応仁の乱
その日は、雨雲が空の大部分を占めていて、綺麗なスカイブルーを見事に汚してくれていた。
麻倉美明は、四方八方に飛び散った髪をムースで落ち着かせ、藍色リボンをそっと制服に付ける。
教室に静かに入り、まず、5秒ほどでクラスメイトを確認する。
6年1組ー
美明は、脳内がやたらガヤガヤとー何かの宴会のように騒いでいるのを、すでに感じ取っていた。
始業式から3日がたった。
「学級委員長ー足加賀 政信」
担任は、黒板にそう書き終えると、足元に転がっていたピンクのチョークの欠片を拾い上げた。
「ということで、学級委員長は足加賀政信に決定でいいかね?不満があれば、いつでも変えられるから」
学級会の成立。
これが、後々クラスの運命を揺さぶっていくこととなった。
「えーっと。学級会委員長の足加賀でーす。まーあ、とりあえずー明るくてー元気なクラスを作っていこうかなあーっと」
足加賀は、めんどくさそうにアクビをしながら言った。
「とりあえずーよろしくー」
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「あ、あのー」
その子が美明のもとにきたのは、あれから数日後のことだった。ちょうど、トイレから帰ってきたところを捕まえられたのだ。
少女はモジモジとしながら、
「ちょっと、いいですか」
「いいですけど?」
その子は小豆色リボンをぶら下げていて、恥ずかしそうに顔を真紅に赤らめていた。3年生くらいだろうか?
「足加賀政信くん、って子いますか?」
「あー、足加賀なら、運動場にいると思うけど。どうせ、靴箱掃除サボってるだろうし」
美明は何気なく「呼んでこようか」と付け加えたが、
「いいえっ、いいんです!さよならっ」
と言って、バタバタと逃げるように帰っていった。
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「ねえ、ちょっといいかな」
その数分後、今度は読書をしているとまたまた3年生くらいの子が声をかけてきた。さっきの子とは違い、堂々たる態度だ。
「何?」
「私、足加賀政信って人探してるのよ。いないかな?」
「そういえば、さっきもあんたと同じくらいの背丈の子が探してたわよ」
美明がさりげなく言うと、その子は顔を曇らせた。
「そう。どうせ、舞瑠ね。ごめん、読書中」
どうやら、さっきの子は舞瑠というらしかった。
「ところで、あんたは?」
「樋野文子。3の2よ。同じく、坪根舞瑠………も」
文子という少女はそう言うと、美明をじっと見つめて首を傾げた。
「もしかして、興味あるの?」
それを聞いた美明はパタリと本を閉じた。
「大ありよ。で、どうなの?2人して政信の取り合い、かな?」
「え、なんでわかったの?」
文子は思わず声をあげた。
「女の勘というものよ。はい、続けて」
「ええと。まず私が政信と知り合ったのは、塾なんです。話したら気があってー。だけど、政信は舞瑠にメロメロなんです。まあ、それはそのはずですよ。舞瑠はすごく、美人だもの」
文子自身ー最後のあたりは声が震えているということに気が付いていた。
「ふーん。なるほどねえ。でもねえー私は、足加賀のどこかいいか分からないんですけど!」
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次の日、美明はまた同じ場所で読書をしていた。
「あの、昨日の人」
聞き覚えのある声だ。
ゆっくり顔を上げると、そこに文子と、舞瑠と、見知らぬ少女の顔があった。舞瑠は警察に捕らえられた盗っ人の様な表情を浮かべている。
「あ、文子と舞瑠ちゃん」
ちょうど、教室内には政信がいた。
「2人揃って、どうしたの?」
美明は、「あんた、ほんと女心わかってないわねえ」とでも言ってやろうか、と思ったがやめておいた。
「あ、政信う!」
文子はあり得ないほどの、満面の笑みを見せ、猫なで声で手を振った。
「んもう。最近、塾来てなかったじゃなあいのお!」
そう言って、「私だけを見て」と言わんばかりに、勢いよく舞瑠を押しのけた。
「それでー。なんだい話って」
政信が苦笑いを浮かべながら聞くと、
「あのね。まずこれ見てえ」
最初に声を漏らしたのは、部外者である美明だった。
「何それ、痛そう!」
文子の太ももにカッパリと、真紅の悪魔の口が開いていた。彼女は「政信に最初に言ってもらいたかったのに」というような表情を見せて、威嚇する。
「わー、痛そうだ。どうしたの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
文子は怪しげに笑い、舞瑠を前に出した。
「舞瑠ちゃん、に押されたのよお。私が廊下を歩いていたら、いきなり押してきたの………」
「ち、違います!それは嘘です!私は何もしていません」
舞瑠が目に涙を浮かべて抗議した。政信は、オロオロとうろたえている。
「ど、どっちが正しいのー?」
その次の瞬間、だった。
「文子さん、あなたが正しい。舞瑠さんの言うことは間違っています」