなかなか落ちなくてな。何時間も何時間も粘って時には同じく邪刀ムラマサを狙うやからとの小競り合いがあったりもしたが、長い戦いの果てにようやくドロップしたんだ、あれは嬉しかったな……。何せ私の戦闘スタイルではHPの消耗が激しいが故に、毎度毎度回復アイテムの工面に悩まされてきた。いや金の問題ではない、所持量の問題だ、キャパシティーオーバーは知っているだろう? 常々運営に訴え続けてきた撤廃したほうがいいあのシステムのことだ、あれがあるから前衛職はどうしてもソロで長時間ダンジョンに篭る事は難しくなってしまう、だからこそ邪刀ムラマサのHP回復効果が喉から手が出る程欲しかったのだ。実際これを手にしてから私のダンジョン内活動時間は平均四時間から理論上無限大にまで増大した……。わかるか? この凄さが! わかるよなアメリアなら! ああ、アメリアが後衛職である事は知っているとも、だが前衛の負担が軽減されることはそれ即ちアメリアの負担が減るという事もである、だからこの邪刀ムラマサは本当に素晴らしいんだわかったか?」
「……は、はい、そうですね」
「そうか、わかってくれたか。では邪刀ムラマサに続いて真鎚トゥルーハンマーについてだが―――」
立て板に水どころの騒ぎではない、立て板に鉄砲水の勢いだ。
恐ろしいスピードで邪刀ムラマサについてのエピソードが語られ、それはアメリアの耳の右から左を通り抜ける。
実際アメリアは聞いていない、というよりも聞いても脳がおっつかないのだ。
普通の人間がどうしたらこんな勢いでこれだけの文章を喋れるのだろうかと、人体の神秘についてアメリアは深く考え込みそうになる。
そして田中以下略はこの流れに見覚えがあるのか、声を口に出さずとも嫌そうな顔をしていた。
「<ウィスパー トゥ 田中ドライバーZ>(おい田中、お前知ってたろ)」
「<ウィスパー トゥ アメリア>(悪い。でも御剣さん武器の事となると止まらないから)」
御剣に内緒でウィスパーチャットをする傍らでも、御剣の語りは続き、それは二十分ほど続いたのだった。
・
「―――いや、すまないな。ついつい興奮してしまった」
長々とした語りが一段落つく。
すまないと謝りつつも、御剣はまだまだ語り足りないといった様子で、鼻息がやや荒い。
「い、いいえ……気にしてないですから……」
対してアメリアはテーブルに突っ伏して、げっそりとしていた。
「そ、そうですよ御剣さん」
「そうか、ありがとう。……いい香りだな、これは」
引き気味の田中以下略の様子に気づいているのかいないのか、御剣が紅茶を一口飲んだ。
今、三人はテーブルを囲みながら紅茶を楽しんでいる。
御剣の話が長くなる為、紅茶と菓子をお供にしようと考えたのだが、御剣の自宅にあまりにも家具が無さ過ぎたため、椅子は田中以下略が、ティーセットはアメリアが持参した。
「うむ。美味い」
「紅茶もそうですけど、この焼き菓子も美味しいですね。なんて名前でしたっけ。アメリアは知ってるか?」
「さぁ? 俺は知らんけど。御剣さんは知ってますか?」
「知らないな。……名前表示らしきものも無かったしな、名前なぞ元々ないのかもしれんが、まぁ今度調べてみるか」
焼き菓子と紅茶に舌鼓を打つ美少女三人の姿はさぞかし絵になるだろう。
周りを取り囲む血なまぐさい武器がなければ。
そして美少女三人の内二人が元々男ででなければの話だが。
なんと残酷な欺瞞だろうか。
(唯一本当の意味で女の御剣さんも、なんか残念な人だしなぁ……ゲームになっても現実は残酷なんだな、くそう。こんな綺麗な人なのに……)
アメリアは心の中で静かに涙した。
密かに悲しむアメリアをよそに、会話は進む。
「……それは置いておいて、私が田中ド―――田中と落ち合おうと思ったのは情報交換以外にも、実を言うと二人に協力して欲しい事があってな」
「協力、ですか?」
「はぁ」
まだゲームの世界に来て初日、それも数時間も経過していないこの状況で協力して欲しい事とは何なのか。
アメリアには全く想像がつかない。
「―――『クロニクル』が現実世界となってしまった今、この世界は最早私たちの知っている『クロニクル』とは大きく世相を変えたと言っていい」
本来不可能であった筈のPKが可能に。居るはずのない暴漢が居る。そして―――。
「そこで、私はこの世界を調べようと思っている、隅々までな」
「調べる、ですか?」
「ああ、これは私の予想でしかないが、恐らくこの世界に来てしまったユーザーの約六……いや、八割は、アクロニアの都市に引っ込み、近隣地域はともかくとして、遠出は殆どしなくなるだろうなと踏んでいる」
「約八割ってのは言いすぎなんじゃ……」
「いいや、そうでもない。いかなゲームの世界とはいえ、かつての『クロニクル』と同じようにモンスターを狩り、アイテムを漁り、クエストをこなし、ダンジョンに潜る。そんな事を、今の状況で選択できる人間はそうそう居ない。だからその隙をつき、ありとあらゆる物を先行して調べ上げる、そして、レアなアイテムを独占する。それを手伝って欲しいんだよ」
御剣はティーカップを置いて、手の平を上に向けて、見えない何かを掴み取るようにゆっくりと握り締めた。
御剣の瞳はレアアイテムを手に入れるという欲望の色と、未知の世界を調べたいという探究心の光りでぎらぎらと輝いている。
こんな状況になってまで、御剣はなおも「クロニクル」の事を調べようとする。というよりも、楽しもうとする。
「クロニクル」が現実と化してまだ数時間しか経過していないのに、こんな事を考えられる御剣の思考回路が、アメリアはまるで理解できなかった。
ただ、共感できないというわけではない。
「はぁ……でも、約八割も街に引っ込みますかね? 俺でしたらちょっと興味ありますよ、ダンジョンとか探索したり、モンスターと戦ってみるのも楽しいんじゃないかなって思いますし、男の夢……いや、ゲーマーの夢って感じじゃないですか? 他にも同じ事を考える人が居てもおかしくはないと思うんですけど」
これはアメリアの本心だ。
誰でも一度は未知の世界を探検したりする夢を見るものである、アメリアはそう断言できると思っている。
自身も幼い頃は、アニメのヒーローのように魔法や剣技を駆使してドラゴンと戦ったり冒険したい、と考えていたものだった。
「そうか、なるほど……。―――ではアメリアよ」
アメリアの思いを聞いた御剣が、静かに微笑む。
ぞっとするような美しさに、アメリアは息を呑んだ。
「は、……はい?」
そう返事をして、紅茶を飲もうとした次の瞬間。
「―――死ね」
身の毛がよだつ恐ろしい恐怖と共に背筋が凍った。
目視することも叶わぬ激烈の速度を持って、御剣の刀が煌き、その切っ先がアメリアのティーカップを貫いた。
「―――ひっ」
突然の御剣の凶行にまるで身体が動かない。
刀の切っ先は、ティーカップを貫通してアメリアの喉元に突き刺さる直前で制止した。
御剣があとほんの僅かでも刀に力を込めれば、アメリアの喉から鮮血が舞うだろう。
「御剣さん!? 一体何を!」
田中以下略が慌ててレイピアを引き抜く。
「うむ、こんなものか」
しかしその頃には、御剣は刀を戻し鞘に納めてしまっていた。
刀の抜かれたティーカップから、冷えた紅茶が零れ落ち、アメリアのシャーマンドレスを濡らす。
「つまり、こういうことなんだ。二人とも」
「な……がっ……かはっ……」
何がこういう事なのか。
突然襲い掛かった死の恐怖を前に、顔面蒼白となったアメリアは上手く喋る事が出来ず、意味を成さない音のような言葉を放つ。
まるで意味の分からないアメリアの気持ちを代弁したのは、田中以下略だった。
「……御剣さん、俺には御剣さんが何を言っているのか全くわかりません。今の話とこの行為に、どんな関係があるっていうんですか! 説明してください!」
さしもの田中以下略も激昂した。
友達が目の前で殺されかけたのである。黙っていられるはずも無い。
一方、渦中のアメリアはといえば。
あまりの恐怖に、少し小便を漏らしていた。
(も、漏らしてしまった……。でも……紅茶のおかげで少なくとも漏らしたのはバレなくてすむ……)
目の前までハッキリとした形を伴って現れた死。
日々安穏と過ごしてきたアメリアが、恐怖のあまり小便を漏らす事は、必然であった。
御剣を睨む田中以下略と、瞑目し佇む御剣。そしてカップに残る紅茶をさりげなく股間に零し証拠隠滅を図るアメリア。
このこう着状態を作り出したのが御剣ならば、それを動かしたのも御剣だった。
「……アメリア、今、何を感じた?」
「もらし―――しぬかとおもいました、すごくこわかったです、はい」
余計な事まで口走りそうになったが、嘘偽りない本心である。
「うむ。それが生物の、誰しもが感じる普通の感覚だな」
「それぐらい当然でしょう!? だから何だって言うんですか!」
まったく意味がわからないと、田中以下略が怒る。
御剣はそれをやんわりと制し、続けた。
「それなんだよ。―――死の恐怖を、外に出た輩は常に感じることになる。モンスターとの戦闘で、乱心した『クロニクル』プレイヤーを前にして、ダンジョンの中で。常に恐怖と戦う事になる」
「っ……」
「まあ、街の周囲にポップするスライムだとかには言い過ぎかもしれんがな」
御剣のそれは、たしかな説得力があった。
世紀末チンピラーズを前に恐怖してしまった田中以下略には、その意味が痛い程理解できる。
あの時己が感じた恐怖と、アメリアが感じた確実に迫る死という恐怖。
恐怖のレベルの差で言えばアメリアの方が大きいだろうが、両方ともつまるところ根本は一緒なのだ。
―――街の外でモンスターと戦うのならば、その恐怖を克服しなければならない。
「……なぁ、アメリア。お前はまた、今みたいに死ぬ思いをしたいと思うか? たとえ生き返られるとしても、怖い思いを、実際に死ぬレベルの痛い思いをしたいと思うか?」
「い、嫌です、絶対嫌です」
御剣はその結論に、この世界に来てからすぐにたどり着いていた。
「クロニクル」の世界の中に入り込んでしまった。そう言って片付けてしまうのは簡単だろう。
しかし、この世界は紛れもない現実だ。
斬られれば痛いし、物を食べれば味を感じるし、襲われれば恐怖も感じる。
「ゲームの中? 冗談を言ってはいけない。ここは現実だ、現実世界だ。私達は、普通の人間よりも優れた力を持っているだけの、只の人間だ」
御剣が世紀末チンピラーズを前に放ったスキル、旋風の太刀などが普通の人間との差を示すいい例だろう。
だが、アメリアたち「クロニクル」プレイヤーが持っている力は、それだけだ。
実際の中身は、只の日本人。只の一般人に過ぎない。
「魔法も使える、力も人よりある、老衰以外で死ぬ要素は今のところない。だったら、外に出る必要性はあるか? 無いだろう? 平和ボケした日本人が、得られるかどうかもわからない不確かな利益を得るために死というリスクを背負えるわけが無い。何より―――」
そこで一旦止めた御剣は、悲しげな笑みを浮かべて言った。
「―――お前たち。前の世界の自分の名前を、思い出せるのか?」
御剣が放ったその言葉は、雷鳴となってアメリアと田中以下略の脳天を打ち鳴らした。
・MMO用語
一Mとはお金の単位を表す単語。ちなみにクロニクルではお金の事をゴールドと呼ぶ。
Mは十の六乗、つまり百万なので、一Mは百万。五Mなら五百万となる。
Kは壱千、Mは百万、Gは十億となる。