空を見上げる高さ-早乙女玲奈
夏休みも残りわずか。
早乙女玲奈は、待ち合わせ場所の駅コンコースに立つ蓮を見つけて、勢いよく手を振った。
「蓮くん、お待たせ──!」
金髪のサイドポニーを軽く跳ねさせながら駆け寄る。
今日の玲奈は白のノースリーブとデニムショートパンツ。 海回の水着とはまた違う、元気さの中に少し大人びた雰囲気が混ざっていた。
「早乙女さん、そんなに急がなくても――」
「いいの! 今日は“私らしく”いくって決めてるから!」
玲奈は胸を張り、スマホのチケット画面を掲げた。
表示されているのは郊外の小さな遊園地の入園QRコード。
「前に来たときは張り切りすぎて空回りしちゃったじゃん? 今度こそ自然体で楽しむから、ちゃんと見ててよ」
蓮は頬を緩めてうなずいた。
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開園直後、まず向かったのは園内で一番人気の木製ジェットコースター。
前回は悲鳴をこらえていた玲奈だが、今日は最前列で臆せず腕を上げる。
「うわぁぁ! 最高──!!」
嘘のない声音。
隣で笑う蓮を見て、玲奈は思わず口元を緩めた。
(やっぱ“カッコつけない”って気持ちいい)
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午後、観覧車のゴンドラに乗り込むと、玲奈は窓の外を見ながら深呼吸した。
「……蓮くん、今日はありがとう。前より全然、自然に笑えてる気がする」
「そうだね。早乙女さんが楽しんでると、こっちも楽しい」
「ふふっ……うれしい」
沈黙。
高さが増すにつれ、街と空しか見えなくなり、玲奈は小さく息を吐いた。
「ねえ、蓮くん。前より“自然体の私”を見せられた、って思ってもいいかな?」
「うん。今日の早乙女さん、すごく“らしい”と思うよ」
玲奈は一瞬だけ視線を逸らし、照れ隠しのように笑った。
「――好きって言葉、次はもっと自然に言うね。
だって今日、やっと“いつもの私”で隣にいられた気がするから」
蓮は返事を探しながら、その横顔を静かに見つめた。
自分の心の天秤はまだ揺れている。けれど、玲奈の素直な笑顔は確かに胸に刺さった。
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観覧車を降りたあと、玲奈は売店で買った小さなリボン型のキーホルダーを蓮に差し出した。
色は玲奈の髪と同じ金色。
「これ、おそろいにしよ。私のリボンと同じ色だから、見ればすぐ思い出すでしょ?」
「いいの? ありがとう。大事にするよ」
玲奈は満足げに頷き、並んで夕焼けの空を見上げた。
赤く染まる雲が観覧車のシルエットを包み込み、夏の終わりを告げる鈴虫の声がかすかに聞こえる。
その景色を共有するだけで十分――
そう思えるほど、二人の距離は今日さらに縮まった。
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早乙女さんは“無理に盛らない自分”を見せようとしていた。
その笑顔に、俺の心も軽くなる。
……答えはまだ出せない。
けれど、誰かの素直な気持ちを受け止める覚悟は、
少しずつだけど、確かに育っている。




