カイルとミア
「……改めまして」
私は、隣に座る男を見た。
「どう、呼べばいいのかしら?」
男は、しばらく考え込んでから、口を開いた。
「隣国に行くなら……偽名がいい」
低い声だった。
「慣れるためにも、これからは、それを使っていいか?」
「いいわ」
即答した。
(……凄い。考えることが、違う。先を、見ている)
「じゃあ――」
男は、少しだけ視線を逸らしながら言った。
「おまえは、ミアだ」
短く、呼びやすい名前。
「俺は、カイルでいく」
「十分よ」
私は、そう答えた。
こうして――私は、新しい名前を手に入れた。過去と、少しだけ、切り離された気がした。
「……しかし」
カイルが、私を見て言う。
「髪と、目は……目立つな」
「……そうね」
私は、一瞬考えてから、言った。
「ナイフ、貸して」
「何をする?」
カイルは警戒しつつも、
服の内側から、ナイフを取り出した。
(……本当に、持ってた)
(持ってないと思ったのに)
(もしかして、危険人物?)
「ありがとう」
私は、平静な声で言い、ナイフを受け取った。
そして――髪を、左右に分ける。お下げのように整えてから、
――ザク、ザク。迷いなく、切った。
「……これで、いいかしら」
切り落とした髪を、私は、丁寧に束ねる。
呆然としているカイルに、言った。
「髪の毛って……売ったら、お金になるかしら?」
「……すごいな」
ぽつりと、彼は言った。
(だって。長いと、重いし。乾かないし。手入れが、大変なのよ。ようやく、切れたわ。ばんざーい)
「生きる、ためよ」
私は、できるだけ切なそうに言った。――貴族女性にとって、髪は命。分かってる。
分かってるけど。
(危ない、危ない)
カイルは、何も言わず、その髪の束を、袋に入れた。とても、丁寧に。
まるで――大切なものを扱うみたいに。
「あとは……」
私は、少し考えてから言った。
「私、目の見えない人、で行けるかしら?」
カイルが、眉をひそめる。
「……どうしてだ」
「だって」
私は、指先で自分の目元を示した。
「目の色が、目立つのでしょう?」
軽く、首を傾げる。
「目を開けなければ、いいんじゃない?」
「無茶苦茶な……」
そう言いながら、
カイルは、すぐに言葉を切った。
「……いや。でも、悪くないのか?」
彼は、黙り込んだ。真剣な顔で、何かを考えている。
(……うん。何を考えているのかは、分からないけれど。任せよう)
変に茶化さないところが、いい。現実的で、慎重で、意外と、真面目だ。
(……もしかして。私、良い買い物をしたのでは?)
そんなことを考えながら、
私は、のんびりと空を見上げた。




