Episode004 ドラマみたいな話、たぶん
「え?泉が……転校?」
時は遡ること半年ほど前。それは夏休みに入る一ヶ月前のこと。
「実は、彼女のお父さんの仕事場がタイに移ったので、家族も一緒に向こうに移り住むことになった。彼女と一緒にいられるのは後一ヶ月だ」
僕はショックを受けていました。
ななという存在がいるのに、好きになってしまった女の子が、目の前からいなくなってしまう。そう考えた途端、頭の中が真っ白になってしまいました。
それから約一ヶ月。泉が引っ越してしまう日が一週間後に迫っていました。
終業式が昨日終わり、今日は部活なし。なので僕は、ある女の子に会いに行きました。
そう、カノジョのななです。彼女が住んでいる地域は僕の住んでいる県の隣県ですが、僕もななも県のはしっこの町に住んでいたので距離はそれほど長くはありません。
「なな……言いづらいんだけどさ……」
「どうしたの?」
ショッピングモールの喫茶店。そこは中高生向けの店をモットーとしているらしく、雰囲気もなんとなく学生っぽさがありました。
目の前でパフェを食べているななはとても幸せそうで、とても泉のことを話す気にはなれませんでした。
だけど、話さなきゃならない。じゃないと前に進めないから。
「俺、実は……クラスメイトの女の子を好きになっちゃったんだ……」
「え?」
その時のななの表情は今も忘れていません。一言で言うと、笑顔が一瞬で曇ったのです。
「ごめん、なな……」
とてもななの表情を伺うことは出来ませんでした。いつか別れることになるとは想っていましたが、自分から別れを切り出すと、とても罪の意識に苛まれました。
「だから、別れよう。これからは、友達として会わない?」
「……そっかぁ。やっぱ遠距離って難しいね」
「う、うん」
「まあ、二年半なんてもったほうかな?」
「そうだと想うよ。近距離でも一ヶ月ももたないカップルだっていたからさ」
「ホント?」
「うん、名前呼び間違えただけで破局しちゃったんだよ」
「うわぁ、それだけで破局?ちょっと可哀想……」
「そうだね」
こんな会話をしながら、内心ホッとしました。別れを切り出した直後だけど、いつもと変わらない会話が成立している。
僕は別れることで近かった関係が壊れてしまうんじゃないかと想いました。
「その女の子に絶対告白しなよ。私と別れようって言うんだから」
「ああ、ありがとう」
それから一週間後。
僕は、ある決意を胸に、泉の自宅へと向かいました。必要な家具などはすでにタイに送られているらしかったので、泉たちは手荷物の支度をしていました。
「あ、陸人。どうしたの?」
「どうしたのって、お別れ言いに来てやっただけだよ」
「うわぁ、すっごい上から目線。まあ、陸人らしいんだろうね」
泉は誰にでも積極的に話す女の子で、好意を抱かれているんじゃないかと錯覚してしまう人が多かったです。
僕もその一人でした。
「今日はさ、大事なこと言いに来た」
「何?玄関の前で言うこと?」
「場所なんて関係ないよ」
「じゃあ今聞いたげる。何かな?」
「えっとな……実はな……」
「うんうん……」
「俺はお前のことが好きなんだ。遠距離だけど、付き合ってくれ」
「え?」
当然の反応だろう、僕はそう想いました。
答えは、YESかNO。たった二択。
なのに、答えは……どちらでもありませんでした。
「私たち、付き合ってるんじゃないの?」
「……え?」
それにはもう生涯で一番びっくりしたことでしょう。
「いや、でも……告白してもされてもないよ?」
「う~ん、私たち両想いなんだよ?だったら自然にカップルじゃないの?」
「両想い?え、ホントに?」
「分からなかったんだ……だから鈍感って言われるんじゃないの?」
「鈍感……ああ、なんか悩んじゃいそう」
みんなが鈍感と呼ぶのは、それが理由だったのか……
実は、僕以外の人は全員僕と泉が付き合っていると想っていたらしいです。
「でも、やっぱりちゃんと告白は必要だよね」
そう言うと、泉は僕の手を握りました。
「分かりました。あなたと付き合います」
そっと一言、囁くようにいいました。それが、その年の夏に聞いた、泉の最後の言葉でした。