依頼屋為広
四月三日の午前十時。
リカルドから命令された為広は料金未払いという悪質な依頼人の元へ向かっていた。
神戸市を出て片道一時間以上の電車旅である、景色も畑と林とちょっとした住宅街で変わり映えせず退屈な時間である。
神戸市を出て三木市、田舎である、しかし無茶苦茶というほどでもなく言うなれば準ド級の田舎である、場所によれば超ド級の田舎になる。
料金未払いの依頼人が住んでいるのは駅近くのアパートである、この辺りは比較的文明的な匂いがする。
呼び鈴もないようなボロッチイアパートの扉をノックするとムッとするような臭いとムッとするような男が現れた。
「おはようございます料金のお支払をお願いします」 依頼人は寝起きのままの汚い頭をボリボリとかきむしって。
「ちょっと待ってください……」
と言って扉を閉めた、鍵も閉まった。
「…………」
支払おうという心はどうやら無いようである、頭の中で十秒数えて再びノックした。
「あなたが何時まで経っても払いに来ないのでこちらもとても心配しているんですよ」
為広は悪魔のように優しく声をかけた。
「今は無理ですっ」
依頼人は上擦った声で叫んだ、金を払うあてもないのに頼んだ彼も悪いが質の悪い所に行ってしまったものだ。
「用意できるまでお待ちいたしますよ」
わざとらしい丁寧語が余計に依頼人の心臓に負担をかけた。
「そうゆうことじゃないんです……」
「じゃあなんですか」
「今はお金が……」
「消費者金融なんていくらでもありますよ」
為広は退く素振りを見せなかった、きちんと回収できないと小遣いがパーになってしまうからである。
「借りてくれば返せますよー」
前向きな暗い言葉に依頼人は返す言葉を見失ってしまった。
「冗談じゃないんですよ、待ちますよ、頂けるまで、こっちも仕事なんですから」
為広は錆だらけの鉄柵にもたれかかった。
「できれば昼までにお願いします」
「そんか急に言われても」
「急というほどでもないと思います、何度かメールで催促をさせてもらっていますし、まさか見てないなんて仰るおつもりですか」
為広は部屋の中を覗きながら言った。
「見ました、見ましたけど無理なのは無理なんですよ」
依頼人は同じ言葉を繰り返すしかなかった、それ以外何も言いようがなかったのだ。
「じゃあご両親はどうです」
依頼人は両親という響きに身震いした、もう何年も会っていないし連絡もしていない、親子の縁を切られたのではないかと思うほどに音信不通の状態だったのだ。
だが今は両親に頼るしかない、金貸しに頼るよりはマシではある。
情けない贅沢は言っていられない、依頼人は決心をつけるべく自分の頭をゴツンと強く打った。
「準備するので待ってて下さい」
「とりあえず開けてくれませんか、逃げられると困るんで」
「あーちょっと待って下さい」
依頼人は玄関に向かい鍵を開けようとした。
しかし鍵を開けようとする手は不思議と動かない、魔法が掛けられてしまったのかもしれない、魔法がかけられたのならば仕方がない。
依頼人は玄関に座り込んだ、その時だった、神は彼を見捨てていなかっのだ、窓から太陽の光が射し込み、さんさんと、まるでこっちへ来いと手招きしているかのようだった。
依頼人は腰を上げ、神の導くままにしずしずと窓へと歩を進めた、二階である、飛び降りる事に恐怖は感じるほどの高さではない、むしろ喜びであった、自由への逃走である。
「ちょっ!ちょっと!?」
格子の向こう側から依頼人の奇行を見た為広は驚愕した。
依頼人は柵にぶら下がったりせず映画の怪盗のようにファサァ……と華麗に飛び出した。
部屋に飛び入ろうとしたが玄関に鍵が掛かっているので入れない。
「クソっ面倒くさい事に」
為広はすぐさま一階に降りた、そして駐車場になっている裏庭に着くと、逃げるどころか苦痛に唸る依頼人が地面にうずくまっていた。
どうやら足の痛みで立てないようだ、当然ながら裸足でコンクリートの地面に落ちればその痛みたるやである、小石もあちらこちらに落ちている、にじみ出る血はそれが刺さったものだろう。
「はぁ…………」
安心したのか呆れたのかどっちつかずなため息をついて
「捕まえましたよ、いい加減払って下さい、僕の小遣いが掛かってるんです」
こっちは生活が掛かってるんだと言ってやりたかったが足の痛みと情けなさで声が出なかった。
「誰に借ります?それかアナタの部屋の物を売れば少しは稼げるんじゃないですか」
「はい……」
もう逃げられない、依頼人は大人しく頷いた。