未来を見上げてー姫川咲
秋の空気が澄み渡る放課後、朝霧蓮は姫川咲とともに、学園近くの展望公園へと向かっていた。
文化祭が終わったばかりの今日、咲に誘われたとき、蓮は少しだけ戸惑った。
(……まだ、ちゃんと返事をしていないのに)
咲の告白を受け止めきれないまま、こうして一緒にいることに、わずかな後ろめたさを感じていた。
けれど、それでも断れなかったのは──咲の微笑みが、あまりにも優しかったからだ。
「ここ、前から来たかったんだ」
咲が小さく笑いながら歩く。
その横顔を見ていると、蓮の胸に、言葉にできない感情が広がった。
ゆるやかな坂道を登り、ようやく展望台へとたどり着く。
遠くに広がる街の明かりが、まるで星空を地上に落としたように煌めいていた。
「……きれいだな」
ぽつりと漏らした蓮の言葉に、咲はふわりと笑った。
「ねえ、蓮くん。私、将来の夢、前に話したよね?」
「ロボットを作る仕事、だろ?」
即答する蓮に、咲は嬉しそうに頷いた。
「うん。今も、変わってないよ。むしろ、もっと本気になってる」
風に髪を揺らしながら、咲は続けた。
「でも……本当は、すごく怖いんだ。失敗するかもしれないし、うまくいかないかもしれない。夢に向かうのって、怖いよね」
蓮は静かに頷いた後、自分から口を開いた。
「……怖いよな。でも、姫川さんなら大丈夫だ。ちゃんと、前に進める」
自分の言葉に、少しだけ自信がこもっていることに気づく。
それは、咲がこれまで努力してきた姿を、誰よりも近くで見てきたからだ。
咲は、蓮の顔をまっすぐ見つめた。
「蓮くん……ありがとう。」
その瞳は、強さと、かすかな揺らぎを秘めていた。
「……それでも、私、頑張りたいって思えるの。蓮くんが、隣にいてくれたら、どんな道でも歩いていける気がするから」
蓮の胸が、小さく波打った。
胸の奥から湧き上がる感情に、どう応えればいいのかわからない。
でも──逃げたくはなかった。
「……姫川さん。俺も、君の力になりたいと思ってる。」
震えそうになる声を押し殺しながら、蓮は言葉を紡いだ。
咲はふっと微笑み、少しだけ顔を伏せた。
「ううん、今はまだ、答えなくていいの。……でも、伝えたかったの。ちゃんと、私の気持ちを」
そして、ほんの一瞬だけ、寂しそうに目を伏せた後、顔を上げた。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか。夜風、冷たくなってきたし」
そう言って歩き出す咲の背中を、蓮はしばらく黙って見つめていた。
(……逃げるんじゃない。俺も、ちゃんと向き合わないと。)
咲の小さな背中が、どこか頼りなさげで、だけどまっすぐで。
(今度は、俺の番だ。)
蓮はゆっくりと歩き出し、咲の隣に並んだ。
その手は、まだ触れない。けれど、確かに近づいていた。
静かに、でも確実に──蓮は、自分自身に誓った。




