となりに座る理由-姫川咲
夏休みの終盤、蓮は姫川咲から誘われて水族館を訪れていた。
「こんにちは、蓮くん。待たせちゃった?」
淡い水色のワンピース姿で現れた咲は、眩しいほど清楚で、夏の光に溶け込むようだった。
「いや、俺もさっき来たところ。……姫川さん、涼しげで似合ってるね」
「ふふ、ありがとう。そう言ってもらえると安心する」
咲は照れたように微笑み、蓮の隣に並んで歩き出した。
⸻
水族館に入ると、ひんやりとした空気が二人を包む。
最初に訪れたのは、薄暗い中に青い光が漂うクラゲの水槽だった。
「見て……きれい」
ふわふわとゆったり漂うクラゲを、咲はじっと見つめていた。
「なんか、姫川さんっぽいね。穏やかで、静かな雰囲気が似てる」
蓮の言葉に咲が目を丸くし、すぐに小さく笑った。
「そうかな。でも、なんだか嬉しい」
咲が嬉しそうに微笑む様子に、蓮はふと胸がざわつくのを感じた。
しかし、自分の中の気持ちはまだ整理がついていない。
⸻
大水槽の前でイルカのショーを待つ間、蓮は隣に座る咲に飲み物を渡した。
「ありがとう、蓮くん。こういうの、すごく嬉しいな」
イルカが宙を舞うたびに、咲は楽しそうに小さく拍手を送った。
「イルカみたいに自由に泳げたら、気持ちよさそうだね」
「うん。でも……私はこうやって、蓮くんの隣で見ているだけで満足かな」
さりげなく伝えられた言葉に、蓮の鼓動が少しだけ速くなる。
⸻
ショーが終わった後、ふたりはペンギンの散歩を見に行った。
行列になって歩くペンギンを見ながら、咲が小さく微笑んだ。
「みんな一生懸命でかわいいね。必死な感じがして」
「うん。姫川さんも、こういう風に何かを必死で追いかけたことある?」
咲はしばらく考えたあと、小さく頷いた。
「あるよ。……蓮くんのこととか」
咲は顔を赤くしながら言ったが、声は迷いのないものだった。
蓮の胸が再び、ゆっくり揺れる。
⸻
帰り道、水族館の出口近くのベンチに腰掛けた咲は、夕方の光を見上げながら静かに口を開いた。
「蓮くん、今日はありがとう。……こうして隣に座れるだけで、すごく嬉しいの」
「俺もだよ。……姫川さんが誘ってくれて、本当に嬉しかった」
咲はそっと蓮の方を向き、微笑んだ。
「私ね、ずっと蓮くんの隣にいたいって思ってるんだ。理由は上手く言えないけど、隣で一緒に笑っていたいの」
「姫川さん……」
「答えはまだ聞かない。だから、今日はそれだけ伝えたかった」
咲の言葉に、蓮は静かに頷いた。
まだ自分自身の中で答えは出ていない。
それでも――今日、こうして彼女の隣で感じた穏やかな気持は本物だ。
夕陽に照らされた咲の笑顔が、蓮の心に静かに刻まれた。




