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第十一話 夕暮れの告白

 ―(有賀陽平)―


 十一月二日、水曜日。

 今日も黒永さんは登校してこないし、連絡も全く通じない状態だ。

 けど、授業は滞りなく進んでいく。

 当たり前だ、彼女は隣のクラスの生徒なのだから。

 C組では初めこそ、黒永さんの不登校も話題に上ったようだが、今ではすっかりその風景にも慣れてしまったらしい。

 黒永さんがいないことが、当たり前になっていく。

 それをどうすることも出来ない自分に歯がゆさを覚える。

 せめて、彼女と連絡が取れればと思ってしまう。

 しかし、今日も何も方法とか浮かばないまま、放課後を迎えてしまった。

 鞄を持って、教室を出る。

 こうして、毎日が過ぎていく。

 本当に、何をやっているんだろう、俺は。

「おーい、有賀くん!」

 階段を降りるときに、後ろから誰かに呼ばれた。

 振り返ると、牧原さんがそこにいた。

「ちょっと、時間ある?」

 彼女のその質問に、俺は頷いた。


 屋上に出ると、冷たい風がこの体を凍えさせようと吹きすさぶ。

 なぜ、俺と牧原さんが屋上に来たのかと言うと、廊下でするような話ではないからだと彼女に言われたからだ。

 フェンス越しに見える夕日が世界を赤く染め、もうすぐ夜が来ることを教えてくれる。

 牧原さんはフェンスに手をかけて、沈みゆく夕日を眺めていた。

 俺も彼女の背中越しに同じ夕日を見る。

 彼女がこちらを向いて、話を始めるまで、俺たちはずっとそうやって夕日を眺めていた。

「有賀くん、これ」

 俺の前にまで歩いて来た彼女は一枚の紙を差し出す。

 太陽はすでに沈み、徐々に暗くなっていくこの場所では紙に何が書いてあるのかイマイチ分かりにくい。

「何、これ?」

「黒永さんの住所」

「住所って……え?」

「彼女の家に行ってないんでしょ?」

 牧原さんの言う通り、俺は黒永さんの家に行ってはいない。

 もちろん、通信手段が駄目ならば、直接会いに行く方が早いことなどとっくに気づいていた。

 しかし、黒永さんの家がどこにあるのか分からず、調べようにも先生に理由を問われたときに何と答えれば不審に思われないかが分からないため、断念していた考えだった。

 彼女はどうやって住所を聞いたのだろうか。

 その方法とは、聞いてみればなんだと言うものだった。

 執行部員として彼女は心配なので様子を見に行きたいと先生に話し、あっさりと住所を聞けたというのだ。

 そういうことなら、思いついた時点で彼女に相談すればよかったと後悔しても後の祭りだ。

「じゃあ、明日丁度休日だし、一緒に黒永さんの家に行こう」

 俺がそう提案すると、彼女は首を横に振る。

 断られるとは思っていなかったので、俺は驚いて次の言葉をつなぐ。

「牧原さん?」

「あたしは……いいよ。有賀くんに全部任せる」

「何で?」

「あたしじゃあ、多分黒永さんを助けられないよ。黒永さんは有賀くんのことを信用している。彼女、有賀くんと一緒にいるときが一番幸せそうだった。あたしには分かる、あれは……」

 そこまで言って、牧原さんは言葉を止める。

 五秒、十秒と時が経っても、彼女の口が開く様子はない。

 言いにくいことを言うつもりだったのだろうが、結局彼女は続きを言わなかった。

「そういうことだから、有賀くんがやっぱり適任だよ」

 何を言おうとしていたのか、今この場では話してはくれなさそうだ。

 けれど、彼女の言葉に俺は感謝をしていた。

 “俺と一緒にいるとき彼女が幸せだった”という話が本当なら、やはり会いに行かなければいけない。

 そして、なぜ学校に来ないのか、直接聴かなければならないのだという使命感を奮い立たせてくれたからだ。

 俺は彼女から住所をメモした紙を受け取った。

「ありがとう。俺、必ず黒永さんを連れ戻してみせるよ」

「うん、頑張って」

 牧原さんはそこでここに来てからはじめて笑顔を見せる。

『……ケジメ、かな? やっぱり恋はちゃんと終わらせてあげないといつまでも後悔だけが残ると思うから』

 その笑顔はどことなく告白したときの玉環さんに似ていた。

 もしかして、牧原さんは俺のことが……。

 しかし、例え彼女から告白されても、俺は牧原さんのことは友達として好きとしか言い様がない。

 そして、それ以上に黒永さんのことが異性として好きという気持ちに変わりがない。

 だから、俺からは何も言わない。

 言ってしまえば、きっと俺の気持ちを知っている牧原さんは否定してくるだろうから。

 目の前にいる優しい友達は、恐らく俺のことを気遣ってしまうだろうから。

 俺は牧原さんのためにも、黒永さんと会って連れ戻さなければと、再度胸の中で誓った。



 ―(牧原美恵)―


 有賀くんが屋上を出て扉が閉まるのを確認すると、あたしはため息を吐いた。

「あーあ、結局、告白出来なかったなぁ」

 でも、それも仕方がないと思う。

 彼があたしのことを最初から女性として意識していないことは分かりきっていた。

 そして、有賀くんは黒永さんのことが好きということも先日聞いてしまった。

 だから、そんな叶うはずもない願いを口にするべきじゃない。

 太陽は完全に沈み、夜の帳が下りてくる。

 この場には誰もいない。

 あたしだけの世界が、今ここに広がっている。

「黒永さんはいいなぁ、有賀くんに愛されて」

 体育祭のときは、彼は黒永さんを出場させるために散々悩んでいた。

 ニューヨークの旅行も、有賀くんだけは黒永さんと一緒にいた。

 東西京祭のときには、彼女はすっかり変わり、人と一緒にいることを楽しんでいた。

 そして、有賀くんのことを時々見つめていた。

 そこには孤独な天才という以前あたしが感じた印象はどこにもない。

 黒い瞳は少し潤み、笑顔じゃないのに微笑んでいるように見え、だけど切なさそうだった。

 つまり、恋する女の子のような……あたしたち普通の女子と変わらない彼女がそこにいたのだ。

 だけど、黒永さんはそれだけで満足なのか、とても幸せそうだったのだ。

 あたしのように、有賀くんと恋人になりたい、という望みは少なくとも表面のどこにも見当たらなかった。

 だから、しょうがないよ。

「有賀くん……」

 あたしを幸せに出来る人はきっと他にもいるけど、黒永さんを幸せに出来る人は多分有賀くんだけだ。

 だから、だから、しょうがない。

 けど、それでも、今ここにはあたししかいないから、いいよね。

「有賀くん、あたし、今の今まで、好き、だった……好きだったんだよ……」

 この溢れる想いを口にしてしまっても、いいよね。

 掠れ掠れに出てくる言葉と逆に、涙は流れてこない。

 きっと、あたしが本当に悲しいのは有賀くんへの想いを伝えられなかったことじゃなくて、黒永さんが不幸なことだからなんだろう。

 だから、本当にお願いね、有賀くん。

 絶対に、黒永さんを、連れ戻してね。

 そう人の良い願いを胸で呟いたとき、涙が頬を伝わり落ちた。



 ―(有賀陽平)―


 夕暮れの教室の、ちょうど真ん中。

 机が一つ置いてあり、子猫の入った褐色のフラスコが固定されている。

 相変わらず周りには誰もおらず、ニャー、ニャーと猫の鳴き声がする。

 また、いつもの褐色フラスコの夢だ。

 この不思議な夢は何を暗示しているのだろうか。

 初めて見てから意識的にも無意識的にも何度も考えた。

 しかし、この夢が持つ意味は未だに見つからずにいる。

 漠然としている思考は宙をふわふわと漂い、曖昧だった。

 けれど、今回の夢は以前の夢とは違う。

 なぜならば、俺の手はセロハンテープとトンカチを握っていたからだ。

 この道具を使って、この猫を助けてあげることが出来れば何か見えてくる。

 そんな予感を感じた俺は、自然と机に向かって足を動かす。

 テープでフラスコ全体を巻き、その後トンカチで中にいる猫を叩かないよう慎重に振り下ろす。

 ガチャンと音がしてフラスコのガラスにヒビが入り、テープのおかげで破片が飛び散らずに済んだ。

 手を切らないように注意深く破片を取り除き、中にいた子猫を救出する。

 思っていた通り、大分弱っているようだ。

 毛並みは悪く、やせ細っていて、体は震えている。

 そんな状態の猫はニャアとか細く鳴いた。

 まるで「助けてくれてありがとう」と言っているように聞こえた。

「どういたしまして」

 俺は意識してこの猫にそう言った。

 なぜだろう、どこか懐かしいような、会ったことがあるような、そんな気持ちが猫に対して湧き上がってくる。

 俺はまじまじとこの猫の顔を見てみる。

 楽しそうなのか、寂しそうなのか分からない顔をしている。

 まるで、それはあの日に見た彼女の横顔のようで――。

「そうか、分かった」

 どうして、今まで気づかなかったのだろうか。

 この夢は、黒永さんの心そのものなんだ。

 なぜ彼女の心が夢として見れるのかは分からないが、間違いないと直感が俺に訴えてくる。

 夕暮れの教室で独りここにいた猫。

 猫はフラスコの中にずっと独りでいた。

 けれど、そんなことは望んでいなかった。

 でなければ、助け出したときにお礼を言わないだろう。

 黒永さんもこの猫と同じだ。

 独りになりたがっていた彼女だが、実のところ孤独を望んでいなかったのだ。

 確証どころか、夢の中の出来事を現実と結び付けて判断をする俺は愚かなのかもしれない。

 ただ、俺はやはり彼女を放っておくことなんて出来やしない。

 黒永さんが独りでいようとするのならば、俺は教えなければいけない。

 それは、きっと、間違っているのだと。



 十一月三日、文化の日のため休日だ。

 目覚めた俺は、まだ朝だったが黒永さんに電話をする。

 さすがに約束もなしに自宅にお邪魔するのは失礼というものだ。

 だから、事前に言っておきたいんだけど……。

 案の定、いつものようにコール音だけが虚しく響くだけだった。

 仕方がないと思い、俺は携帯をしまう。

 彼女に黙ったまま、俺は彼女の自宅に行くことにする。

 朝食を取ると、早速バスに乗り、学校近くで降りる。

 当たり前だが、制服を着ている人に出くわすことはない。

 俺はもらった住所を確認して、歩き出した。

 黒永さんの自宅は東西京高校から歩いておよそ十五分ほど。

 徒歩通学にしては少し時間がかかるが、携帯で調べてみるとどうやらバスは近くを通っていないらしい。

 太陽が出ているから暖かく感じるが、やはり少し寒い。

 休日のためか、それとも住宅街だからか、歩いている人は少ない。

 途中にある小さな公園でも子供の姿はあまりない。

 スニーカーが地面を踏む音だけが、閑散とした住宅街で響いているように思えた。

「えっと、この辺のはずだけど……」

 もらった住所の付近にたどり着いた。

 ここからは表札を一つ一つ確認して、家を特定していくしかないだろう。

 きっと、長くなるに違いない。

 そう思っていたのだが、一分もしない内に“黒永”と書かれた表札を見つけた。

 こんなに早く見つけることが出来るなんて、俺は結構幸運だったのだろうか。

「あった、あっ……!?」

 表札にのみ注目していたから分からなかったが、目の前にある家はただの一軒家ではなかった。

 見える範囲で大型犬が五匹ほど駆け回っていても不自由しない大きな庭がある。

 そして、その後ろにはこれまた大きな大きな家が建っていたのだ。

 屋敷という程大きくないが、他の家に比べて1.5倍ほど大きい。

 そういえば、黒永さんの両親は大学教授と医者だった。

 改めて、俺は黒永さんの家は裕福なのだと知った。

 さて、ここで突っ立っていても何も始まらない。

 俺は表札の下にあるインターホンのボタンを押す。

 ピンポーンと電子音が鳴った後、スピーカーからガチャリと音がした。

『はい、どちら様でしょうか?』

 聞き覚えのある声だ。

 多分、前にお祭りの送迎をしていた鈴さんという人だろう。

「あの、自分は月夜さんの同級生の有賀陽平と言います。月夜さんはご在宅でしょうか?」

『いいえ、月夜さんはいらっしゃいませんが……あなたはもしや、お祭りのときの?』

 インターホンに付いているカメラで顔を確認しているのだろう。

 どうやら、あの日しか見ていないはずだけれども、鈴さんは俺の顔を覚えていたようだ。

「え、あ、そうです、祭りのときに黒永さんとご一緒させてもらいました」

『そうでしたか。今、旦那様も奥様もいらっしゃいませんが、月夜さんをお待ちになるならば、どうぞお入りください』

 前に黒永さんが言ったように、両親は普段から不在なのだろう。

 休日でもそれは変わらないようだ。

 しかし、今はそのことよりも、彼女が何故いないのかを知りたかった。

「すいません、それは遠慮しておきます。それよりも黒永さんがいないと言うのは、何か用事があってですか?」

『いいえ、恐らく図書館に向かわれたのかと思います』

「図書館?」

『ここ数日は図書館で暇を潰されていたようです。本を何冊かお持ちになっていたので。わたくしとしましては学校へ行って頂きたいのですが……』

 そうやって、学校に行かずに暇を潰していたのだろう。

 一体どうしてと、俺は何回言ったか分からない言葉を胸の中で呟く。

 とにかく、ここで待つよりも図書館に向かったほうが黒永さんに会えるだろう。

「分かりました、ありがとうございます」

『月夜さんに会えましたら、日が暮れぬ内に帰ってくるようにお伝え願えますか? 最近、お帰りが遅いので心配で心配で』

「はい、そのことも伝えておきます」

 重ねてお礼の言葉を述べ、俺は急いで図書館に向かった。

 この近くの図書館といえば、休日で開いていないであろう高校のを除けば、東西京駅から少し離れたところにある市立図書館に違いない。

 五階建ての市内一の蔵書数を誇り、専門書も揃えてあるので、黒永さんのような人でも興味をもつ本があるはずだ。

 そんなことを思いながら、発車寸前だった駅に向かうバスに乗り込んだ。


 東西京駅で降りると、徒歩十分もかからない図書館へと走る。

 館内に入り込むと、まずはカウンターの前を通って、閲覧席へ。

 しかし、そこに黒永さんはいない。

 ならば、専門書コーナーだろうか。

 階段を上がり、二階の専門書コーナーへ向かう。

 科学、数学など一つ一つの項目ごとの書架を見ていくが、彼女の姿はどこにもなかった。

 鈴さんの言葉通りならば、ここにいるはずなのに。

 ここじゃない図書館というと、電車に乗らなければないが、黒永さんがそこまで手間をかけるとは思えない。

 時計を見ると、時刻は十二時過ぎ。

 ここの他に行きそうな場所を手当たり次第に探すしかなさそうだった。


 喫茶店アリアンス、神社など一緒に来たことがある場所や、本屋といった立ち寄りそうな場所を中心に探す。

 俺はただただ東西京の街中を駆け回る。

 しかし、そのどこにも彼女はいない。

 気がつけば、青く晴れていた空に赤みがかっている。

 腕時計を見ると、十六時になりそうだった。

 もしやと思って高校にも行ってみたが、図書館はもちろん開いていない。

 校舎に入り、下駄箱を確認してみるが、上履きが入ったままだ。

 でももしかしてと思って、実験室や教室を見て回るが、やはりいない。

 学校から出て、とりあえずこれ以上の捜索は意味がないと思い、黒永宅へ向かうことにした。

 沈み始めた太陽を背にしながら、これからどうするか考える。

 まずは鈴さんに報告して、あわよくば家の中で待たせてもらうべきか。

 それとも、今日は諦めて、明日学校をサボってでも彼女に会いに行くべきか。

 様々な選択肢を頭に思い浮かべながら、黒永宅まであと少しのところだった。

 リンゴーン、リンゴーンと、重く響く鐘の音が聞こえてきた。

 それはただの鐘の音だったが、なぜか気になった俺は黒永宅に向かわず、その音の方向に足を動かしていた。


 少し歩くと、教会が見えてきた。

 どうやら、鐘の音はこの教会から聞こえてきたものだったようだ。

 十六時きっかりの鐘の音は、子供に帰宅を促すものなのだろうか。

 柵に囲まれたレンガ造りの教会はそう大きくない。

 住宅街を構成する家々に埋もれるように建っているという印象を覚える。

 だが、放置されているどころか、入念に芝生や壁など手入れされているようだ。

 俺は教会の敷地内に入り、そして教会の重い扉に手をかける。

 鍵がかかっていることもなく、扉は開く。

 中に入って分かることは、そこは礼拝堂であるということだ。

 白を基調とした壁、板作りの天井、そして、左右には三人がけの椅子の列がいくつかあり、赤く縦長いカーペットの一番奥には十字架が掲げられている。

 窓から夕日の日差しが入り込み、若干赤みを増しているのが、なんとも神々しかった。

 海外に見られる立派なそれとは比べて、こじんまりとした礼拝堂だが、とても厳かな空間がそこにはあった。

 これで室内の割りには寒くなければ、ずっとここにいられるに違いない。

 そんな風にさっと周りを見渡すと、一番前の列に人が座っている。

「あ……」

 忘れもしない、いや、忘れるものか。

 あの後姿はもちろん、覚えている。

 俺が今、一番会いたかった人。

「黒永さん」

 そう言うと、その人は振り返った。

 間違いなく黒永月夜その人だった。

「有賀、どうして」

 俺がここにいるのが本当に予想外だったのだろう。

 顔にこそ出てはいなかったが、その声は震えていた。

「黒永さんに会いに来たんだ」

 そう言いながら、黒永さんのところに近づく。

 最前列まで来ると、彼女の隣に数冊本が置かれているのが分かった。

 そして、彼女の膝の上に一冊の本が開きっぱなしになっている。

 今日だけなのか、それとも毎日なのか分からないが、ここで本を読んで時間を潰していたらしい。

 こんな寒い場所でずっと、そうやっていたんだ。

 彼女は立ち上がることなく、俺を見上げて言った。

「私に? 何故?」

「どうして学校に来なくなったのか、電話に出ないのか、色々聞きたいことがあるけれど」

 そこで一呼吸を置く。

 確かに色々言いたいことはあるけど、まず聞かなければいけないことは一つだけ。

「どうして、独りになろうとするのさ?」

 今朝の夢で知った彼女の本心と、なぜその真逆の行動を彼女はとるのか。

 俺には分からない、少なくともこの数ヶ月間では分からない“何か”があるはずだ。

 彼女は思いつきで行動するような人ではない。

 結果を知りつつ、独りになろうとしているんだ。

「それを知って、どうする気?」

「どうするって……もちろん、止めさせる」

「私は一人でいたいっていう話は、前にしているでしょ?」

 もちろん、その話は覚えている。

 体育祭の数日前、黒永さんが参加するかしないかの話のときだ。

『黒永さん、どうしても、体育祭には出てくれないのか?』

『私は一人でいたいの。それが分からないわけじゃないでしょう、有賀』

 確かにそう言っていた。

 あの頃の黒永さんの態度を見ていれば、独りになることを望んでいるように見えた。

「けど、今の黒永さんを見ていると、それは嘘だって分かるよ」

「何故?」

「本当に独りになりたいのなら、俺と会話しないで無視するはずだ。もしくはここからすぐに立ち去っていただろう」

「……そうね。確かに一人になりたいなら、あなたの言っていることが正しいわ」

 黒永さんは読んでいた本に栞を挟んで閉じ、脇に置いた。

 俺が言ったように立ち上がってここから出て行こうとするのかと思い、俺は内心焦る。

 しかし、彼女はそのまま俺を見上げ直す。

 どうやら、俺と会話をする気になったようだ。

 多分、ここで俺を説得して、今度こそ独りになろうとする算段なのだろう。

「けれど、私はただ一時の感情に身を任せて一人になりたいわけじゃない。色々とあるのよ」

「そうじゃないのは分かるよ。でも、色々って?」

「過去と現在は違うものだけど、過去からでしか現在は作られない」

「それはつまり、独りになろうとするのは、過去の経験からってこと?」

「ええ、そうよ。この際だから言っておくわ」

 そこで、左手で頬にかかっていた横髪をすくって耳にかけた。

 何度も見た、彼女の癖だ。

「私がどうして、一人になろうとするのか。その全てをあなたに教えてあげる」


 第十二話へ続く

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