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氷獄図書館1

 思い思いにステーキを堪能した一行がくちた腹を抱えて幸せそうに眠り、そして翌日の事。

 朝方の引き締まった空気の中、三人は宿屋の中で最後の準備を整えていた。


「……ヒールポーション四本、マジックポーション四本、煙幕玉二個、のど飴五個、毒消し薬二個、と……。うん、消費アイテムよし!」


 アメリアは自分の身体に装着したアイテムの数々を一つずつ指差し確認し、不備は無いなと大きく頷いた。

 今現在のアメリアの格好はノースマジックランドに入国した時と全く同じ格好ではあるが、コートの内側はかなり異なっている。

 開いたコートの内側を見ると、シャーマンドレスの上の胸の谷間を通るようにたすき掛けにしたベルトと、腰に巻いたベルトを装着しているのが見える。

 二つのベルトには消費アイテムを括りつけるためのソケットが幾つも空いており、そこにコルクで詮がしてある液体の入った細長いビンが四本ずつ挿入してあった。

 たすき掛けのほうは青色の液体が入っているマジックポーション。

 腰に巻いたほうは赤色の液体が入っているヒールポーションだ。

 ポーションとはつまり水薬の事であり、ヒールポーションはHPを即座に二百回復し、マジックポーションはMPを即座に百回復する効果がある。

 ただし「クロニクル」においてポーションは、必ずしも飲んで使用する必要はない。

 外傷があればその箇所にポーションを振り掛ける事で傷を治癒する事も可能なので、味方にポーションを投げつけて無理やり回復させるといった戦術も可能である。

 その他にも割ると煙幕が発生する逃走用の煙幕玉が二個、腰のベルトに装着済み。

 たすき掛けのベルトにはポーションとは別に、小袋が紐で括りつけられている。

 小袋の内部は二部屋に分けられており、片方に状態異常の沈黙状態―――魔法詠唱と発言不能―――を治癒するのど飴が五個と、小さなアンプルに入った緑色の毒消し薬―――恐ろしく不味い―――が二個、それぞれ別の部屋に入っていた。

 これらの消費アイテムは、アメリアが身動きする時に邪魔にならず、かつ自由自在に消費アイテムを取り出せる限界量でもあった。


「……でも、これで本当に大丈夫なのかな」


 ただ、本音を言えばアメリアは消費アイテムをもっと沢山取り扱えるようにしておきたかった。

 ポーションも四本ずつよりは、倍の八本ずつがいいし、煙幕玉なんて二個じゃなく十個は欲しいぐらいだ。

 それでもこの数に抑えたのは、アメリアのステータスと「クロニクル」のキャパシティオーバーというシステムが邪魔をしているからだった。


「より万全を期すならばアメリアの懸念も尤もだ。しかし、この世界においてもあの忌々しいキャパシティオーバーは付きまとうようだからな……我慢するしかあるまい」


 御剣が憤懣やるかたないといった感じで唸る。

 御剣も身体に消費アイテムを装着しているが、その数はあまり多くない。

 両足の太ももにベルトが巻かれており、右足の方には黄色の液体が入ったスタミナポーション―――SPを即座に五十回復―――が二個。

 左足の方には小型のナイフが三本と、たったそれだけだ。


「ああ……こうなるとショートカットキーが恋しくなってくるなぁ……こういう所が地味にリアルだと、リロードも大変だぞ」


 田中以下略が溜息をつく。

 田中以下略は二人と比べて見ると消費アイテムを括りつけておらず、一見すると何も持っていない。

 そうしているのには理由があって、田中以下略は身に纏う装備が鎧のせいで、アメリアや御剣のように身体に消費アイテムを括りつける余裕が無かったからだ。

 厳密に言えば御剣も鎧を装備していると言えるのだが、御剣の場合装備の露出度が高い為、例外的に消費アイテムを身体に装着できる箇所があるという特性がある。

 その代わりに、田中以下略は左手に中型の大きさの盾である「シルバーガード」を装備している。

 消費アイテムを殆ど装備できないフェンサーのために、「シルバーガード」にはある特殊な仕掛けが施されているが、それが役に立つのは戦闘時になってからだろう。


「キャパシティオーバーかぁ……。そこは別に現実と化した世界に引き継がなくてもよかったのに」

「全くだ!」


 アメリアのぼやきに、御剣が激しく同意した。

 ―――このように、三者によって装備できる消費アイテムの数に違いがあるのは、前述の「クロニクル」のゲームシステムであるキャパシティオーバーが影響している。

 ゲームキャラクターにはそれぞれ、ステータスや装備等によって変化する最大所持容量と最大所持重量という値が存在する。

 最大所持容量はキャパシティー、最大所持重量はペイロードと呼ぶ。

 前者はキャラクターがどれだけより多くの「かさばる」アイテムを所持できるかの数値だ。

 そして後者はキャラクターがどれだけより多くの「重たい」アイテムを所持できるかの数値となる。


 全ての「クロニクル」のアイテムにはキャパシティーとペイロードの値が設定されており、所持しているアイテムに設定された値の合計値がキャラクターの限界を超えると、キャパシティーオーバーまたはペイロードオーバーが発生する。

 どちらも発生した時点でキャラクターが行動不能に陥るため、キャラクター毎に決められた規定量以上のアイテム、及び武器防具を数値以上に所持する事は不可能だ。


 このシステムが存在する為、MMOでありがちな戦闘中のヒールポーション連続使用によるゴリ押し戦法は「クロニクル」では不可能となっていた。

 こういった諸々のシステムによる影響の結果、軽装のアメリアは多数の消費アイテムを装備できる余裕があるが、重装備の田中以下略はキャパシティ制限によって消費アイテムをほぼ装備できずにいたのである。

 尚、アイテムオープンで出現する道具袋に関しても同様にキャパシティーとペイロードの限界数値が設定されているが、それはキャラクター自身がアイテムを持つ量と比べると何倍も大きく設定されている。

 これを利用して、ダンジョン探索中は安全地帯等で道具袋から消費アイテムを補充しなおす、いわゆる「リロード」という行為が「クロニクル」では一般的な戦術となっていた。


「……まあ、ぼやいた所で仕方がないがな。準備も出来たようだし、行くぞ」

「はい!」

「ラジャー!」


 一行は宿を引き払いライブリラの街を歩む。

 既に街は活気付いており、沢山の人々が通りを行き交っている。

 食べ物を売る出店もちらほらと散見でき、一行は氷獄図書館への道すがら、出店で「タニップスープ」というカブのスープを朝食用に購入した。

 カブがぐずぐずになるまで煮込んだ「タニップスープ」は、とろみのある汁も合わさってとても温かく、一行の身体を温めてくれる。

 出店の隣に設置された簡単な椅子に腰掛けながら、スープを食べ終えた御剣が口を開いた。


「氷獄図書館だが……二人とも経験はあるよな?」


 アメリアと田中以下略は口を動かしながら頷く。

 当然二人は幾度となく氷獄図書館を攻略した事があるが、二人が持っている氷獄図書館に関係する知識の出所は全く同じ所にある。


「ごくん……出現モンスターは主に水、氷属性を帯びているゴーレム系もしくは悪魔系と異次元系」

「もぐもぐ……ゴーレム系は強力な物理攻撃力と物理耐性力があって、悪魔系と異次元系はその逆の魔法に特化したステータスを持っているから、両方に対応できるパーティーが攻略に望ましい……でしたかと」


 二人が語る攻略法を聞き、御剣が口を「ヘ」の形に変えた。


「私の攻略記事の受け売りではないか……いや、間違ってはいないがな、うむ」

「えへへ」

「いやぁ」


 御剣は自分の攻略記事をほぼ引用された事に呆れつつも、自分の攻略記事を参考にされたのが嬉しかったのか、満更でもなさそうに微笑む。


「ならば特に注意する事もなさそうだな。強いて言えば、今回のクエストの目標である『魂のインク』は、氷獄図書館の最下層……地下四階の奥地にあるのでかなりの長期戦が予想される、だから気を引き締めて行くように」

「げっ、地下四階まで降りるんですか……」


 遅れてスープを食べ終えたアメリアはしかめっ面になる。

 氷獄図書館は中々に広いダンジョンであり、ランダムに設置されるトラップも多い。

 「クロニクル」全体のダンジョンから比較すれば難易度は中ぐらいといった所で、ゲーム時代のアメリアなら一人でも攻略できる実力に見合ったダンジョンだった。

 しかし、アメリアにとってそれは氷獄図書館の二階までの話である。


「深層はあまり経験がないのか?」

「殆どソロだったので、いつもは二階までしか……」


 アメリアは一人では地下三階以降は攻略できないため、ずっと避けていたのだ。

 その理由は敵の構成の変化にある。

 地下一階から二階まではゴーレム系のモンスターが多く出現するが、魔法職のアメリアにとっては遠距離から魔法を打ち込むだけで容易く倒せるカモでしかない。

 しかし地下三階まで下ると、悪魔系や異次元系と言った魔法を得意とするモンスターの割合が多くなる為、攻撃手段が魔法しかないアメリアでは対抗できない。

 よって、アメリアの氷獄図書館の攻略経験は地下二階までで止まっていた。


「俺は何度か地下四階まで行った事あるぞ? そんな心配するほどじゃねえって、物理に弱い敵が出たら俺と御剣さんの担当で、魔法に弱い敵が出たらアメリアが担当する。それぐらい単純な話だ」


 一方で、田中以下略は地下四階まで経験した事があるのか飄々としたものだ。


「そ、そうかぁ……?」


 不安の残るアメリアとしてはそういわれても、いまいちピンと来ない。

 そんなアメリアに、田中以下略は心配するなと肩を叩いてみせる。

 御剣が、にたぁ、と笑みを浮かべて茶化した。


「ほほう、言うではないか。なぁ? 田中ド―――田中よ」

「うっ……い、いや、ただ、御剣さんも居るし心強いなと」

「ほほーぅ?」


 明後日の方向を向いて気まずそうにする田中以下略と、嫌ったらしい笑みを浮かべる御剣。

 今までは部下と上司のような雰囲気で接していたが、今の二人の様子はいかにも「フレンド」らしい砕けたものだった。

 その様子に、ほんの少しだけアメリアはおかしな気分を抱く。


(……なんか、仲が良さ()じゃんか)


 本当にほんの少しだけ―――おもしろくない。

 いや、今こうしてダンジョン攻略前に攻略法を確認しあったり、同じ食卓を囲んで雑談に興じる事は楽しい。

 だというのに、何故かほんの少し、ほんの少しだけ面白くない。


(……んんん~~~~?)


 どうして自分がそんな事を思ってしまったのか理解できず、アメリアは首をかしげた。



 朝食を済ませた一行はライブリラの中心部まで進んだ。

 向かった先は凍獄図書館の入り口であり、そこには物々しい雰囲気を漂わせる警備兵らが幾人も直立不動の姿勢で警備していた。

 彼らの近くには詰め所らしき建物もある。

 氷獄図書館の入り口は元はぽっかりと穴が空いていたのだろうが、重厚な扉でふさがれており見るものに重々しい威圧感を与える。

 近づいた一行に気づいた警備兵が、槍を構え尋ねる。


「お前たちは……冒険者か? 何の用事で来た、答えろ」

「依頼の遂行の為だ。依頼主はシャロミー、確認してくれ」


 代表して御剣が答え、紙を手渡す。

 この紙は御剣がシャロミーから受け取ったもので、依頼主と冒険者の関係と依頼の内容を証明する書類であると共に、氷獄図書館への入場許可証でもあった。

 警備兵が厳しい目つきで紙面をチェックし、やがて納得がいったのか紙を御剣に渡し返す。


「…………いいだろう、通れ。各員集合! 扉を開く!」


 許可を受け、集まってきた警備兵らの手によって氷獄図書館の扉がゆっくりと開かれる。

 扉を開ける二人と、槍を油断なく入り口に向けて構える他の警備兵、そして彼らを見守るアメリアたち。

 緊張感のある空気が漂う中、扉が完全に開かれた。


「…………」


 扉の中は不自然な程明るかった。

 かつて伝説の賢者が作り上げた氷獄図書館には、今も尚魔法の明かりが灯っている。

 視界に映る範囲ではどんなモンスターの気配もしない。


「…………さあ、中に入れ。外に出る時は内側からゆっくりと五回、大きくノックしろ。それ以外は敵と見なすからな」

「了解した―――お前たち、気合は十分か?」

「うっす、いけます!」

「は、はい! 問題ないです!」


 アメリアたちは気を引き締め、氷獄図書館の中へ足を踏み入れる。

 全員が氷獄図書館の中へ進むと、すぐさま警備兵らの手によって扉が閉められ、氷獄図書館とライブリラの世界は隔絶された。

 その途端、アメリアは視界の奥で何者かが動く気配を感じた。

 咄嗟にアメリアは「エレメントスタッフ」を引き抜く。


「何か奥で動きました!」


 アメリアの言葉を受け、田中以下略と御剣も戦闘態勢に入る。


「早速かよ!」

「なに、丁度いい肩慣らしだろう。軽く揉んでやれ」


 田中以下略と御剣は前方に歩み出て、アメリアは自分の魔法が味方に当たらないよう射線が通る位置に立つ。


「……フロストゴーレム二体です! 他の敵影は無し!」

「一体は私が受け持つ、田中ド―――田中はアメリアにタゲが移らないように気をつけて立ち回れ」

「了解っす!」


 氷の粘土細工で作られた、不出来な人形のようなフロストゴーレムが一行の元へゆっくりと迫る。

 人間で言う頭部に不自然に赤く色づいた光る箇所があり、それが光度を増して光る。

 完全な敵対反応を示す証拠だ。


「――――――!」


 フロストゴーレムが声にもならない叫びを上げる。

 御剣が風のように飛び出し、田中以下略は盾をしっかりと構え、アメリアは炎の精霊サラマンダーの力を借りる為のイメージを開始した。

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