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老婆とスモモ

 日が長くなってきているから十七時をまわった今もまだ明るいし、暑い。晴花もなるべく涼しさを意識して白いコットンのワンピースを着てはきたが涼しいとまではいかない。


 付かず離れずの距離を保ったまま駅に向かう道を進んでいく。周囲にはあまり陰になるような場所はないから振り向かれでもしたら大変だと晴花は思っていた。むしろその方が話は早いのではないかとさえ思うのだが、それは外野の意見である。当の本人からしてみればそういうのは違うのだ。

 晴花はショルダーポーチから小さな箱を取り出した。

 赤と白の小さなパッケージ。大仰(おおぎょう)なものではない。ほんのお礼にと用意したものだ。中にはこれまた小さなサブレが入っている。甘いものは好きだろうか? 和菓子だと好き嫌いもあるだろうか? チョコレートだとこの暑い時期では溶けてしまうな、そんなことを考えながら選んだ。

 左手に乗せた箱を見ながら、受け取ってもらえるだろうかと彼の背中を見た。


 青ノ淵(あおのぶち)駅はさほど大きな駅ではない。駅舎も上下線のホームがあるくらいで駅ビルが併設している様な規模のものではないが、学校や住宅地の多い駅ということもあって乗降する人の数はそれなりに多い。

 駅に着くと彼は急に小走りに駆け出した、そのまま改札を抜けてホームへ向かっている。

 いけない、きっと電車が来てしまったのだ。乗り遅れてしまえばまた見失う。晴花も急いで改札を抜けてホームへと向かった。

 上り、いわゆる晴花の家の方面へ向かう電車が来ている。彼の姿は見えない、もう乗ってしまったのかも知れない、発車のベルが鳴った。だがまだ間に合う。

 しかしその瞬間、晴花の視界の端に老婆の姿が映ってしまった。

 老婆はカートを引きながら重そうな荷物を背に抱えている。そのままゆっくりとエスカレーターに乗ろうとしていたが、どうにも危なっかしい。

 晴花は電車のドアをちらりと見て刹那、目をつぶった。そして目を開くと同時に振り返って老婆のもとへと駆け寄った。


「あ、あの、だ、大丈夫ですか? あの、えっと、わたし、手伝います」

「あら、ありがとうお嬢さん。助かるわ」

 

 晴花は老婆の引いていたカートの荷物を受け取る。

 見たところ、背負っている荷物も何が入っているものか、かなり重そうだった。

 すると独り言のように老婆は荷物の中身について話し出した。なんでも彼女の娘の家に食べ物を届けようとしていたのだそうだ。欲張って多く持ってきてしまってと老婆は幸せそうに笑って、あなたにもどうぞとパックのぶどうジュースとスモモを二つくれた。もっと沢山くれようとしていたが持ちきれないので晴花は丁重に辞退した。

 老婆が電車に乗るのを見送った後、晴花は跨線橋(こせんきょう)をとぼとぼ戻ってきた。

 また見失ってしまった。また一からやり直しである。

 だがやはり通学に電車を使っているようだから、家は同じ駅なのかもしれない。それならば地元の駅で待つのもひとつかも知れない、男子の集団は少ないだろうし。

 そんなことを思って顔を上げた時だった。

 視線のその先、駅のコンビニから出てきた彼の姿があった。

 何という幸運。

 何という奇跡。

 お婆さんありがとうと感謝しながらスモモをポーチにしまった。

 晴花は彼と同じ電車の一両となりの車両に乗り込み、吊革を掴む彼の背中を見ていた。



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