カイルは鉱山労働
翌日、カイルは鉱山へ向かった。
町の外れ、岩肌を剥き出しにした採掘場は、朝から人の声と金属音で満ちている。
斡旋所で渡された札を見せると、最低限の説明だけで作業に回された。
つるはし。籠。
単純で、重い労働。
(……金になる、わけだ)
体は慣れていた。
だが、胸の奥に引っかかるものが、あった。
作業場へ向かう途中――人の流れとは異なる方向に、ぞろりと一団が移動していくのが見えた。
縄で繋がれ、まとめて歩かされている。
粗末な服。窶れた身体。その中に――女がいた。そして、背の低い、子供の姿もあった。幼い子は、足取りがおぼつかない。
女は俯いたまま、声も上げない。監視役の男が、無言で棒を鳴らす。
カイルは、無意識に足を止めていた。
近くで道具を整えていた鉱夫に、低い声で聞く。 「……あれは?」
鉱夫は、ちらりと視線をやっただけで、興味なさそうに答えた。
「奴隷さ。借金、罪人、戦争の後始末……理由は色々だ。女も子供も、珍しくねえ」
言葉が、胸に落ちる。
「……鉱山で使うのか?」
「使えるのだけ使う」
鉱夫は肩をすくめた。
「使えなきゃ、商人に流す。港か、街道沿いか。欲しがる連中は、いくらでもいる」
淡々とした口調だった。
人ではなく、荷物の話をしているように。
カイルは、その一団から目を離せなかった。
女の細い肩。子供の、必死についていく足。
(……ここは。人が、消える場所だ)
鉱山は、金になる。情報が集まる。労働力も、人身も。
(……ミアには、絶対に、近づけさせるべきじゃない)
胸の奥に、冷たい予感が沈んだまま、
カイルは何事もなかったように作業へ戻った。
働き始めて、六日目のことだった。
高齢の女性の腰は、目に見えて良くなっていた。動きも軽くなり、顔色も前より明るい。
「助かるよ。本当に……」
そう言ってから、少し迷うように続けた。 「なあ、ミア。よければ、このまま働き続けてくれないかい?」
ミアは、一瞬だけ驚いたあと、柔らかく笑った。
「……ありがとうございます。嬉しいです」
悪い気は、しなかった。
「また、明日来ますね」
そう言って、ミアは店を出た。――その日は、とても忙しかった。気づけば、空はかなり暗くなり始めている。
(急がなきゃ)
宿に戻らないと。カイルが、待っている。
「ミア、忘れ物だよ」
高齢の女性が、そう声をかけて、店の外へ出た――その時だった。路地の向こうで、ミアが、誰かに引き寄せられているのが見えた。
「なにをして――」
叫ぼうとした、その瞬間。
「痛っ……!」
ぎくりと、腰に激痛が走る。
思わずその場に崩れ落ちた。
「痛たたた……」
息を整え、必死に顔を上げた時には――
そこに、誰もいなかった。
ミアの姿も。引きずる影も。
「……ミア?」
声は、返ってこない。
腰は痛み、立ち上がれない。
助けを呼ぼうにも、辺りはもう静かだった。
どれほどの時間が経ったのか。
「――大丈夫ですか?」
低い男の声が、頭上から降ってきた。
顔を上げると、一人の男性が立っている。
「そこの店なんだ……悪いが、少し手伝ってくれんか」
男性に支えられ、店の中へ戻る。椅子に座り込んだ高齢の女性は、震える声で言った。
「親切な人だ……一つ、お願いがある」
男性は、黙って聞いていた。
「先日から働いていた、ミアっていう子がね……。誰かに、拐われたかもしれないんだ」
言葉にした途端、胸が締めつけられる。
「できたら、届け出てほしい。職業斡旋所に行けば、あの子の情報があるはずだから……」
男性は、静かに問い返した。
「それは……いつのことですか?」
「……もう、一時間は、経っていると思う」
その瞬間。男性は、はっと顔を上げた。
揺れる灯りの下で、ようやく見えた――
黒い髪。金色の瞳。
高齢の女性が、それに気づいた時、男性は短く頷いた。
「わかりました」
それだけ言って、踵を返す。
迷いは、なかった。
男――カイルは、闇に溶けるように走り去った。




