信念があれば大抵の困難はどうにかなる
8000文字……申し訳ありません。
夢宮学園とは夢宮翼の理念に共感した者が集い、作られた学園。
現在は生徒間の格差の拡大によってそれを失念してしまった生徒もいるが、最初は全員が夢宮翼の理想を実現しようと希望に燃えていた。
御神楽の演説は燻っている炎に火を付ける類のもの。
回数を重ねるごとに参加人数が増えていくのは当然といえよう。
「あんたは宗教家になりたいの?」
御神楽の部屋。
突如現れるや否や、仁王立ちでふんぞり返りながら真紅が詰問する。
「ここしばらくの活躍……大分聞き及んでいるわよ」
「そんなつもりはないのだがな」
真紅の気迫を全く感じていないのか。
御神楽は頭をポリポリと掻きながら続ける。
「僕の目的はただ一つ、夢宮翼の理想の復活だ」
正直な話、その達成以外彼の眼中にはない。
演説が好評なことも、信者が増えているのも御神楽にとってはどうでも良い出来事なのである。
「それにしてはずいぶん目立っているわね」
夢宮翼の理念の復活を唱えるのは御神楽だけでない。
それこそ無数にいると言ってよい。
なのに何故ぽっと出の御神楽が多くの生徒の心を掴み、組織を巨大化していくのか。
それは夢宮翼が提唱した理念を実践的な例を通して話しているから。
難解な言い回しや複雑な比喩を一切使わず、ストレートに表現する御神楽の弁は理解し易い。
元々御神楽は喋るのが得意でないゆえに、語彙が少なくたどたどしい話になってしまっているのだが、この場合はそれがプラスへと働いていた。
夢宮翼の理想を忘れた人間は、不器用で実直な生徒が多いのである。
「しかし、何故突然現れた?」
話がかみ合わないと悟った御神楽は方向を変える。
「あの日以来、新開地君は音沙汰なしだっただろう」
ああいう別れ方をしたのだから次も会えると思っていた。
だが、あれ以降真紅は御神楽の前から姿を消す。
風のうわさで生徒会副会長の職も辞していたことから、真紅が何をやっているのか御神楽も含め、ほとんどの生徒が知らなかった。
「――色々と準備があったのよ」
真紅は先程までの怒気を引っ込め冷静な声音でそう答える。
「聞きたいかしら?」
そして一転笑顔を浮かべて誘う真紅。
その花の咲く様な笑顔に魅了される生徒は後を絶たないだろう、が。
「いや、止めておこう」
余計な騒動に巻き込まれるのは避けたい御神楽はその誘惑を断ち切った。
「少なくとも僕のやっていることと関係ないことであってほしい」
有馬口聖蘭と新開地真紅。
第三学年同士の争いに巻き込まれるなど第二学年の御神楽にとっては悪夢以外の何物でもない。
彼女達が掲げる理念に共感できない以上、どちらにも付くことが出来なかった。
「残念ね、それは無理よ」
御神楽の願いをあざ笑うかのように真紅は獰猛な笑みを浮かべる。
「創造のまえに破壊あり、私の目標は新たな秩序の建設。それゆえに有馬口率いる夢宮学園を破壊しないといけないのよ」
真紅の最終目標。
それは零からの出発。
この世界に生きる者を救うために建てられた学園が、現在では一部の者を除き、絶望を与える存在と化しているので、もう一度最初からやり直すことである。
「今の学園のあり方は間違っている。だから壊すのよ」
「……」
真紅の言い分は一応筋が通っている。
聖蘭が生徒会長である夢宮学園は以前よりますます格差が酷くなり、目を覆うばかりの現状。
これを本人である夢宮翼が見たらどれほど悲しむのか。
御神楽は夢宮翼の涙を想像してズキリと胸が痛んだ。
が。
「除菌と言って洗剤を入れたパンを食うことが出来るのか?」
御神楽はハッキリと否定する。
「どれだけ崇高な目的を掲げても、方法を間違ってしまえば意味がないだろう」
それこそ洗剤を混入したパンの様に。
洗剤の力でパンの中の微生物は死滅させるという目的は達成したものの、それは食べるものという大前提が崩壊している。
「恐らく夢宮翼も同じことを言うだろうな」
夢宮翼は、どんな状況であろうと非合法な、生徒を苦しめる策を取らなかった。
取ればもっと早く学園を建設できたはずなのに、それを選ばなかった。
『人を救うためのが目的なら、その過程で絶対に人を苦しめちゃいけないんだよ。でないと目的に不純物が混ざり込んでしまう。時が経つにつれて不純物が顕在化し、結局は破綻してしまうんだ』
夢宮翼は判断を迫られるたびにそう述べ、頑として譲らなかった。
「当時はともかく、現在なら痛いほどその正しさが分かる」
結果、夢宮学園は千年近く時が過ぎても厳然と光を放っている。
千年以上も語り続けられるのは夢宮学園と夢宮翼だけであった。
「へえ、つまり有馬口を肯定するのね」
途端に真紅の目つきが敵を見据えるそれに代わる。
どうやら真紅の中では御神楽は聖蘭の味方だと当たりを付けたようだ。
「何故敵か味方かの考え方しか出来ない?」
うんざりとばかりに御神楽は頭を抱えながら。
「僕は有馬口君を賛同していないし、僕達の了承を得ないで可決された条例など守っていないぞ」
実は御神楽の集団。
聖蘭が率いる生徒会ないし夢宮学園が定めた条例を一つも守っていない。
それゆえ風紀委員会に検挙されようとする場面もあるのだが、その時決まって言い放つ言葉が。
「自分達はその条例に対して意見を述べることすら許されなかった。だから従う必要はない」
夢宮学園の最高規則の一つ。
それは、条例の作成に関わらない生徒は守る必要も罰を受ける義務も無いことである。
その最高規則を最大限利用し、御神楽達はサボタージュを行っていた。
だが、制約を縛られない代わりに恩恵を受けられない。
ゆえに御神楽の集団は夢宮学園の息が掛かった施設のサービスを受けられないのだが、彼等は劣等生なので元からサービスを受ける機会が少なかった。
それに代替としてその集団内での助け合いがあったため、御神楽達は不安なくサボタージュを行っていた。
「……本当に貧乏人は羨ましいわよね」
真紅が悔し紛れに呟くのは、彼女の集団は同じ戦法を取れないからである。
真紅達の集団は学園の保護のおかげで生き永らえている。
御神楽達の集団は学園の保護がなくても生きていられる。
その違いが二人の態度に違いが出ていた。
「まあ、とにかく僕達は君達の争いに関与しない」
御神楽はもう一度宣言する。
「夢宮学園の王者は、夢宮翼ただ一人だ」
誰が最強かと問われれば御神楽は迷いなく夢宮翼だと公言する。
間違っても聖蘭や真紅、そして他の生徒の名を口にしない。
最強だと名乗り出たければ彼女が為した以上の功績を示してからにして欲しい。
「……信じて良いのね?」
「ああ」
確認を取るかの様な言葉に御神楽は迷いなく頷く。
「僕達は新開地君や有馬口君のどちらの勢力にも加担しない」
あくまで中立。
勝負の大勢がついてから動くなんて真似はしない。
徹頭徹尾。
動かないという宣誓である。
「ふーん」
真紅はそんな御神楽を舐めまわすように見る。
「嘘を言っている風に見えないし、どうやら本当のようね」
真紅の勘は御神楽の言が真実だと見抜いた。
「まあ良いわ。信じてあげる……だけどね」
真紅はまるで出来の悪い後輩に教えるかの様な口調で。
「善であれ悪であれ、何かを貫こうとすれば壮絶な信念や覚悟が必要になるわ。けど、残念ながら今のあんたからそれは感じられない……苦労するわよ?」
そう忠告してきた。
「助言をありがとう」
御神楽はその言葉の真意が分からず、形だけの礼を行う。
だが、見せかけの礼など海千山千の真紅には通用しない。
「やれやれ、先輩からの苦言は素直に受け取りなさい」
真紅はやれやれとばかりに首を振りながら。
「けど、同じ失敗を犯してきた私にあんたの態度を責める権利はないわ。だけど、これだけは覚えておきなさい。生半可な決意の結果、事なかれ主義よりも酷くなるわ」
「……」
真紅の真剣な言葉に御神楽はどう返事をして良いのか分からない。
「クスっ、そんな顔も出来るのね」
塞ぎ込んだ表情を作った御神楽の頭を真紅は軽く叩き。
「それじゃあ、さよなら」
その言葉を最後に真紅は踵を返す。
迷いなく、堂々と立ち去るその背中の大きさに御神楽は思わず口を開けたが、何を発して良いのか分からず、ただ彼女を見送るだけだった。
そして数十日後。
新開地真紅が行方不明となり、彼女の派閥は消滅したという情報が夢宮学園中に広まった。
そのまた数十日後。
「これはどういうことだ?」
御神楽が怒気を孕ませた声で聖蘭に詰問する姿が生徒会室にあった。
「どうしたもこうしたも」
聖蘭は当然としたばかりの態度で。
「夢宮学園の最高法規を変更するだけです」
そうのたまった。
夢宮学園の最高法規とは夢宮学園が夢宮学園であるために必要な規則。
夢宮翼が直々に制定した規則ゆえ、他の規則とは一線を画す。
それをむざむざと変更しようというのだ。
夢宮翼を絶対視している御神楽からすれば黙っているわけにいかなかった。
「生徒の総意だ、百歩譲って改定は目をつぶろう。だがな、有馬口君が改定しようとしている規則は見過ごすわけにいかない」
聖蘭が変更しようとしている規則。
それは最高法規に関する規則。
通常最高法規は八割の賛成に加え、九割以上の投票率を満たさなければならない。
このハードルの高さゆえに歴代生徒会は最高法規を変更できなかった。
だが、聖蘭はこれを行おうとしている。
しかも通常の全うな方法ではない。
最高法規の下の、学園規則の変更。
それは退学もしくは生徒資格条件の緩和。
少しの罪があれば生徒資格をはく奪することによって投票人数を制定。
聖蘭のイエスマンだけで最高法規改定に乗り出そうとしていた。
「此度の暴挙が見過ごされるのであれば、夢宮翼の理想は死んでしまうだろう」
夢宮翼が求めた者。
それは生きる喜びを教えること。
どんな状況であろうと自分は幸せだと胸を張らせることを第一に置いていた。
「下らないです」
「なっ」
聖蘭の暴言に御神楽は凍りつく。
今、何と言った?
何が下らないと?
「やれやれ、もう一度言わなければ分かりませんか……夢宮翼など私にとっては邪魔でしかありません」
聖蘭は冷めた瞳で呆然と御神楽を見返す。
「確かに夢宮翼の功績は認めましょう。彼女なしにはここまで来れなかった……しかし」
ここで一呼吸置いた聖蘭は続けて。
「ここから先は彼女の思想は足枷となります。見てごらんなさい今の夢宮学園の状況を。鬼の恐怖は消え去り、私達は違う世界に行くための足掛かりを手に入れた。あと少しで別世界に行けるのです。けど、そのためには夢宮翼の理想からなる弱者救済を捨てなければなりません」
夢宮翼の技術は日進月歩で進んでいる。
それこそ異世界に行くための技術も理論上完成していた。
後はそれを実用するだけ。
しかし、そのためにはこれまで以上に膨大な予算と頭脳を投入しなければならず、それを阻むのが夢宮翼の理想からなる様々な規則だった。
それを聖蘭は取り除くと。
この世界から抜け出すために夢宮翼を除外すると宣言していた。
「貴様は――」
ここまで夢宮翼を侮辱され、黙っている御神楽ではない。
当然掴みかかろうとしたが。
「法美」
「はっ」
「っ」
風紀委員長――谷上法美に阻まれてしまった。
「甘い!」
法美は逆刃で御神楽の刀を受け止め、鞘で彼の鳩尾を突く。
人体の急所を突かれた御神楽はなす術もなく倒れるしかなかった。
「生徒会長に危害を加えようとしたあなたは本来罰せられて仕方ないけれど」
そんな御神楽を見下ろしながら聖蘭は優雅に微笑む。
「貴方も相応の理由があってのことでしょう。だから情状酌量として学園追放だけで許してあげる」
学園追放。
それは夢宮学園において最も重い罪。
どこが情状酌量なのかと御神楽は訴えるが。
「学園の地下で永久に繋がれるよりかマシでしょう? 新開地の様に」
真紅の思わぬ現状を聞かされ、黙り込むしかなかった。
「師匠……」
震える足に力を込めて立ち上がった御神楽は聖蘭でなく谷上法美を睨みつける。
「これが……あなたの答えですか? 夢宮翼の番犬として最も鬼を殺した貴女がっ! ……」
「……」
御神楽の魂の叫びに対し、法美は何とも言えない冷めた瞳で無言を貫いた。
御神楽圭一の学園追放はその日の内に公布。
温情措置といわんばかりに追放まで一週間の猶予があった。
その与えられた時間で御神楽は何をしたかというと。
「皆、準備はできたか?」
「「「「「はい!」」」」」
御神楽と共に学園の外へ出る生徒の確認であった。
弱者を切り捨てる聖蘭の政策に不満を持つ生徒は意外に多い。
彼等は嫌気を持ちながらも具体的な行動まで結び付かなかった潜在的抵抗勢力。
真紅の仲間が過激派なら、御神楽の支持する生徒は穏健派である。
穏健派は争いを好まず、日和見主義に徹する場合が多い。
が、それでもやり過ぎると堪忍袋の緒が切れる。
彼等は御神楽の追放が発端となり、夢宮学園に見切りを付けた。
その数学園生徒の約四分の一。
万を超える生徒の移動である。
今の夢宮学園に夢宮翼の理念はなし。
あるのは有馬口聖蘭の願望のみである。
見切りを付けた生徒は口々にそう唱え、学園を後にする。
彼等に不安はない。
何故なら御神楽圭一が先頭に立っているからである。
最も夢宮翼の理想を理解し、体現している彼に従えば良い。
新天地で理想の学園を再建しよう。
と、彼等はそんな希望に満ち溢れていた。
「……」
そんな彼等の大行進を御神楽は門の上から見下ろす。
御神楽からすれば、門をくぐる彼等は苦楽を共にする仲間達。
出来る限り、一人一人の顔を見ておきたかった。
御神楽の瞳には傲慢な光はない。
ただ、慈愛と悲しみに満ちた色を浮かべている。
出て行く生徒達も御神楽の心境を察しているのだろう。
つい先程まで不安げに周りを見渡していた生徒も、御神楽の目に届く場所まで来れば背筋を伸ばし、堂々と行進していった。
「……止めないんだな」
御神楽は呟く。
それは独り言でない。
聞かせる相手がいる。
その人物は、門の下からだと死角となっているゆえ生徒達は気付かないが、同じ場所に立っている御神楽の位置からはハッキリと確認できる。
「師匠――いえ、谷上法美」
「……」
風紀委員長谷上法美。
彼女は学園の規則を完全に守った服装で御神楽を見つめていた。
「これだけの大移動、黙認すれば夢宮学園は近い将来破滅するぞ?」
結局は人。
守る人、育てる人、管理する人等、人がいなければ組織を維持することが出来ない。
これほど消失するようなことがあれば、その組織はどうなるのか考える必要も無かった。
「聖蘭は、邪魔者は少ない方が良いと」
移動する生徒の大部分は第一学年や第二学年。
第三学年も混じっているが、彼等は聖蘭の方針に反発する抵抗勢力だった。
「邪魔ってか……」
知らず御神楽は笑う。
無駄など、邪魔なものなど人間には一切ないと言い切った夢宮翼が聞いたら烈火の如く怒るだろうな。
「聖蘭は先のことなど考えていません。頭の中にあるのは異次元転送装置を完成させ、この世界と決別することだけです」
法美のその響きには憐憫の情が含まれている。
自分の知っている友が遠い場所へと行ってしまった事実を悲しんでいるのだろう。
だったら。
「今からでも間に合うぞ」
御神楽は続ける。
「今の有馬口君に物申せるのは師匠だけだ。そして、いざとなれば」
生徒会長の座から引きずり落とすことも。
そう言いかけた御神楽は言葉を区切る。
「……すまない」
それが出来れば苦労はしない。
御神楽自身、田尾路を切ればもっと高みに行けたのにそれをしなかった。
進歩するよりも心地よさを選んでいた御神楽に、法美を説得する資格などあるわけがなかった。
「結局僕達は似た者同士だったのかもしれないな」
欠点も長所も、そして頑張る理由も同じ。
他人に主と定め、自身はそのための剣となり楯となり、そして犬とすらなる。
利用される事実に悲しみはない、むしろ喜びすら覚える歪な本性。
田尾寺とは違った共通点を発見した御神楽は乾いた笑いを洩らした。
「――そろそろか」
こうしている内に門をくぐる生徒の数がまばらになってくる。
外に出たい生徒は大方出しつくしたのだろう。
「僕も行くか」
いつまでもここに留まっていても仕方ない。
本心を語る法美と離れるのは後ろ髪を引かれる思いがあるが、だからといって御神楽を待つ生徒を待たせるわけにいかない。
「師匠」
背を向けた御神楽は手向けとばかりに言葉を紡ぐ。
「願わくば」
「全力を出せることを」
次、会う時は敵同士。
すなわち御神楽が夢宮学園を侵略してきた時である。
冗談抜きで、出て行った集団の中で法美と相対できるのは御神楽を置いて他にいない。
御神楽は必ず戻ってくると誓っている。
それゆえ法美と相対するのは必定。
その時までに御神楽は己の技量を極限にまで高めておく必要があった。
数多の生徒を束ねながらの鍛練。
想像を絶する難関だが、御神楽は出来るだろうと考えている。
それは変な楽観主義から来ているのではなく、御神楽と心を同じくした仲間と共ならば何処にでも行け、何にでもなれそうな気がしたからだった。
「六時方向から鬼襲来! その数十!」
伝令の者が咳をきって緊急の情報を伝える。
「今、空いている者は!」
その一報を受けた御神楽は周りを見渡すも、悲しいことに彼の期待に応えてくれる返答はない。
「仕方ない、僕が行く」
御神楽は被りを振って日本刀を手に取る。
最高司令官が前線に出陣。
通常では考えられないことだが、この集団の中で最強なのが御神楽なことと、彼の他に動ける者がいないがゆえに実現してまっていた。
「ったく、しつこい」
大地を駆けながら御神楽は愚痴る。
夢宮学園を離れてから数ヶ月。
血反吐を吐けるならまだイケるという言葉が合言葉になる程苦闘の連続だった。
何せ千年近い間、ほとんどの生徒は鬼を見て来なかった。
夢宮学園の外壁は怪力の鬼でさえ砕くことが出来ない金属で製造され、文字通り一匹の侵入さえ許していない。
ゆえに鬼の存在を失念している者すらいた。
集団でうごめき、獲物が目に入れば見境なく襲いかかる鬼。
その姿形に彼等は忘れていた鬼の恐怖を呼び起こされ、普段の半分の力も出せず、良い様に殺されていった。
しかもそれは夜になればさらに凶悪と化す。
四六時中襲われるかもしれないという恐怖によって脱走し、夢宮学園に逃げ帰った者もいた。
逃げた彼等の存在が御神楽達に深い傷跡を残したことは言うまでも無い。
一時は解散状態になりかけたが、鈴蘭達不良生徒の活躍によって団結を取り戻し、最悪の事態は避けられた。
が、これで御神楽達が胸をなでおろさせる程神様は甘くない。
次の試練だといわんばかりに新たな難題が御神楽達に降りかかった。
それは住む場所の確保。
詳しく述べるなら、水や食料となる動物が近くに生息している場所である。
そういった場所は大抵鬼達の巣と化している場合が多い。
いくら求めているとはいえ、千も二千もいる鬼の住み処に手を出す度量はない。
よって御神楽達は、万を超える者達の糊口を凌げ、しかも強力な鬼がいないという条件付きの場所を探さなければならなかった。
「今更ながら、夢宮学園の立地していた場所は本当に良い条件だったのだな」
現在の四倍近い人間の飢えを凌げさせ、さらにあれほどの文明を構築できるほど肥沃な大地。
あれに匹敵する土地などそうないだろうと御神楽は嘆息したのを覚えている。
多数の脱落者を出しながらも続いた旅路。
数ヶ月に及ぶ行軍はようやく終わりを迎える。
御神楽達はついに見つけた。
夢宮学園には劣るものの、今の生徒達を全員食べさせることが出来るほど豊潤な大地。
もちろん鬼の巣もあったが、この規模なら御神楽達でも相手出来る。
皆の体力も精神力も限界に近い。
そう判断した御神楽は、この土地を必ず手に入れなければならなかった。
無論鬼達も易々と住み処を奪われる義理はない。
あの手この手。
直接攻撃だけでなく、夜襲や陽動など搦め手を駆使して対抗する。
この事態に御神楽達が面喰らったのは言うまでも無い。
しかし、驚きはしたものの、それで諦めることはないゆえ、犠牲を出しながらも一つ一つ戦術的勝利を重ねていった。
後一話か二話か。
そこで最終話です。
……推敲しないといけませんね。