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氷獄図書館4

「アメリア! アメリアアアアッ!」


 アメリアに一番近い距離に居た田中以下略が、顔を青ざめさせて叫んだ。

 一撃で意識を刈り取られたアメリアが倒れ、水の中に沈む。

 遅れて、先行していた御剣がライブラリキーパーの頭部目掛けてナイフを投げながら、走り戻ってくる。

 投擲されたナイフは寸分違わず吸い込まれるようにして頭部に命中したが、固い金属音と共にナイフは弾かれてしまう。

 御剣は舌打ちと共に、素早く指示を出しながら、倒れたアメリアの元へ駆けていった。


「タゲを取れ! アメリアを回収する! 十五秒持ちこたえろ!」


 田中以下略は返答しなかったが、指示の意味は突如の混乱の最中にあっても理解できた。

 かつて日本に居た頃では到底経験する事の無いであろう異常事態を前にしても、今まで積み重ねてきた戦闘経験と、ゲームキャラクターとしての高いステータスのおかげで、最低限の冷静さを保つ事に成功したからだ。

 頭に浮かぶ考えは一つだけだ。

 ここで冷静さを失えば、アメリアは死ぬ。


「《プロボーク》!」


 フェンサーのスキル、《プロボーク》が発動する。

 任意の対象の敵が抱く敵愾心(てきがいしん)を、強制的に発動者に向けさせる事が出来るスキルだ。

 田中以下略から赤い閃光がライブリラキーパーに向けて放たれ、命中する。

 すると、ライブラリキーパーはアメリアに向けていた視線を田中以下略に向け、地下四階全体が響きそうなほどの雄叫びを上げた。


「オオオオオオオオオオ!!」


 地響きと共にライブラリキーパーが迫る。


「くそっ、これを十五秒かよ! 小便ちびるっつーの!」


 五メートルにも達する巨体だ。その圧倒的な存在感に田中以下略は押しつぶされそうになる。

 激しい恐怖も感じていた。しかし、迷い人の酒場でチンピラに絡まれていた時とは違い、今の田中以下略はその恐怖に真っ向から立ち向かっている。

 力強い光の宿る眼に、その意が現れていた。


「オオオオオオオ!」


 ライブラリキーパーが拳を振り下ろす。その速さは、田中以下略の機動力では回避できない速さだ。

 喰らってしまえば、致命傷は免れない一撃。

 だが、それを防ぎ味方を守る役目こそ、フェンサーに与えられた使命。


「《ディフレクト》!」


 田中以下略は「シルバーガード」で攻撃を受ける。

 人ひとり容易く押しつぶせるような巨大な拳を受け止めるには、かなり頼りない大きさの盾だろう。

 しかし「シルバーガード」は砕けもせず、あまつさえ田中以下略はその場から微塵も動く事無くライブラリキーパーの一撃を受け止めた。

 《ディフレクト》。フェンサーが持つスキルで、極短い時間だけ敵の物理攻撃を必ず盾でガードし、無効化する効果がある。

 ゲーム時代の頃によく使っていたそれを、田中以下略は神掛ったタイミングで発動させたのだった。


「―――」

「く……!」


 恐らく一撃でミンチのように押しつぶせたであろう己の拳が、矮小な人間に受け止められた事を不可解に思ったのか、ライブラリキーパーの動きが止まる。

 しかしそれも一瞬。

 ライブラリキーパーはすぐに拳を引き戻し、もう片方の拳で田中以下略を真正面から殴りにいく。

 壁のような拳が迫る。


「ああクソッやっぱり攻撃してくるよな! 神様! ―――《ディフェンスバースト》!」


 田中以下略は諦めを含んだ覚悟を決めた表情で、新たなスキルを発動させる。

 彼としては再び《ディフレクト》を発動させて次の一撃を耐えたかったのだが、それは出来なかったからだ。

 クールタイムと呼ばれるシステムが、「クロニクル」には存在する。

 スキルには全てクールタイムと呼ばれる冷却時間が設定されており、一度発動したスキルは次に発動するまでクールタイムが終わるのを待たなければいけなかった。

 《ディフレクト》に設定されたクールタイムは三十秒。

 到底間に合うような時間ではなく、また、ライブラリキーパーの攻撃を無傷で耐え切る為のスキルは、田中以下略のレベルでは他に習得していなかった。

 よって田中以下略が取った行動は。


「オオオオオアアアア!」

「―――ごふっ」


 ライブラリキーパーの一撃を、防御力を上昇させた状態で受け止める事だった。

 《ディフェンスバースト》は発動すると一定時間、物理防御力と魔法防御力を上昇させる。

 ただ、その効果はダンジョンボスのライブラリキーパー―――物理攻撃力の高いゴーレム相手では、気休め程度にしかならなかった。


「があっ!」


 防御を固めた田中以下略が拳で打ち飛ばされ、本棚に向けて弾き飛ぶ。

 本棚に激突した―――というよりも着弾した、と言った方が正しい状態の田中以下略は本棚にめり込んでいた。

 田中以下略の身体に激痛が走る。

 最早常人では即死の状況だが、それでも田中以下略は生きていた。

 フェンサーであるが故の高い防御力とHPが、死神の手を遠ざけたのだ。


「……どん、な……バトル漫画だ……おい」


 体中のあちこちから流れ出る血を意識しつつ、田中以下略はぼやく。

 ひしゃげた「シルバーガード」は最早盾として扱えそうにない。

 歪に変形した「シルバーガード」から、薬室に仕込み直していたヒールポーションが零れ落ちて、田中以下略の傷を癒していた。

 激しい衝撃で痺れてしまった身体が癒されていくのを感じながら、本の残骸と共に田中以下略は水の中に降り立つ。

 もう後が無い。

 田中以下略はふらつきながらレイピアを構えた。


「流石に……十五秒経ちましたよね……?」


 満身創痍の田中以下略に影がかかる。

 ライブラリキーパーが、最後の止めを刺そうとして、両手の拳を組み合わせているところだった。


「……こりゃ、死んだかな」


 妙にゆっくりと流れる時の中で、田中以下略が考えたのは死についてだった。

 数日前御剣が言っていた、死んだプレイヤーは復活の像の前で蘇られるのかどうかという話だ。

 聞きそびれていたが、もし蘇られるのならばそれでよし。

 蘇られなくてもそれでもいいという考えが田中以下略の中にあった。

 滅びの美学というものではない。

 ただ、引きこもりで社会に微塵も貢献していなかった田中以下略が、仲間を助けるために名誉の死を遂げるのであれば、それは随分と素敵な事だと思ったからだ。


「蘇生できたら、経験値回収の狩りに付き合えよな、アメリア」


 それに、よしんば生き返られる事を知っていても、田中以下略は今と同じようにライブラリキーパーに立ち向かっていたに違いなかった。

 アメリアはフレンドで、大切な仲間で、それを守るのはフェンサーの役目だから。

 複雑な理由はいらなかった。

 友を守る。

 田中以下略はその目的の為に、今ここに立っていた。


「逃げろおおおおおおおッ!」


 御剣の絶叫が聞こえる。


「オオオオオ!」


 拳のハンマーが、振り下ろされた。



「タゲを取れ! アメリアを回収する! 十五秒持ちこたえろ!」


 御剣は指示を飛ばしながら、それが殆ど無理な内容である事を自覚していた。

 ボスエネミーと呼ばれるモンスターの大半は、通常のモンスターよりも何倍、下手をすれば何十倍と強力な能力を持っている。

 幾度と無くボスエネミーを狩ってきた御剣にとって、それは当たり前の事だ。

 当たり前のように知っているからこそ、ダンジョンボスの―――ボスエネミーのライブラリキーパーとの戦闘を避けていたのだから。


「アメリア! 何処だ!」


 気を失って水の中に沈んでいるアメリアを探しながら、御剣は歯噛みした。

 こんな状況でなければ、田中以下略に無理を押し付ける必要も無かったのだから。


「ちっ!」


 ゲーム時代と同じ頃の氷獄図書館だったのなら、御剣はライブラリキーパーを一人でも倒せる自信があった。

 自らが持つ素早さと攻撃力に重点を置いたステータスならば、ライブラリキーパーの攻撃を回避しながら、硬い氷の身体を切り刻めるという確証を持っていたからだ。

 やってもいないのにそう思うのは、ゲーム時代にライブラリキーパーを何度もソロで討伐した経験があるからこそだ。

 しかし、今は違う。

 地下四階は浸水し、大幅に素早さを削がれている。

 ほんの僅かなミスで致命的な一撃を喰らうボスエネミーとの戦闘において、その足かせはあまりにも大きい。

 かつての勝率を八割とするならば、現状での御剣の勝率は二割もなかった。

 だからこそ、御剣は撤退という手段を徹底する。

 田中以下略に稼いでもらった僅かな時間の間にアメリアを見つけ、脱出する。

 パーティー全員で、生きて帰還する。

 ゲーム時代では考えもしなかったその思いに、御剣は突き動かされていた。


「―――見つけた!」


 水面に一箇所だけ、気泡がいくつも浮かび上がる所があった。

 半ば確信に近いものを抱いた御剣がその場でしゃがみ、水の中から引きずり上げる。

 かき抱いたのはやはりアメリアであり、ぐったりとしたアメリアの瞳は静かに閉じられていた。


「良し!」


 息があるかどうかの確認は後回しにする。今は撤退を優先しなければならない。


「たな―――」


 アメリアの確保を田中以下略に伝えようとした御剣は眼を見開く。

 ライブラリキーパーは組み合わせた両拳を、田中以下略に向けて振り上げた瞬間だったからだ。

 それからの御剣の行動は素早かった。

 アメリアの腰のベルトに手を伸ばし、紐で結わえられた煙幕玉を引きちぎる。

 そして、それをライブラリキーパーの顔面に向けて投げつける。

 その間僅かゼロコンマ五秒。

 歴戦の廃神としての経験が培った、尋常ではない反射速度のなせる技だった。


「―――」


 だが、ふと、御剣の脳裏に黒い影が走った。

 ―――「クロニクル」が現実世界となってしまった今、この世界は最早私たちの知っている「クロニクル」とは大きく世相を変えたと言っていい。

 自らが二人に語って聞かせた考えが、何故か今、唐突に思い起こされたのだ。

 ゲームが現実と化した影響。

 雪国は寒く。火を起せば暖かく。水に濡れれば冷たい(・・・・・・・・・)


「まさかッ!」


 水に濡れそぼった煙幕玉が、水滴を滴らせながら飛んでいく。

 煙幕玉は割ると煙幕を発生させ、敵からの逃走を手助けする消費アイテムだ。

 では―――その煙幕を発生させるプロセスはどうなっている?

 もしかして、内部には火薬が仕込まれているのでは?

 もしそうだった場合、水にどっぷりと浸かった煙幕玉の火薬は―――。


「逃げろおおおおおおおッ!」


 恐ろしい考えにたどり着いた御剣は、喉を枯らさんばかりに叫んだ。

 煙幕玉が、ライブラリキーパーの即頭部に命中する。

 パコッ。という間抜けな音を立てながら煙幕玉が割られて―――何も起きなかった。

 水で湿気た火薬は動作せず。

 煙幕玉は水の中にぽちゃんと落ちた。


「……!」


 もう、間に合わない。

 最善を尽くしたつもりだった。

 御剣は今までそうしてきたし、これからもそうしていく。

 だが、今この時ばかりは、己の調査不足をひたすらに後悔した。

 火薬は水に濡れてしまえば、使い物にならなくなる。

 考えなくても分かる事なのに、その事に思い至らなかった己を呪う。

 ―――消費アイテムは使えば効果が発生する。

 ゲームにどっぷりと浸かっていたからこそ、そのあまりにも当然すぎる発想から抜け出せられなかった。


「私は、馬鹿だ……!」


 ライブラリキーパーの組んだ拳が、断頭台のギロチンのように振り下ろされる。

 ゆっくりと流れるその光景を前に、御剣はどうしようもないと分かっていながらも駆け抜けようとして―――。


「いいや。お主は良くやったさ、ブレイドマスターの娘よ」


 すぐ脇で聞こえたその声に、意識を引き戻された。



「《アイスジャベリン》」


 先端が三叉に分かれた氷の槍が恐ろしい速さで飛び、ライブラリキーパーの胴体に突き刺さる。


「オオオオ!」


 両手を振り上げていたライブラリキーパーは、その衝撃で横に倒れた。

 激しい地響きと水しぶきが上がる。


「……な、にが……?」


 衝撃を受けて身を固める田中以下略が困惑した表情を見せる。

 御剣は、己の隣でライブラリキーパーに向けて右手で指を指したまま、笑みを浮かべているアメリアを見た。


「アメ、リア……?」

「それはこの(・・)娘の名だな。我が名は―――アルキメデス。昔は賢者なんて呼ばれておったがの」


 まるで他人事のようにアメリアは言う。

 左手には、御剣が見たことの無い本が携えられていた。

 いずれにせよ、アメリアが先ほどの魔法を発動させた事だけは確かだった。


「全く。図書館を創り上げたのはいいが、まさか浸水しておるとはな。流石に千年以上も時が経つと壁に穴が空くのかのう、補修機能も実装しておけばよかったわい」


 ゆっくりと立ち上がるライブラリゴーレムを前に、アメリアが昔を懐かしむかのように、老婆のような口調で独り言を続けている。


「アメリア、お前は一体……?」


 困惑した御剣が問いかけると、アメリアはぷりぷりといった感じで怒る。


「だからアルキメデスというとろうが! ちょっとこの娘の身体を借りておるだけじゃ! 言わんとわからんかブレイドマスターよ!」

「アルキメデス……? 賢者アルキメデス、なのか……?」


 アメリアが言ったその名は、シャロミーが持つ『真名(まな)の契約書』に記されていた賢者の名と一致している。

 そんなまさかとは思うが、口ぶりからして―――アメリアの身体は今現在、自称賢者アルキメデスという存在に乗っ取られているらしい。


「うむ、いかにも。あ、そうじゃ、せっかくだしサイン一枚いっとく?」


 軽い口調でそう言ったアメリアが、魔法でも使ったのかその手に一枚の紙切れを呼び寄せた。

 気がつけば羽ペンも握っている。

 慣れた手つきでさらさらと紙に何かを書き記すと、「ん」と御剣に紙を差し出した。


『賢者アルキメデス、参上!』


 達筆だった。


「…………」


 御剣はそれを黙って受け取る。


「な、なんだ、何がどうなってんだ?」


 ボロボロになった田中以下略が二人の元に戻ってきて、一体何事かと目を丸める。


「おお! フェンサーの娘よ! おぬしもナイスガッツじゃった! 中々見所があるのう!」


 わははははと笑うアメリアが田中以下略の肩をバンバンと叩く。


「い、いたっ! 痛い! 骨折れてるかもしんねーから止めてくれ! ってか、何だその口調? 頭打ったのか?」

「……私にも、まるでわからん。わからんが、しかし……アルキメデスよ」

「なんじゃ?」

「アメリアの精神は、無事なのか?」

「無事じゃとも。悪戯に身体を乗っ取ろうと思ったわけではないわ」

「……そうか、それならいい」


 混乱の極地にありながらも、御剣はそれだけは確認しておきたかった。

 アメリアの精神を乗っ取った存在、賢者アルキメデス。

 何故伝説に謳われた存在が今になって現れたのか、その理由は。

 確認したい事は山ほどあるが、アメリアがひとまず無事ならば、今のところはそれでいい。


「身体を乗っ取る!? 乗っ取るって一体―――」

「あーもー! 耳元でピーピー騒ぐな! ちょっとくらい静かにしとれんのか!」

「いぃっ!?」


 心配した田中以下略を叱り飛ばすアメリア、もといアルキメデスのほうがよっぽどうるさいのだが、御剣はそれを黙っておく。


「ほれ、脱出するんじゃろ? ちょっくらあ奴を片付けておいてやるから、後は頼んだぞー」


 手をひらひらと振ったアメリアが、氷の槍が刺さったままだが、完全に立ち上がったライブラリゴーレムの前に歩いていく。


「片付けるっておい……」


 未だ状況の掴めない田中以下略はアメリアを引きとめようとするが、御剣はそれを制した。


「待て、もしかしたら……私達は凄い物が見られるかもしれないぞ」


 御剣は冷静に振舞いながらも、内心では激しく興奮していた。

 何せ、先ほどアメリアが放った魔法の《アイスジャベリン》は、本来ならばシャーマンの発展形である、二次職業のエレメンタリストでなければ使う事の出来ない魔法だったからだ。

 にもかかわらずアメリアは魔法を発動させた。

 賢者アルキメデスという存在が、不可能を可能にしたのだろうか。

 仲間の事を、アメリアの事を気遣いつつも、それでも廃神としての知識欲が、御剣をこの先の光景を見ずには居られなくさせていた。


「ほほう、よくわかっておるではないか? じゃ、景気良く派手なのを見せてやるとするかのう」


 御剣の話を聞いていたアメリアが、小悪魔のような笑みを見せる。


「……よう今までここを守ってくれた。どうせ自動的に出現するとはいえ、わし自らの手で始末を付けてしまうことを許せよ」


 ライブラリキーパーを前にほんの少しだけ寂しげな表情を見せたアメリアは、魔法を唱え始める。


「四精霊の王に告げる。我が契約に従い、憤怒を撒き散らせ。地の怒り、水の怒り、風の怒り、炎の怒り。ただそこには、怒りしかない。粉砕せよ、濁流と共に、切り刻み、塵芥も残しはしない」


 アメリアが魔法を唱えると、空気が震動し始めた。

 辺り一体に濃密な魔力が漂い、押しつぶされてしまいそうな圧力がかかる。


「……これ、は」

「ア、アメリアッ!? 何やっちゃってんだよお前っ!?」


 想像以上の事態に御剣と田中以下略は面食らう。

 ひしひしと感じるこの力の気配は、最早二次職業のレベルを逸脱している。

 御剣の知らない何かが、起きようとしている。


「さあ、怒るのだ―――」


 ライブラリキーパーの足元を中心に、バカバカしくなるような規模の大きさの魔法陣が出現した。

 複雑怪奇な紋様が刻まれたそれは、大地の緑色と、深海のような青色と、雷鳴の如き黄色と、業火のような赤色に光っている。

 一体何が起きるのか。

 固唾を呑んで見守る二人の前で、それは始まった。

 最初に、何百年も時を経て育ったかのような大樹が魔法陣から現れ、その幹で、枝で、ツタで、ライブラリキーパーの身体をがんじがらめにする。


「オオオオオ、オオオオオ!」


 更にそれらはライブラリキーパーの身体を締め上げているのか、みきみきと音を立てていた。

 ライブリラキーパーは抵抗しているが、まるでビクともしない。

 続けて、魔法陣から氷のつぶてが空中に向けて幾つも現れた。

 その一つ一つの大きさはかなりの物だ、最早つぶてというよりも塊に近い。

 たとえ一個だけでもライブラリキーパーに命中すれば、大打撃を与えるだろう。

 そんな氷のつぶてが最低でも二十個。ライブラリキーパーを取り囲むようにして浮遊し、静止した。


「…………なんだ、これは」

「…………」


 二人は最早開いた口がふさがらない。

 そんな二人を置き去りにして、魔法は続く。

 今度は魔法陣から黒い煙のような物が現れ、ライブラリキーパーの頭上のかなり高い位置で集合していく。

 それはまるで雷雲のようだった。

 事実、その黒い集合体は雷雲のように内部にごろごろとおどろおどろしい轟音を立てる雷を内包している。

 そして最後に―――魔法陣が真紅に染まった。


「不味い。田中ド―――田中、下がるぞ!」

「えっえっ!?」


 御剣はその光景を見て、つい最近の記憶を思い出した。


「アレは《フレイムピラー》の演出に酷似している! もし同じ事が起きるなら、尋常ではない火炎が発生するぞ!」

「ぃぃっ!?」


 アメリアが発動した《フレイムピラー》の威力は、御剣をして舌を巻くものがあった。

 発動に時間がかかるのが難点だったが、フロストゴーレムを一撃で消滅させたその威力は折り紙つきだ。

 それを考えると、御剣には今から起きようとしている魔法によって発生する現象について、嫌な予感しかしなかった。

 それは正しかったのだろう。

 下がれるだけ下がった二人は振り返り、見た。

 そして、驚愕した。


「―――《エレメンタルラース》」


 アメリアが魔法の名を告げる。当然のように、それを御剣は知らない。

 言葉に乗せられた力が解放の鍵となり、魔法が完成する。

 その結果何が起きたか。

 そこには、破壊しかなかった。


「―――」


 ライブラリキーパーの身体に向けて、周囲を漂っていた氷のつぶてが一斉に射出された。

 と同時に、頭上の雷雲から激しい雷が何度も何度も降り注ぐ。

 激しい雷光と轟音で、二人の目と耳はまともに機能しなくなる。

 そんな中、真紅に染まった魔法陣から赤黒い炎の竜巻が発生した。

 魔法陣の中の水は全て蒸発してしまい、そこに流れ込もうとする水は炎に触れた途端水蒸気になってしまう。

 離れていてもなおその熱はあまりにも熱く、二人の足元に触れる水は、何時の間にかお湯になってしまっている。

 御剣の眼前で撒き起こるこの現象は、まさしく精霊達の怒りだった。

 ありとあらゆる物に破壊をもたらす。

 その意思しか感じられなかった。


「は……はは……みつるぎさん……なんすかこれ……」

「私に聞くな……頭がおかしくなりそうだ……」


 もうとっくにライブラリキーパーは消滅しているに違いない。

 だと言うのに、目の前の光景は止まらない。

 ―――景気良く派手なのを見せてやろうかのう。

 そんなアメリアの―――アルキメデスの言葉が思い起こされる。


「景気が良すぎだ馬鹿者め……」

「馬鹿とは失礼な。これでも、この娘の魔力で発動できる限界ギリギリの魔法だったんじゃぞ! もちっと褒めろ!」


 破壊の嵐が吹き荒れる光景をバックに、アメリアが憤慨する。


「……そうか、そうだな。すごいぞ」

「そうじゃろうそうじゃろう!」


 流石の御剣も、頬を引きつらせる他無い。


「ま、そういうわけで後は頼んだぞい」

「―――おいアメリア!」


 その時、朗らかにそう言ったアメリアが、ふっ、と唐突に気を失って倒れた。

 それと同時に、アメリアが持っていた本も消え去る。

 慌てて田中以下略がその身を抱きかかえた。


「アメリア!? アメ、いや……アルキメデス!?」


 どちらの名で呼びかけても、何も反応がない。


「……分からない事ばかりだな、全く」

「……本当に、なんなんでしょうね」

「分からん。だが、今出来る事はある」


 アメリアの頬を叩いても目覚める気配が無かったので、御剣はアメリアを背負い、紐で結ぶ。

 背負ったアメリアがずり落ちない事を確認した御剣は、未だに破壊の嵐を撒き散らしている光景を振り返って一瞥した。

 あれほどの衝撃だ、もしかしたらと考えるまでもなかった。


「今ので壁に穴を追加で空けられたらたまったものではない、逃げるぞ!」

「げっ、そ、そうですね、逃げましょう!」


 背負ったアメリアの穏やかな呼吸を耳に感じながら、御剣は走った。

 これから地上まで走り続けたら、確実にモンスターを引き付けてしまいトレイン状態になってしまうだろう。

 頃合になったら上手にタゲを切っていくしかない。

 依然窮地には変わりないが、先ほどよりかはマシだった。


「無事に地上にたどり着いたら、何が起きたのか聞かせてもらうぞ……」


 御剣は走りながら、アメリアが所持していた本について考えた。

 元々持っていたのか、あるいは御剣の知らぬ所でアメリアが手に入れたのか。

 いずれにせよ、アルキメデスに身体を乗っ取られた時に手にしていただけに、アルキメデスとはただならぬ関係性があるように思えたのだ。

 本について、アメリアに問い詰めたい事が山ほどあった。


「尋問だ、尋問だぞ」

「…………怖っ」


 御剣の暗い呟きをとらえ、田中以下略が身震いした。

*MMO用語

・タゲ→ターゲッティング。敵や味方が標的にしている対象の事。

・トレイン状態

 プレイヤーがモンスターをぞろぞろと引き連れている状態が、列車のように見えることから。

 迷惑行為の一つだが、トレインを利用したトレイン狩りという経験値稼ぎも存在する。

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