帰り道の5分
掲載日:2026/05/06
珍しく先輩の誘いを断った俺は一人帰路に着く。
「……やっぱり行っておくべきだったかな」
そんな後悔が混ざった言葉が、夜道にぽつりと落ちた。
コツコツと足音が響く。その途中、子ども用の帽子が落ちているのに気づく。
拾い上げた瞬間、幼少期の記憶がよぎった。両親と手を繋いで歩いた河川敷はいま、どうなっているのだろう。
その思い出の端に、拭えない影がちらりと差した。
なぜだか、放っておけなかった。
その足で交番に立ち寄る。「道に落ちていました」机の上に帽子を置くと、定年間近の警官が深くうなずき、「ありがとうございます。お預かりします」と言った。
帰り道で起きた、ほんの5分の出来事。けれど、俺はふいに家族に会いたくなった。
次の日、気になって交番に寄ると、昨日の帽子は無事持ち主のもとへ帰ったと聞かされた。
週末にはそれをかぶって、家族と出掛ける予定だという。お礼の言葉を何度も残していったらしい。
――よかった。たった5分の出来事で、誰かの笑顔につながったのなら。
交番を出た夜道で、俺は深く息をついた。
まだうまく笑えない。けれど、胸の奥に沈んでいた影が、少しだけ揺れた気がした。




