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第二夜

第二夜


 月明かりが二人を照らしていた。

「一度だけ聞いてやる。以後、俺に忠誠を誓うのであれば配下にしてやってもよい」

 少年の一方的な宣告。

 それは異様な光景だった。

 身なりの良い少年が黒衣の男を見下ろしていた。

 ここで闘争の類があったのは間違いなかった。少年の上等そうな服は土埃に塗れていたし、男の衣服は所々、千切れていた。何よりも辺りに漂う鉄くさい臭いが、朝になれば辺りを所々彩っている朱色が、それを証明してくれる事だろう。

 男は少年の問いにニヤリと不敵に笑うと彼に届く事はなかったが唾を吐きかける事で答えた。

 少年――ルーディラック・グリーンヒルド――は「そうか。――今の俺では一息には、とはいかぬぞ」とだけ答えると男の首筋に剣を振るう。

 剣は首の骨を断つ事が出来ずそこで止まると、男は苦悶の声を上げ、のた打ち回り、やがて動かなくなった。

「……見事であった」

 左腕に手のひらを当てながらルークは彼をそう評した。

 手のひらから伝わってくるぬるりとした嫌な感覚と共に脳内物質の分泌が治まったのか鋭い痛みが蘇ってきた。

 腕を切られてからの時間から恐らく毒はないだろう、とルークは推測し、また安堵した。

 手傷を負ったのは久しぶりの事だった。彼が自分を舐めていたのか、あるいはそういう主義なのかは神ならぬルークに知る由もなかったが、それだけは実に幸運であったと言わざるを得なかった。

 湖畔へと躯を引きずりながらルークは今回の戦いを反芻した。

 黒装束の短剣使い。それも短剣を囮に使い、体術で相手を仕留めるタイプ。この辺りでは珍しい闘法であった。と、いうのも数多くの暗殺者を返り討ちにしてきたルークにとって初めてのタイプであったからだ。

 何はともあれ……。

「……しかし、もう覚えた」

 ルークはそう呟くと、自らも腰まで水に漬かりながら躯を水に流した。


 湖島の廃城には狂った貴族が住んでいる。人をさらい夜な夜な殺人を楽しんでいる。

 湖岸の集落の民はそう噂し、見たこともない貴族を恐れた。

 時折、屍が湖岸に流れ着いていたのは事実であったし、まともな人間は廃墟に住んだりしないので住民たちの噂というのは強ち間違いとは言えなかった。

 幽閉されるにあたり、ルークは使えそうな部屋を改装しただけだったし、朽ちた部分は直しもしなかったのだ。

 城壁というものは本来、外部からの侵入や攻撃を防ぐためにあるものだが彼はそれを放棄したのだ。だから、そこは傍から見れば廃城そのものであった。

 また、ここに来てからのルークも異常であった。日中は部屋に籠り読書や勉学に没頭し、日が落ち暗くなると庭へと出て鍛錬に励んだ。

 まだ、幼いと言っても過言ではない子供が二年もの間――いや、この先もずっとなのだろう――実にストイックな生活を送っているのだから、やはり何処か異常なのだ。


「ふむ……」

 ルークはその先を言葉にしなかった。その代わりに近くにあった大きな石を拾うと誰もいないはずの塀へと力いっぱい投げつける。

「当たったら死にますよ?」

 不思議な事に何もなかったはずの塀に、いつの間にか男が座っており、これといった感情を現さず彼に抗議をするではないか。

「フンッ。今の俺に――いや、仮に俺の体調が絶好調だったとしても貴様に当たるわけがない。俺はまだ弱いからな」

 不機嫌そうなルークの答えに男は苦笑した。幾人もの大人を、それも暗殺者を撃退してきた彼がまだ弱いという。その貪欲さに思わず苦笑してしまったのだ。

 まあ、彼の言葉は真実で自分がその気だったら彼を殺すのは容易いのは間違いなかった。

「三年だ。三年で貴様より強くなって見せる」

「前は五年と言っていましたよ?」

「どうやら俺はその程度には優秀らしい」

 男は再び苦笑した。

そして、思う。彼の主によるとルークは嘘をついた事がないらしい。大口に聞こえる事も無理やり現実のものとしてしまうのだ。

 ならば、やはり殺してしまうか? この末恐ろしいガキが生き残ってしまえば主の最大の敵になりかねない。ルークの成長が楽しみでもあり、同時に彼の杞憂でもあった。

「……まあいい。いつものをよこせ」

「御意」

 男はルークの監視を任務としていた。故に、本来はそのターゲットとの接触などあり得ない事なのだが……。いやはや、彼の主といい、この弟といい、王族の持つ生まれもってのカリスマとでもいうのだろうか? なんとなく肩入れしたくなってしまうのだ。

――やれやれ、自分は間者失格だな。

 男は三度、苦笑するとルークに報告書を手渡すと消えた。


「ふむ……」

 ルークはその先を言葉にしなかった。

 報告書によると、どうやらトリスタンは巧くやっているようだ。

 月明かりに照らされた彼の顔はこれといった感情を現してはいなかったが、それでもどこか誇らしげであった。


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