取引
沈黙に紛れて、そこには、かつて男子と口喧嘩をしていた「アテナ」の姿があった。
焦っている。
確実に焦った顔。
その証拠に、机に積み上げられたプリントたち。
「………なんですか」
彼女は、じっと凝視している私に気づき、ぶっきらぼうに言った。
「あたしに用件があるなら、10秒以内にお願いしますよ」
「え、ええと。私、土木華純っていいます」
「あー、自己紹介なんて興味ないわ。それを聞いて、あなたと私にメリットがあるというなら別ですが!」
彼女はそう言うと、鼻で笑った。
何だろう。この優越感は。
自分より上の人間の失敗を見つけた時に、むき出しになるブラックな感情ー
「まあ、そうですが何か。あたしは今まで一度も、忘れ物という災難を体験したことがないんです。麻倉美明としてーいつでも完璧でいなくてはいけませんから」
「その完璧な麻倉さんが………」
「ええ。でも、こういう時でこそ、冷静に居られるのが麻倉美明ですから」
麻倉さんがそういい終わった時に、ちょうど5分前のチャイムが鳴った。
「えっと、あのー、麻倉さん。私、そのプリント持ってるかもです」
私は、1枚余計に貰って、引き出し奥に詰め込んでおいたプリントをふと思い出したのだ。
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授業が始まった。麻倉さんの手元には、3つ折にされたあとが残ったプリント。
つまり、それは私と麻倉さんとの取り引きが成功したことを意味している。
私からは、理科プリント。麻倉さんからは、このクラスの最新情報。
別に悪くない取り引きだ。これは個人的な意見だが………。
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「ありがとうございました。あたしは基本的に嘘は嫌いですが、まあ、こういったスリルも体験しないと味わえないですからね」
麻倉さんはそう言い放つと、腕を組んでいすに座った。
はいはい、素直じゃないんだから。