第五話:記憶室の手紙と原稿
白鷺館・西棟の書斎――“記憶室”。 かつて鷺沼侯爵が“語られぬ記録”を保管していたこの密室は、今や澄江の死の現場となっていた。
椿子は、澄江が最後に残した痕跡を探すため、書斎の奥へと足を踏み入れる。 棚の裏に隠されていた小箱を見つけた。 その中には、二通の封筒が収められていた。
● 一通目:朝霧澄乃の手紙
「私は、語ることを選ばなかった。 あの夜、鷺沼家の記録室で見たものは、誰かの罪ではなく、誰かの沈黙だった。 それを語れば、誰かが壊れる。 だから私は、沈黙を守ることにした。 でも、椿子。 あなたが“語る者”になったなら、 その沈黙を、赦しに変えてください。」
椿子は、母が語らなかった理由を初めて知る。 それは、誰かを守るための沈黙だった。 そして今、その沈黙は椿子に託されていた。
● 二通目:綿貫澄江の原稿(未発表評論)
「沈黙は、語られなかった罪を覆う布ではない。 沈黙は、語られることを待ち続ける記憶の器である。 私は、朝霧澄乃の沈黙を赦したい。 それは、語ることで壊すのではなく、 語ることで理解するために。」
原稿の最後には、澄江の署名とともに、こう記されていた。
「この記録を朗読することで、私は沈黙を赦す。 それが、私の“語る者”としての選択です。」
椿子は、母と澄江がそれぞれの沈黙を守り、そして語ろうとしたことを理解する。 澄江の死は、語ることによって沈黙を赦そうとした者が、最後まで“語る覚悟”を貫いた結果だった。
「澄江さんは、語ることで沈黙を壊したのではない。 沈黙に寄り添い、赦すために語ったのだ。」
椿子は、二人の沈黙を受け継ぎ、 事件の真相を語る者として、最後の講義へと向かう。




