お気楽道楽見聞録 予告編
高級霜降り松坂牛が食べたくなった。
僕は鞄からベルを取り出し、そのベルを軽く鳴らす。
チリチリン。
そのベルを聞いた、ボクお抱えのシェフが、台車を押しながらボクの前にやってくる。
「こんがりウェルダンで」
ボクがそう言うとシェフは一例し、台車の上に敷いている鉄板に牛の脂身を置いた。
じゅ〜〜〜
脂身の香ばしい香りが室内に充満する。
やがて絶妙な頃合いを見切ったシェフは立派な霜降りが入った高級松坂牛を鉄板に置く。
じゅ〜〜〜〜〜〜〜!
食欲をそそる音。
ステーキはまず、香りを味わい、音を味わい、そして舌で味わうボクのようなグルメが味わう最高の料理だ。
僕はシェフの隣に立っている僕お抱えのソムリエに告げた。
「重めな赤。 このステーキに合う極上の逸品を」
「ウィ」
ウィとは、おフランス語で肯定の意味である。
ステーキと言えば洋食。
洋食の最高峰はフランス。
だからシェフもソムリエも生粋のフランス人。
僕のような高級な男にはフランスの高価な雰囲気がよく似合う。
シガレットケースを取り出し、葉巻をくわえる。
葉巻に火を付け、葉巻の煙をくゆらせる。
この葉巻はそんじょそこらの煙草屋や自販機で売っている安物の葉巻ではない。
本場キューバから取り寄せた本物の葉巻である。
「ムッシュ」
ソムリエがワイングラスに赤ワインを注ぐ。
ソムリエはあえてワインの名称を言わない。
ワインを極めたボクにとって、当然の礼儀だ。
ワインの香りを確かめ、一口口に含む。
「ロマネコンテイだな」
「ウィ」
ソムリエは一礼した。
そろそろ肉が焼けたようだ。
シェフは皿に肉を乗せ、ソースで盛りつけている。
盛り付けが終わり、皿を僕の座っている机に配膳した。
「さて、何から突っ込もうかな?」
僕の机の前に立ちはだかるひとりの男が言った。
「欲しいのか?」
「さて、走・デブー君。 ここはどこで、私は誰かな?」
「ついにボケたか? 自分のいる場所はおろか、自分の名前すら喪失するとは。 そうとう心労が溜まった結果なのかな?」
僕はそう言い、目の前の男に同情した。
「もう一度聞こう。 ここはどこで、私は誰かな?」
「ここは学校に決まっているだろう。 そして貴様は僕の担任だ」
「ふうん? そして今は何の時間?」
「困った奴だな。 授業中に決まっているだろ?」
「わかってはいるわけだな? んで、君の右手にあるものは?」
「葉巻だ」
「で、左手にあるのは?」
「ワインだよ。 見てわからんのか?」
「葉巻とワインね…………? 君は何歳だったかな?」
「自分のかわいい教え子の年齢まで忘れるとは……。 相当な重症だな。 至急病院に行く事をお薦めする」
「繰り返す。 君は何歳かね?」
「七歳だ。 ついこの間誕生日を迎えたばかりでね。 そういえば誕生日プレゼントを貰った記憶はまだないがいつ戴けるのかな?」
僕はステーキにフォークを刺し、ナイフで肉を切る。
切った肉からは肉汁がポタポタ垂れている。
さすがは僕お抱えのシェフだ。
焼き加減は絶妙だ。
「喰うのを止めろ」
「なぜ?」
「今は授業中だからだ」
「授業中にステーキを喰ってはいけないと誰が決めた?」
「ここは学び舎であって、レストランではない」
「そんな事は百も承知だ」
「走・デブー君、いいかね? 君はどこで何をしているのか理解した上での愚挙で間違いないんだな?」
「愚挙? どこらへんが愚挙なのかね。 僕はただステーキを食べているだけだが?」
「周りに迷惑がかかるとか微塵にも感じないのか?」
「ステーキを食べるのが何が迷惑なのかね?」
「君の周囲は何をやっているか理解はしているのかね?」
「僕の食す最高級のステーキをうらやましがり、且つ、美味しそうだな、と眺めている。 他に何かあるか?」
「周りは授業を真剣に聞いているんだ」
「何のために?」
「将来のためだ」
「授業を聞けば将来が明るくなる、とでも言いたいのか、君は?」
「…………何を意外そうな顔をしている?」
「意外だからに決まっている」
「なぜ意外なのか?」
「君はぁ、いわゆるこの学校のまがりなりにも教職という職種に就いている。 君の言う明るい将来とかいうレールに順調に走行している状態というわけだな。 だが君の収入は所詮雀の涙。 毎月やってくる収入と支出のバランスに頭を悩ませ気付けば定年を迎える。 だが君が定年を迎える頃には年金制度など崩壊し、不安だらけの老後が待っている。 となるとだ。 自分の子供に面倒を見てもらわなければならないわけなのだが、君の子供は果たして君の面倒を喜んで見てくれるのか? 親が子を養育するのは義務だ。 だがしかし、子が親の面倒を見なければならないなどという義務は無い。 そうなると、結論は言うまでもないだろう。 自分の子供には惜しみなく金をつぎ込むだろうが死を待つだけの親に果たしていくらつぎ込んでくれるだろうなあ?」
「何不穏な屁理屈を並び立てているんだ、貴様は………」
「屁理屈ではない、真理だ」
「とにかく、保護者召喚だ。 みっちりと保護者の前で説教をくれてやる」
「ああ、奴は木星に出張中だ。 呼び出した所でノコノコやってこれる距離ではない」
ちなみにボクの保護者となっている男、鉄間コウなる男は世界一の企業、剛鉄グループの総帥である。
その総帥は現在木星開発プロジェクトの陣頭指揮をとるべくヘリウム臭い木星へ出張をしている。
たかだか小学校の教師風情が気楽に呼び出せるような所にはいないわけである。
「いつ帰ってくるのかね?」
「知らんな。 卒業までには帰ってくるんじゃないのか?」
僕は不敵に笑う。
いわゆる王手飛車取りとでも形容しようか。
「いわゆる、確信犯というわけだな。 そうか、そうか」
担任はニコニコと笑顔で言った。
手には鞭を持っている。
「その手に持っている鞭は何かね?」
「入学認定時に提出してもらった書類に書いてあったと思うがな?」
「何が書いていたかとんと思い出せないのだが……。 参考までに聞こう。 なにが書いてあるのかな?」
「本校は、理念に乗っ取り、愛の鞭も厭わない……と」
「体罰か!?」
「体罰ではない。 愛の鞭だ。 おとなしくケツを出せば三十回で赦してやる」
「待て、話せばわかる」
「時間の無駄だ。 早くケツを出せ」
「いいか。 僕のような高級な男のケツはまるて金粉のごとく……」
「ごちゃごちゃうるさい!」
パーーーーーーーン!!
「ぐおおお………………おおお?」
つうこんのいちげき。
走・デブーは声にならない叫び声をあげて悶絶した。
「か、かりにも名門校と名高い、この小学校でこのような惨劇!?」
パーーーーーーーン!!
「ふぐわぁあぁあ!?…………ぐぅお? おおお?」
たんにんのこうげき。
らん・でぶーは尻に強烈な一撃を受けた。
らん・でぶーはおびえている。
パーーーーーーーン!!
「ぐおおおおおおおおおおお!?」
たんにんのターンはなかなかおわらない。
らん・でぶーはステーキをつかった。
※要はステーキを食べた。
らん・でぶーのHPが10かいふくした。
「貴様はまだ懲りないのか!?」
パーーーーーーーン!!
「ふぐおおおおおおおおおお!?」
かいしんのいちげき。
らん・でぶーはにげだした。
だがかこまれている。
「どこに行こうというのかな?」
らん・でぶーはいいわけをとなえた。
「トイレに行こうかと………」
だがたんにんにはつうようしない。
「終わったら存分に行け」
「そんな!?」
たんにんのこうげき。
らん・でぶーはいしきをうしなった。
「おお、らん・でぶーよ、しんでしまうとはなさけない」
「…………あのやろう。 僕のプリティーなケツになんてことしやがる」
「真っ赤だよ、君のお尻」
「つつくな! 痛い!」
僕のケツをツンツンと棒でつついているこいつはピューイという。
僕と同じ家に住む友達のひとりだ。
なんで一緒に住んでるかって?
それを語り出すと大変長い時間を要するのでまた後日語ろう。
楽しみは後でとっておく。
「因果応報だ。 貴様の愚行にクラスメートはみんな迷惑をしているんだ。 これを機会に反省し、心を入れ替え、真摯な行動をとるべきだ」
この仏頂面で偉そうにこの僕に講釈を垂れているのは鹿目面男。
こいつもピューイと同様に僕と一緒に住んでいるひとりだ。
こいつは何かと口うるさく、ダラダラダラダラと意味不明な問答で長々長々と不快しか感じない自称説教を趣味とする変人だ。
「なんだ、その解説は? 初登場でその解説だと読者諸兄はボクに対し誤解と偏見を与えてしまうだろうが!?」
「大丈夫だ、貴様の事など覚えてくれる気は誰もいない。 奇特な人が辛うじて頭のほんの隅の方に記憶すればいい方だろう」
「貴様! そこに座れ! 説教してやる!!」
うるさいから放置しておこう。
「くっくっくっくっく。 いい気味だね。 はっきり言って醜いよ」
この阿呆は西園寺怨念という。
自分の妄想という願望が現実世界と混同し、色々と痛い人になってしまった哀れな男である。
ちなみにこいつも同様に同居人だ。
まあこいつは見てる分には楽しい。
だってさ、こんなやつだぞ?
自分は美形で女の子にモテたらいいな→自分は美形で女の子にモテるはず→自分は美形で女の子はボクに夢中…………と勝手に脳内変換が出来るわけだ。
ある意味幸せな男である。
「親友! ケツの具合はどうだね!!」
パーーーーーーーン!!
「ぐごおおおおおおおおお!?」
尻を痛めている僕にわざわざ遠慮なく患部を叩いたヤローはリー・チョンチュン。
昭和の熱血系アニメに感化され、友情だ、熱血だ、努力だとわめき散らす迷惑千万な男だ。
残念な事にこいつも同居人の一人である。
「えっえっえっえっえ……。 いい気味だったねぃ? どうだい、お尻をぶたれた感想は? えっえっえっえっえ。 まあ、しっかりと報告しておくよ、 ぼくらの保護者に。 君が何をしでかしたかもう、そりゃあ、事詳細に……ねぇ?」
この雑音の主は梅宮輝彦。
そうだな。 あえて説明をいれるとしたら小物とでも行っておこう。
正直、名誉ある僕の唯一の汚点はこいつと知遇を得てしまった事。
分際をわきまえず、何かと僕に対抗してきやがる身の程知らずな奴だ。
まあ、小物の雑音は本来、高尚な僕の耳には届かないが、寛大で器の大きい僕は哀れなエテ公の雑音にも一応耳を傾けてあげている。
全く不愉快な話だが、こいつも同居人だ。
「さっきから黙っていれば何適当な解説で勝手に紹介してくれちゃってるの?」
「仕様だ」
「つうか逆だろ、ぎゃぁく」
「あん?」
「ぼくがお前の相手してやってんの。 その辺勘違いしないように。 わかったかい、俗物?」
俗物? 僕に当てはまる言葉ではないな。
一体誰に話しかけてるんだ、この小物は?
僕は輝彦のヤローを睨みつける。
向こうも負けじと睨み返してくる。
まさに一発触発。
何かの拍子にガチンコバトルが開幕しそうな雰囲気だった。
その時、学校のチャイムが鳴り出す。
始業の鐘だ。
ガラッ
「席につけ〜、授業をはじ……」
担任が発した言葉。
それが開戦の合図だった。
輝彦は僕の左頬目掛けてパンチ。
僕は輝彦の右頬目掛けてパンチ。
同じタイミングで繰り出された拳は、お互いの頬を抉る事はなかった。
「ぐほぅ!?」
お互いの拳は、ちょうど入ってきた担任の両方の頬に抉り込み、担任は勢い良く仰向けに崩れ落ちていった。
黒板に大きく書かれた文字。
「自習」
自習の原因を作った二人は当然、教室にいない。
あの二人に明日はあるのか?
つづく。