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第一話:白鷺館の静寂
帝都郊外、白鷺館。 かつて鷺沼侯爵家の別邸として使われていたこの館は、今では文芸評論家・綿貫澄江の私邸となっていた。
白壁に囲まれた静かな庭園、鷺が舞い降りる池、そして、誰も踏み入れない西棟の書斎。 その空間には、語られなかった記憶が静かに眠っていた。
椿子がその館に招かれたのは、澄江が主催する“記憶と沈黙”をテーマにした朗読会のためだった。 招待状には、こう記されていた。
「語られぬ記憶を、語る者に託したい。 あなたは、その声を拾える方だと信じています。」
椿子は、招待状を手にしながら、白鷺館の門を見つめていた。 その門は、まるで“語る者”を試すように、静かに閉ざされていた。
「語ることで、誰かを壊すかもしれない。 でも、語らなければ、誰かが消えるかもしれない。」
椿子は、白面の記憶を胸に、館の扉を叩いた。 それは、沈黙の奥にある“最後の問い”に向き合うための一歩だった。




