それぞれの20分
夏の夕暮れ。
街が少しずつ夜に染まり始める中、駅前ロータリーには浴衣姿の4人の少女が集まっていた。
姫川咲、黒瀬結愛、早乙女玲奈、志賀楓。
いつもなら違う時間に到着するはずの4人が、今日はなぜか同じタイミングで現れていた。
蓮はまだ来ていない。
「……ねえ、少しだけ話してもいい?」
咲が静かに切り出すと、他の3人も自然に足を止める。
「今日、わたし……蓮くんと少しだけ、2人で歩けたらいいなって思ってるの」
その言葉に、結愛も小さく頷いた。
「私も。ほんの少しでもいいから、伝えたいことがあるの」
「……実は、あたしも同じ」
玲奈は照れ隠しのように笑った。
「で、でも……私だけ2人きりっていうの、ちょっと、まだ……!」
楓が小声で言うと、咲が優しく言った。
「順番に、みんなで交代しながら過ごすのはどうかな? 20分ずつくらいで」
「それ、いいかも。……ちゃんとフェアで、安心できる」
「最後は全員で花火見ようねっ。せんぱいと、4人一緒に!」
4人の視線が重なったとき、蓮が現れた。
「おーい、待たせた」
咲たちは、何もなかったように微笑みながら振り返った。
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【18:30〜18:50|姫川 咲】
川沿いの少し外れた道。
夕焼けが落ち、夜の匂いが満ちてきた。
「蓮くん、こっち……少し静かなところ、歩かない?」
「うん。姫川さんと一緒に」
咲はふっと微笑んだ。
「ありがとう。……こうして2人で歩けるの、うれしい」
川面に揺れる提灯の光を眺めながら、咲は言葉をつむぐ。
「わたし、誰かと比べて自分の気持ちを決めたくない。
蓮くんのことを“好き”って思ったのは、私がそう感じたから。それだけで、十分だから」
「……姫川さんは、強いな」
「強くなりたいって、蓮くんが教えてくれたから」
最後の一言は、少し照れくさそうだった。
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【18:50〜19:10|黒瀬 結愛】
堤防の段差に並んで座る。
「ここ、落ち着くね。音も光もちょうどいい」
「黒瀬さん、こういう静かな場所好きだよな」
「うん。……今日は、“特別”な場所にしたくて」
結愛は小さく息を吸い、蓮の横顔を見つめる。
「私、自分の気持ちをごまかしてた。
誰かに遠慮してたのかもしれない。けど、今は違う」
「黒瀬さんの言葉は、いつもまっすぐで、ちゃんと届くよ」
「……そっか。じゃあ、次はもっと近くで、ちゃんと伝えるね」
そう言った結愛の目は、花火より先に輝いていた。
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【19:10〜19:30|早乙女玲奈】
屋台通りを抜け、少しだけ人の少ない橋の上へ。
「蓮くん、ここ風が気持ちいいでしょ?」
「早乙女さん、慣れてるな。花火大会の回り方」
「そりゃあもう。今日のために何度もシミュレーションしたし!」
玲奈は得意げに笑ってから、少しだけ顔を伏せた。
「……でもさ、今日の“2人で”って時間、あたしにとってはほんとに貴重だったんだ」
「……そっか」
「だからさ。次に誰かと過ごすとき、ちょっとでも“あたしのこと、思い出した”ってなってたら、それでいいかなって」
一瞬の風が、2人の間をすり抜けていった。
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【19:30〜19:50|志賀 楓】
駅前に戻る手前の静かな坂道。
「せんぱい……あの、20分、ちゃんと使わせてもらいますっ」
「うん。志賀さんの話、聞かせて」
「わたし……まだ“好き”って言ってません。でも、今日せんぱいと歩きたくて、この浴衣も、自分で選びました」
「……似合ってるよ」
「うっ……! や、やっぱり……言われると、すごくうれしいです……!」
楓は顔を真っ赤にして、それでも勇気を出して続けた。
「せんぱいと過ごせた20分、私にとっては、今までで一番、大事な時間でした」
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【20:00〜|全員】
再集合した5人は、川沿いの観覧スペースに腰を下ろす。
咲が右、楓が左、その後ろに玲奈と結愛。
そして――夜空に、花火の第一発が咲いた。
色とりどりの閃光が広がり、誰もが空を見上げる。
花火は綺麗で、音は大きくて、だけど――
その横に誰がいるかで、夜の記憶の色は変わる。
今夜、それぞれの“20分”は
きっと、誰にとっても一生忘れられない時間になった。




