表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/85

星空は教室に降る

文化祭当日、朝。


まだ薄曇りの空の下、校舎の中には少しずつ熱気が満ち始めていた。

だが、進学コースの展示教室だけは、どこか静けさを保っていた。


黒いカーテンに覆われた教室の奥では、

照明の角度と星座の配置を確かめる蓮の声だけが淡々と響いていた。


「投影角度よし。フィルター調整完了」


「ナレーション、噛まないように……」

咲が緊張を抱えながら、台本の一節を口の中で繰り返す。


「大丈夫。練習してきたこと、ちゃんとできてたよ」

結愛がそっと声をかけた。


「星の配置も、朝の光で思ってた以上に映えてる」

玲奈が天井を見上げて満足げにうなずくと、

楓は装飾の微調整をしていた手を止めて、胸元を押さえた。


「せんぱい……ちゃんと見てくれるかな」


蓮はそれを聞いて、小さく息を吐いた。


「見えるようにしてきた。大丈夫。全部、伝わるよ」


午前10時、文化祭開場のアナウンスが流れる。

いくつかの展示教室に行列ができ始め、

その中でも、「星降る教室」と名付けられたA組の教室には、ぽつりぽつりと人が集まっていた。


教室に足を踏み入れると、そこは真っ暗な別世界だった。


壁と天井を覆う黒いシート、絞られた光、静かに流れる音楽。

そして、咲の柔らかなナレーションが始まる。


「ようこそ、“星降る教室”へ」


続くのは、結愛の解説。


「この星たちは、かつて夜空を見上げた人々がつけた名前です。

 名前のない光に意味を与えることから、物語が始まりました」


スポットライトが切り替わり、流星の装飾が天井を走る。

来場者の視線が一斉に空を見上げるのが、暗闇の中でもわかる。


「すご……」

誰かの、小さな声がこぼれた。


一つ、また一つとグループが出入りしていき、

展示は午前のうちにすでに“話題の展示”になっていた。


教室の外では、

「これ、進学の展示なの?」「演劇部かと思った」

そんな感嘆が広がっていた。


休憩の合間、咲がベンチに座ってペットボトルの水を飲んだ。


「……終わった、んだよね。なんか、信じられない」


「ちゃんと星、届いてたよ。目の前で見てる人の顔、わかるもん」

結愛が静かに微笑んだ。


「子どもたち、拍手してくれたね」

楓が少し恥ずかしそうに話す。


「やれるだけのことはやった。胸張っていいよ」

玲奈はストレッチをしながら、達成感をかみしめていた。


その様子を見ながら、蓮は最後にもう一度だけ天井を見上げた。

星はただの紙と光で作ったもの。けれど、

今日そこにあったのは、紛れもなく“本物の星空”だった。


――誰かひとりの力じゃない。

皆でつくったものだったからこそ、あの教室には、星が降っていたのだ。


この教室で、星が降った日。

それは、記録には残らないかもしれないけど、

心にはきっと、残る。誰かの中に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ