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赤色の悪役令嬢に転生しました その後  作者: りな


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3/21

別荘での生活が始まった

私は、この世界の常識を知らない。

 貴族としての振る舞いも。身分の距離感も。平民の生活も。金銭感覚も。「普通」と呼ばれるものすべて。

 だから――次のターゲットを、慎重に選んだ。調理師兼庭師の、年配の男性。穏やかな顔立ち。長年この別荘に仕えてきたであろう、落ち着いた佇まい。

(この人なら……)

 食事の後、皿を片付けているところに、私は声をかけた。

「あの……」

 彼は、少し驚いた顔で振り返る。

「……何でしょうか」

 怪訝な視線。それもそうだ。貴族が、使用人に、それも私的な話をするなんて――普通は、あり得ない。でも。

(そんな常識、今の私にはゴミ箱行き)

「知っていると思うのですが……」

 声を落として、視線を伏せる。

「私、記憶を失くしてしまって……本当に、何も、わからないのです」

 彼は、黙って私を見た。

「いろいろと……普通のことを、教えてもらえませんか?」

 できるだけ、か弱く。できるだけ、無害に。

(私は、草食動物です。害も、毒も、ありません)

「……他にも、教える者はいるだろ」

 だろうね。想定内。

「でも……」

 私は、少しだけ顔を上げる。

「料理も、庭も……とても素敵で。お手伝いしながら、教えてもらえたら……と」

 彼は、首を横に振った。

「手伝いは、不要だ」

(……くそう。無理か)

 ならば。私は、ぐっと唇を噛んだ。

「……だって」

 声が、震える。

「あの方……怖くて」

 ちらり、と中年女性のいた方角を見る。

「いつも、見られている気がして……安心、できなくて……」

 ――泣きそうな顔。いや、半分は本音。

 声は、ちゃんと震えている。目も、自然と潤んでくる。

(すごいぞ、私)

 彼は、明らかに困った顔をした。

 しばらく、沈黙。そして――

「……少しなら、だ」

(よし。折れた。言質、取ったぞー)

「ありがとうございます」

 私は、深く頭を下げた。

 こうして私は――この世界の常識を教えてくれる、もう一人の味方を手に入れた。

 ひゃっほーい。


私は、若い男性使用人に対して、最大限の注意を払った。

 命じた仕事は、はっきりしている。

 薪割り。薪拾い。買い出し。

 外周り。とにかく、力仕事。

 ――屋敷の中には、入らない。

 ――私に、近づかない。

(決して、近付くな)

 私は、か弱い療養中の貴族女性。若い男性使用人なんて、視界に入れてはいけない存在だ。近づけば噂になる。見られれば疑われる。一度疑われれば、取り返しがつかない。

(安全第一)

 部屋では、ひたすら「文字」を覚えた。

 読んで、書いて、読んで、書いて、ひたすら覚える。

 調理場では、手伝いをしながら情報収集。

 食材の流通。近隣の村の様子。

 この土地の常識。金銭の感覚。

 それはもう、必死だった。

 生きるために。一年後を、乗り越えるために。

 だから――私は、知らなかった。

「……もっと、癇癪を起こすかと思ってたがな」

「ええ。静かにしてますね」

「本当に……別人のようだわ」

 調理場の片隅で、使用人たちがそんな話をしていたことを。

 ――以前の私が、どれほど扱いづらい存在だったのか。

 ――今の私が、どれほど異質に見えているのか。

 そして。その会話を――若い男性使用人が、遠くから聞いていたことを。

 薪を抱えたまま、立ち止まっていたことを。

 私は、まだ、知らない。

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