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四月三日

 四月三日。

 昨日の壺麻薬事件を完璧にとはいえないものの何とか当たり障り無いような結果で終わらせた依頼屋二人は特に何も感じていないようだった。

 普段はガヤガヤやかましい元町が静まり返っている午前五時。

 リカルドは何やららしくない真面目な顔してノートに向かっていた。

 彼は意外にマメな男である、解決した依頼やで出来事を事細かく記入している、分厚いノートは既に九冊目に突入している。

「ふぅ……」

 昨日の事を書き終え大きなため息でペンを置いた。

 そして携帯のメールを眺める、目に付くのは匡子からのアホみたいな内容のメールだけで特に変わった内容はなく今日は休みに出来そうだ。

「んんん」

 為広が起きてきた、今日もすこぶる機嫌が悪い。

「おはよう、早いな」

「んん」

「挨拶せんかい」

「おはようございますぅっ」

 彼女は不機嫌さを隠そうとせずにソファーに倒れ込んだ。

「また寝る気か」

「寝ませんよ、今何時ですか」

 普段から低い声だが寝起きは特にヒドい、酒も飲んでいないのに喉がやられているようだ。

「六時前」

「…………」

 返事は返って来なかった。

 何台か車が通り、また外が静まり返る、朝の時間はやたらと長い。

「今日は休みにするか」

「ホントですか」

 声は明るいが顔は突っ伏したままである。

「新しい依頼はないよ、すぐ終わるような依頼はないしな」

「いや~よかった、ここ最近明らかに労働基準法違反でしたよ」

「覚えたての言葉をすぐ使おうとすんな、なんだかんだ休み休みだしよぉ、昨日だって何もしてないし」

「そうでしたね、確かに立ってただけでした」

 そういえば昨日はついていっただけだった。

「しかも訳の分からねぇオルゴールなんて買ってよ」

「いいじゃないですか、何の曲か分かりませんけど、なかなか癖になる曲です」

「……暇だったら金の回収ぐらい行ってくれるか」

「田嶋さんですか」

「そうそう」

 ノートを捲って項目を探す。

「何と十六万八千三百円の未払いだ」

「行ったら?」

「そうだな、二万だ、あの時は結構働いてたから二万やる」

「いいですね、明るくなったら行きます」

「おう、もう三回目だ、仏の顔は三度までって事をあのろくでなしに思い知らせてやれ」

「分かりましたよ、九時ぐらいに行きますから」

 為広の言葉でまだ日が昇ったばかりだった事を思い出した。

「……そうかまだ六時か、お前が起きてるから……」

「あうあうあーっ!」

「んな?」

 リカルドは一瞬為広がおかしくなったかと驚いた、為広も同じように考え、すぐそんなはずはないと思い直した、お互いの声とはまったく似ても似つかない怪物のような叫び声だった。

 男が何か叫んでいるようである、窓を閉め切っているので何を言っているのかは聞こえないが妙な声である。 おそらく飲み過ぎて頭がひっくり返ったオッサンだろう。

 姿を一目見たいという野次馬根性でリカルドは音を立てないように窓を半分だけ開けた。

 適当に周りを見回すと路地の角の辺りにユラユラ揺れるオッサンがいた。

「けるくつぅあっ」

 叫び声の主はこの男のようだ、間近で聞いてみると言葉ではなく鳴き声だ、あっちへフラフラこっちへフラフラ、

リカルドと為広は目を皿のようにした。

 汚らしい格好でもう見ているだけで、言い方は悪いが臭いが漂って来る。

「なんだありゃ……」

 と思わず声に出してしまった。

「ホームレスとかですか?」

 為広が言った、だが汚らしさに目が慣れてよく観察すると男は汚れたスーツを着ていた。

「……スーツ着てないか……」

「ドブにでも落ちたんでしょう、ただのキチガイですよ」

「それか……」

 頭に何かが引っかかるが説明の仕様がない、リカルドは窓を閉めた。

「まぁいいや」

 そして考えない事で自分を納得させた。

「さぁ休みだ、どう遊ぶかだけかんがえよ」







 ひん曲がった性格でも正しく従順な性格でも、同じ人間である事になんら変わりはない。

 しかし、殺人や暴行を繰り返すような凶暴な奴や自分がよければそれでいいと私腹を肥やすような奴、確かに生物学としては人間であるがやはり頭のどこかが違うのであろう、同じだと思いたくない。

 平等にというのは非常に重要な事である、だが正直者が馬鹿を見るなど許されない。

 それならどうすればいいか、答えは簡単だったりする、全員正直者にすればいいだけなのだ。






 三宮で情報屋として働く旅掛行方は頭を抱えていた。

 情報屋と聞くと映画のような怪しくてとんでもない奴かと思いがちであるが、この男は怪しい以外は先のイメージとはまったくかけ離れている。

 仕事はさほど仰々しくはなく、ただ社長同士の会話を盗み聞きして売ったりするコソ泥のような事をして生計を立てているのである、これはどの情報屋にも当てはまる、旅掛は特にお金という物に目がない欲まみれな人間だと自分で思っていた。

 ゴチャゴチャした小さな個人事務所的な部屋の中で旅掛は自分の手をジッと見つめている、女性のような細い指だ。

「皮は剥けた……」

 そして唸った。

「暇なもんじゃなぁ……そうやろ」

 含みあり気に、厨二病真っ盛りな男は笑った、顔は相当なイケメンなのだが趣味、性格、風貌、行動が顔の良さを相殺してしまっているのである、むしろマイナスに振ってしまっている。

 今のも独り言なので返事は勿論無い。

「…………ん?」

 旅掛は首をかしげて自分の机に置かれたフィギュアを手にとって。

「なー秋山殿」

 と頬摺りしたりしてしまうのである。

「…………ううん……」

 しかし、切り替えは早い、フィギュアを置くと真顔に戻り。

「ふう」

 何をした訳でもないのに一仕事したと言わんばかりにため息をついた。

 するとアニメソングが部屋に鳴り響いた、携帯の着信音である、期待を込めて画面を見たが、相手は敬語を使って話さないといけない人間だった。

「もしもし」

『まだ終わらんのか』

 相手は名前も要件も伝えずいきなり切り出した。

「は?何でしょう」

 とぼけたのではなかった、だが相手の女性にはそれが伝わらなかったのであろう、ドスのきいた声で言った。

『おのれ何ぬかしとんねん、お前がやる言うたから任したんちゃうんか』

 旅掛は冗談ではなく本当に震え上がった、電話越しでも汗が噴き出す。

「あ~あぁ、いや……まだちょっとね、手配ができてません」

『早よせえ、ボケ』

 罵声とともに一方的に電話が切られた。

 旅掛はしばらく放心状態に陥った、たった数十秒の会話だったが一時間ぐらい詰られていた気がしてならない。

「……仕事か」

 朝早くからセットした髪の毛をわざわざをボサボサにしてから重い腰を上げた。





「ひ~ま~だ~ひまだぜ~」

 リカルドは何度も嘆き続けた。

 ソファーに寝っ転がってテレビのリモコンを持ってオヤジのような体勢でテレビを見ていた、昼頃のテレビ番組といえば面白くもないドラマにワイドショー、同じようなものを毎日見て飽きないのかと主婦に問いたいのである。

 退屈すぎるので寝不足でもないのに一眠りしようとかと目を閉じると。

 ちょうどいいところに旅掛行方がニコニコしながら部屋に入ってきた。

「お土産を持ってきたぞ~」

「暇だったところだ、なんだ、お土産って」

 姿勢はそのままで目を輝かせた。

「名古屋コーチンじゃ」

「名古屋コーチン?」

「肉や肉、生肉やから冷蔵庫入れとくで」

「気が利くなあ、焼き鳥か」

「それが一番ええわ」

「お前も食べてけよ」

「勿論」

 旅掛は冷蔵庫に肉をしまうと顔をほころばせながらソファーに座った、休みの日に仕事を頼むとなればそれ相応に機嫌をとらなければならない。

「もう春めいてきたな」

「まだまだだぜ、何だよ、恋のお悩みか」

 出だしから否定され、旅掛は少し言い出しにくくなった。

「いやいや、昨日はご苦労さん」

「おいおい、くだらねー冗談はよしてくれ、お疲れ様、だろ」

「へっへっへ……厳しいな」

「厳しいかね優しく教えてやってるじゃねぇか、場所と人なら鉄拳が飛んでくるぜ、で何の用だ」

 珍しく機嫌だけはよさそうだ。

「別に大した事やないけど、まず最初に昨日のお礼、仕事回してくれてありがとよ」

「昨日?」

「薬の売人さ」

「あぁ、解決しちまったからな、強盗事件を、肉はその御礼か、それにしちゃあ安いかもしれんが」

「あーまぁそれも兼ねてるかな」

「なんだその顔は」

 旅掛はなんの気なし言ったつもりだったがリカルドにはそう伝わらなかったようだ、リカルドの表情は一気に険しくなった、こうなれば隠し事などできない。

「実はな……仕事があんねん」

「仕事お?表の張り紙見なかったか」

「今じゃなくてもええて、明日でも明後日でもな」

「じゃあ早くやれって事か」

「できればな」

「別の奴に頼めばいいだろ」

「お前を一番信用しとるんやで」

 旅掛はいけしゃあしゃあと言った。

「何すればいい」

「言う事聞かん奴を『説得』して欲しい、兵庫製紙ってとこの部長やね」

 旅掛は写真と資料を取り出した。

「この佐々木、な、忌々しい面しとるやろぉ、な」

 堅物らしい年配の男だった、五十を越えていると思われるほど老け顔だがまだ四十代らしい。

「なんともいえんな、なんか悪いことでもしたのか」

「こいつがワシらが普段贔屓にしてる印刷所と折り合いが悪い、だからなんとかして会社の信用失うか、まぁ一番ええのはクビやわなぁ」

 旅掛は不器用な笑みを浮かべてリカルドにすりよった。

「難しい依頼だぞ、しくじったらどうすんだ」

「そんな心配はしてないけど……まぁあの失敗せえへんようにしてくれる?」

「なんじゃそれ、会話になってねぇぞ」

 リカルドはイライラした口調で責めた。

「いやぁ別に失敗したとおろでお前に損はないよ、損するなら俺や」

「なら失敗しようか」

「冗談でもやめてくれ、ピンチなんや」

 旅掛はさっきの女性が怒り狂う姿を想像して身震いした。

「どういうピンチだ」

「まあ例えるとやな…………そうやな、矢を三日で十万本集めてこいって言われた気分やわな。

「……自分で煽ったって事か」

「まあねえ、あの大都督は冗談が通じんのよ」

「ああそうか」

 彼の様子を見て何やらあまりよろしくないと察したリカルドは、資料を読み込んだ、しかし名前などの基本的な状態のあとに書いてあるのはどこの出身だとかその程度で脅しになりそうな事はなにも書いていない、リカルドは資料を机の上に放り投げた。

「一昨日来た素人が持ってきた資料の方が詳しかった」

「そんな事言われても、サバイバーは現地調達が基本じゃろ」

「誰がサバイバーじゃ、せめて好きな事ぐらい調べて来いよ……」

「何もないもん、分からんかってん、ああ、あえて言うならゴルフに行ってるみたいやけど、本人はあんま好きじゃないみたいでな、そんなんばっかりで書きようがないんや、言ったやろ困ってるんや何か攻め口はないかってぇそりゃあそりゃあ必死でな」

 旅掛は全身の動きで何とか必死さをアピールすることに成功した。

「……報酬はさぞ弾むんだろうな」

 食いついた!

 旅掛はクリスマスの前の日の子供のように飛び上がった、そしてリカルドの前に三本指を突き出す。

「聞いて驚け三十万!」

 しかし、話にならないとリカルドは鼻を鳴らした、そして旅掛の指を九本立てて囁いた。

「三倍と毎月二万ずつで乗ってやらなくもない」

「ぶ……その……ちょっと多すぎません?」

「どうせ金が流れるんだろ、なら少し分けて貰ってもなあ」

「うむ……いやぁ……えええ……でもそんな大きい商売じゃないんやで」

「ならべつに俺に頼まなくてもいいだろ、大木に頼めばー」

 いやらしい笑顔と法外な要求にしばらく頭を抱えていたが。

「よ、よしオーケーや、ただ頼むで、失敗されたら大変なんやそれだけは気をつけるようにしてや」

「…………そうかぁ」

 リカルドは立ち上がった、そして力一杯伸びをすると。

「なら行くか」

「えっ?どこに」

「その佐々木の所にだよ」

「今からぁ?時期早々の花見をしようと思って来たんやぞ」

「まだどこも咲いてねぇよ、ほら仕事だ仕事」

「望みが断たれたぁ!」

 旅掛はとある物まねをしながら叫んだ。

 自分も連れて行かれるなんて思ってもいなかった。







 所は西区、兵庫製紙のビルの前。

 運転席に座るリカルドは睡魔と闘う旅掛を揺り起こした。

「寝んなよ」

「分かっちょる、まだ出てこんのか」

「会社は何時に終わるんだ」

「五時」

 目をこすりながら答えた。

「そうかならまだ」

「何時間待ってる?」

「四時間ちょっとか」

「いつもこんなんか」

「だいたいな」

「よおやるなぁ」

 旅掛は素直に感心した。

「出てきたらお前がつけてくれ、俺は車で追いかけるから、今日は為広いないしな、電車賃はお前持ちだぜ」

「ケチくさい男やのお、わかっとるわい、まあ尾行は任しとき、ガキん頃は知り合いのデートつけ回したりようやったわ」

「……帽子とサングラスは外しとけよ」「いや、それやったらワシイケメン過ぎて大変やけど、街歩いてる子みんな惚れてまうで」

「うるせぇ、目立つだろそんなダサい帽子被ってグラサンしてたら」

「なるほどね」

 正論に旅掛は文句も言わず外した、そしてしばらく。

「暇だなぁ」

「さっきから言うてるやん」

「もう五時だ、残業じゃない事を神に祈れよ」

 ハンドルにもたれかかっていたリカルドは唸った。

「これ以上は耐えられんで」

 旅掛の願いが通じたのか五時二十三分、佐々木らしき人影がビルの中から現れた。

「あれじゃないか」

「分かった」

 旅掛は急いで飛び出した、彼は電車通勤である、途中でどこか寄り道でもするか確かめなければならない。

 リカルドは二人の後をゆっくり追って駅までたどり着いた、ここから先は旅掛の仕事だ、すぐにメールが入る。

 三宮行き。

 絵文字などを無駄に使用して読みにくくする旅掛にしては恐ろしくシンプルな内容である。

 車では電車に追いつけないので旅掛に絶えず状況報告を続けてもらう必要がある。

 とりあえず二人が降りるまでは線路に沿って進むしかない。 次のメールが入ったのはリカルドがようやく長田まで来た頃だった。

 件名には岩屋と駅の名前が入って、本文は『降り松茸』と意味が分からない文章と大量の絵文字が並んでいる余裕が出てきたことを意味しているのだろう。

「もうそんなとこか……」

 車に乗っていると電車のスムーズさには驚かされる。





 春休みは大人には無関係だ、一部を除き。

 疲れきった表情で揺られる佐々木を見ると自分が悪い事をしているのではないかと小さな罪悪感を感じてしまってもおかしくない。

 彼にも妻、子供があり仲間がある、だが旅掛には感傷に浸るような余裕はなかった、自分がしくじればクビになるだけで済みそうにもない、同情をかけることなどできない。

 改札を出た佐々木は横断歩道を渡って角を曲がって真っ直ぐ行って、普段と変わりない行動だが、人をつけていると街の景色ですら違うように見える。

 佐々木は地図通りに自宅まで帰っていた。

 旅掛は再びメールを送った。

 無事につきました。






 二人が合流したのはそれから三十分ほど後だった。

 ヘトヘトで車に乗り込んできた旅掛にねぎらいの言葉をかけた。

「御苦労」

「どうやった、ワシの尾行テクニックは」

 自身ありげに笑ったが、リカルドはそんなに優しくなかった。

「報告が少ない、何時が抜けてる、多く見ても六十点だな」

「なんと……」

「次やる時は気をつけな、ありがとよ」

「あぁ、今からどうすんねん」

「帰るよ、盗聴器だけしかけてな、明後日ぐらいに聞いてみる、失敗したらお慰みだ、バカ子には俺から言っとくからな、ちょっと時間かかりますって」

「ありがとよ」

 リカルド車を降りてボールを家の庭に投げた、そしてインターホンを押す、その姿を見て旅掛はなかなか達者な奴だと再確認させられた。





 家に帰り着くと為広がすでに寝転がっていた。

「お帰りなさい、あ、旅掛さんも一緒だったんですね」

「おう、こんばんは」

「こんばんはー机にお金置いてますよ、自分の分は取ってますので」

 リカルドはわずかに笑みを浮かべ、封筒の中に入っている金額を確認した。

「よくやった」

「何の依頼やったん」

「依頼じゃないですけど、料金未払いの取り立てに行ってたんです」

「ああ、なるほどね」

「素直に払ったのか」

 リカルドの言葉で為広は息を吹き返した

「まさか、大捕り物でしたよ」

「災難だったな、まぁ結果良ければ全てよし、メシにしよう、待っとけよアホ共」

 リカルドは嬉々として料理に取りかかった。


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