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女神様のパソコン

作者: 木の棒

序章


 平成25年7月1日


 僕は女神様の力でパソコンになった。


 その日、大学受験を控えた僕は大好きなラノベをベットに寝転がりながら読んでいた。

 いつもなら全然眠くならない深夜1時。なぜか急に睡魔が僕を襲ってきた。


「ふぁ~」


 目を閉じながら大きなあくびをしたところまでの記憶はある。

 目を開けた僕の前には、女神様がいた。背を向けて後姿だったけど。

 女神様は僕に明るい声で囁いた。


「貴方に力を授けます」


 目の前がぐらぐらと揺れる。起きる寸前に夢の世界にいるような感覚。

 そして目の前がはっきりとした時、僕の目の前には再び女神様がいた。

 その女神様は神話に出てくる女神様じゃない。 本当の女神様だ。


 安藤香奈


 僕が通う高校の女神様だ。

 人気のある女子の中でも、物静かでいつも小説を読んでいる。文学美女と言えばいいのだろうか。

 艶のある綺麗な黒髪。

 雪のような白くて美しい肌。

 誰からも好かれる可愛い顔。

 そして母性愛を感じさせる胸の膨らみ。

 僕にとって全てを兼ね備えた女神様である。

 僕だけではなく、彼女を女神様と崇める男子生徒は多い。

 そんな彼女と同じクラスであり、さらに席が隣りという僕には過分な幸せは、彼女を崇める同士達から嫉妬を買う原因となっている。

 人気ベスト3に間違いなく入る彼女であるが、高校3年間誰かと付き合ったという噂はない。

 いや、高校だけじゃない。同じ中学だった奴から聞いた話では、中学でも誰かと付き合ったという噂は無かったそうだ。

 つまり完璧な女神様である。


 そんな完璧な女神様の彼女がどうして僕の目の前にいるんだ?

 そして僕のことをじっと見ているのはどうしてだ?

 僕の視線が下に落ちる。

 彼女の胸を見ているわけじゃないぞ!

 た、確かに少し視線を落とせば彼女の素晴らしい胸の膨らみが目に入るのだが……。

 僕が視線を落として見たものはキーボード。

 彼女はキーボードを叩いていた。難しい顔をしながら。

 彼女がキーボードを叩くと、何を叩いているのか僕には分かった。

 小説を書いている?ワードに書かれていく文字達はどう考えても小説だ。

 し、しかも……ラノベ?

 これラノベじゃね?

 いや、完全にラノベでしょ!

 彼女は難しい顔をしてキーボードを叩きラノベを書いている。

 そして僕がそれを理解出来たのは、僕が彼女のパソコンになっていたから。


 僕は女神様の力で女神様のパソコンになった。


 どういうことこれ?!

 え?! 彼女のパソコンになっている?! お、落ちつけ……落ちつくんだ!


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ


 早い! なんてタイピング速度! 僕は彼女のタイピングに目を奪われた。

 柔らかそうな指先が流れるように的確にキーボードを叩いていく。頭の中に描かれる小説の文字達を真っ白なワードの用紙の上に命を吹き込むように紡いでいく。

 そして命を吹き込まれた文章は……


「俺のエクスカリバーで今夜君を寝かせないぜ!」


 女神様は痛い女子だった。


 なんてこった……女神様は……彼女は……安藤香奈は痛い女子だったのだ。

 やだー! もう完全に痛いラノベ書いてますよこれ!

 次々に打ちこまれる文章。それはもう読者様に見せられるような文章では無かった。

 そして彼女の顔をよく見ると、その目は血走っていた。完全にいってる。戻ってこれない世界に旅立っている目だった。


「ぐふふふ」


 あれ? いま誰か何か呟きました? おかしいな……いま確かに何か聞こえた気がしたけど。


「ぐふふふふ。私のラインハルトちゃん。今夜は眠らせないわよ~」


 女神様、どうして僕を彼女のパソコンにしたのですか。これなら真実なんて知らなければよかった! ずっと文学美女としての安藤香奈だけを想って生きていたかった!

 衝撃の真実を前に僕はしばらく絶望していた。でも僕はすぐに答えに辿り着いた。


 これってチャンスじゃないか?


 安藤香奈はラノベ好きな痛い女子だった。その真実は僕にとってチャンスなのではないか?

 そして僕は彼女のパソコンなのだ。そう……パソコンだよ!

 僕は自分の能力を確認してみる。膨大なネットのサイトを検索してみる。

 出来るぞ……出来る!

 ネットにあるラノベ解説サイトや、膨大な小説達。それを検索して分析することが出来る!

 この能力があれば、僕は彼女と一緒にラノベを作っていける。

 そのために女神様は僕を彼女のパソコンにしたんだ! きっとそうだ!

 やるぞ……僕はやるぞ!

 彼女と一緒にラノベを書いて、新人賞に応募して、大賞獲って、そして彼女の初めての恋人になるんだ!

 僕はやるぞ~~~~~!


 はっ! 待て! まだ問題がある。

 どうやって彼女に近づく?

 僕は彼女と同じクラスで隣の席だけど、今まで会話なんてほとんどしたことない。

 しかも彼女は学校では文学美女で通っているんだ。彼女だって学校でラノベの話をしたくないだろう。

 それに僕は女神様の力で君のパソコンになって、君がラノベを書いていると知ったんだ! なんて言ったら頭おかしな奴で終わりだろう。

 いや、ラノベ書いている彼女なら、僕がパソコンになったといっても信じるのではないか?

 書いていた痛い小説を見る限り、異世界転生とか好きそうだし。

 最近ぽっと出の変な新人が、無機物の木の棒に転生しちゃう小説とか書いていたし、それが実際に起こったことにすれば!


 ……あ、ちょっと待って。

 そうじゃないだろ。そうじゃないだろ。

 ぼ、僕は……人間に戻れるのか?

 このまま彼女のパソコンのままとか?

 ちょっと女神様! 僕は人間に戻れるのですか~! 戻れるのですか~……ですか~……か~……。


 朝目が覚めると、僕はベットの中にいた。昨夜読んでいたラノベの本を持って。


「人間に戻れるのか……」


 この時を持って、僕の安藤香奈ラノベ新人大賞受賞作戦を開始する。

 正義チートスキルは我にあり!

 


第1章 馬鹿



 平成25年7月5日


「ふわぁ……」

 朝、ベットで目を覚めると同時に欠伸が出てしまう。

 昨日もラノベを書くのに夢中で眠ったのが確か深夜3時。

 学校でこんな欠伸をしたら、きっとみんなびっくりしちゃう。

 シャキッと起きて、朝ごはんしっかり食べて学校行かなくちゃ。

 

「おはよう、お母さん」

「おはよう、香奈。昨日も夜遅くまで勉強? あんまり無理しちゃだめよ」

「うん、大丈夫。あっ! 大好きなチーズトーストの匂いがする」

「美味しいミックスジュースも作ってあげるわ。顔を洗ってらっしゃい」

「はーい」


 お母さんは私が夜遅くまで勉強していると思っている。私がラノベを書いていることを知っている人はいません。

 私には歳が5つ離れた年上のお兄ちゃんがいます。お兄ちゃんの影響で私は小さい頃よくゲームをしていました。お母さんから女の子がゲームなんてしていたらお嫁にいけないわよ、といつも小言を言われていたっけ。

 中学に入ってから、私は小説を読むようになりました。そうすれば、お淑やかな女の子に見られるんじゃない? とお兄ちゃんからのアドバイスでした。でも実際に読んでいるのはライトノベル。

 私はゲームの世界を小説にしたようなライトノベルにはまっていきました。最初こそゲーム設定のものばかり読んでいたけれど、徐々にいろんなジャンルのライトノベルを読んでいきました。そして私の妄想が始まったのです。

 両親に心配をかけないためにも学校の勉強はちゃんとしましたし、テストも良い点数を取りました。

 学校では優等生と思われて、しかもいつも小説を読んでいる文学少女と思われていることも知っています。

 カモフラージュ用に本当の文学小説を常に持っている私に隙はありません。


 私の頭の中は妄想でいっぱいでした。ライトノベルの世界の中を主人公になりきったり、ヒロインになりきって主人公を自分の理想通りに動かしたり。

 逆ハーを満喫した後は、悲しい少女になってみたり。

 現実の男子に一切興味を持てなくなり、私は妄想の世界の中で恋をして満足していきました。

 

 自分でライトノベルを書き始めたのは高校に入学する直前からでした。

 一番最初に書いた小説のタイトルは「私は異世界で女神になった」

 神様にとある異世界を管理する女神に選ばれた私が、その世界のイケメン達にチートスキルを与えて好感度アップさせてイチャイチャラブラブする話しでした。

 私は妄想全開で毎晩小説を書きました。

 そして3ヶ月の執筆を経て、私は満を持して「小説家になれちゃうかも?!」のサイトに私の小説を投稿してみたのです。自信はありました。

 でも結果は散々。

 ポイントはお情けでポイントをくれた人の2ポイントだけ。

 感想欄にはたった1つの感想。


「自己満乙。女神が一番うざい」


 私はパソコンの前で泣きました。

 悔しかった、恥ずかしかった、情けなかった。

 それから小説を書くも、投稿することは出来なくなってしまいました。


「小説家になれちゃうかも?!」に投稿出来なくなった私ですが、今まで新人賞には3回応募しています。

 どれも1次落選ですけど。

 それでも今年の11月末締切りのCA文庫新人大賞で、今度こそ大賞! ……狙いの1次通過を目標に、日夜小説を書いている私です。


「いってきまーす」


 玄関を開けて外に出ると、もう7月に入りすっかり夏の陽気。

 今年はあまり雨の降らない梅雨だなと思っていたら、2週間近く天候が安定しない日が続いたりと、折りたたみ傘を手放せない日々が続いていましたが、これからは暑くなる一方でしょう。

 そしてもうすぐ夏休み。

 そう! 夏休み! 学生の特権の夏休みです!

 志望している大学は家から近い普通の大学なので、特に夏休みに猛勉強する必要はありません。思いっきり小説を書けるのです。

 早く夏休みにならないかな。

 去年の夏休みにやった、24時間耐久小説執筆レース(注:レースの相手は特にいません)は面白かったです。今年は倍の48時間耐久小説執筆レースにしようと思っています。


 学校での私は文学美女です。高校生になった私は少女から美女に変わったようです。

 男子が勝手にそう呼んでいるだけなので、私にとってはどうでもいいことですけどね。

 特にお母さん譲りの私の胸の膨らみを見てくる男子は多いです。

 まったく、視線が下に落ちれば胸を見ていることなんて即バレなことをどうして男子は分からないのでしょうか。馬鹿なのでしょうか。


 明るい声で挨拶をしながら、窓際の私の席に向かいます。

 他の人から嫌悪感を持たれるのは嫌です。

 挨拶はしっかりしないといけません。話しかけられたら愛想よく返事もします。


 完全無欠な優等生を演じる私に隙はありません。


 席に座ると小説を開き、妄想の世界に入っていきます。

 なんて有意義な時間の過ごし方なのでしょう。

 私の頭の中で繰り広げられる妄想の数々。ある時にはドラゴンと対峙しその圧倒的な力の前に絶望を頂き、ある時には可愛い精霊達と戯れながらキャッキャウフフしたり、またある時にはこの世で斬れないものはない刀を持ちばったばったと敵を斬り捨てていきます。

 私が至福の時を過ごしていると突然、私の妄想を止める声が聞こえてきました。


「おはよう」

「おはよう、宮代君」


 私の隣に座ったのは宮代大輔君。

 クラスでは影の薄いオタクな感じの男の子です。彼が私の隣になった時は、物静かな彼が隣りなら騒がしく無くて妄想に浸りやすいと喜んだものです。

 それなのに今日は珍しく挨拶してきました。いったいどうしたのでしょう?

 いつもなら挨拶なんてしないのに。


 違和感をすぐに消し去り、私は妄想の世界に再び入っていこうとしました。

 それなのに、また私の妄想を止める出来事が起きたのです。


 カキカキカキ


 隣で宮代君がノートに何か書き始めました。

 彼の成績は決して悪くありませんが、成績上位に入るほどでもなかったはずです。

 朝のホームルーム前に勉強するほど勉強家だったでしょうか?

 大学受験を目指して急に勉強を始めたとかかな……と思いチラッと宮代君を見たのです。


 そうチラッと……。


 彼はノートに何か書いています。それは学校の勉強のためではなく、大学受験のためでもなかったのです。

 チラリと見えたそのノートに彼は、小説のプロットのようなものを書いていたのです。

 それが見えた瞬間の私の顔を誰かに見られていないかと焦りました。

 きっと私は驚愕の表情を浮かべていたと思います。


 そして私はドキドキしていました。

 宮代君が小説を書いている? どんな小説? もしかしてライトノベル?

 もともとラノベは彼のような男の子向けの小説なのです。

 彼がラノベを呼んでいたり、ラノベを書いていたりしてもまったく不思議ではありません。

 宮代君はオタクっぽい感じもしていたし。


 宮代君は休憩中もずっとノートに向かって何かを書いていました。

 私はチラチラとそれを覗き見してしまいます。

 気になる……どんな小説なの? どんな設定なの? 白馬の王子様は登場する? イケメンいっぱい? それを独占しちゃうヒロインがいたりする?

 私の妄想は加速していきます。私がラノベを書いていることは、お兄ちゃんですら知らないことなので今まで現実世界の誰かとラノベの話しなんてしたことありませんでした。

 宮代君がもしラノベを書いているなら……話してみたいかも。

 で、でも私がラノベを書いているなんてこと知られるのも……文学美女で通っているのに。

 その時でした。


「大輔、お前今日1日何しているんだ?」

「ちょっと小説の設定を考えていてね」

「は? 小説? お前小説なんて書いていたっけ?」

「小説といっても、ライトノベルってやつだけどね。凝った表現とか描写とかなくても書けるから」

「へぇ~。どんな小説書こうとしているんだ?」


 宮代君の席に木野君がやってきて、2人で小説を話しはじめました。

 木野君ナイス!

 一度も話したことないけど、私の中で木野君に対する好感度が急上昇しました。

 宮代君が書いていたのがラノベと判明。しかも木野君にどんな小説なのか説明していくので、隣りで耳がピクピク動いてしまいそうなほど聞き耳を立てている私にもよく聞こえます。


 聞こえてきた宮代君の小説の内容はすごかった。

 私が考えられる設定よりも全然面白い設定だった。

 すごい……宮代君ってもしかしてすごいかもしれない?!


「なかなか面白そうな設定だな。小説書き終えたら俺にも見せてくれよ」

「いや、これは設定だけなんだ」

「は? 設定だけ考えて小説は書かないのかよ?」

「実際に長編小説書くのって大変なんだよ。いくらライトノベルといっても、やっぱり文章センスとかないとね……だからいつも設定ばかり考えて終わっちゃうんだ」

「もったいないな。おっと席戻るわ」


 担任の加藤先生が入ってきたところで木野君は自分の席に戻っていきました。

 ホームルームの間、加藤先生が何を話していたのか私の頭の中には何も残っていません。

 頭の中では、宮代君が小説の設定だけ書いているという事実がぐるぐる回っていました。

 設定だけ書いて小説は書かない。

 欲しい……その設定が、アイデアが欲しい。


 放課後、いつもならすぐに帰宅する私は、宮代君の後をついていくように帰宅しました。

 私と方角が一緒だったため、最初は怪しまれることもないと思っていたのですが……私の家はここを右に曲がります。でも宮代君は左に曲がっていきました。

 私は……左に曲がってしまいました。

 こ、これでは私がストーカーみたいになっている?!

 こっちに来ちゃって私どうするの? 宮代君に声をかけるの? なんて……宮代君ってラノベ書いているんだね、実は私も書いているんだ……話しちゃう? 私がラノベを書いているって宮代君に話しちゃうの?

 混乱状態の頭のまま宮代君の後をついていくと、彼は大きな書店に入っていきました。

 家じゃなくて書店を目指していたんだ?!

 通り過ぎても私の家の方角でもないし、私も宮代君の後についていくように書店に入っていきます。

 エスカーレーターで彼はどんどん上に、きっと8階のラノベを置いている階を目指しているんだ。このまま私も上がっていったら8階にいっちゃう。ど、どうしよう。


 私は4階の純文学の小説が置いてある階で降りてしまいました。

 はぁ……自分に溜息です。あのまま8階に上がって宮代君と偶然に出会った素振りをしてラノベの話をしていれば……彼とラノベ友達になれたかもしれないのに。

 カモフラージュ用の純文学の小説は既にあるので、特に買う気もないままフラフラと店内を見て回り、下りのエスカレーターに向かった時です。

 彼がエスカレーターに乗り、上からまさに降りてきたのでした。


「こ、こんにちは」

「こ、こんにちは。奇遇だね。えっと……安藤さんも本を買いにきたの?」

「え、ええ。特に何か買うつもりじゃなかったんだけど、ちょっとどんな小説があるかなって思って見に……宮代君は?」

「僕もちょっと本を買いに……で、でも安藤さんみたいな純文学じゃなくて、僕はその……漫画とか……ラノベとかだから、あはは」

「そ、そうなんだ……宮代君って……ラノベを書いているんだよね?」

「え?!」

「あ、えっと……今日、木野君と話しているの聞こえてきちゃったから……それに今日ずっとノートに何か書いていたから何してるのかな~って気になっちゃって」

「あ、あはは。き、聞こえていたよね。そうなんだ。僕ラノベが好きで、自分で設定を考えたりちょっと書いてみたり……でも才能全然ないから駄目なんだよね」

「そ、そんなことないよ! 今日木野君と話していた小説の設定すごく面白そうだったよ!」

「……本当?」

「え、あっ……そ、その……わ、私にはとても思いつかないような設定だったから……すごいなって思って」

「……本当に?」

「ほ、本当だよ! そ、そのね……え、えっと……あっ」


 私はようやく自分達が周りから注目されて煩いと思われいることに気づきました。


「み、宮代君時間ある? 近くのファミレスにでも行かない?」

「……行きます」


 私は宮代君を誘って書店のすぐ隣にあったファミレスに向かいました。

 ファミレスのドアを開けると店員さんがやってきます。


「2名様ですね?」

「は、はい」


 私と宮代君を見て、当然に2名と聞いてくる店員さん。外から見れば付き合ってるカップルに見られている?! そう思うと顔が赤くなるんじゃないかと思うぐらい恥ずかしくなってきました。私は急いで禁煙の一番奥の席に向かいます。


「ドリンクバーを2つお願いします」

「かしこまりました。ドリンクバーはあちらになりますのでご自由にお取りになって下さい」

「……安藤さん何飲む? 僕が取ってくるよ。」

「それじゃ……緑茶で……」


 彼はドリンクバーを取りに行ってくれます。男子と二人でファミレスに入るなんてお兄ちゃん以外とは初めてな私は、その優しさだけで彼がいつもより2倍はかっこよく見えました。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 彼も緑茶でした。透明なコップに注がれた緑茶を飲みながら沈黙が流れます。

 私が誘ったんだから、私から話を始めないといけないよね。

 話そう、話すのよ香奈! ラノベを書いているって宮代君に話すのよ!


「安藤さんって……」


 私が心の自分を励ましていると、彼から話しかけてきました。先制パンチです。ずるいです。


「は、はい!」

「あ、いや、その……安藤さんって、もしかしてラノベとか読むの?」


 胸がきゅ~っと締め付けられます。ドキドキします。言われちゃった。先に言われちゃった。


「う、うん……読む……よ。私ラノベも読むんだ。……お、驚いた?」

「え? いや、その……正直言うとちょっと驚いたけど、でも最近のラノベは本当に面白いし、文章や表現も豊かな作家さんもたくさんいるから。安藤さんが読んでいてもおかしいとは思わないよ」

「ほ、本当?」

「うん、本当」


 締め付けられていた胸が急に解放されたように軽くなります。そして温かくなってきます。ドキドキしていることに変わりはないけど、嫌な鼓動じゃない。嬉しい鼓動。ワクワクしている。これから宮代君とラノベのことを話せると思うと嬉しくてワクワクしている!


「あ、あのね、実は私ね、ラノベを初めて読んだのが……」



 私達は時間が過ぎるのも忘れて、たくさんお話しました。

 私が大好きなラノベを彼も大好きだった。

 彼が尊敬するラノベ作家は、私が尊敬する作家だった。

 私がとあるラノベのつまらない点を偉そうに批評したら、彼も同調してくれた。同調するだけじゃなくて彼はさらに、なぜつまらないのかを分析して自分なりの意見も言ってくれた。

 宮代大輔君はすごい人だった。

 彼は本当にラノベのことが大好き。私に負けないぐらい大好き。

 そんな彼と友達になれて嬉しかった。もっといろいろ話したいと思った。

 でも彼が時計を気にして、私達の時間は終わった。


「あっ! やば! もうこんな時間だよ」

「本当だ……あっという間だったね」

「う、うん。安藤さんとラノベの話ができてメチャメチャ楽しい! もっと話していたいけど、帰らないといけないよね」

「そうだね……とりあえず出ようか」


 彼はすぐに伝票を取りました。

 私が誘ったんだから私が払うといったけど、彼は聞いてくれませんでした。

 男の甲斐性らしいです……なんだか可愛いなって思いました。

 彼は、私が左に曲がってしまった角まで送ってくれました。


「また、ラノベのこと話したいな。あ、もちろん学校では一切話しかけないから心配しないでね!」

「くすくす。うん、私も話したい。もっとラノベのこと……それに私のことや、宮代君のことも聞きたいな」

「ぼ、僕のこと?」

「そう。宮代君のこと。だめ?」

「だ、だめじゃないです! え、えっと……その……」


 彼は急に慌て始めました。宮代君のことを聞きたいと言ったら。あれ? これってなんだか告白している? え? いま私告白したことになった? ち、違うよ。そうじゃないの。 ラノベを好きな宮代君がどんな人なのか興味があっただけで……えっと、それはつまり……あれ? やっぱり宮代君に興味があるってことは、つまりはその……ええ?!

 逆に私が混乱状態になってしまい、沈黙が流れてしまいます。


「あ、安藤さんにだけ……僕の、本当の僕のことを聞いて欲しいんです!」


 あ、やばいこれ、告白タイムきちゃいました? え? しちゃうの? ここで告白しちゃうの? いや、その……初めてのラノベ友達ゲットに私すごく浮かれていたけど、でもそれはその……絶対嫌ってことじゃないけど、でももっとお互いのことを知って、もっとゆっくりというかその……。

 宮代君からの告白の言葉を待つ私に、彼が言いました。


「ぼ、僕は……女神様の力で実はパソコンになることが出来るんだ!」


 私が初めてファミレスに誘った男子は馬鹿でした。



第2章 やっぱり馬鹿



 ファミレスに行った日から3週間。今日は1学期終わりの日です。ホームルームを終えると私はすぐに帰宅します。


「ただいま~」

「おかえり香奈。今日も勉強に行くの?」

「うん、ご飯食べたらすぐに勉強しに行ってくるね!」

「はいはい。あんまり無理したらだめだからね」


 お母さんの美味しい晩御飯を食べ終えると、私はノートPCと各種装備を整えていざ出陣!

 敵はファミレスにあり! ……なんてね。


「やっほー」

「やあ」


 いつもの席に大輔君が座って待っています。あの日から私達はこのファミレスで会って、ラノベ創作活動をしているのです。勝手にラノベ部を作ったのです。


「ドリンクバー追加お願いします」

「いちごパフェください」

「おいおい、太るよ?」

「大丈夫。大輔君のおごりのパフェは太らないから」

「いや太るって。間違いなく安藤さんの肉となっていきますよ」

「はいはい。それで昨日の夜書いたのどうだった?」

「うん。だいぶ良くなっていると思う。それにしても、昨日の夜にこれだけ書くって……いったい何時まで起きてたの?」

「昨日寝たのは4時かな?」

「うわ。睡眠3時間ぐらいしかないじゃん。美容にも悪いよ。お肌荒れちゃうよ」

「大丈夫。お母さん譲りの美肌はそうそう荒れないの」

「若いころの無理が、将来のしわに……」

「おじさんみたいなこと言ってないで、それでどこを直したらいい?」

「えっとね、このページのここなんだけど……」


 大輔君は私のことを安藤さんと呼びます。香奈さんと呼ぶのは恥ずかしいそうです。

 あの日、大輔君から衝撃の告白を受けた日。

 告白といっても愛の告白ではなく、大輔君が女神様の力でパソコンになれるという告白。

 大輔君は中二病全開の馬鹿だと思いました。こんな人本当にいるんだと。

 でも、今は信じています。

 彼が女神様からチートスキルをもらいパソコンになれることを!

 初めて大輔君とラノベの話をした時に、既に彼はすごいと思っていました。

 でもそれは彼のすごさの片鱗に過ぎませんでした。

 彼のラノベ分析能力、あらゆるジャンルのあらゆる小説を的確に分析。

 さらには文章の構成、表現の仕方、語彙の取捨選択。全てを分析して私にアドバイスをくれる彼の能力を見たら、パソコンになれるという話は真実だと思いました。

 そうでなければ、彼の能力の説明がつきません。

 今も、昨日の夜に書いた部分を適格に分析して修正してくれます。

 そして最近の売れるラノベから分析した傾向と対策によって、私の小説は日々進化していくのです。

 私は歓喜しました。大輔君がいてくれたら、私の新人賞の大賞受賞も間違いありません!

 女神様ありがとう。彼にチートスキルを与えてくれてありがとう。


「ところで、夏休みの間はどうする?」

「う~ん、勉強はそこそこで大丈夫だから、やっぱり小説の創作活動に時間を割きたいな」

「そっか。僕も勉強は問題ないから、安藤さんのこと手伝えると思うよ」

「え?!」

「なにか?」

「え、えっと……大輔君ってその……そんなに成績良かったっけ?」

「カチーン! いまカチーンときましたよ! ……安藤さんに比べたら全然駄目だけどね。でも志望している大学はそんなに難しい大学じゃないから」

「そっか。女神様のチートスキルの制限がなかったら、大輔君って東大合格間違いなしだよね」

「まったくだ。女神様ももうちょっと融通をきかせてくれてもいいのに」

「贅沢言わないの。私にとっては素晴らしいチートスキルなんだから」

「はいはい」


 大輔君が女神様からもらったチートスキル「パソコンになれる」という能力は万能ではない。

 能力に制限があるのだ。


1.パソコンになれるのは夜の22時から24時までの2時間だけ。

2.パソコンになっている姿を誰かに見られたら能力は失われる。

3.ラノベに関する検索分析のみ行える。その他の能力はない。


 つまりスーパーハッカーになって、どこかの銀行口座からお金を移動させちゃうとか、大学入試問題を検索分析して頭が良くなるとか、そういう使い方は出来ない能力だったのでした。

 世の中そうそう上手い話はないってことですね。


「どっかの木の棒みたいに無限魔力とかあって好き勝手出来たらな~」

「あんな底の浅い小説の話はいいから、私達の小説を分析しましょう」

「はいはい。あ~それで、結局夏休みは小説の創作活動するにして、この時間にここで会う?」

「そうね……本当は一緒に書きたいけど、ドリンクバーだけで一日中この席を占領するのも気が引けるものね」

「パフェ注文していますよお嬢様」

「キニシナイ。ワタシノサイフイタクナイ。ダカラキニシナイ」

「素敵な棒読みですね」


 彼がドリンクのコップを持つタイミングを見計らって言ってみた。


「家に来る?」

「ぶはっ!」


 彼の口からジュースが吹き出る。


「くすくす。ちょっと~大事な設定資料が濡れちゃうじゃない」

「ごほっごほっ……ご、ごめん」


 おしぼりで濡れたテーブルを軽く拭いていきます。


「えっと……家に来るって聞いたの。あ、勘違いしないでね。お母さんが家にいるから2人きりなんてならないからね」

「……残念」

「なにか?」

「いえいえいえいえ、なんでもございません。でも本当にいいの? 安藤さんの部屋に行っても……」

「お母さんには話したの……私がライトノベル書いていること」

「え?!」

「そしたらね「あらお母さん知ってたわよ」だって。もう緊張して損しちゃった。私が学校行っている間に部屋の掃除をしていたら、書いた小説でプリントアウトしていたのを見たんだって」

「そ、そうだったんだ。それはその……よかったね、でいいのかな?」

「うん。私が夜遅くまで勉強しているのを見て、あんなに情熱を注げることなら精一杯やりなさいだって。でもお父さんには内緒にした方がいいって。お父さん頭固いから」

「そっか……本当によかったね」

「うん! あ、ごめん……」

「あ、いや、いいんだ! 僕の方は能力の制限のこともあるから、絶対に言えないし。仕方のないことだよ」

「う、うん」

「え、えっと、あっ、この設定資料なんだけど、ここの部分をこうした方が……」


 私は大輔君と友達になれて、毎日がどんどん楽しくなっていく。

 お母さんも私のことを応援してくれている。

 でも彼はラノベのこと、能力のことを誰かに言うことは出来ません。

 ううん、違う。私には話せる。大輔君が能力のことを含めて話せるのは私だけ。

 大輔君が能力を使ってくれてまで私のことをサポートしてくれている。

 絶対に新人大賞を受賞しなくちゃ!


「お会計お願いします」


 大輔君がいつものようにお会計を済まします。

 そして外で待っている私のところまでやってきます。


「はい、これは今日のアルバイト料です」

「まいどあり~」


 私はアルバイト料という名目でお会計の半分を彼に渡します。

 彼は全部自分が払うって言ってきたけど、それだと私の心が重くなっちゃうからといって納得させました。

 ま、私も彼も自分のお金じゃなくて、すねかじりのお小遣いですけどね。

 いつもの角まで彼は見送ってくれます。


「明日の朝10時にね」

「は、はい。なんだか緊張するな」

「お母さんは優しいから大丈夫よ」

「……万が一お父さんに見つかったら?」


 私は親指で首を跳ねる仕草をしてみせます。


「ヒィィィィィ」

「くすくす。大丈夫よ。明日待ってるね」

「うん。あんまり夜遅くまで無理しないでね」

「小説家は体力勝負ですから!」

「確かに……それじゃ」

「うん、明日ね……」


 大輔君に角まで見送ってもらうのが当たり前になっています。

 そして彼とこの角でお別れするのが、どんどん嫌になっています。


 恋……してるのかな私。

 これが恋愛感情なのか、私には分かりませんでした。

 でも大輔君と一緒にいると楽しいし、何より自分の小説がどんどん上手くなって成長していくのが嬉しかった。

 お母さんにラノベを書いていることを打ち明けたのも、夏休みの間、彼を自宅に呼びたかったから。おかげでお母さんという強い味方を得ることにも成功しちゃったし!


 満月の光に照らされる帰り道。

 どんなに綺麗なお花よりも、今の私に見える道は色彩豊かで光り輝いて見えました。


 明日彼が私の部屋に来る。

 心躍らせながら私は家に帰ります。




「うっし。やるか!」


 21時58分。

 パソコンになった時の分析能力をさらに上げてくれるアイテムの錠剤とドリンク剤を飲んで、僕は気合を入れる。

 明日までに今日打ち合わせしたところを徹底的に見つめなおし、分析して明日に備えないと。

 明日は、安藤さんの家に……あの安藤さんの家に!

 あ、やばい。考えただけで鼻血出そう。

 あ~~~明日が楽しみで仕方ない!




「香奈。ちょっと落ち着きなさい」

「べ、別に慌ててないわよ」

「はいはい。まったくクラスのお友達を部屋に呼んだぐらいで、そんなにあたふたしちゃって」

「……そういうお母さんこそ、今日はなんでそんなに化粧しているのよ」

「これは~いつもこのぐらいよ」

「嘘! いつもはもっと簡単じゃないの!」


 ピンポ~ン


「はぅ! き、きちゃった!」

「はいはい。焦らず玄関を開けてあげてね」


 私は緊張しながら玄関のドアを開けます。

 ドアを開けると、当然そこには彼……宮代大輔君が立っていました。


「お、おはよう」

「お、お、おはよう……宮代君」


 お母さんに聞こえていると思うと、彼のことを宮代君と呼んでしまいます。


「ど、どうぞ中に入って……」

「お、お邪魔します」


 彼も緊張しながら入ってきます。綺麗に片付けられた玄関。うん、大丈夫なはず。


「靴は適当でいいからね」

「う、うん」


 綺麗に靴を並べる大輔君。素振りがぎこちないです。

 まずはリビングに案内すると。


「始めまして、大輔君。香奈の母の香織です。あら~聞いていたよりもずっと良い男の子じゃない。私のことは香織って呼んでね」


 私が緊張して宮代君って呼んだのに、どうしてお母さんが下の名前で彼を呼ぶのよ!

 そして、どうして私も呼ばれたことのない下の名前で彼がお母さんのことを呼ぶように言うのよ!


「は、始めまして宮代大輔です。え、えっと……か、香織さん、よろしくお願いします」

「礼儀正しいわね~。お母さん大輔ちゃんに惚れちゃいそうだわ」

「うへ?!」


 呼んじゃったし! 香織さんって下の名前で呼んじゃってるし!

 もう! 大輔君もお母さんのことみてデレデレじゃない! あ~もう! 視線が落ちてる! お母さんの胸見てる! ばればれなのよ! お母さんの方が私より大きいけど!


「はいはい。お母さんもそのぐらいにしてよね。私達部屋で勉強しているから、邪魔しないでね」

「はいはい~。大輔ちゃん、香奈が書いていて暇になったらいつでも下に遊びに来てね~」

「うへ?! は、はい?」

「はいじゃない! もう行くわよ!」


 私は彼を連れてそそくさと自分の部屋に向かいました。

 事前に部屋は綺麗にしてあるので何も問題無しです。


「まったく。大輔君もお母さんには気を付けてね。ああ見えてお茶目なところがあって、すぐにふさげたこと言ってくるから」

「う、うん」


 彼のために用意しておいたテーブルと座布団。テーブルには既にジュースとお菓子が置いてあります。

 私は昨日の夜に書いた分を彼に見せます。


「ふむふむ。OK。安藤さんは続き書いててね。これ読んで分析するから」

「……香奈」

「ん?」

「お母さんは下の名前で、私は苗字なの?」

「……え、えっと、その……か、香奈さん」

「香奈」

「うへ?!」

「私も今から大輔って呼び捨てにするから、香奈って呼び捨てにして」

「……」

「……」

「か、か、……香奈。小説の続きを、その……」

「うん。大輔の分析を終わったら呼んでね」


 私はパソコンに向かって小説を書き始めます。

 大輔に背中を向けられる位置でよかった。いま顔を見られたら、きっと真っ赤になってる。


 私達は夏休みの間、ずっと小説の創作活動をしていました。

 毎朝10時に大輔が家に来て、夕方16時に大輔は家に帰ります。

 それからお互い家で晩御飯を食べ終えたら、だいたい夜19時半にファミレスで会ってまた打合せと創作活動。

 真剣にラノベを向き合い話し合い時には意見をぶつけあい、ふざけた冗談を言い合って某ラノベネタを絡ませて笑いあったり。

 学校のことを話したり、昔の思い出を話し合ったり。

 素敵な夏休みを私は過ごしていました。


「いまレベルいくつなの?」

「72だよ」

「すごい上がっているね。よいぞよいぞ。レベルよ~どんどん上がれ~」

「ははは」


 大輔はパソコンになっている時にレベルが存在しているらしいです。

 レベルが上がると各種能力やHPとMPが増えて、さらに高度で高速な検索分析が出来るとか。本当に大輔は頼もしいパートナーです。


 そんな素晴らしい夏休みのある日、事件が起きてしまいました。

 午後15時。


「ただいま~」


 お父さん突然の帰宅。その声を聞いた瞬間、私は凍りつきました。なぜなら玄関には大輔の靴が……。


「おかえりなさい。突然どうしたの?」

「ああ、急に仕事のスケジュールが変更されてね。やることが無くなったから早退してきたよ」

「そうでしたの」

「香奈はいるのかい?」

「ええ、香奈~。お父さん帰ってきたわよ」


 私は地獄に行く気分で部屋のドアを開けます。

 ちなみに、私の部屋は2階にあります。階段を下りていくと。


「お父さんお帰りなさい」

「ただいま。夏休みの間ずっと部屋で勉強ばかりして大丈夫か?」


 そこには天使(お母さん)が大輔の靴を隠してくれていました。

 後で聞いたら玄関を開ける音が聞こえたから、光の速さで飛んでいって大輔の靴を隠してくれたとか。

 お母さんありがとう。ファインプレイです!


 お父さんはリビングでくつろぐようです。うちはリビングから玄関が丸見えなので、これだと大輔が外に出られない。私は急いで部屋に戻ります。


「ど、ど、ど、どうしよう」

「落ち着いて。お母さんが大輔の靴を隠してくれたから、まだばれていないわ。落ち着いてこの危機を乗り越えましょう」

「う、うん」

「知っての通り、うちのリビングから玄関は丸見えなので、リビングでお父さんがくつろいでいる間は外に出られないわ。だから私の部屋でじっとしていてね」

「う、うん」

「2階の窓から飛び降りれなくもないけど、それは最終手段にしましょう」

「う、うん」

「万が一、お父さんが私の部屋にやってくるようなことがあったら……」


 その時、誰かが階段を上がってくる音が聞こえます。

 私は大輔をクローゼットの中に押し込みます。


「喋らないでね」


 コンコンコン……ドアをノックする音。


「香奈。お母さんよ」


 はぁ~……一気に緊張が解けます。とりあえず大輔をクローゼットの中に押し込んだまま、お母さんを部屋に入れます。


「お母さん、どうしよう」

「落ち着いて。お母さんのファインプレイで大輔君の靴は隠せたから、まだお父さんにばれていないわ。落ち着いてこの危機を乗り越えましょうね」

「う、うん」

「知っての通り、うちのリビングから玄関は丸見えだから、リビングでお父さんがくつろいでいる間は外に出られないわ。香奈の部屋でじっとさせていてね」

「う、うん」

「2階の窓から飛び降りるという選択もあるけど、それは最終手段にしましょう。大輔君が怪我でもしたら大変だから」

「う、うん」

「ところで大輔君は?」

「あ、あそこ」


 私はクローゼットの中を指さします。


「そうね。そこに隠れてもらうのが一番いいわね。万が一、お父さんが香奈の部屋にやってくるようなことがあったら……」


 その時、誰かが階段を上がってくる音が聞こえます。

 誰かって、もうお父さんしかいません!



 コンコンコンコン……「おーい、母さんと香奈いるのかい?」

「ええ」


 お母さんがドアを開けてお父さんを部屋に入れます。


「2人して何をしているんだ?」

「ちょっと母と娘の秘密の会話ですよ」

「ふ~ん。ん? なんだ母さん、香奈の部屋でくつろいでいたのか? 香奈も大学受験が余裕だからといって、娘の部屋でお菓子食べながら過ごすのはどうかと思うぞ」

「ご、ごめんなさいあなた。ついつい……せっかくの夏休みで香奈が家にいてくれるからお話したくて。いまお父さんにばれないようにお菓子を片づけようとしていたところだったのよ。でもばれちゃったわね」

「まったく。香奈も勉強ばかりしていないで、たまには外で遊んできなさい」

「は、はい」

「お母さんのお菓子とジュースは下げておくわね。はいはいあなた。年頃の娘の部屋に長くいるのはいけませんよ」

「母さんはずっといたじゃないか」

「女同士はいいんです」

「はいはい」


 お母さんがお父さんを連れてリビングに行ってくれます。

 私の背中は冷や汗でぐっしょり濡れていました。

 部屋の鍵を閉めてクローゼットを開けてます。


「もう大丈夫よ……って大輔すごい汗?!」

「ははは……し、死ぬかと思った……ここ暑すぎ」


 クローゼットの中で大輔は蒸し風呂に入ったかのような汗をかいていました。


「た、大変。え、えっとタオル持ってくるから……待ってて」


 私は急ぐ心を押させて、いつも通りの歩みでお風呂場にいくと畳んでおいてあるバスタオルを2枚とフェイスタオルを2枚持って部屋に戻ります。


「大丈夫?」

「死ぬ……マジで死ぬ……」


 滝のような汗をかいている大輔の顔をふいてあげます。


「ジュ、ジュースは?」

「あっ……」


 大輔のジュースはお母さんが持っていっていました。

 リビングにいってもう1つジュースを持ってくればいいけど、すごい汗をかいてジュースを飲みたがっていた大輔を見て、私は自分のジュースを渡しました。


「こ、これ飲んで」

「うん」


 大輔はコップを受け取ると迷うことなく一気に飲んでいきます。

 喉……乾いていたよね。あんなクローゼットの中に閉じ込められたら。

 私はこんな危機的状況なのに、胸がドキドキしてきました。

 あれ? 危機的状況だからドキドキしているのかな? えっと……危機……なのかな? これは?


 私は冷房を強にして真冬並みに部屋を冷たくします。

 でも汗をかいた大輔のTシャツや身体をそのままに部屋を冷たくしたら、風邪を引いちゃう。

 拭いて……あげないと。

 ち、違う。私が拭くんじゃなくて、大輔が自分で自分の身体を拭かないと。


「だ、大輔。私後ろ向いているから、このバスタオルで身体拭いて」

「う、うん」


 大輔に背を向けた私。

 後ろでごそごそと服を脱ぐ音がします。

 きっと……パンツまで汗びっしょりだよね。

 

「ちゃんと後ろ向いているから、その……ちゃんと身体拭くんだよ」

「う、うん」


 カチャカチャとベルトを取る音が聞こえます。

 す、すごく……ドキドキしちゃう。

 ラノベだとここでなにかハプニングが起こって、私が彼の全裸を見ちゃったりとか……ふ、2人でクローゼットの中に隠れる展開はどうだろう? でも私が隠れる意味が分からない。 いったいどんな設定なら、私も一緒にクローゼットの中に隠れることが出来るのだろう……って私は何を妄想しているの?!


 そんな妄想をしていると、また誰かが階段を上がってくる音が聞こえます。

 私は一瞬で振り返ってしまいました。

 そこには……。


 1つも鍛えられていない現代の草食系を表しているかのような華奢な身体。

 日光を浴びることなく光合成を必要としない真っ白な肌は、美肌というよりも不健康そのもの。

 ギリギリセーフでズボンをはいてベルトを、いままさにしめようとしている1人の男性。


 彼を私はこう呼ぶ。

 オタクな高校生代表、宮代大輔と!


 違う! 今はそんな妄想じゃなくて、私が振り返ったことで固まっている大輔をまたクローゼットに入れないと!

 私は固まる大輔をクローゼットに押し込みます。大輔のTシャツを掴むと汗でぐっしょり濡れていました。


 コンコンコンコン……「香奈~入るぞ」


 お父さん! 危なかった! クローゼットに入れてよかった!


「ま、待って。いま鍵を開けるから」


 部屋の鍵を開けるとお父さんが入ってきます。


「香奈、前にお父さんのUSBメモリを……ってなんて部屋なんだ! まったく部屋に籠ってしかもこんなに冷房がきいた部屋にいたら身体が悪くなるぞ! すぐに冷房を切りなさい!」


 お父さんはエアコンのリモコンを見つけると問答無用でスイッチを切ってしまいました。


「あっ!……え、えっとその……」

「香奈。お父さんは香奈が頑張って勉強してくれることは嬉しいけど、同時に子供は子供らしく、外で遊んでくれることも望んでいるからな。まったく……窓を開けるぞ!」


 今度は問答無用で窓をあけられます。むわっとした空気が部屋に流れてきます。


「窓を開けて、新鮮な空気を部屋にいれないとだめだ。しばらくこれで過ごしなさい。扇風機を回せばいいだろう」


 そして問答無用で扇風機を回すお父さん。


「リモコンはお父さんが預かっておくからな。えっと、前にお父さんのUSBメモリを持っていっただろ? あれを返してくれないか?」

「USBメモリ……あっ! え、えっと…ちょ、ちょっと探すね」


 私はUSBメモリを探す振りをします。だってどんなに探しても見つかるわけありません。

 そのUSBメモリはいま……大輔が持っているから。

 私の書いた小説のデータをUSBメモリに入れて大輔に渡していたのです。大輔が設定資料とかをUSBメモリに入れてくれたりもしていたのです。


「え、えっと、どこにしまったかな」

「なんだ無くしたのか?」

「無くしてはないんだけど……え、えっと、探して持っていくからお父さんリビングで待ってて」

「ふむ。香奈。最近本当に勉強を頑張っている香奈の姿を見てお父さんとお母さんは喜んでいたんだ。でもやっぱり勉強ばかりしていると、精神状態が……」


 お父さんの長い話が始まってしまいました。可愛い娘の私を想って、あの頭の固いお父さんが外で遊ぶことの重要性を説いています。お父さんすごく嬉しい。嬉しいんだけど、いまは違うのよ! 違うの! 分かってお父さん! マイダディ! 早くリビングに戻って欲しいの!


 約10分弱、お父さんの話は続きました。

 そしてエアコンのリモコンを持ってリビングに戻っていきます。

 10分近く窓開けたんだからもうよくない? と私は思いましたが、1秒でも早くお父さんに出ていって欲しかったので何もいいませんでした。

 私は棺桶を開ける気分で、クローゼットを開けます。


「だ、大輔? 生きてる?」

「う、うん……生きてるよ……たぶん」

「ご、ごめんね。本当にごめんね」


 大輔は今にも死にそうな顔をしていました。

 さっき拭いたのに、また汗でぐっしょり。

 とにかくクローゼットを出て、扇風機の風を大輔に送ります。

 大輔はもう、私の前で上半身裸でいることに何の遠慮もありません。

 扇風機の前で、不健康な華奢な身体を全開で見せてきます。


「大輔ちゃんと食べてる? そんなに華奢な身体で大丈夫?」

「食べてるよ……この30分ほどでかなり体重落ちただろうけど」

「ご、ごめん。冷たい飲み物取ってくるから待っててね」


 結局その日、お父さんが早めの風呂に入ると夜20時頃にお風呂に入るまで、大輔は私の部屋で隠れ続けました。

 途中、トイレに行きたいと、どうしても我慢出来ないと言ったので、お父さんが1階のトイレに行ったタイミングで大輔も2階のトイレに行くように指示をして難を逃れました。

 私とお母さんのアイコンタクトに隙はありません。

 お父さんがお風呂に入ると、大輔は逃げるように家を出ていきました。

 大輔が家を出られて、ようやく一安心。私もお風呂に入ります。

 今日はファミレスでの打合せは無しにしたので、寝間着のパジャマをクローゼットから取ろうと開けてみると、大輔を押しこんだ場所に私の下着が散乱していることに気付きました。

 ……私がちゃんと畳んでなかった? それとも……。

 

 私は顔を真っ赤にしながらお風呂に入ったのでした。


 次の日からは通常通り。

 朝10時に大輔は家にきます。そして夕方16時に帰ります。

 お父さんがあんなに早く帰ってくることなんて10年に1度あるかないかです。

 でも念のため、靴はビニール袋に入れて部屋に持っていくことになりました。


 そして夏休み最後の日。

 今日も私の部屋で小説の創作活動です。

 時刻は夕方の15時55分。

 最後なので、私はあのことを大輔に聞いてみました。


「ねぇ大輔。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「ん? なに?」

「あの時さ……」


 大輔は私に土下座で謝りました。

 取ったわけじゃなく、私も畳んでなくてそのまま置いてあったらしいけど。

 でもやっぱり男の子……ううん、大輔ってやっぱり馬鹿。



最終章 本当に馬鹿



「ただいま」


 夜21時半帰宅。夜22時から僕がパソコンになれるから、それに合わせてファミレスから帰る。


「おかえり大輔」


 母さんが迎えてくれた。


「今日も勉強?」

「うん」

「大輔……最近頑張っているけど、その……ちょっと頑張り過ぎじゃない? 大輔の志望大学ならそんなに勉強しなくても……勉強することを悪いって言ってるんじゃないの。ただ……お母さんちょっと心配で」

「大丈夫だよ、母さん。ありがとう」


 それだけ言うと僕は部屋に戻る。すぐにシャワーだけ浴びて、パソコンの前に座る。

 時刻は夜21時58分。


「うっし。やるか!」


 母さん大丈夫だよ。俺はパソコンになれるんだ。


「ごくごく」


 検索分析能力アップアイテムを飲む。


 僕はパソコンなんだ。彼女のための、女神様がくれた僕の能力。


「後3ヶ月」


 彼女が目指しているCA文庫新人大賞の締切りは11月末。

 後3ヶ月。やれる。やれるはずだ。

 僕の能力で、彼女に絶対に新人大賞を獲らせてみせる!




 夏休みが終わり、CA文庫新人大賞まで後3ヶ月。

 私と大輔の創作活動もラストスパートです。

 2学期が始まると、私は学校でも大輔に話しかけるようになりました。

 大きな声で話すことは出来ないけど、小声で話したり、何かを打合せしている姿を友達に目撃されると、私達のことはあっという間に噂になりました。


「香奈ちゃんって宮代君と付き合ってるの?」


 大輔がいない時に友達から何度も聞かれました。その度に私はこう答えました。


「まだ付き合ってないですよ」


 彼と噂になっていること、私は嫌じゃなかったです。

 彼はどう思っているのかな……。



 時はあっという間に過ぎていきました。


 平成25年11月28日


「完成だね」

「完成だ」


 私達はファミレスで小説を書き終えました。

 CA文庫新人大賞はUSBメモリで送ることが出来るので、後はこれを明日郵送するだけです。


「ドキドキするな~。1次通過できるかな~」

「1次通過は余裕だよ。僕と香奈で作った小説だよ? 大賞間違い無しでしょ!」

「大輔は初めての応募だからそんなこと言えるの。はぁ……3回も1次落ちしている私は現実の厳しさを知っているのよ」

「まぁ、夢は大きく!」

「そうだね。……大輔本当にありがとう。大輔の助けがなかったら、きっとこんなに素敵な小説書くことなんて出来なかったと思う」

「そんなことないよ。香奈の文章の才能はやっぱりすごい。今まではちょっと売れるラノベの傾向から外れていただけ。傾向さえ掴めればこのぐらいの小説は書けていたと思うよ」

「そ、そうかな。大輔にそう言ってもらえるだけで、努力が報われたような気がする」

「おいおい。努力が報われる時は、大賞獲ってプロ作家としてデビューした時だろ?」

「違うよ。プロ作家デビューしてデビュー作が100万部売れた時よ!」

「おいおい。急に強気になったな」

「くすくす」


 幸せな時間。

 大輔と一緒にいる時間が幸せ。

 世界が綺麗に見えるの、大輔と一緒だと。


「さてと、そろそろ帰ろうか」

「え、もう?」

「ああ、今日もパソコンになって、偉大なる小説家安藤香奈の次回作を考えないといけないからな」

「よろしくね~」


 一緒にいたい。

 大輔と離れると世界は色を失うの。

 大輔の声がなくなると、胸が切なくなるの。


「お会計お願いします」


 外でお家計をしている大輔を待つ。

 いつものように。


「はい、これは今日のアルバイト料ね」

「まいどあり~。売れたら時給って上がるの?」

「そう簡単には上がらないからね~」

「うひゃ~。厳しい先生だ」


 いつもの角まで、2人で。

 大輔気付いてる? あの角まで歩く速度が、少しずつ遅くなっているの。

 一緒にいたいから、大輔の声を聞いていたいから。

 もっと一緒にいたい。ずっと一緒にいたい。大輔と。


「また明日」

「うん、また明日ね」


 いつもの場所でいつもの言葉。

 嫌だよ、もっと大輔の声が聞きたいよ。


「あ、あのね大輔……」

「あ、あのな香奈……」


 同時に声が出る。


「ご、ごめん何?」

「え、えっと……大輔からでいいよ」


 聞かせて君の声を、君の心を。


「か、香奈にずっと言おうと思っていたことがあるんだ」

「う、うん」

「あの……実は……そ、その……あの……」

「う、うん」


 落ち着いて。私は逃げないよ。私はここにいるよ。


「すーはーすーはー……実は、昨日レベルが99になったんだ!」

「……」

「……」

「お、おめでとう」

「あ、ありがとう」

「え、えっと、その……私が言おうとしたのは、次回作も一緒に頑張ろうって言おうとしてたの」

「そ、そっか」

「うん、また明日」

「また……明日」


 本当に馬鹿!

 馬鹿! バカ! ばか!


 言おうとした言葉、本当は違うくせに! いくじなし!

 顔見れば分かるよ。もう私だって期待していた顔だったはずなのに!

 大輔のいくじない! 馬鹿!




 本当の馬鹿は私。

 何も分かっていなかったのは私。



 平成25年11月30日



 あの日から大輔は学校を休みました。

 担任の加藤先生からは風邪で数日休むとホームルームでみんなに伝えられました。

 みんなにとって、数日大輔がいないことなんて何とも思わないことでしょう。

 でも私にとってその数日は地獄のような時間でした。

 何より、メールを送っても返信がないのです。どうして返信くれないの?

 ……私のこと嫌いになった?

 1人で考えると不安ばかりが膨らみます。大輔が私を嫌っている素振りなんて全然無かったのに。それでも一人で考えると悪いことばかり頭に浮かんできます。


 私の足は自然と大輔の家に向かっていました。

 ちょっとお見舞いするだけ。昨日と今日のノートの写しを渡すだけ。

 それぐらいなら何も問題ないはず、大輔の両親に会っても同じクラスの優しい友達がノートの写しを持ってきてくれたぐらい……か、可愛い友達がノートを……もしかして大輔の恋人かしら? とか思われちゃったらどうしよう?!

 そんな妄想をしていたら、あっという間に大輔の家の前にきちゃいました。

 ど、どしよう……どうしようってチャイム鳴らすしかないですよね。


 ピンポ~ン


 玄関が開くと、大輔のお母さんが出てきてくれました。


「こ、こんにちは。私、大……宮代君と同じクラスの安藤香奈といいます。え、えっと宮代君が風邪で休んでいる間のノートの写しを渡そうかと思って、それでお見舞いを兼ねて……」

「まぁ、それはわざわざありがとうございます。どうぞ中へ」


 お母さんの案内でリビングに通されます。


「ごめんなさいね。あの子ったらちょっと体調が戻ったと思ったら本屋に行ってくると、さっき出かけちゃったのよ」

「そ、そうなんですか。風邪は良くなったんですね」

「え、ええ……」


 あれ? なんだかお母さんの返事がおかしいです。

 風邪良くなったんだよね? どうしてそんなに悲しそうなの?


「もうすぐ帰ってくると思うから……いまお茶をいれますね。どうぞお座りになって」

「お、お構いなく!」


 その時、お母さんの携帯から着信音が流れてきました。


「あなた。ええ……大丈夫よ。それで……うん、うん。あ、ちょっと待ってね」


 お母さんは携帯を手で押さえて、私に振り向きます。


「ごめんなさい。ちょっと向こうに行っていますね」

「は、はい」

「もしもし、ええ、何でもないわ。それで……」


 お母さんは奥の部屋に行ってしまいます。

 リビングに1人残される私。もうすぐ大輔帰ってくるから待っていようかと思っていたのですが、私は閃いてしまいました。


 大輔の部屋覗いちゃおう!


 私の部屋だけ見られているのは不公平ですもんね。

 大輔がパソコンになっている間に覗くのは能力が失われてしまうからダメだけど、いま覗くのは問題ないし。

 ……やっぱりエッチな本とかあるのかな? 年頃の男の子だからそれぐらい持っているよね。

 ……どうしよう、すごいエッチなDVDとかいっぱい持っていたら。しかもすごく激しいのとか?!


 私は妄想全開で、2階にあると聞いていた大輔の部屋に向かいました。

 お母さんにばれないように、階段を音を立てないで上がっていき、大輔の部屋らしきドアを開けて、いざ男子の秘密基地に突撃!






「だいぶ寒くなってきたな~。早く帰るか」


 僕は本屋で目的のラノベを買うと、家に帰っていく。


「香奈心配してるかな……」


 お母さんに携帯を取り上げられた僕は、香奈と連絡を取れないでいた。


「仕方ない。明日、学校で会って話せばいいことだし」


 それで全て今まで通り上手くいくと思っていた。

 そう思っていた。


「ただいま~」


 家に帰ると、玄関に知らない靴……じゃない、知っている靴があった。

 香奈の靴だ。

 え? どうして? 香奈の靴が? 来ているの?

 僕は急いでリビングを見る。

 誰もいない。

 母さんはどこだ?

 奥の寝室から話し声が聞こええる。電話している?

 香奈は……香奈はどこ?

 まさか……。



 ドカドカドカドカ!



 人生でこれほどまでに無我夢中で自宅の階段を上ったことなんてない。

 自分の部屋のドアを、こんなにも力強く開いたこともない。



 いた。

 女神様がいた。

 女神様は僕の部屋の中央で立っていた。

 背を向けて立っていた。


 女神様は僕に……泣きそうな声で囁いた。




「ど、どうして……どうして?」

「香奈」

「大輔……パソコンに、パソコンになれるって……うう……女神様から……うう……力をもらったって……」

「香奈」

「レベル99になったって……ぜ、ぜんぶ検索分析出来るんだって……ううう……そう言ったじゃない!」

「香奈」

「どうして! どうして嘘ついたの!」

「香奈!」

「ぜんぶ、全部嘘じゃないの!」





 睡眠3時間! 2時間! 1時間でやれる!


 絶対香奈に大賞獲らせる!


 妥協なき分析!


 1文字も見逃すな! 全てを分析しろ!



 僕の部屋の壁に張られた無数の張り紙。

 本棚から溢れかえる小説本、そしてライトノベルの解析本。

 香奈が手に持っていた解析本……印刷してあった文字が見えなくなるほど僕が赤いペンで書き足した香奈の小説との比較。

 ゴミ箱の中に山積みされた栄養ドリンク。転がる栄養錠剤に眠気覚ましのガム。


 香奈が振り返る。

 可愛い顔が台無しじゃないか……そんな泣き顔。


「うう……わ、わたし……大輔は何でも出来るんだって! 大輔はパソコンになって簡単に検索分析して私にアドバイスくれているんだって!」

「……」

「馬鹿……本当に私は馬鹿! 人間がパソコンなんかになれるわけないのに! 自分に都合の良い大輔の能力にすがりたくて! 自分の弱さを隠して、自分だけ努力していると思い込んで、大輔を……大輔のことをちゃんと見ていなくて……うう……」


 香奈が一歩僕に近づく。


「い、いつから……睡眠は1時間になったの……いつからこんなに栄養ドリンクに頼るようになったの?」


 香奈がまた一歩僕に近づく。


「徹夜したこともあったんでしょ? うう……た、体重はいまいくつなの? 休んだのは本当に風邪なの?」


 香奈が僕の前までやってきた。

 柔らかくて綺麗な手で、僕の頬を優しく撫でてくれる。


「こ、こんなに……こんなに頬が痩せちゃって……大輔のこと、ぜんぜん見えてなかった。私……自分のことばかりで……自分の小説のことばかり見ていて」


「香奈。僕はパソコンになった」


「嘘! 嘘よ! ならどうしてこんなに本に……ぜ、全部私の小説との比較……全部私の……」


「あの日、夢を見た。女神様から力をもらい、香奈のパソコンになった。夢の中で香奈はラノベを書いていたよ。目が覚めた時は本当にパソコンになれると思っていた。

 でも夢は夢だった。

 それでも本当に香奈がラノベを書いていたらいいな~っと思って、わざとらしく香奈の隣りでラノベの設定をノートに書いていったんだ。タイミングよく木野が来てくれて、香奈に聞こえるようにラノベの話も出来たしね。

 そしたら本当に香奈がラノベ書いていて驚いたよ。こんなことあるんだって。これは女神様がくれたチャンスなんだって。だから僕は、僕の女神の、香奈のパソコンになることを誓った。

 香奈のために僕の全てを時間を使って、香奈と一緒に小説を完成させようとした」


「馬鹿……大輔は本当に馬鹿!」


「嘘ついてごめん。僕は弱いから、本当のことを香奈に言う勇気がなかったんだ」


「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」



 女神様は僕に抱きついた。

 僕は女神様を抱きしめた。

 そして唇を重ねた。





 平成26年2月15日



 僕達の小説は見事に1次選考を通過した。



 平成26年3月31日



 僕達の小説は2次選考も通過したものの、3次選考で落ちた。

 審査員の評価シートには「将来に期待しています」と書かれていた。


 僕達は新しい生活に備えている。

 香奈の志望大学を受けてみたものの、あっけなく僕は落ちてしまった。

 もともとの志望大学に進学したのだ。

 でも僕の大学も、香奈の大学も近いので、2人で部屋を借りて一緒に住むことにした。

 どちらの両親にも挨拶は済ませてある。

 香奈のお父さんからは、大賞を受賞出来なければ結婚は認めないと言われてしまった。

 香奈にはなんとしても大賞を受賞してもらわないと!


「大輔のサポート次第ね」


 香奈は小説を書く手を止めて、僕に微笑みながら言う。


「僕は女神様のパソコンだからね。余裕ですよ」

「いったな~。次の新人賞までに、新しい小説の設定3つは作ってよね!」

「いいけど、香奈は小説3つも書けるの?」

「あ~私はいま書いているので忙しいのです~何も聞こえませんです~」





 僕は女神様のパソコン。

 今までも、これからも、君を支え続けるよ。




「大賞目指して頑張ろう!」


読んで下さった全ての読者様へ。


ありがとうございます。

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[一言] ラストが予想外で面白かったです
[一言] いやぁ、最後に意表を突かれました!! 素晴らしい! とてもおもしろかったです!
[良い点] ラストのどんでん返し。 [一言] 最後の方でちょっとウルってきましたねー。 短編でこのクオリティはすごいです。
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