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第四夜

第四夜


 アイナという娘は利発だった。いや、聡明であると言った方が正解か。つまり、物覚えが異常なまでに良いのだ。

 一週間もすれば料理をする姿が様になるようになったし、一月もたつ頃には読み書きを完全にマスターしてしまい、ルークの読書に付き合えるようになってしまった。

 何より……。


――化けたな。

 

 ルークは掃除を終え書庫に入ってきたアイナを見て、そう思った。

 彼ですらストレートに貶す事を躊躇った今のアイナは美しかった。

 身なりを整えさせ十分な食事を得られるようになった彼女の体は、そう――『化ける』と、いう表現がぴったりだった。

 少女らしい丸みを帯びてきた体は実に綺麗なラインを作っていたし、何よりボサボサの髪の手入れをし、本来の美しい曲線を取り戻した顔はまるでおとぎ話に出てくるフェアリーのようであった。

 二人は彼が外出を禁じている夜間と彼女が炊事や掃除と言った彼女の仕事をしている以外、いつも一緒だった。

 正確にはアイナがつき従った訳でルークは最初、露骨にそれを疎んでいたのだが、やがてそれを受け入れた。


「貴様、前から言おうと思っていたのだがそれを止めろ」

 ある日の食事での出来事である。

 二人だけの食卓。配膳が終わると二人は向かい合って座り、ルークは不機嫌そうに、そしてアイナは両手を組み祈りを捧げ食事を始める。これはいつもの風景だった。

 突然、彼がそんな事を言い出したものだから彼女としてはキョトンとしてしまう。何を禁じられたのかさっぱりなのだから当たり前の話だった。

 ルークは説明が下手だった。彼自身は大概の事を即座に理解してしまうほどの知性を持っていたという理由もあるが。何より人を遠ざけて生きてきたために、そういった必要が今までなかったからだ。

「あー、それだ。『神様、今日も食事をありがとう』って奴だ。俺はそれが気に入らん」

「しかし、私は修道院の出ですので、今日の糧を与えてくださった事を神に感謝するのはあたりまえの話なのです」

「いいか、よく覚えておけ……」

 ルークは神って奴が嫌いだった。実を言えば幼少の頃は何かを神様に熱心にお願いするなんて事が日常茶飯事な可愛らしい処があったのだが、嫌いになったのだ。

「どうやら神とやらは実在するらしいがな。あいつはお前らが思っているような存在じゃあない。どんなに熱心に祈っても何も叶えてくれないし、救ってもくれない」

 そうだ。だから、両親は殺された。彼としては別に逆恨みしている訳ではなかった。

「例えば今、食べようとしている食事。材料を育てた者。それを購入した者。そして、それを調理した者。そいつらのお陰で食事にありつけるのだ。だから……」

そうだ全ては人の仕業なのだ。だから、彼は祈るのを止めた。

「では、――私は一体誰に祈ればよいのでしょうか?」

 ルークはアイナの空気の読めない質問にさらにイラッとしながらも、同時にハッとする。最近の自分は感情的になりすぎる。自重せねば……。

「フンッ、祈るのを止める気はないのだな? まあいい。どうしても祈りたいのであれば――そうだな、俺に祈れ。それにありつけるのは間違いなく俺のお陰だからな」

 彼は鼻で笑うと同時に面を喰らった。何故なら、彼としては冗談のつもりだったのだ。しかし、彼女は真顔で自分の方に向き直り祈りをささげ始めたのだ。

「……好きにしろ」

「はい、殿下」

 彼の嘆息に対してニコリとするアイナに彼は露骨に顔を顰めた。彼女にイラついていたせいもある。

 そして、それだけではない自覚も……。

「……貴様。貴様は少しは頭が回るかと思ったがやはり馬鹿者のようだな。俺をその呼び方で呼ぶな、と言ったはずだ」

 ――殿下、王子――ルークはこう呼ばれる事が嫌いだった。何故なら、それらはグリーンヒルドの血統に対する呼び方で、彼個人に対する呼称ではなかったからだ。かと、言って誰にでもこのような発言をするわけではないのだが。

「嫌です。殿下が私を貴様呼ばわりする間は殿下は殿下なのです」

 対してアイナは頑固だった。自分の意見を曲げない。

 こう言った人種はルークにとって実に珍しい存在だった。彼のであった者は大体二択――平伏すか慄く――であったのだ。

 なのに、この娘は……。全く困ったものだ。

 なのに、嫌じゃない。何故だろう……。

 理由は何となく分かっていた。ルークは嘆息すると。

「――分かった。分かった。アイナ、俺を二度とその呼称で呼ぶな」

「でも……、えーと、で……いえ。何とお呼びすれば?」

「ルークでいい。兄はそう呼ぶ」

「はい、ルーク!」

 アイナの満面の笑みを見て『天に星、地に花、人に愛』なんて言葉がふとルークの頭をよぎった。

 孤独に生きてきた彼にとってそれは麻薬のようなものであった。しかし、いや、だからこそ、それは彼にとってとても心地よく……。

 はやり俺は強くならなくてはいけないようだ。ルークはこんな事を思いながら自虐的に笑った。


 襲撃は減った。それはトリスタンの宮中掌握がほぼ完了した事を意味しているのだが、無くなった訳ではない。

 だから、今夜も……。

「おい、貴様。俺は強いぞ?」

 何者かの気配に気がつくとルークはこう言って振り返る。

 気取られた刺客は無言であった。そう、無言ではあったが事を急いだ。

 彼は疾風のようにルークに迫ると殺気を込めて剣を振るう。

 対してルークはそれを見てから動いた。腰だめを作り、自らの間合いに入ると抜刀した。

 ただの一合も合わせられず哀れな刺客は彼に斬り伏せられてしまう。

「だから、俺は強いと言ったのだ」

 血を拭い剣を鞘に仕舞うと、彼は虚空を睨む。

 もう、そろそろだろう。だから……。

「いるのだろ? 出てこい!」

 彼の怒号が闇夜に響いた。


 ルークが幽閉されてから三年が過ぎようとしていた。


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