陰キャ男子、何もせずに勝つ
総合コース2年の教室の隅。
桐谷蒼馬は、スマホの画面を睨みながら舌打ちをした。
(最近、朝霧の名前、聞きすぎなんだよ)
進学コースの陰キャ。無愛想。女とも喋らない。
そんなやつが――今や、姫川や黒瀬、早乙女に注目されている。
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気づけば廊下では、進学コースの名前が話題に上がっていた。
“三大聖女”と噂される姫川、黒瀬、早乙女――そして、彼女たちが時折視線を送る男、朝霧蓮。
蒼馬のプライドは、静かに蝕まれていった。
(地味な陰キャが注目されて、なんで俺が見られなくなってんだよ……)
その苛立ちが、“行動”に変わったのは、放課後のことだった。
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「お前、描くの得意だったよな? さ――ちょっと、面白いの描いてくんね?」
「は? 黒板?」
「朝霧のキャラ盛って、ネタ化すんの。オタク臭くしてさ。
“勉強できるけど、女子にはモテません”ってやつ。笑い取りつつ、潰せんだろ」
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次の日、朝の進学コース2年教室。
黒板には、悪意に満ちた“アート”が描かれていた。
中央には、オタク風のデフォルメ似顔絵。
厚めの眼鏡に油ぎった髪、アニメグッズを抱え、背後には三大聖女をハーレム風に並べた構図。
そして添えられた文章。
【陰キャの頂点】進学コースの都市伝説!
「テストは勝てるけど、恋愛偏差値は0」
夢見る男は、今日も一人で妄想中――!
見るからにからかい目的の内容だった。
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しかし、静まり返る教室内。
最初に口を開いたのは、姫川咲だった。
「……悪趣味。朝から気分が悪いわ」
その隣で、黒瀬結愛が呆れたように言う。
「客観的な事実すら捻じ曲げて叩く。……子どもね」
そして、最後に教室へ入ってきた早乙女玲奈は一瞥して、爆笑するでもなく鼻で笑った。
「え、なにコレ。だっさ。
てか、こんなん描いてる奴の方が恋愛偏差値0じゃん?」
その三人の反応で、空気は一気に変わった。
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「……マジかよ、三人ともマジで朝霧に好意あるじゃん」
「つか描いたやつ誰? 引くんだけど」
「いじるにしても、限度あるだろ」
「てか、あれ“事実”じゃね? 学年1位だし、体育もやばかったし」
そして、当の本人――朝霧蓮は、何事もなかったかのように席に着き、
ノートを取り出して静かに授業の準備をしていた。
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その放課後。
黒板は既に消されていた。
だが“描いた奴が蒼馬たちだ”という噂は、教室の空気で自然と察知されていた。
蒼馬の取り巻きがこそこそと話す。
「蒼馬、マジでやりすぎじゃね……? これ逆効果だろ」
「陰キャとか言ってたけど、今じゃ朝霧の方が女子の評価高くね?」
そして――女子グループの一人が、廊下ですれ違った蒼馬にこう呟いた。
「ねえ……自分より凄いやつに嫉妬してる男って、いちばんダサいよね」
蒼馬は何も言い返せなかった。
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何もしていないのに、何も言っていないのに――
朝霧蓮はまた、静かに勝っていた。