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そのあと2

「御剣さん、アメリアさんが目覚めたというのは本当で―――うわぁ」

「御剣殿、此度のアメリア殿の容態は―――うわぁ」

「怖ぇー……、やっぱ御剣さん怖ぇー……」

「―――ん? ああ、二人とも来てくれたのか」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 田中以下略に呼ばれたシャロミーとスピルが部屋に入った途端、二人は引いた。

 田中以下略はこうなる事を予想していた為まだ反応は優しい方だが、それでも引いていた。

 御剣はイタリアンマフィアのようなドス黒いオーラを纏わせつつ、アメリアの両肩を掴み顔を突き合わせている。

 そしてアメリアといえば、がたがた震えながら、ただひたすらにごめんなさいと謝罪の言葉を吐き続ける機械と化していたのだった。

 もちろん目に生気は宿っていない。

 御剣流の尋問の恐ろしさの片鱗が垣間見えた瞬間であった。



 ―――それから二日経った。


「ふぅ……」


 時は夜半、人通りが無い事を確認したアメリアは、シャロミー家のベランダに出てホットミルクを飲みながら夜空を眺めていた。

 防寒対策は完璧にしてある。

 わざわざ寒空の下に出たかったのは、日本で見る事の出来なかった綺麗な星空を見たかったからだ。

 星座はおろか北極星がどれだとかもろくに知らなかった不勉強なアメリアだが、新しい世界にいる以上そんな知識も必要なく、ただぼけっと星空の美しさを楽しんでいる。


「まったく、酷い目にあった」


 目覚めてすぐ御剣にこってりと絞られたアメリアは、分かる範囲内の事を全て報告(ゲロ)った。

 氷獄図書館の地下四階で、水に流されていた無題の中身がない本を拾った事や、『魂のインク』捜索時に脳内に聞こえた不思議な声についてなどだ。


「そりゃあ黙って拾ったのは悪いと思ってるけどさぁ……もうちょっと加減というものをですね」


 本人が居ないのをいい事に、アメリアはぐちぐちと文句を垂れる。

 当然の如く、アメリアは御剣にこっぴどく叱られた。

 恐ろしさのあまり漏らしかける程叱られたアメリアは、目覚めたばかりという事もあったので今後のほうれんそう(報・連・相)の徹底を御剣に誓う事で、ようやく解放されたのである。


「大体御剣さんも御剣さんだよ、病人に手加減無しで迫ってきてさぁ、()だって言いたい事とか色々あったのに」


 はぁー。と溜息をつくと、白い煙となって夜空に消えていく。

 ちびちびとホットミルクを飲みながら、明日にはこの場を発つ事となる首都ライブリラと、今まで辿ってきた道筋に思いを馳せる。


「色んな事があったなぁ……大冒険だ」


 ジェットコースターに乗っているかのような数日だった。

 現実世界から「クロニクル」の世界に転移し、プレイヤーキャラクターの美少女に生まれ変わってしまった初日。

 田中以下略との合流と、御剣との衝撃的な出会い。

 初めての魔法。初めての戦闘。初めての冒険。

 御剣に慰められて嬉しかった事、田中以下略が元ひきこもりの癖に結構頼りになると知った事。

 賢者アルキメデスの謎。記憶に無い極大魔法の話。自分を血なまこになって探す衛兵と学者たち。

 色々な思いがアメリアの中で浮かんでは消えていく。


「こんな生活、数日前の()なら考えもしなかっただろうな」


 怖い思いも辛い思いも痛い思いもした。

 それは確かに御剣の話通りだったのだが、それ以上にこの数日間をアメリアは楽しく感じていた。


「やっぱり、ついて来てよかったのかな、うん」


 あの時、御剣の飛家の中で二人についていくと決めた自分のことを褒めてやりたい。


「ふふっ」


 結果論だが、今となってはよい判断だったと思える。

 田中以下略の目的も無事達成できた事だし、次は何処へ行くのやら―――。


「あれ、そういえば田中って結局名前は変えたのかな? どうなんだ?」


 『魂のインク』は無事シャロミーに渡してある。

 であれば、もうとっくに田中以下略は自らの真名を変更している筈なのだが。


「まだ変えていないぞ。新しい名前を考えるのに四苦八苦しているようだ」

「わひゃあ!?」


 そう考えた矢先の事、アメリアのすぐ側で御剣が返答した。


「みみみみみ御剣さんいつからそこにっ!?」


 驚いたアメリアが声の聞こえた方を向いてみると、暗がりの中にいつもの戦乙女の装束を着込んだ御剣が何でもなさそうに立っていた。


「まったく、酷い目にあった―――あたりからだな」

「最初からじゃないですか!」

「まあ、そうなるな」

「何で言ってくれなかったんです!?」

「先に居たのに挨拶をしないお前が悪いぞ」

「え? ……居たんですか?」

「ああ」


 アメリアはまったく気がつかなかった。

 ずっと黙っていたであろう御剣も人が悪いが、かといって気がつかなかったアメリアも多少悪いのかもしれない。

 そう思い、ひとまずアメリアは御剣に謝る。


「ごめんなさい、気がつかなくて」

「気配を消していたからな、許せ」

「気がつかせないようにしてたんじゃないですか!」


 前言撤回である、謝る必要なんぞこれっぽっちもなかった。


「ははははは!」

「もう……」


 御剣はからからと笑う。

 一方でアメリアは、初めから独り言を聞かれていたのが恥ずかしくなってしまった。

 頬が赤くなるのを自覚する。


「ははは……なぁ、アメリア」

「……何ですか?」


 そんな時、御剣が笑うのを止めてアメリアに向き行った。

 ぶすっとした様子のアメリアは、ベランダにもたれ掛けながら横目で御剣を見る。


「―――ありがとう」


 御剣が、真摯な表情でそう言った。


「御剣、さん?」


 アメリアは思わず目を見張って御剣を見た。

 普段と代わりの無い御剣だ。

 ただ、その表情はどこか吹っ切れたような、晴れやかなものだった。


「正直に言ってな、アメリアがあの時パーティーに参加してくれて、私は嬉しかったんだ」


 御剣がアメリアと同じようにベランダにもたれ掛け、話を続ける。


「あの時私はアメリアに酷い事をしてしまっただろう? その事を、ずっと後悔していた。

当初は、あの程度の恐怖に根負けするぐらいなら初めからついてこない方が身のためだと思って、あんな真似をしてしまったのだがな……。

だが、そうしなくても、アメリアはちゃんと頑張れたんじゃあないかと思ったんだ」

「あの程度って……」


 アメリアは思わず苦笑する。確実に身に迫った死の恐怖が、御剣に言わせればあの程度になるのか。


「そんなおしっこ漏らすレベルの恐怖が、程度ぐらいな訳がないでしょ―――って、あっ」


 そう口にして、アメリアは自分が何を口走ってしまったのかに気が付いたが、もう遅かった。


「ん? …………アメリア、もしかして、もら―――」

「漏らしてません漏らしてませんそんな事実はありません違います違うんです言葉のあやなんです!」

「あー…………うむ。その、悪かった」

「うぅぅぅぅー……」


 穴があったら入りたかった。

 気まずそうにしている御剣を見ると余計にこっぱずかしい。


「田中には黙っててくださいよ……」

「……うむ」


 アメリアは残ったホットミルクを一気に飲む。

 もうこうなってしまった以上仕方がないので、後は御剣の口の堅さに期待するしかない。

 空いたコップを足元に置いて、御剣に話の続きを促す。


「……まぁ、そのな。アメリアが居てくれた事で、田中ド―――田中も気楽で居れた筈だろうしな。

フレンドであるとはいえ、田中も私とマンツーマンだったらさぞ気が休まなかった事だろう」


 そんな事は無い。とは言えなかった。

 御剣と田中以下略は仲がいいフレンドなのだと思うが、そんな姿を見せたシーンはあまりない。

 むしろ上司と部下といった関係性のほうが近かった。


「それに、アメリアの魔法のおかげで大いに助かった。アメリアが居てくれなければ、白雪と氷の境の街でギブアップしていた可能性すらある。

……まぁ、これは田中の寒がりのせいでもあるがな。

後は結果的にとはいえ、氷獄図書館の窮地を脱する事が出来たのはアメリアの力無くては無理だった」

「御剣さん、それは()の力じゃないでしょう? あくまでアレは、憑依してきた賢者アルキメデスの力ですよ。

それに助かったといっても結果論ですし、重ねて言うなら()が変な本を拾わなければ、騒動を巻き起こす事も無かったんですし……」


 皆で考えた末の推論となったが、アメリアが賢者アルキメデスに憑依された原因となったのは、やはりというかアメリアが拾った本であるとされた。

 状況証拠から言ってその本が一番怪しい為だ。

 

「いいや。むしろあの時点で本を拾ってくれた事は、素晴らしいファインプレーだったと賞賛したい。

―――結局、まだ見つからないのか? あの本は」

「ええ、残念ですけど……」


 そして、当の無題の中身が無い本は、アメリアがきちんと道具袋に仕舞ったはずなのに、影も形も消えうせてしまっていた。

 ―――出せ! あの本を出せアメリア!

 と御剣がアメリアの身体を揺さぶりまくったのも記憶に新しい。


「クエストアイテムか、イベントアイテムか、はたまた……謎が多いな」

「そうですね……」

「ともあれ、ありがとう、アメリア」

「……はい」


 しんみりとした、けれども暖かな空気が漂う。

 会話が止まり、二人は夜空を見上げた。

 満天の星空だ。空気も澄んでいて、呼吸するだけでも満たされるような感覚があった。


「…………あー、ところで、アメリア」

「はい?」


 そんな中、空気を切り替えようとしたのか、はたまたこれから話す内容もまた大事な話なのか。

 御剣が真面目な顔つきで、新たに話し始めた。


「その口調(・・)、いつからだ?」

「口調? いつからっていうのは?」


 アメリアはきょとんとする。

 御剣が何の話をしているのか、わからなかった。


「……気づいていないのか?」

「……?」


 御剣が驚いた表情を見せる。

 口調がどうといわれても、アメリアには何もピンと来ない。


「……アメリアは、ずっと自分の事を『俺』と言っていただろう。なのに、目覚めてからはずっと『私』になっている……わざとでは、ないんだな?」

「えっ……?」


 御剣に指摘されて、アメリアはそこでようやく気がついた。

 確かに、今までの会話の中で自分の事を一度も『俺』と言っていない気がする。

 まったく無意識のうちに、『私』と言っている。

 何故『俺』と言っていなかったのだろう、そう思ったアメリアは、口調を直す。


「……おれ(・・)、そんなに私って言ってましたか……?」


 だが、口に出してみてみると、酷い違和感があった。

 もうずっと昔から、自分の事を『私』と呼び続けていて、『俺』と名乗ったのは、今日が始めてのような。

 そんな酷い違和感だ。


「え? あ、あの、わたし、違、そうじゃなくて、おれ(・・)、は……いやっ……!?」


 アメリアは焦燥に駆られて無理やりに口調を直そうとする。

 しかし、どこか心の奥底で、それは違うと訴えられている。

 わたし(・・・)()

 そう決められてしまったかのような。


「お、おれ……!」

「アメリア!」


 酷く狼狽するアメリアの肩を、御剣がつかむ。


「……アメリア、無理をするな。酷い顔だぞ」

「……っ……すいま、せん」


 アメリアの表情が、くしゃくしゃに歪んだ。

 アメリアは無性に、自分自身が怖くなった。

 自分が自分じゃなくなったようで。

 とても心細くなった。


「みつ、るぎさ」


 自分でも整理のつかない気持ちが渦巻いて、胸がつまる。

 その気持ちのまま、アメリアは御剣にすがりついた。

 御剣はアメリアを黙って受け入れて、アメリアの背に手を回して、撫でた。

 アメリアの涙が零れ落ちて、御剣の肌を濡らす。


「…………これで胸を貸すのは、二度目だな」


 一度目は御剣から、二度目はアメリアから。


「わた、し。どうなっちゃって、るん、ですか?」


 アメリアの涙交じりの声が響く。


「わからん」


 御剣は優しい嘘をつくでもなく、気休めを言うわけでもなく、淡々と事実だけを告げる。


「こわ、い、です、みつる、ぎ、さん」

「そうか……だが、例えアメリアがどうなったとしても、アメリアはアメリアだ、それだけは覚えておけ」

「ぐすっ、ひぐっ……は、い……みつるぎ、さん……」


 御剣に慈母のように抱かれながら、アメリアはただ、泣き続けた。


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