帰り道の騒動
花火の余韻が街に残る夜――
屋台の灯りも消えはじめた川沿いの帰り道。
蓮と4人の少女たちは、駅へ向かいながら並んで歩いていた。
「浴衣、やっぱりちょっと歩きにくいね。でも……名残惜しいです」
「私も。……この夏、今日でひと区切りって感じ」
「せんぱい、夏祭りって、もうこれで終わりですかね……」
「そうかもな。でも……きっと、忘れられない夏になるよ」
咲も、結愛も、玲奈も、楓も――
それぞれが静かに、でも確かに笑っていた。
だが、その笑顔の先に、暗がりが待っていた。
⸻
「よっ、浴衣のお姉さんたち、ちょっといい?」
「花火、どうだった? この後、もうちょっと楽しんでかない?」
3人の男たちが道をふさぐように立ちふさがった。
顔立ちはあきらかに地元では見かけない雰囲気。
不自然な距離感と目線――ただのナンパではない。
蓮は、無言のまま前に出た。
「道を開けてもらえませんか。帰るところなので」
「なにそれ。彼氏さん? 全員? やばくね?」
「まぁまぁ、イキんなって。ちょっと遊ぶだけでさ……」
口調は軽いが、目は笑っていない。
そして――
「なら、お前が付き合えよ。男らしく、さ」
一人が拳を振り上げた。
⸻
バシュッ。
風を切る音とともに、蓮は滑るように体をかわした。
次の一撃、さらに一撃――
どれも、蓮に届くことはなかった。
「……あれ? 避けられてる?」
「おい、ちゃんと当てろって……!」
苛立った男たちが次々に攻撃を仕掛けるが、蓮は一度も手を出さず、すべてを冷静に捌いていく。
その様子に、通りの人々が足を止める。
「……すご。全部避けてない?」「なにあれ、ほんとに人間?」「動画、回してる?」
スマホを構える学生、親子連れ、カップル――
周囲にいた人々が騒然となっていく。
⸻
「おい、やばくないかこれ……」
「うっせえ、もういい、潰せ!」
その瞬間――
「君たち、何をしてるんだ!」
警官が駆けつけ、場の空気が一変する。
「ち、違っス! こっちは頼まれて――いや、そ、その……!」
「頼まれた? 誰に?」
「……こ、古賀とかいうヤツと……そ、その、蒼馬ってやつに……“ビビらせてこい”って言われて……!」
辺りにどよめきが走る。
けれど――
周囲の人々は、その名前を知らなかった。
代わりに、スマホを見せ合いながらささやく声が交差する。
「……誰かに指示されてたってこと?」
「こっちの子たち、完全に巻き込まれてたじゃん……」
「うわ、ひどい……」
「何もしてないのに襲われて……あの男の子、手も出してないのに……」
警察は不良たちを連行し、目撃者のスマホ動画や証言が即座に集まる。
蓮たちの正当性は、何より“周囲の目”が証明してくれていた。
⸻
――手を出さなかったのは、偶然じゃない。
もし応戦していたら、たとえこちらが正しくても、問題はきっと残った。
正しさは、暴力で証明するものじゃない。
誰かを傷つけることで、誰かを守ろうとしてはいけない。
だから――
避けることだけに徹した。
守れた。
咲さんも、黒瀬さんも、早乙女さんも、志賀さんも……
みんなの笑顔も、浴衣の裾も、誰一人傷つけずに済んだ。
それが、何より嬉しかった。




