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第一夜

第一夜


「汝、ルーディラック・グリーンヒルドを湖城に幽閉する事とする」

 裁判長を務めるトリスタンがそう宣言すると法廷はざわめいた。この判決に驚きを見せなかったのはトリスタンとルーク、そして、事情を知る数名の貴族だけだった。

 当たり前の話だった。王子とは、幼い少年とは言ったもの貴族を二名も殺害したのだ。それも人を殺したかっただけ、なんてふざけた理由でだ。

 つまり、彼の身分を差し引いても処分が軽すぎるのだ。法に照らし合わせれば理由のない貴族殺しは死罪か軽くとも地下牢に数十年投獄が妥当である。

 この場に居合わせた貴族たちはこう思ったことだろう。この青二才の新王は身内びいきだ、と。故に信用が置けぬ、と……。


――ふう、ハードルが上がりましたよ。


 弁明するわけでも、抗議するわけでもなく粛々とこの場を後にする弟の背を眺めつつトリスタンは嘆息した。

 これには裏があった。まずは裁判が新王即位の翌日であった事。減刑はつまり、その特赦である。

 何よりも、これである。事情を知る貴族たちが減刑を求めたのだ。彼らは新王派の貴族ではない。実はこの事件の被害者の親族だ。

 つまり、裏取引が行われたのだ。先王暗殺の罪を追及しない事をトリスタンは約束した。

 それと、もう一つ……。


――全く、恐ろしい弟だ……。いや、なんと愚かな兄なのだ!


 閉廷を宣言し法廷に彼一人だけになるとトリスタンは自虐ぎみに再び嘆息した。

『五年間、俺を幽閉しろ』ルークの放った言葉が頭を反芻する。

「たった五年間ですか?」

 誰もいなくなった空間で彼はつぶやく。

 先王の急死。準備も覚悟も足りないままの即位。そして、元々少なかった新王派が今日の出来事でさらに減ったことだろう。

「いいでしょう。それがお前が私に与えた罰なのだから」

 彼は弟の明日からの過酷な人生に哀れみを覚えつつ決意を新たにした。

 五年という時間。それはルークがトリスタンに与えた猶予でもある。

 あの賢い弟の事だ。それがこのままの状態で生き続けられる時間の限度と踏んだのだろう。

 つまり、碌な後ろ盾もいない新王はそれまでに宮廷を掌握しなければいけない事を意味していた。つまり、それ以上の時間が過ぎれば彼自身はおろか彼の家族も失われることも意味していた。

「弟よ。確かに私は愚か者です。しかし、甘く見てはいけませんよ。三年で十分です。三年でお前たちを――いや、私の罪を償ってみせます」

 彼は椅子にもたれかかると天を仰ぎつつ涙した。

 幼い弟を。そして、妹を思いつつ……。


 事は一週間前に遡る。それはトリスタンが二人の貴族を殺害した翌日にあたる日だった。

「やはり、お前が即位した方が……」

「愚か者が! 俺では幼すぎるのが分らんのか」

 この日、二人の王子は最後の言葉を交わした。

 十歳になったばかりの弟に罵倒される二十歳の兄というのはいささかシュールな光景ではあったがトリスタンは罪悪感でそれを咎める事ができずにいた。

「いいかよく聞くのだ。俺たちは弱い。兄上を処刑し、執行権のない俺が即位すれば確実に国が割れる。最悪の場合、グリーンヒルドが滅ぶのだ。それを防ぐとしたらどうする? 摂政の権利を得た貴族を殺し続けなければならない。そんな事を続ければ結局は同じだ」

「しかし……」

「しかし、じゃない! それに、貴様の方が人当たりがいい。それは人の信を得るためには必要な資質だ。先王が急病で死に、その権力を継承する。内乱を防ぐためにもこうでなくてはならないのだ。ならば、信を得やすいお前の方が適任というものだ。生意気なクソガキであるところの俺が――んー、体がよいのだ。貴族殺しの犯人としてはな!」

 こう言われてトリスタンは少しの間、絶句した。いや、お互いの立場を呪った。なぜ、彼より先に生まれてしまったのだろう、と。

 ルークの資質をやはりと確信してしまったのだ。十歳といえば、幼子といっても過言ではない年齢だ。なのに、彼は実に堂々としていて、決断力に富み、なんとも視野が広かった。その非凡さが彼を狂王子と呼ばれるようになる一因でもあるのだが、それは今は別の話だ。

「それにだ。勘違いするなよ。俺は処刑されてやるつもりなど更々ないのだ。俺はな、よく聞け。幽閉しろと言ったのだ」

「しかし、それで貴族たちが納得するとでも?」

「俺に同じ事を言わせるのか? 実に愚かな兄だ! しかし、じゃない。もう一度だけ言ってやる。俺たちは弱いのだ。そして、俺は死んでやるつもりなどない。何故、幽閉されてやるか? それは俺がそこで強くなるためだ。故に俺は死なない。岩に噛り付いてでも、泥水を啜ってでも必ず生き残る。どうやって、納得させる? それは貴様の仕事だ。貴様はここで強くなれ!」

 ルークはここで言葉を切り、少し時を数えた。そして、兄の肩にやさしく手のひらを乗せると一言だけつぶやいて退室していった。

 その場に残されたトリスタンは少しの間、呆けていた。いや、呆けていたわけではなかった。自分がしでかしてしまった事と、それを幼い弟に押しつけてしまった事。これから自分に降りかかる苦難と弟にしなければならない残酷な仕打ち。

 こういった後悔と決断。それらをする為にルークの言葉を反芻する必要があったのだ。ルークは最後に言った『貴様を信じている』と……。

それがこの若き王子に決意と覚悟を与えてくれたのだ。


 その二日後、トリスタンは被害者の親族を部屋に招いた。当然、真相を知らぬ被害者たちはルークの死罪を彼に懇願した。

 トリスタンは被害者たちに真実をぼかしつつも暗殺劇について語り恫喝した。しかし、尚もルークの死罪を望む彼らにある条件を付けて説得させる事に成功したのだ。

 それは兄が弟に課すには余りに残酷な仕打ち。

 ルークの幽閉先はここより北にある湖島の廃城である事。そこは、城壁はところどころ朽ち、任務に不誠実で金にきたない者を衛兵として屯させる事。最後にそこで何が起こっても国は関知しない事。


 つまりは暗に認めたのだ。ルークの暗殺を……。


――ルークよ。お前はこれを予想していたというのですか? それとも予想を上回りましたか? どちらにせよ、お前はそれが自分の仕事だと言い切ったのです。ならば、私もお前を信じましょう。そして、私はここで強くなります。


 そして、二年の月日が流れた。


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