第十話 一人きりの決意
―(黒永月夜)―
「黒永さん、今から三十分休憩しても大丈夫だよ。お昼食べるなら、今のうちにね」
不意に牧原に言われ、私は読んでいた論文から目を離す。
壁にかかった時計は十二時半を示していた。
私は事務仕事の担当ではあるが、準備の段階ではかなり多くの紙をめくったものの、いざ当日となるとほとんど仕事はなかった。
仕事という仕事といえば、書類整理ぐらいか。
それも午前中に八割ほど終えたので、私は持ってきていた論文を読んでいたのだ。
論文の内容はプレスキル博士による重力子についての研究内容だ。
重力子は現在未発見であり、世界中の研究者が見つけようとしているものである。
論文によると、プレスキル博士はこの粒子の観測方法を思いついて行ったが、結果は失敗したというものだった。
このような失敗も、そこから生まれるであろう成功のためには必要なことである。
だからこそ、研究者は何万回も失敗を繰り返して、たった一つの成功を追い求める。
全ては、成功したときの達成感や喜びを感じるために……。
私は論文をしまいながら、牧原に尋ねる。
「牧原は食べないの?」
「あたしは見回りの最中に軽く食べてきたから」
そう言われて、彼女は有賀と同じく見回りの一人だったことを思い出す。
なら、昼食を食べに学食へ向かおうと立ち上がったとき、有賀と一緒に食べようという考えが思いつく。
しかし、その考えは有賀の休憩は一時からというスケジュールにより、すぐに霧散する。
私は内心の悔しさを抑えて、牧原に食べてくると告げて、執行部室から出て行く。
学食は平時よりも混んでおり、食券を買っても座れそうになかった。
模擬店をやっている教室も覗いてみるが、ここも大混雑しており、三十分では席に座るのもやっとといった感じだった。
仕方なく私はグラウンドの側に出ている屋台で何か買って食べようと思い、外に出てみる。
グラウンドにも紙パックで出来た巨大な恐竜が展示されており、なかなか賑わっていた。
ただし、中が暖かかったからか、外は少し寒い。
屋台の方は混んではいるものの、中と比べればすぐに買って食べられそうだ。
私はよく吟味した結果、たこ焼きを買うことにする。
理由は、あの祭りのときに食べたたこ焼きの味が忘れられなかったから。
「たこ焼き、一つ」
「まいど」
設定されている金額分のお金を払い、代わりにたこ焼き一パック受け取る。
屋台が並んでいる場所のすぐ近くにテーブルの席がいくつか設置されているが、どの席も食事している人が座っていた。
座ることは諦めて、立ったままたこ焼きを頂くことにする。
携帯で時刻を確認すると、あと十分ほどで一時になることが分かった。
たこ焼きを一つ口の中に入れる。
熱々の生地の中から、プリプリのたこの足が感じられる。
紅しょうがの酸っぱさが、ソースの甘辛さを引き立て、結論としてはおいしいたこ焼きとなっていた。
けれど、何か物足りなかった。
あの時と今の違いを比較してみて、その答えはすぐに分かった。
隣に有賀がいないのだ。
味の感想をいくら並べても、それを聞いてくれる人がいないのでは意味がない。
こんなときに彼はどこで何をやっているのだろうか。
もやもやとした気持ちを抱えてしまったものの、私はたこ焼きを食べながら、改めて展示物を見る。
展示されている恐竜は有名なティラノサウルスやプテラノドン、トリケラトプスの三体のみだ。
そのどれもが紙パックで作ったというのが、この展示の売り文句だ。
高さはどれも大体五メートルあり、一体どれほどパックを集めればこの大きさのものが作れるのだろうかと考えさせられる存在感をかもし出している。
それに風では倒れないことから、かなり計算して組み立てられていることが分かる。
間違いなく、この恐竜を設計した人は頭がいい。
それに比べれば、私なんて才能だけで生きている愚か者だろう。
しかし、有賀がこの場にいれば、きっとそれは違うと即座に否定するだろう。
思えば、彼は五月からずっと私の側にいてくれていた。
最初私は有賀のことを拒んでいたのに、それでもずっといてくれた。
何故側にいてくれるのか今でも分からないけれど、もう彼が近くにいることが当たり前になってしまっている。
この心地よさをいつまでも保ち続けていたいと切に願ってしまう。
それがいけないことだと頭の片隅では分かっているはずなのに……。
そんなことを思っていたからなのか、視界の隅に見慣れた背中――有賀を見つけた。
疾風迅雷ジャンパーを羽織っているが、見回りをしているわけではなさそうだ。
「何しているのかしら?」
携帯を見ると、時刻は一時過ぎ。
私の休憩は終わり、有賀の休憩が始まっている。
だけど、彼は学食や屋台に向かうことなく、体育館の方向に向かっているようだ。
気になった私はこっそりと彼の後を追いかける。
多少の遅刻なら、きっと執行部員の人たちは許してくれるだろう。
有賀は体育館の入り口の前に来ると、中に入らずに体育館の脇を通っていく。
体育館の脇にはゴミ捨て場が設置されているが、彼はそれも通り過ぎて、角を曲がった。
すなわち、体育館裏と呼ばれる場所に入っていったのだ。
そんな人気のない場所で何をしようとしているのか見届けようという好奇心に突き動かされ、私は角にまで来て、聞き耳を立てる。
場所が場所なのか、祭りの喧騒もここまでは届かないようだ。
「――わたし、実は君に助けられたことがあるのよ」
有賀ではない、女性の声が聞こえた。
「ごめん、それって、いつのこと?」
「去年の冬、眼鏡を無くしたときに一緒に職員室に来てくれたことがあったでしょ?」
有賀とその女性による会話が続いている。
どうやら、その場には二人だけしかいないようだ。
女性の方は誰だっただろうかと思い出している最中も、会話のやり取りは続いた。
「あー、そんなこともあったね」
「君は困っている人を助けてあげられるすごい人だってその時は思った。けど、後になって島津くんのことも助けたんだって人から聞いたときは、その評価は間違っていたんだって思ったの。君はただ困っている人を助けようとしているだけ」
言われてみると、確かに有賀は私を引っ張る割りに、何も見返りを求めていない。
以前、体育祭に参加するか否かを決めるときのゲームで“実験室に来ないこと”を賭けるぐらいだから、ただ私の側にいるだけで十分と言った様子だった。
「そこには自分の利害とか他人からの感謝とか何もない。ただ助けるだけで――」
「何が、言いたいのさ?」
有賀の苛立つ声が、女性の話をさえぎる。
そこで、私はようやく女性の声の主が誰か分かった。
確か、有賀と同じB組の玉環結衣だ。
玉環家は玉環龍治郎により成り上がった、いわゆる大金持ちだ。
龍治郎自身が政治家でもあることから、財界のみならず政界にも大きく影響を与えている。
けれども、彼の欠点として女好きが挙げられており、その結果、多数の息子と娘がいるという。
恐らく、玉環結衣は龍治郎の数多くの孫の一人なのだろう。
「つまり、君は無欲すぎるのよ。普通なら何か理由があって他人を助けるものよ。例えば、有賀くんにとって“特別”はいないの?」
「“特別”?」
「分かりやすく言うなら、“大切にしたい人”って意味かな」
そこで有賀は答えられないのか、しばらく沈黙が続いた。
誰が該当するのか考えているのだろう。
私も彼女の言う“特別”という言葉に当てはまる人について考えている。
両親は違う、鈴さんは家政婦、牧原や吉岡たちは友達。
となると、有賀がそうなのかしら。
「いる……と思う」
ようやく出てきた彼の言葉には、迷いが見られた。
有賀にとって“特別”は誰なのだろうかと想像してみるが、家族ぐらいしか思いつかなかった。
いや、彼にとっては友達全員も“特別”になりそうだ。
“特別”が多すぎるからこそ、本当の“特別”が誰なのか分からないのかもしれない。
「そう。ちなみに、わたしの“特別”は、君だよ」
ドクンと、心臓が暴れ始める。
この先の話を聴いてはいけないと、私の第六感がささやく。
しかし、理性が真実から耳を塞いではならないと忠告してくる。
どうするのが一番良いのか選ぶ時間もなく、私の耳に会話が入ってくる。
「それは――」
「わたし、有賀くんのこと、好きなんだよ。眼鏡を無くしたときの怖さは今でも覚えてる。そこから助けてくれたのは他でもない君だから、わたしは君を好きになったんだ」
聞こえた、いや、聴いてしまった告白。
こんな私でも異性を好きになることが、どれほど重大なことか理解しているつもりだ。
一般的に多感と言われる十代で、誰かに恋する気持ちは何物にも変えがたい宝物だ。
その宝物を、玉環は有賀に渡した。
彼女自身、金持ちであることを鼻にかけない良い人で、その可愛らしい外見から男子からの人気が高いと聞いている。
有賀も彼女に憧れていると思われるから、この告白を受けるのだろう。
そう思ったとき、胸がしめつけられるような苦しさに襲われた。
どうしてだろう、有賀が誰かと付き合うことを想像しただけで、こんなに苦しくなるのだ。
訳の分からない痛みに戸惑っていると、有賀の返事が聞こえてきた。
「そうか。でも、ごめん。その気持ちは嬉しいけど、俺は黒永さんのことが好きなんだ」
私は自分の耳を疑った。
今、有賀は私のことを好きだと言ったのか。
どうしてという当たり前の疑問が浮かび、同時に納得もした。
有賀は私が好きだから、ずっと側にいてくれていたのだ。
それを嬉しく思うのが普通なのだろうが、私が感じたのはさっきよりも強い苦しみだった。
気づけば、私は二人に気づかれないようにその場から離れていた。
案の定、一時を過ぎて実行部室に戻ってきた私を怒る人は誰もいなかった。
牧原も再び見回りに出て行ったようで、部屋にはいない。
私は論文の続きを読もうと文字を目で追っていくが、その内容は一切頭に入ってこない。
理由は明白だ。
『俺は黒永さんのことが好きなんだ』
さっき聴いてしまった有賀の告白、それは玉環を傷つける言葉となってしまった。
彼女だけじゃなく、それを口にする有賀自身も辛かったはず。
そして、その原因は有賀が私を好きだから、ただそれだけ。
私の存在が、結果的に二人の心を傷つけた。
誰かを傷つけたくないから、一人でいたというのに……。
いや、それは違う。
この数ヶ月、私は一人ではなかった。
有賀を始め、少しずつ色んな人と接していたではないか。
かつての“過ち”を忘れ、他者と関わり始めていたのだ。
しかし、そのため同じことを繰り返してしまった。
全ては私の意志が弱かったばかりに。
あの心地よさをいつまでも保ち続けていたいと願ってしまったばかりに。
『……明後日も来ていいかな?』
あの日、有賀が実験を見に来たときに、もっと強く拒絶していれば。
やはり、誰かと関わりを持つと、誰かを傷つけてしまうようだ。
“過ち”から思ったことは正しかったのだ。
ならば、これからもきっと私は誰かを傷つけるだろう。
けれど、誰かを傷つけることはしたくない。
そのためにどうすれば良いのか、もう答えは出ている。
『私は……誰とも関わらない。誰かと関わることは、もう二度としません』
幼い頃の、あの日の私の声が聞こえる。
そうだ、その通りだと、私は幼き少女に同意する。
つまり、有賀と一緒にいるときに感じていた心地よさを放棄するのだ。
そして、今度こそ、一人になる。
そうなれば、私のせいで傷つく人はいなくなる。
きっと、有賀は悲しむことになるだろうが、有賀一人とこれから傷つくかもしれない多数の人を比べれば、どちらを取るかは言うまでもない。
光の届かぬ深海の底へとただ一人、沈み続けよう。
もう誰とも関わらない――決して。
―(有賀陽平)―
二時を過ぎ、俺は仕事を再開する。
午前のときと比べ、大分トラブルはなくなったみたいだ。
途中ですれ違った新太郎も、同じような感想を俺にもらした。
こうして、五時には無事東西京祭は幕を閉じた。
しかし、まだ仕事は終わったわけではない。
一般客を帰すために、俺たちスタッフは彼らを正門へ誘導しなくてはならないからだ。
これが俺の想像以上に多い人数が学校内にいたようで、全員を無事正門から出したときにはすでに四十分が経過していた。
「陽平、執行部室に戻ろうぜ」
新太郎に言われ、俺たちスタッフは執行部室に戻った。
部屋に戻ってくると、そこには坂梨をはじめとした執行部員や手伝いの人たち全員が集まっていた。
どうやら、俺たちの帰りを待っていたみたいだ。
「さて、これで全員揃いましたね」
坂梨が全員を見渡すと、言葉を続けた。
「皆さん、今日までご苦労様でした。今年の東西京祭の成功はひとえに君たちスタッフの尽力のおかげと言えます。こんな自分についてきてくれてありがとうございました!」
そう言って、坂梨は頭を下げる。
しばらく、誰も何も言えずに部屋の中は静かだったが、彼の言葉に感動したのか執行部員の一人が拍手をした。
それをきっかけに一人、また一人と拍手をし始め、俺も新太郎も、その場にいた皆が拍手を行った。
坂梨は頭を上げると、何度かお辞儀をし、再び話し始める。
「さて、この後の後夜祭は後夜祭スタッフの方に全てお任せする予定なので、自分たち執行部は大いに楽しみましょう。さ、グラウンドに出ましょう!」
それを聞いて、「よっしゃー」とか「了解」などの声と共に、俺たちは部屋を出て、グラウンドに向かう。
グラウンドにはもうすでに大多数の生徒が群がっており、後夜祭はまだ始まらないかと待ちわびていた。
簡単なステージが出来ており、ドラムやシンセサイザーが置かれていることから、バンドが演奏する予定であることが分かる。
俺は黒永さんと後夜祭を過ごそうと思い、辺りを見回したが彼女はどこにもいなかった。
先ほどの拍手が行われていた執行部室にはいたはずだ。
「新太郎、綾人、黒永さんを見ていないか?」
俺は近くにいた二人に尋ねてみる。
「いや、見てないけど?」
『同じく』
「そうか、ありがとう」
きっと体育祭のときのように校舎の中に残っているのだろうと、俺は中に戻る。
まず見るのは下駄箱だ。
ここを確認すれば、彼女が今外にいるのかいないのかがはっきりする。
二年C組の下駄箱を一つ一つ確認していくと、『黒永』と書かれた紙が張られたものを発見する。
ふたを開くと、案の定外靴が残っている。
これで、彼女はまだ中にいることが判明した。
となれば、次に探すべき場所は執行部室だ。
俺はまっすぐ執行部室にまで来たが、中から明かりが漏れていないことから誰もいないことがすぐに分かった。
一応、確認のためにドアを開けようとしたが、坂梨が鍵でもかけたのか開くことはなかった。
「となると、実験室?」
俺は四階の第二化学実験室に向かった。
けれど、ここも明かりが漏れておらず、扉は開くことはなかった。
あと、いそうな場所といえば、彼女のホームクラスでもある二年C組の教室ぐらいだ。
教室に向かってみるが、人の気配は全くなく、他の部屋と同様の状況だった。
もしかしたらと思い、再び彼女の下駄箱を開けてみると、そこにあったのは上履きだった。
「入れ違いか」
どうやら校舎内を探している間に、彼女はグラウンドに出ていたようだ。
けれど、戻ってきたグラウンドのどこにも彼女の姿は見当たらなかった。
黒永さんは一体どこに消えてしまったのだろうか。
―(黒永月夜)―
鞄を持って皆と一緒に執行部室から出ると、私は彼らと一緒に行かず、トイレに向かった。
そして、彼らが全員グラウンドに出た頃を見計らって、私は玄関に向かった。
一人になると決めた以上、後夜祭に出るわけにはいかない。
徹底していなければ、不用意に人と関われば、また傷つけてしまうのだから。
玄関で靴を履き替え、正門から一人家路につく。
ふと見上げると、青黒く染まりつつある空に満月が浮かんでいた。
だが、その綺麗な月もすぐに分厚い雲に覆われて、見えなくなってしまった。
私は重い足取りで家へと向かった。
―(有賀陽平)―
東西京祭そのものは成功に終わった。
しかし、その日から学校で黒永さんの姿を見ることがなくなってしまった。
東西京祭が終わった次の日の月曜日は、一日中片づけをする日だった。
俺たち執行部側は、他の団体のヘルパーとして終始動いていたが、黒永さんは欠席した。
昨日のこともあって心配になったが、きっと大丈夫だと信じて何も連絡をしなかった。
しかし、一週間経っても、彼女は第二化学室に来ないどころか、学校に登校もしてこなかった。
何か病気に罹ったのだろうかと心配になって携帯に電話をしても、電源が切れているらしく、いつも同じメッセージが流れるばかり。
メールも何通か送ってみたが、返事が返ってきたことは一度もない。
「黒永さん、どうして来ないのかな?」
東西京祭から二週間も経過した十月三十一日の昼休み。
少しずつ冬が近づいてきたことが実感できるぐらい、肌寒くなってきている。
女子の中には早くもコートを着てくる人がいる。
暖房のお世話になる日も近いだろう。
俺と新太郎、綾人、牧原さんの四人で昼ごはんを食べながら、俺は黒永さんの話題を口にした。
自分ひとりでこの問題について考えるのに限界が来たからだ。
「黒永? さあな……でも、そこまで気にすることはないんじゃね?」
新太郎は目の前にある味噌汁をすすりながら答える。
「学校に来ないのも論文読むので忙しいとか、そういうオチだろ」
『それ以前に、一つ質問があるんだけど』
綾人が新太郎の言葉をさえぎって、パパッと書いてメモを出す。
『陽平はどうしてそこまで彼女にこだわるの?』
「そ、それは……」
『寂しそうだから助けてあげたいの? けど、それも彼女にとっては迷惑かもしれないじゃないか。だから、連絡を断っているんじゃないの?』
“迷惑かもしれない”という言葉を見たとき、前に坂梨に言われた言葉が思い出された。
『彼女はお節介な君のことを、本当は疎ましく思っているかもしれないよ』
彼に言われたときは反発心しか浮かばかったが、綾人にまで言われると心が苦しくなる。
「そうね、黒永さんも何か思うところがあるのよ、きっと。待ってあげた方が良いんじゃない?」
牧原さんはそう言った。
ここ最近は黒永さんと仲良くなったからか、彼女の意思を尊重した方が良いという意味なのだろう。
確かにそれも一つの選択肢だ。
前の俺なら、それもそうだと思っていただろう。
けれど、今は違う。
あの日――東西京祭当日、玉環さんから言われた言葉が蘇る。
『やっぱり恋はちゃんと終わらせてあげないといつまでも後悔だけが残ると思うから』
何もせずにただ待っているだけじゃ、何も得られない、後悔しか生まれないと彼女は教えてくれた。
それならば、動いて失敗する方がいいに決まっている。
「俺、待てないよ」
それに、彼女は自分が苦しくても決して助けてとは叫ばない。
ただ、じっと耐えるだけのような気がする。
なら、誰かが気づいてあげなければいけない。
「なんでだ? もう少し待ってやればいいじゃ――」
「彼女のこと、好きだからさ、どうしても助けたいんだ」
俺がそう言った後、しばらく誰も口を開くことが出来なかった。
あまりにも唐突過ぎる告白に、場は凍りついたのだ。
新太郎は口をポカンと開けたまま固まり、綾人は目を丸くしてペンを落とした。
牧原さんは納得したとでも言うように、笑みを浮かべていた。
俺は誰も声をかけないので、だんだん恥ずかしくなって、顔を伏せることしかできなかった。
「ま、まあ、薄々感じてたけどよ……」
「普通、それをここで言う?」
ようやく口を開いたと思えば、二人は呆れてそんなことを言い、綾人はため息まで吐いている。
どうやら、三人は俺が彼女のことを好きなことをとっくに気づいていたみたいだ。
恥ずかしいと思うよりも、この三人が驚かないことに俺は嬉しかった。
やっぱり、親友なんだと思える仲間がいることはすばらしいことだ。
「おい、なんでそこでニヤニヤするんだ?」
「え」
「想いを打ち明けて気持ちが晴れ晴れするのは分かるけど、にやけるのは気持ち悪いよ」
『同感』
「いや、ニヤニヤしてないから!」
「顔が赤いぜ」
もしかして、これからこんな風にからかわれるようになるのだろうか。
それとも、これは彼らなりの祝福なのか。
昼休み中はそのことでずっといじられっぱなしで終わってしまった。
本当に、黒永さんのこと、どうすればいいのだろうか。
結局、俺たちが何も行動に移せないまま十月は終わってしまった。
第十一話へ続く