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赤色の悪役令嬢に転生しました その後  作者: りな


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2/21

別荘に着いた

私と使用人は、別荘に到着した。

 馬車を降りて、まず目に入ったのは――思わず息を呑むほど、美しい建物。白い壁に、手入れの行き届いた庭。背後には、豊かな森が広がっている。空気は澄んでいて、風は柔らかい。

 ……確かに。病気療養には、これ以上ない環境だ。問題は、その中身だった。

 別荘には、すでに人がいた。調理師兼庭師の老人。掃除兼洗濯を担当する女性。

 二人は夫婦で、高齢だが、近隣の村から通っているという。そして――私の身の回りの世話役兼、連絡係。……名目上は。

(実態は、監視役、よね)

 落ち着いた表情をした、中年の侍女が一人。使用人は揃っている。

 生活に困ることは、ない。

 ないけれど――

「……で?」

 私は、別荘の中庭を見渡した。

 周囲は、森。見渡す限り、森。

 商店もない。街道も遠い。

 人の気配も、ほとんどない。

 あるのは、自然。静けさ。そして、時間。

(……ここで、私はどうしろと?)

 学園はない。仕事もない。娯楽もない。

 期限は、一年。その一年を、ただ、のんびり過ごせば――その先に待つのは、例の「嫁に出される」未来。

 美しい別荘も、澄んだ空気も、風光明媚な景色も――今の私には、何の足しにもならない。

 胸の奥に、じわじわと焦りが広がる。

(……詰んでない?)

 私は、心の中で、叫んだ。

 ここは、癒やしの場所じゃない。

 これは――猶予期間という名の、檻だ。


 私は冷静になった。まずは――読み書きだ。

 考えるまでもない。日本人なら、できて当然。生きていくうえで、必須スキル。

(文字が読めない人生とか、無理)

 問題は、誰に教えてもらうか。老夫婦は優しいけれど、高齢だ。若い使用人は……色々と問題が起きそうだから、まだ保留。

 消去法で――中年女性。監視役。連絡係。

 つまり、時間はあるし、屋敷内で一番立場が安定している。

 私は、彼女の前に立った。

「ハンナ」

 侍女は、ぴくりと眉を動かした。

 名前は、ハンナというらしい。

「あのね、ハンナ……」

 声を、できるだけ柔らかく。

 視線を少し下げて、控えめに。

「私、字も……忘れてしまったの」

 困ったように、微笑んでみせる。

「教えて、もらえないかしら?」

 ――とっても、いじらしく。

 ――とっても、可愛く。

 ……。

 返ってきたのは、氷点下の視線だった。

(ちっ)

 内心で、舌打ち。

(ダメか)

 気を取り直して、次の手。

「ハンナのお仕事、手伝うわ。迷惑をかけないようにするし……」

 一歩、距離を詰めて。

「空いた時間で、いいの。ほんの少しで」

 ねだった。できる限り、真摯に。でも。

 冷たい視線は、変わらない。

(……手強い)

 ここまでダメなら――奥の手だ。

 私は、声を落とす。

「……少しだけど」

 そっと、宝石袋に手を伸ばし、一番小さい宝石を、ちらりと見せた。

「お礼も、出すわ」

 ――その瞬間。ハンナの目の色が、変わった。ほんの一瞬。けれど、私は見逃さない。

(よし)

(釣れた!)

「……空いた時間なら」

 ハンナは、素っ気なく言った。

「少しだけ、です」

 私は、にっこりと微笑んだ。

「ええ、もちろん」

 こうして私は――字を教えてもらう手段を、手に入れた。やり方は、ちょっと汚い?

 いいえ。

 これは、生きるための交渉です。

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