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初日のこと2

「ファ○ク!」


 突如放たれた口汚い言葉を前に、通行人がぎょっとして振り返る。そしてより一層ぎょっとした。

 なにせその口汚い言葉を発した人物が、驚く程の美少女だったからである。

 ウェーブのかかった金髪と、天使かと見まごう程の美しい顔立ち。

 身に纏うのは、厳しい訓練の果てに精霊と交信する力を得たシャーマンの中でも、特に高等な力を有する者のみが着る事を許される、シャーマンドレスだ。

 そんな彼女の隣で、やれやれといった感じに溜息をついた人物がいた。


「おいアメリア、皆こっち見てるぞ。急に叫んだりするなよ」


 そう言って美少女をたしなめたのは、シャーマンの美少女にひけを取らないほどの美少女であった。

 流れるような銀髪は非人間じみた神聖さと美しさが同居する。

 顔立ちもシャーマンの少女と負けず劣らずの出来で、彼女ら二人を比較するならば、シャーマンの少女は大輪の向日葵を、銀髪の少女は白百合を思わせた。

 堅牢そうな白銀の鎧を身に纏う彼女の腰元に吊られた一振りのレイピアは、フェンサーである証拠である。


「叫びたくもなるっての! 田中も見たろ!? あの人の渦、隅田川の花火大会なんか屁でもねえだろ!」

「東京に住んでない俺にはわからんけどな、まあたしかにありゃあ壮絶だった。将棋倒しにでもなってたら間違いなく人死にが出たな」

「だろう?」


 やけに男勝りの口調の彼女らはつかつかと歩む。

 美しすぎる少女達に目を奪われていた通行人たちは、慌てて道を譲った。


「ああ、ごめんなさい。通りますね」


 銀髪の少女の声が染み渡る。

 天上から鳴らされた福音じみた清らかな声に、辺りの若い男の殆どが胸を一撃で打ち抜かれる。


「たしかこの先を左のはずだ」


 衆目の視線をかっさらった美少女二人組みは、怪しげな路地裏へと消えていく。

 姿が消えた頃になって、誰かがぽつりと呟いた。


「……なあ、あんな別嬪さんみたの、今日で何度目だ? もう五十回は越えてるよな? な?」


 答える者は誰も居ないが、皆の思いはその者と一緒だった。

 今日は何かがおかしい。

 何処から湧いてきたのか、と思う程の美男美女が空港から濁流の如く街に押し寄せている。

 都市の大きさとしては世界有数の規模を誇る首都アクロニアとはいえ、これは異常すぎた。


「うっは! マジにファンタジーじゃんやばくねー!?」


 楽しげな少女の声だ。

 またか、と思いながら通行人らがその方に振り向くと、そこに居るのはやはり……目も眩むような美少女であったのだった。



 スイングドアを抜けた先は世紀末。

 西部開拓劇にでも登場しそうな雰囲気の酒場に、スネに傷のありそうな強面の男達が鋭い眼光を向けてくる。

 刺青傷跡なんのその。

 ぎらぎらと光るナイフを舌なめずりする男の、びちゃびちゃとした音がアメリアの耳に嫌によく響いた。


「やばい田中さん、おしっこちびりそう。帰らない?」

「さっきの勢いは何処に行ったんだよ」

「いやだてこれおかしいゲームんときはこんなひとたちいなかたでしょおかしいね」

「日本語がかいめつする程か」

「うん」


 ここは迷い人の酒場。

 「クロニクル」では初心者が始めに訪れて、ゲームを進行する上での基本的な情報を学ぶ場所である。

 だというのに、どうしてこんなことになっているのか。


「とりあえずあそこの席につこう。突っ立ったままだと余計注目されるだろうし」

「う、うん」


 酒場の隅にあるテーブル席に二人は着席する。


「た、田中よ。そのフレンドさんは、今ここに居るのか?」


 アメリアが声を潜めて言う。田中以下略が周囲を見渡して、首を横に振った。


「……人ごみが凄くて時間がかかるらしい」


 ウィスパーチャットをしているのか、田中以下略は残念そうに言った。


「そ、そんなぁ」


 アメリアはこんな恐ろしい場所とはまるで縁もゆかりも無かった人物だ。

 出来ればこんな場所からはさっさとおさらばしたい。


「ようよう姉ちゃん達。こんな所になんの用かなぁ?」


 しかしそうは問屋が卸さないようである。

 世紀末じみた風貌のチンピラがにたにたとした笑みを浮かべつつ、取り巻きの男数人と共にアメリアと田中以下略を取り囲んだ。


「……友人を待っているんですが、それが何か?」


 田中以下略が平然と答え、アメリアはそれにいたく感激する。


(おおお田中すげえ、かっけえ!)


 悪漢を前に怖気づく事も無く、屹然とした態度を取る。

 装備の鎧に武器のレイピアしかり、まるでアニメに出てくる女騎士系ヒロインそのままの姿だ。

 実際に田中以下略は女になってしまっているのだから、その通りであると言えなくもないが。


「へぇ? だったらそのツレとやらもえれぇベッピンさんなんじゃあねえか? なあ兄弟」

「そうだろうなあ。美人は美人とつるむもんだしな」

「けけ、いい胸してんじゃねえの?」


 何がおかしいのか、世紀末チンピラがより一層笑いだす。

 あんまりな態度に、アメリアといえどほんの僅かではあるが心に怒りの火が灯る。

 たしかに今自分は女だが、元は男である。

 男が男に言い寄られて何が楽しいものか。

 というか単純に不愉快だった。


(なんなんだこいつらは……って、田中?)


 やり方はわからないがきっと魔法も使えるだろうし、こいつらに魔法をぶちこんでしまおうかと考えたところで、アメリアは田中以下略の手がかすかに震えている事に気がついた。

 いや、良く見れば足もだ。

 ハッとして田中以下略の眼を見る。

 田中以下略の瞳は、震えていた。


(もしかして、実は怖い……のか?)


 何もおかしい事なんてない。

 アメリアがそうであるように、田中以下略も荒事を前にした経験なぞろくになかったのである。

 ひとえに先のような屹然とした態度を取れたのは、現実世界からゲームの世界に入り込んでしまい女になってしまったという非現実感による、ある種の精神的高揚感が恐怖を感じさせなかっただけなのだ。

 そんな張りぼてのような勇気は、驚く程脆弱である。


「おら、暇なんだろ。酌しろよ」


 テーブルの真ん中へ、チンピラ男が酒瓶をドン、とわざとらしく大きな音を立てて置いた。

 そして、それが決定打となった。


「ひっ」


 田中以下略が漏らしたそれは小さく、蚊の鳴くような声だったが、アメリアはその悲鳴をしかと聞いた。

 一瞬だがびくんと震えた田中以下略は、必死に歯を食いしばっている。

 今や田中以下略は、暴漢に怯える只の少女であった。元男だが。


「お、おい」


 そんな田中以下略を見て居た堪れなくなったアメリアが、堪らず口を挟む。


「あん?」

「……ア、アメリア……っ」

「い、いや、その、あのですね、はい」

 (ああああ俺は何余計な事言ってんだあああああ!)


 口を挟んだはいいが、一体全体どうすればいいのかアメリアには分からなかった。

 魔法の使い方を今から田中以下略に聞こうにも、そもそも田中以下略が知っているかどうかはわからないし、そんな時間があるとは思えない。

 田中以下略の手を引いて逃げ出すか。

 しかし回りは世紀末チンピラに取り囲まれ、ご丁寧に出入り口にも男が一人立っている。

 他の人間はそれを見世物か何かのように見物するだけだ。

 助けは望めそうにない。


「おう、何なんだよ姉ちゃん。黙ってねえで、なんとかいったらどうだ?」

「…………あー」

(ど、どうしよう、やばいぞ)


 嫌な汗がどっと沸き出る。このままチンピラどもの慰み者にでもなってしまうのだろうか。

 それだけはご勘弁願いたかった。

 女を知る前に女になってしまったのはこの際いい、美少女だから。

 しかし女を知る前に男を知るなんてのは何があっても嫌だ。元男だから。

 アメリアはノンケである。ゲイではない。


(仕方ない、こうなったら……!)


 もしそういう状況になったら貴様の一物を噛み千切ってくれるわ、とアメリアが悲壮な覚悟を決めたその瞬間。


「―――なぁお前たち。私のフレに、何か用か」


 迷い人の酒場の入り口に立っていた男が、どうと倒れ付した。倒れたまま動かない所を見ると、気絶しているようだ。

 倒れた男を無感情に見つめて立っているのは、燃える様な赤い髪の女だ。

 彼女の着込む赤銅色の露出度の高い鎧は、ビキニアーマーと「クロニクル」ユーザーに揶揄された独特の装備。


(戦乙女の装束だ)


 剣に生き剣に死す職業。基本的な一次職業の発展系となる二次職業であるブレイドマスターの女性のみが装備できる、職業専用の一品だ。

 右手に持った刀から、周囲を威圧する波動らしきものが放たれている。

 刀と女。両方から放たれる威圧感、あるいは殺気のようなもの。

 それらのせいで酒場の気温が一気に冷え込んだような感じがして、アメリアは身震いをした。


「だ、誰だてめぇ!」


 狼狽した世紀末チンピラAが叫ぶ。

 それに答えたのは件の赤髪の女ではなく、田中以下略だった。


御剣(みつるぎ)さん……!」


 御剣と呼ばれた女は髪をかき上げて答える。


「待たせて悪かった。どうもこの格好だと人目を集めるようでな」


 そしてアメリアは御剣という名に覚えがあった。


「み、御剣!? 御剣ってあの御剣だよな!? 田中、お前御剣とフレだったの!?」


 ―――御剣。

 一年前にゲームサービスを開始した「クロニクル」で、全ユーザー中最速で一次職業レベルを最大まで上げた筋金入りの廃人プレイヤーである。

 他にも、ダンジョンの攻略データや隠しクエストの詳細、職業ごとのスキルの性能調査といったものを自分のホームページで無料公開している。綿密な調査に裏打ちされた確かなそのデータは、「クロニクル」ユーザーの間で高い評価を受けていた。そして何を隠そう、アメリアもそのデータにお世話になった事は決して少なくはない。

 廃人、というよりは廃神と称される人物。

 尊敬と畏怖と侮蔑の視線を一身に浴びる廃人の中でも、一段上の格を纏う超有名人である。


(うっそだろ超有名人じゃんか……!)


 まさか待ち合わせていたフレンドさんが御剣だったとは。

 世界とは存外に狭いのだなと、アメリアは思った。


「御剣……? 御剣って、あの御剣か……?」

「バカ言え、フカシに決まってるだろ?」

「何だって知るかよ、おうコラ。てめぇ俺を無視するたぁいい度胸じゃねえか。女の癖に調子こいてんじゃねえぞっ! お前ら、いくぞ!」

「お、おうっ!」


 御剣の態度に苛立ったのか、世紀末チンピラのCだかDだかが叫び、それを機にAからFが御剣へと襲い掛かる。


「御剣さん、危ない!」


 田中以下略が叫んだ。


「ふむ。―――ハハハッ。丁度いい、スキルの実験台となれ!」


 しかし襲い掛かられた御剣は不敵に笑う。

 無造作に構えた刀が、怪しく光った。


「―――《旋風の太刀》!」


 くぉん。

 そう聞こえた。とアメリアが思った時には既に事が終わっていた。


「ぐああああああああっ!?」

「おぐあああおおおおおっ」

「ぶげええええええっ」


 何か突風のようなものが吹き荒れた。

 それと同時に世紀末チンピラーズが、御剣を中心に跳ね飛ばされ、吐しゃ物を撒き散らかしながら吹き飛んでいく。

 大柄な肉体が軽やかに宙を飛び、吐瀉物の軌跡を描いたまま酒場のカウンターに突っ込む。

 棚に陳列された大小さまざまなサイズの酒のボトルが盛大に割れ、酒とガラスが滝のように男たちに降り注ぐ。


「みね打ちだ。さっさと消えろ」


 どう見てもみね打ちとは思えない光景を前に、刀をだらんと持った御剣が無造作に言い放つ。


「ひっ、ひっ、ひいいいっ」


 ガラスと酒にまみれたチンピラーズは恐れをなし、顔を真っ青にして入り口に立つ御剣の脇を通り抜け、酒場から飛び出していった。

 カウンターに突っ込んだ男の内一人と、始めにのされたもう一人が完全にのびていたが、置いていかれた。


「ちっ、根性の無いやつらだ。仲間としての義務くらい果たせ」


 御剣はそんな哀れな男らに近づくと、無造作に首根っこを引っつかんで酒場の外まで持っていき、放り投げる。

 まるでゴミでも拾って捨てるかのように、御剣は大の男たちを片手(・・)で摘み上げる。その筋力が一体どこから湧いて出てくるのか。

 突如吹き荒れた嵐のような暴力を前に、傍観を決め込んでいた酒場の客たちは何も口にすることが出来ない。


「……す、すっげぇ」

「…………」


 あまりの事態に唖然とする他ないアメリアと田中以下略に、御剣が近づいていく。

 二人の前に立った御剣は、刀を鞘に仕舞うと、頭を下げた。


「まずは始めまして、だな。知っているかも知れないが、私の名前は御剣。あなたが田中ド―――田中の言っていたアメリアさんか」

「は、はひ」


 アメリアは声が上ずるのを抑えられなかった。

 何せ今しがた圧倒的な力でチンピラを叩きのめした、マンガやアニメの中でしか見たこと無いようなとても強い女戦士が目の前にいるのである。

 おまけに露出度がバリバリに高い美少女ときた。女性に免疫のないアメリアがテンパるのも仕方のない事だった。


「早速情報交換を、と言いたい所だが、まあなんだ、ここは場所が悪いな。私の飛家にでも来るか」


 御剣が辺りを見回し、アメリアもそれに釣られる。

 散乱したガラスと木片、そして多種多様な酒の匂いがミックスされた酒気を帯びた空気が酒場に充満していた。

 その空気は嗅いでいるだけでも酔っ払いそうな程であり、加えて酒場は御剣のせいで荒れに荒れている。

 とても話し合いが出来るような雰囲気ではない。


「初めから私の飛家に誘えばよかったな……。まあいい、ついでに茶と菓子でも買っていこうか―――ああ、店主、迷惑をかけたな。これは迷惑料だ」


 御剣が何処からともなく袋を取り出し、その中から何かを一つ摘んでカウンターで萎縮している男に向けて弾き飛ばした。

 それは小気味良い音を鳴らし、回転しながら光りを放って飛んだ。

 カウンターの男はそれをはっしと受け取り、次いで目を見張った。


「いっ、一(メガ)金貨!?」

「釣りはいらん。さあ行くぞ、二人とも」


 これで手打ちとばかりに、御剣が颯爽と歩き出す。


「あ、ちょ」

「御剣さん」


 その後をアメリアと田中以下略が慌てて追った。



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