演技、最高得点
男は、宝石から目を外した。
「……駄目だ」
「どうしてよ?」
思わず、声が強くなる。
「足りないの?」
「いや……多いくらいだ」
「それなら、いいじゃない」
私は、即座に言い返す。
「余ったら、渡すわよ」
男は、ぎゅっと歯を噛みしめた。
「……どうして、俺を信じるんだ」
その声には、はっきりと、悲痛が混じっていた。
(……そんなの)
(他に、誰もいないからよ)
もっとも手っ取り早い。
説明も、交渉も、時間もいらない。当たり前の選択。
私は、言葉を選ぶ。
「……あなたは、ずっと真面目に働いていたわ」
ゆっくりと、続ける。
「サボろうと思えば、いくらでもできたのに」
私は、そっと、男の手を取った。
驚いたように、男が息を呑む。
「命は、大切よ」
目を逸らさず、言う。
「共に……逃げましょう」
男の瞳を、まっすぐ見つめた。
(……どうでもいい。そんなこと。女一人は、危険なの。歩く地図と情報を持った人間が、どうしても必要なのよ)
心の中で、叫ぶ。
(返事は――はい、よ。言いなさい)
男は、まだ、黙っていた。
「……俺は、捨てられた」
男は、ぽつりと言った。
「多分……もう、戻れない」
(……はあ?)
内心、思わず突っ込む。
(何の組織よ。それ。こっちは、命がかかってるんですけど)
けれど、顔には出さない。
「……私と、同じね」
静かに、そう言った。
「私も、両親に捨てられたわ」
男が、私を見る。
(……よし。出なさい、私の涙。ここが、見せ場よ)
ほんの一瞬、間を置いて――
ほろりと、一粒。涙が、頬を伝った。
「過去は、戻らないわ」
震える声を、作る。
「あなたが……生きたいか」
ゆっくりと、息を吸う。
「それだけよ」
もう一粒、涙を落とす。
(……よっしゃ)
(演技、最高得点)
しばらくの沈黙のあと、
男が、言った。
「……俺は、まだ、生きたい」
私は、すっと立ち上がった。
「一緒に、行きましょう」
微笑みを添える。
「二人なら……怖くないわ」
(……ええ。私一人なら、お金を巻き上げられて、騙されて、路頭に迷いますからね。頼みますよ。本当に)
私は、男に、手を差し出した。
男は、少し迷ってから、
おそるおそる、その手を取った。
(……よし。ゲットしたぜ)
私は、満面の笑みを浮かべる。
男は、少しだけ、顔を赤くして――
ほんの少し、笑った気がした。




